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大正バブル期における大蔵省銀行検査 : 成立の背景と初期の実態

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Academic year: 2021

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(1)研究ノート. . 大正バブル期における大蔵省銀行検査 ──成立の背景と初期の実態──. 邉     英  治 1.はじめに 2.普通銀行を対象とする大蔵検査制度成立の背景 3.大正バブル期における大蔵検査の実態   ⑴第八十五銀行と大蔵検査   ⑵大蔵検査の効果 4.第八十五銀行による支店実地検査の実態 5.おわりに. 景にはどのような事情があったのだろうか.. 1.はじめに.  この点,大蔵省銀行検査制度の成立と密接に.  邉英治(2003)で言及したように,普通銀行. 関わる 1916 年の銀行条例改正について,銀行. を対象とする大蔵省銀行検査が制度化されるの. 条例の推移という法制史的観点から検討した粕. は,第一次世界大戦中の 1915 ∼ 16 年である .. 谷誠(2000)においても,未解明のままである.. 本稿は,大正バブル期における大蔵省銀行検査. また,伊藤正直(2003)は, 「大蔵省が明示的に. 制度の成立の背景及び成立初期の実態を解明す. 銀行営業規制の方針に転じたのは,1914 年の北. ることを目的としている.. 濱銀行破綻が契機となった」と有力銀行破綻を.  周知のように,日本経済は,第一次世界大. 銀行規制強化の要因としてあげている 2).しか. 戦勃発直後はやや不況感を増したものの,1915. し,これは説明としては十分でないように思わ. 年下期から大戦ブーム( いわゆる大正バブル ). れる.というのは,1905 年の百三十銀行破綻. という好況の局面に入ることとなる(図1) .. の際には,銀行家はこぞって検査の強化・制度.  このような好景気の中で,銀行に個別的に介. 化に反対した 3)からである.従って,有力銀行. 入する大蔵省銀行検査制度が成立したわけであ. の破綻をもって検査制度化の要因とア・プリオ. る.論理的には,不況の局面にこそ,銀行規制. リに推論することはできないと考える方が自然. は強化されるように思われるが,このような好. であろう.この点,本稿では,検査制度化を取. 況の局面に,大蔵省銀行検査制度が成立した背. り巻く状況の変化に着目してみることにした. 1). い.以上が,本稿の第一の課題である. 1)なお,土屋喬雄(1957)214~235 頁が既に指 摘しているように,また,邉英治(2004a)2 頁及 び邉英治(2006)18~19 頁でも言及したように,国 立銀行に対する大蔵検査は明治時代から実施され ていた.維新期の大蔵検査の実態については,邉 英治「明治維新期における大蔵省銀行検査―日本 の銀行業の近代化―」『エコノミア』第 58 巻第 2 号(2007 年 11 月刊行予定),を参照されたい..  次に,本稿の第二の課題の背景にある問題関 心について敷衍する.邉英治(2003),邉英治 (2004b), 邉英治(2006)が明らかにしたように, 1920 年反動恐慌から昭和恐慌期に至る大蔵省 2)伊藤正直(2003)179 頁. 3)粕谷誠(2000)23 頁.. 『エコノミア』第 58 巻第 1 号(2007 年 5 月),33 - 46 頁[Economia Vol. 58 No.1(May 2007),pp.33 - 46].

(2) . 図 1 大正バブル期における主要株式価格指数の推移(1914 年 7 月〜 1917 年 12 月). 出所)日本銀行調査局(1928)『世界戦争終了後ニ於ケル本邦財界動揺史』19∼22頁。 注)1914年7月を100としたときの指数の推移。. 銀行検査は,主として不良債権問題に特別な注. 例中改正法律案」が作成されたものの,大銀行. 意が払われており,不良債権処理のための償却. の経営者に拒否され, 『東洋経済新報』の記事. 原資が限られているという状況下,関係者向け. でも反対され,結局改正は実現されなかった.. への不良債権や大口融資の償却・回収に,償却. その後の議論の焦点は貯蓄銀行条例の改正に. 原資を振り向けるよう指導が行われていた.で. 移ったが,それも銀行家側の反対にあって実現. は,不良債権問題がそれほど深刻とは想定しが. されなかったとされている 5).. たい大正バブル期における大蔵省銀行検査は,.  この粕谷氏の研究をやや図式化すると,大蔵. どのような着眼点で実施されており,また実際. 省側=監督強化 vs. 銀行家側=監督強化反対,. にどのような指導が行われ,銀行に対してどの. となろうか.実際,渋谷氏が指摘したように,. ような影響を与えていたのであろうか.. 日露戦後恐慌以降,銀行取付が相次いだため,.  この点,本稿では,埼玉県において実施され. 大蔵省は,銀行の実地検査を「出来るかぎり」. た大蔵省銀行検査(実地検査)とその後の推移. 実施し, 『銀行事故調』が作成された 6).この. を示す一次史料 4)を素材として,やや詳しく検. 点から判断すると,大蔵省は監督強化の構想を. 討することとしたい.. 持ち続けていたとみてよいだろう.したがっ. 2.普通銀行を対象とする大蔵検査制度成立の背景.  1904 年,百三十銀行の支払停止を受けて,. て,大蔵省銀行検査の制度化の鍵を握っていた のは,銀行家側だったと考えられる.以下本節 では,銀行家側の大蔵検査に対する態度の変化. 大蔵省側で監督権の強化が構想され, 「銀行条 4)埼玉県立文書館所蔵.. 5)粕谷誠(2000)21~28 頁. 6)渋谷隆一(1975)..

(3) . を検討する..  このような状況下, 『東洋経済新報』の記事.  銀行家側の態度にはっきりとした変化があら. で,不確実な銀行が自然淘汰されるのには時間. われるのは, 1910 年前後のことである.例えば,. がかかり,とりわけ小銀行の預金者は小規模商. 第一銀行頭取の渋沢栄一は,京都銀行集会所附. 工業者や労働者であることが多いから,「社会. 属徒弟講習所での講話 (1910 年 4 月 25 日) の中で,. 政策上の見地」からも小銀行の破綻には問題が. 国立銀行時代シャンドによる綿密な銀行検査を. ある.したがって, 「銀行取締の第一策として. 受けた際,「種々八釜しく言はれたが…今考え. は先ず右法律の厳重なる施行を望んで已まず.. て見ると私は大変に利益があつたと思ふ,成程. …幸にして現政府は茲に見る処ありしか,新予. あゝ云ふ覚悟でなければ銀行業は出来ない」と. 算には銀行取締費一万二千円を計上せり.其の. 述べている .それまで銀行家は,検査官は銀. 実施せられんことを望む」と,検査の制度化・. 行の良否を見分けられないので,大蔵検査には. 強化を求める意見まであらわれた 9).このこと. 意味がないとして反対してきたことに鑑みる. は,1914 年頃において,大蔵省銀行検査の制. と,このように大蔵検査の有用性を認めたとも. 度化の素地が,整いつつあったことを示唆して. とれる発言を,有力な銀行家がするようになっ. いるといえよう.. たことは,かなり画期的といってよいだろう..  以上の検討から,大正バブル期における大蔵. 銀行家は,1910 年頃には,大蔵検査に従前の. 省銀行検査の制度化の背景には,銀行家側の態. ようには反対しなくなっていたのである.. 度の変化があったことが明らかとなった.すな.  さらに,第一次世界大戦の勃発は大蔵検査に. わち,銀行家側の態度が徐々に検査を容認・要. 対する銀行家側の態度にさらなる変化を促し. 請するものへと変化していったことが検査制度. た.大戦勃発当初(1914 年 8 月) , 人心は動揺し,. 化の背景に存在していたのである.こうして,. 折からの北浜銀行破綻とあいまって,銀行界の. 1915 ∼ 16 年において,大蔵省銀行検査は制度化. 動揺へと帰結した.例えば,名古屋市所在の銀. されるに至った.では,成立当初の大蔵検査の. 行は,激しい預金取付に見舞われ,8 月 20 ∼ 21. 実態はどのようなものだったのだろうか.節を. 日のわずか 2 日間で, 明治銀行では 334 万円(総. 改めて検討したい.. 7). 預金 1075 万円 ) ,名古屋銀行では 107 万円( 総 預金 1460 万円)もの預金が取付けられた.結局,. 3.大正バブル期における大蔵検査の実態. この金融危機は,日本銀行が愛知銀行・名古屋.  大正バブル期=成立当初における大蔵省銀行. 銀行の「後援トナリテ明治銀行ヲ極力救済スベ. 検査は, 「東京近県」において実施された.今. キコトヲ特別ノ形式ヲ以テ改メテ声明」したこ. のところ,「答申書」など大蔵検査の実態を具. と,300 万円にのぼる「特別融通手形再割引」. 体的に知ることができるのは,埼玉県関係のみ. の実施などにより,22 日には沈静化するに至っ. である.具体的には,商工務部「銀行会社」(大. ている .. 正7年= 1918 年,埼玉県行政文書:大 970G)に. 8). 合綴されている次の各史料中に見いだすことが 7)渋沢栄一「本邦銀行業の起源及沿革(附)銀 行者の本能と資格」『大阪銀行通信録』第 153 号, 1910 年 6 月,14~15 頁.なお,同じ頃には他にも 健全経営を志向するべきという意見がみられる. 「財界の新機運と銀行家の責任」『東洋経済新報』 第 487 号,1909 年 5 月 25 日,4~5 頁. 8) 日 本 銀 行 名 古 屋 支 店「 預 金 取 付 状 況 」 1914.8.22~8.28,『金融経済調査,特報(当店分)銀 行信用』1913~16 年,日本銀行金融研究所アーカイ ブ保管資料,検索番号 7659.. できる(記載は,史料名,完結月日の順).   第八十五銀行検査顛末ニ関スル件一括             1917 年 5 月 3 日   川越商業銀行検査後同上             1917 年 8 月 4 日 9) 「銀行破綻の防禦」 『東洋経済新報』第 691 号, 1914 年 12 月 25 日,6~8 頁..

(4) .   熊谷商業銀行同上  1917 年 9 月 28 日. 死亡シタルニ今尚之カ補缺ヲ行ハズ其事由.   飯能貯蓄銀行同上  1917 年 10 月 26 日. 右答申.   久喜銀行同上    1918 年 2 月 16 日. 一,綾部頭取及山崎副頭取ハ其實子ノ名ヲ以テ.  本稿では,上記の中で,当時の埼玉県最有力. 當行ト取引ヲ致居候ハ全監査役ノ承認ヲ経サ. 銀行である第八十五銀行に焦点をあわせること. ルモ差支無之モノト誤解致居候次第ニ有之誠. で,大正バブル期における大蔵検査の実態の一. ニ不注意ノ段恐縮ノ至リニ不堪候. 端を明らかにしたい..   右ハ直ニ監査役ノ承認ヲ求ム可ク自今ハ自 己ノ名義ヲ以テ取引可致候 二,當行ノ横濱生命,横濱生命火災両保険会社. ⑴第八十五銀行と大蔵検査.  第八十五銀行は,現在の埼玉県川越市に位置. ノ業務ヲ営ミ居候ハ同会社ト綾部利右衛門一. する入間郡川越町の有力な商人が発起人となっ. 個ノ名義ヲ次テ契約致居社員ノ余暇ヲ次テ取. て設立され,菓子商(亀屋)を営む山崎嘉七が. 扱居候ニ付定款第三章ニ抵觸セサルモノト誤. 中心的に経営に携わった公称資本金 100 万円. 解致居候處其利得金ヲ銀行ノ収益ニ加算致居. (1918 年時点)を誇る有力地方銀行である . 10).  第八十五銀行は,1916 年 11 月下旬において, 大蔵事務官(検査官)岡田信一行の実地検査を 受検した.その際,第一問から第三問にわたっ. 候為御指摘ヲ蒙リ始メテ了知致候右ハ直ニ解 約手續可致自今ハ決シテ斯カル事無之様注意 可致候 三,大正二年三月四日取締役山田平左衛門死亡. て,さまざまな問題点について指摘を受けた.. 後本年一月改選期迄之カ補缺ヲ行ハス又本年. 以下,具体的に検討する.. 六月十九日取締役山本平兵衛死亡シタルニ今 尚之カ補缺ヲ行ハサルハ定款第二十一條取締. 史料1. 役若クハ監査役ノ缺員ニシテ法定ノ員数ヲ缺. 第一問(大正五年十一月廿五日 宛先:大蔵事務. カサル場合ニハ次期ノ総会迄選挙ヲ猶豫スル. 官岡田信――筆者注). コトヲ得ト有之候ヲ次期ノ改選期迄猶豫スル.  左記重役ノ答申ヲ求ム. コトヲ得ルモノト誤解致候段恐縮ノ至リニ存. 一,綾部頭取及特ニ山崎副頭取ハ何レモ其子息. 候右ハ直ニ臨時総会ヲ招集致シ補缺選挙ヲ實. ノ名ヲ籍リ當行ト多額ノ取引ヲ為シ居リテ監. 行致シ尚今後ハ充分注意可仕候. 査役ノ承認ヲ経ヘキ義務ヲ避ケタル事由 二,當行ハ定款第三章営業科目ニ規定之ナキ横 浜生命及横浜火災両保険会社ノ代理業務ヲ営 メルモノノ如シ其ノ事由 三,定款第二十一條ノ規定ニ依レバ取締役若ク ハ監査役ノ缺員ニシテ法定ノ員数ヲ缺カサル 場合ニハ次期ノ総会マテ選挙ヲ猶豫スルコト. 大正五年十一月廿五日 右答申仕候也 株式会社第八十五銀行 取締役頭取 綾部利右衛門 同副頭取 山崎嘉七 (以下の署名省略――筆者注). ヲ得但補缺當選者ノ任期ハ前任者ノ残期トス トアルニ拘ラス大正二年三月四日取締役山田.  検査官は第一に,副頭取だった山崎嘉七など. 平左衛門死亡後本年一月改選期マデ之カ補缺. が自分の子息の名前をかたり,第八十五銀行と. ヲ行ハズ又本年六月十九日取締役山本平兵衛. 「多額ノ取引」をしており,監査役の承認も受. 10)埼玉銀行史編集委員会編(1968)56~73 頁. なお,普通銀行転換以降における第八十五銀行の 金融ビジネス・モデルについては,別稿を準備中 である.. けていないという点を指摘している.事実上, 役員と銀行が取引することは,取引が安易な方 向に流れる可能性を内包しており,少なくとも 健全な銀行の取引とは言い難い.さらに,監査.

(5) . 役の承認も受けていないということは,内部統. 常支店取引ノ實情ヲ詳知スルニ由ナシ斯ノ如. 制機構も有効に機能していないことを示唆して. キハ畢竟従来格別ノ事変之ナカリシト各支店. いる.第八十五銀行は,リスク・マネジメント. 長ノ人格ニ依頼シ居レルニ因ルナランモ本店. の観点から極めて問題のある行為を指摘された. トシテ當然ノ用意ヲ缺如セルモノト認メラル. のである.これに対し銀行側は,直ちに監査役. 當行重役ハ之ニ関シ如何ニ思考スルカ今後ノ. の承認を求め,今後は自己の名義で取引すると. 處置併テ答申ヲ求ム. 答申している.  検査官の第二の指摘事項は,横浜生命と横浜. 右答申. 火災の代理店業務を定款の定めなく行っている.  支店行務ニ就テハ従来誠心注意可致居ノ處監. ことである.これに対し銀行側は,綾部個人の. 督其當不得今回御臨検ニ際シ一々御指摘御指令. 名義で空き時間に行っている行為に過ぎないの. ノ趣恐縮ノ至リニ奉存候今後ハ充分ノ注意ヲ払. で定款に抵触しないと「誤解」していたこと,. ヒ専心監督ノ途ヲ相講シ萬遺漏ナキヲ可期覚悟. 代理店業務の利益を銀行の収益に加算していた. ニ御座候右答申申上候也. ことも「御指摘」によってはじめて認識したこ と,今後は解約手続きを進めることを答申して. 大正五年十一月廿四日. いる.やや弁解じみた答申ではあるが,検査官. 株式会社第八十五銀行. の指摘をきっかけに代理店業務を解約すること. 取締役頭取 綾部利右衛門. になった点は変わりない.. 取締役副頭取 山崎嘉七.  検査官の第三の指摘事項は,死亡に伴う銀行. (以下の署名省略――筆者注). 役員の欠員補充を行っていないことである.こ れに対し銀行側は,次期の総会まで選挙を猶予.  検査官の本問での指摘事項は,県下に5ヶ所. することができると「誤解」していたためで,. の支店があって各支店は「巨額ノ取引」を行っ. 直ちに臨時総会を招集して補欠選挙を行う旨,. ているにもかかわらず,監督方法が 20 日毎の. 答申している.. 日計表の徴求と時折の行員の「出張打合」のみ.  第一問で重要なのは,やはり第一点目の指摘. で不十分であり,ほとんど「支店長ニ放任」し. であろう.検査官は,リスク・マネジメントの. ていることである.当時,銀行の中には支店長. 観点から銀行として大きな問題のある事項を発. の裁量が災いして銀行に巨額の損失を与える. 見し,その指摘を通じて改善を求めたのである.. ケースがみられた.検査官はこの点を懸念した のだろう.これに対し銀行側は,今後は「専心. 史料2. 監督ノ途」を講じて十分に注意を払う旨,答申. 第二問(大正五年十一月廿四日 宛先:大蔵事務. している.なお,この段階では具体的な対応策. 官岡田信――筆者注). は明示されていないが,後に第八十五銀行は,.   本店ハ常ニ支店ト連絡ヲ保持シ事務ノ統一. 役員・支配人クラスが支店実地検査を行うこと. 金融ノ円滑ヲ図リ各業務ニ付テハ一定準則ヲ. となる.このように,検査官はリスク・マネジ. 定メテ支店長委任ノ限度ヲ明確ナラシメ以テ. メントの観点から重要な支店監督体制の不備を. 萬一ノ失錯ニ備フル事最モ肝要ナリ然ルニ當. 発見し,支店監督体制の整備を求めたのである.. 行ハ縣下五ヶ所ニ支店ヲ有シ各支店ハ概シテ 巨額ノ取引ヲ為シ居レルニモ拘ハラス之レガ. 史料3. 統一及監督方法ニ付テハ僅カニ十日毎ニ日計. 第三問(大正五年十一月廿五日 宛先:大蔵事務. 表ヲ徴シ時折行員出張打合ヲ為スノミニテ凡 ソ各般ノ取引ハ殆ンド支店長ニ放任シ居リ居. 官岡田信――筆者注). (原文なし――筆者注).

(6) . 答申書. 収スルカ又ハ極度額ヲ増加スル等相當整理シ. 一,當行係別及事務員ノ配置ハ必スシモ適當ナ. 今後注意可仕候. ラズ候ニ就テハ能ク之レヲ研究シ人繰ノ都合. 十 五, 諸 貸 出 金 中 缺 損 ニ 帰 ス ベ シ ト 認 メ ラ. 相付候限直接事務ヲ取扱フモノト現金及証券. ルヽモノ證書貸付九八一円五七〇割引手形. 類ノ保管出納者ト帳簿方トハ各區別スル様注. 二,八〇五円総計三七八六円五七〇厘有之右. 意可致候. ハ可成速ニ整理銷却仕ルベク候. 二,将来文書ノ受發簿ヲ備ヘ置キ之レニ一切ノ 受發文書ヲ明記可致候. 大正五年十一月廿五日. 三,支店事務ハ人員ノ繰合セ相付候限リ務メテ. 右答申仕候也. 其分擔ヲ定メ責任ヲ明カナラシムル様可致仕. 株式会社第八十五銀行. 候. 取締役頭取 綾部利右衛門. 四,損益各科目記入帳ハ旧式且多種ニシテ記入. 同副頭取 山崎嘉七. 方乱雑ニ付爾後損益勘定元帳ヲ調製シ之レニ 整然且明瞭ニ記載可仕候 五,雑費ノ支払証憑書タル領収証ニ収入印紙ナ キモノハ相當整理可致候 六,雑費領収証宛名ガ行員個人名義及全然他人. (以下の署名省略――筆者注)    本問では残念ながら答申しか史料が残されて いない.したがって,銀行側の答申から検査官 の指摘事項を推測しつつ,検討を行いたい.. 名義ノモノアリ右ハ全ク銀行経費ニ支出シタ.  第一と第三の指摘は,本店及び支店における. ルモノニ有之候條相當整理可致候. 行員の責任分担を明確化するよう求めたもので. 七,将来ハ取締役會議ヲ開キ同會議決議録ヲ調 製シ之ニ決議事項ヲ記載可致候 八,株主総會決議録ハ會議ノ模様ヲ知リ得ヘキ 様詳細ニ記載可仕候 九,一切ノ帳簿ハ塗抹改竄ヲ避ケ御指示通リ整 然明確ニ記帳可仕候. ある.これに対し銀行側は,人繰りの都合がつ き次第,直接事務を行う者と現金・証券等の保 管出納を行う者と帳簿方を区別する旨,答申し ている.確かに,銀行事務と現金出納と帳簿記 入を同じ行員が行うことは,帳簿改ざん等を通 じて行金使い込み等の可能性が高まるため,か. 十,左記有價證券ハ川越貯蓄銀行ノ資金ヲ以テ. なり問題といえる. 検査官は,いわゆるオペレー. 購入シタルモノナルニ其對價領収證ハ本行購. ショナル・リスクの観点からも,リスク・マネ. 入分ト併セテ當行宛トシテ徴シタルハ不都合. ジメントの改善を促していたのである.. ニ付自今注意可致候.  第二,第四,第五,第九,第十二の指摘は,.  一,露國大蔵省證券  五萬円. 損益科目の記入帳が「旧式」で記入も「乱雑」.  一,東京市債拾弐万五千圓. といった帳簿の記帳方法等に関するものであ. (証拠金三千七百五十円支出) 十一,當行重役ノ取引ニ對シテハ特ニ最低利ノ 利息ヲ徴シ居レトモ今後注意可致候 十二,勘定科目中記帳ヲ誤リ相互入狂等ヲ生ジ 不行届ノ点ハ向後整理可仕候 十三,従来未拂利息ノ科目ヨリ未拂利息トシテ. る.これに対し銀行側は,損益勘定元帳を作成 して損益科目を整然と記帳すること, 帳簿は「整 然明確ニ記帳」すること,記帳のミスは整理す ること,などを答申している.検査官は,健全 な銀行として当然の前提といえる正確かつ明快 な帳簿作成を求めたのである.. 豫定セザリシ利息ヲ支拂致居候處今後ハ決シ.  第七,第八の指摘は,取締役会決議録の作成. テ斯ノ如キ事ヲ致サザルベク候. と株主総会決議録の記載をより詳細にするよう. 十四,當座預金貸越中貸越極度超過セルモノ又. 求めるものである.銀行経営がワンマンに陥ら. ハ曾テ超過セシモノ有之右ハ速ニ超過分ヲ回. ず,役員による相互チェック機能が働き,かつ.

(7) . 株主によるガバナンスが有効に機能する前提条. レート・ガバナンスの強化,オペレーショナル・. 件として,これらの決議録の作成が必要である. リスクの削減を促し,帳簿記帳の整理改善を図. ことは疑いの余地がない.検査官は株式会社と. る意図が存在した.すなわち,銀行のリスク・. して当然のことを求めたといえる.. マネジメントの改善を促す意図が存在していた.  第十の指摘は,山崎嘉七の経営による川越貯. のである.. 蓄銀行の資金で購入された東京市債等の領収書 の宛名が第八十五銀行となっている点について. ⑵大蔵検査の効果. である.これに対し銀行側は,今後注意する旨.  このような意図をもって実施された大蔵検査. 答申している.関係銀行であっても,別法人で. は,第八十五銀行にどのような影響を与えたの. ある以上,経営の明確な区別が求められたとい. か.受検の約半年後,大蔵大臣宛に提出された. える.やや細かい指摘のようにみえるかもしれ. 「整理實行ノ顛末開陳書」が,その手がかりを. ないが,検査官の脳裏には,関連銀行の資金を. 与えてくれる.. 用いて乱脈な経営を行って連鎖破綻をおこした ケースがあったのかもしれない.特に,零細な. 史料4. 資金を吸収する貯蓄銀行の資金を,普通銀行が. 整理實行ノ顛末開陳書(大正六年四月拾七日 宛. 事実上流用することは,社会政策上もかなり問. 先:大蔵大臣勝田主計――筆者注). 題があるため,このような細かい点にまで注意. 客年十一月下旬大蔵事務官岡田信殿御一行御臨. が及んだと考えられる.. 検ノ際弊行事務取扱上ニ於ケル不備事項整理方.  第十一,第十四,第十五の指摘は,いわゆる. 御指令ニ對シ答申仕置候事項ハ爾来専心事ニ當. 不良債権やその温床となる可能性の高い貸出に. リ着々整理實行仕リ候結果既ニ其大部分ハ結了. 関するものである.具体的には,重役関係貸出. 仕候即其顛末ハ左記ノ通リニ御座候此段開陳仕. が「最低利」であること,当座貸越が貸越極度. 候也. 額を超過しているものがあること,貸出中「欠. 株式会社第八十五銀行. 損」が,証書貸付 1,000 円弱,割引手形 3,000. 取締役頭取 綾部利右衛門. 円弱ほど認められること,が指摘されている.. 大正六年四月拾七日. これに対し銀行側は,当座貸越の極度額超過分 については「回収」もしくは極度額の「増加」. 整理實行顛末. で対応し,不良債権は「速ニ整理償却」する. ○第一答申書ニ於ケル事項. 旨,答申している.なお,「最低利」について. 一,綾部頭取並山崎副頭取カ各實子ノ名義ヲ. は「今後注意」すると答申するにとどまってお. 以テ銀行ト取引致居候勘定ハ何レモ監査役. り,あまり修正する気がないように見受けられ. ノ承認ヲ経大正五年十二月一日ニ於テ自身. る.当時の第八十五銀行の貸出額は 100 万円以 上あったから,合計 4,000 円たらずの不良債権. 名義ニ相改メ整理仕候 二,横濱生命,横濱火災両保険会社ノ代理店. は銀行経営的にはほとんど問題がないといって. 事務取扱ノ義ハ前者ハ本年二月二十三日,. よい.検査官の狙いは,たとえ小額であっても. 後者は仝月三日何レモ解約實行仕候. 不良債権を指摘しておくことで,不良債権の追. 三,取締役壱名ノ缺員ハ大正五年十二月十五. 加発生を未然に防止することであったように思. 日臨時株主総会ヲ招集シテ補缺選挙ヲ行ヒ. われる.  以上,一連の検討から,大正バブル期の大蔵 省銀行検査には,不良債権処理の促進の他に, 支店監督体制や内部統制機構の整備,コーポ. シ結果神島瀧蔵補缺上任仕候 ○第二答申書ニ於ケル事項 一,本支店間ノ連絡,事務ノ統一,業務取扱 上ノ準則並ニ支店長委任ノ限度等ハ左ノ通.

(8) . 實行致居候. 完成不仕候尤モ本項ハ今後御指令ヲ體シ. 一,本支店ニ於ケル事業ノ状況、金融ノ繁. 徐々實行可仕覺悟ニ御座候. 閑、金利ノ高低、資金運用ノ方法、其他 ノ出来事ハ爾来一層電話文書ノ通信ヲ繁. 二,文書ノ受發簿ハ大正五年十二月一日ヨリ 之レヲ完然ニ相設ケ使用仕居候. ニセシノミナラズ時々社員ヲ呼寄セ若ク. 三,支店事務ハ爾来支店長ノ意見ヲ斟酌シテ. ハ派遣シ互ニ知照以テ常ニ連絡ヲ缺カサ. 其擔任ヲ定メ以テ責任ヲ明瞭ナラシメ居候. ルヘキ様注意實行仕居候 二,事務ノ統一,業務取扱上ノ改善ニ就テ ハ着々實行中ニ御座候得共猶完成ノ域ニ ハ遼々タルモノニ御座候要スルニ是等ハ 範ヲ先進ノ同業者ニ採リ以テ最善ノ方法 ニヨリ漸次改革ヲナスヘキハ勿論毎半季 一回必ス支店長會議ヲ開キ尚之レカ研究. 四,損益勘定元帳ハ本年一月一日ヨリ之レヲ 洋式ニ改メ明瞭ニ記載致居候 五,雑費ノ支拂領収證ニ収入印紙貼用漏ノモ ノハ直チニ貼用為致置候 六,雑費領収證中宛名相違ノモノハ直チニ訂 正為致置候 七,取締役會規則ヲ制定シ且ツ其會議ハ少. ヲ怠ラサルヘキ事ニ相改メ實行致居候. ナクモ毎月一回必ス之レヲ開催スヘキ事ニ. 三,業務取扱ノ準則ハ取扱方ノ改善ニ従ヒ. 相改メ尚取締役會決議録ヲ設ケ該會決議ノ. 時々改訂仕居候モ自然前項ニ準シ猶完然. 要領ハ必ス之レニ登載スヘキコトトシ爾後. ナル成文ヲ為スニハ至ラス候尤其取扱方. 實行致居候. ノ改善終了ノ後ハ之ヲ一括シテ成文トナ シ整然制定可致候 四,支店長委任ノ限度ハ一層之レヲ厳密ニ シ其事務員ノ任免ヨリ営業上重要ナル事 項準則以外ノ貸出等ニ就テハ特ニ本店取 締役ノ指揮ヲ受クヘキコトトシ爾後實行 致居候 五,支店ノ監督ハ一段之レヲ厳ニシ其貸出 金ノ出入ニ對シテハ毎旬日之レヲ詳細ニ. 八,勘定科目組違ノモノハ直チニ訂正記帳仕 候 九,支拂利息ノ計算ヲ明瞭ナラシムル為メ同 記入帳ヲ設ケ正確ニ整理致居候 十,當座預金貸越中極度超過ノモノニ對シテ ハ客臘夫々整理實行仕候 十一,諸貸出金中缺損ニ歸スベク御認定ノモ ノ金参千七百八拾六圓五拾七銭ハ前季決算 ニ際シ全部銷却整理仕候. 報告セシムルハ勿論従来取扱来候支店諸 勘定明細報告書調査ノ方法ニ改善ヲ加ヘ.  まず,第一答申書と関わる整理実行の顛末に. 而シテ右等ハ何レモ細密ノ調査ヲ遂グル. ついて,①山崎副頭取らが実子の名義で銀行と. ト同時ニ之レガ監督ヲ怠ラス尚支店検査. 取引していたものは,監査役の承認をえて自身. ハ毎半季一回以上之レヲ遂行スヘキコト. の名義に変更したこと,②保険会社の代理店業. ニ相改メ實行致居候. 務は解約したこと,③取締役の欠員は臨時株主. 要之御臨検後十二月初旬ヨリ中旬ニ亘テ支. 総会において補欠選挙が行われて充足されたこ. 店検査ヲ實行スルト同時ニ御指令ニ依レル事. と,が明らかにされている.. 業取扱ノ改善方ヲ命シ次テ本年一月十四日及.  次に,第二答申書と関わる整理実行の顛末に. 十五日ノ両日ニ於テ支店長會議ヲ開キ更ニ仔. ついて,①本支店間の連絡は電話・文書で頻繁. 細ニ其方法ヲ攻究協定セシ等専心其進行ニ腐. に行い,さらに時折支店行員と直接連絡をとる. 心仕居候. ようにしたこと,②事務の統一,業務取扱上の. ○第三答申書ニ於ケル事項. 改善は,他行の「最善ノ方法」も参考としつ. 一,當行係別及事務員配置方ノ改善ハ爾来. つ,毎半季開催される支店長会議において研究. 着々實行仕居候得共事務員少数ノ為メ未タ. を進めていること,③業務取扱の準則は,目下.

(9) . 改善中の段階で,まだ成文化されていないこと,. されて監査役の承認は得たものの継続されてい. ④支店長の権限は,重要な貸出等を本店取締役. ること,また行員の配置の改善が完了していな. の指揮下におくなど,概して「厳密」にしたこ. いことは,検査を通じたリスク・マネジメント. と,⑤支店の監督を一段と厳格にし,貸出金の. の進展がいまだ完了していないことを示唆して. 出入りについては詳細に報告させるほか,支店. いる.実効性を全否定するものではないが,当. 実地検査を毎半季一回以上実施することとした. 時の大蔵検査は必ずしもまだ万全ではなかった. こと,が明らかにされている.実際,12 月に. 点にも留意しておきたい.. 支店検査を実行して事業の改善を命じ,また 1 月には支店長会議を開催して改善の方法をさら. 4.第八十五銀行による支店実地検査の実態. に攻究したこともあわせて示されている..  上記の検討で明らかとなったように,大正.  最後に,第三答申書と関わる整理実行の顛末. バブル期において実施された大蔵検査は,第. について,①行員の配置の改善は人繰りの都合. 八十五銀行のリスク・マネジメントの進展と関. から,まだ完成していないこと,②文書の受発. わって,支店監督体制の改善・強化に注目すべ. 簿を設けたこと,③支店事務は担任を定めて責. き影響を与えた.本節では,第八十五銀行が実. 任を明確にしたこと,④損益勘定元帳は洋式に. 施した支店実地検査の実態について,一次史料. 改めたこと,⑤雑費の支払領収書で収入印紙貼. をもとに検討する 11).. 付漏れのものは貼り付けたこと,⑥雑費領収書 中宛名が相違するものは訂正したこと,⑦取締. 史料5. 役会規則を制定して会議は月1回以上開催する. 各支店臨檢要録. こととし,決議録も設けたこと,⑧勘定科目が. 一,山崎副頭取ハ淺野支配人ヲ伴ヒ大正七年五. 相違しているものは記帳を訂正したこと,⑨支. 月廿五日ヨリ五月三十日迄ノ間ニ於テ本行ノ. 払利息記入帳を設けて同勘定の計算を明瞭にし. 五支店ニ對シ営業一切ノ検査ヲ執行シタリ其. たこと,⑩当座貸越極度額超過分は昨年の暮れ. 何日左ノ如シ. に整理を実行したこと,⑪指摘された不良債権. 一,秩父支店 五月廿五日午前十時臨検午後. は全額償却したこと,が明らかにされている.  この整理実行の顛末の中で,最も注目すべき は,支店監督体制の改善・強化であろう.当時 の地方銀行では,支店の経営が支店長の裁量に 概して委ねられていたために,その貸出が不良 債権化するケースが往々にしてみられた.この 点に鑑みれば,第八十五銀行において,支店長 の裁量が制限され,貸出関係を中心に支店監督 を強化して毎半季1回は支店実地検査を実施す ると定められたことは,リスク・マネジメント. 八時終了 一,熊谷支店 五月廿六日午前十時臨検午後 六時三十分終了 一,本庄支店 五月廿七日午前七時五十分臨 検午後四時廿分終了 一,志木支店 五月廿九日午前七時五十分臨 検午後二時廿分終了 一,松山支店 五月卅日午前七時四十五分臨 検午後四時十五分終了 因ニ川越貯蓄銀行ハ五支店ニ於テ取扱ツヽ. の大きな進展といってよいだろう.. アル代理店事務視察ノ為メ仝行員早水藤四郎.  また,取締役会の実施が月1回以上と規定さ. ヲ一行ニ加ハラシメ共ニ各支店ヲ巡視セリ. れて決議録も設けられたこと,不良債権が早く も償却されたことは,コーポレート・ガバナン スの強化や経営健全化を通じたリスク・マネジ メントの強化と評価することができる.  なお,役員関係の取引について,名義が変更. 11)本節で利用する史料は,第八十五銀行『取 締役支店臨檢要録』(自大正七年五月∼至大正十四 年= 1918 ∼ 25 年),埼玉県立文書館所蔵埼玉銀行寄 贈史料(検索番号 89)に合綴のものである..

(10) . 一,臨検ニ際シ今川熊谷支店長ハ私用ノ為メ出. ツヽニテモ減額セシムベキ様可成急且ツ此根. 張不在ニ付塩崎支店長代理者代リテ受検セリ. 抵当ノ不動産ニ係ル登記カ完全ナルヤ否ヤ取. 一,検査ニ際シテハ各支店ヨリ左ノ統計表ヲ調. 調方タモ命シ置キタリ. 製差出サシメ(臨検前日ニ於ケル帳簿ノ残高. 一,本庄支店ノ証書貸付中ニ佐久間支店長保有. ニ依ル)之レヲ当該帳簿ニ對照スルト共ニ現. ノ川越貯蓄銀行株券ヲ担保トセシモノ小口ア. 金,証書,手形,証券等ト一々照会シタリ而. リ依テ之レヲ山根手代ニ問糾セシニ之レハ最. シテ其計表ハ別紙ノ如シ. 初正式ニ信用勘定方ノ申出アリシニ支店長ハ. 一,諸勘定残高報告表. 信用貸ノ出来サル為メ自身ノ所有物ヲ貸与シ. 一,他店勘定残高報告表. テ貸出タル迄ニシテ他ニ何等ノ事情ヲモ存セ. 一,当座貸越及受拂残高報告表(五月廿一日. サルコト又自然回収不能ノ場合ニハ当然此担. 以降臨検前日迄ノ分). 保品ヲ以テ處分セラルベキ事ヲモ承認シ居ラ. 一,諸貸出金報告表(同上). ルヽモノナル由ノ答弁アリ依テ之レヲ認メ置. 一,当座貸越契約移動報告表(同上). キタリ. 一,保護預リ現在高仕訳表. 一,又仝店現在金ノ内ニ金貨五百九拾圓アリ之. 一,支金庫現在國庫金有高表. レハ現下ノ貨幣制ニ照シ不必要ニシテ且ツ不. 一,同上有價証券残高表. 利益ナルニ依リ幸便次第本店ヘ回送セシムベ. 一,検査ノ順序ハ大体現金有高貸出金并担保品. キコトヲ命シ置キタリ. ノ状態等ヲ先キニシ順次調査ヲ為シ預金ヲ最. 一,本庄并松山支店ノ貸出利率ニシテ高キハ日. 後トセリ従テ検査進捗ト出発ノ都合トニ依テ. 歩三歩乃至三歩五厘ノモノアリ且ツ概シテ高. ハ預金ノ調査ヲ欠キタル処アリタレドモ是等. 率ニ過クルモノヽ如シ依テ之等ハ至当ノ低減. ハ要スルニ何等ノ懸念ヲ要セサルモノト認メ. ヲ為スベク又新規貸出ニ際シテモ可成大勢ニ. タルニ依ル. 準拠シテ之レヲ迎ヘ一層ノ発展ヲ図ルベキ様. 一,各支店ヲ通シテ担保株券付属委任状ノ白紙. 訓示シ置キタリ. ナルモノ担保品差入書ノ数枚ニ誤記シアルモ. 要スルニ各支店ノ貸出金ハ将来ノ固定貸即本庄. ノ又ハ新株券ノ拂込金領収証ノ収受未済ノモ. ノ柳沢(割引貸)志木ノ山下和両人分ヲ除キテ. ノ,期限後延期証ノ差入ナキモノ等アリ是等. ハ他ニ担保充分ニシテ差当リ何等ノ懸念ヲ要セ. ハ改善又ハ整理ヲ為スベキコトヲ命シ置キタ. サルハ勿論其他渋事漸ク整備ノ緒ニ就キツヽア. リ. ルコトヲ認メタリ. 一,熊谷支店ニ於ケル不動産抵当当座貸越契約.  附録. 書中既ニ期限ノ経過シタルモノ小口アリ之レ. 今回支店巡回ノ好機ヲ以テ山崎副頭取ハ各. ハ継續登記ノ認否ヲ取調ノ上適当ノ手續ヲ運. 支店ニ格別恩顧アル左ノ七氏ヲ訪問シ謝詞ヲ. ハシムベキ事ヲ命シ置キタリ. 述ヘ且ツ各縮緬羅紗壱枚ツヽヲ贈呈シタリ. 一,又仝店ニ於ケル未拂利息中支拂期末到達前 ノ支拂準備金弐千五百四拾六圓四拾七銭ハ当. 一,秩父支店ノ華客 大森喜右衛門 柿原 萬蔵 柿原定吉. 季初頭ニ於テ普通利息ヘ振替拂出ノ記帳ヲ為. 一,本庄支店ノ同 神保舘製絲所 12). シアリ又当座貸越ト当座預金トニ於テ金五拾. 一,熊谷支店ノ同 林組製絲所 13). 圓ノ科目相違アリ依テ何レモ其訂正方ヲ命シ. 一,松山支店ノ同 小高秀一郎 江里常三. 置キタリ 一,本庄支店ニ於ケル柳沢割引手形ハ年来書替 ヲ繰返スノミニシテ元金ノ減少ヲ見ルニ至ラ サレハ之レハ本人ヘ交渉ノ上書替ノ都度何程. 郎 右之通リ也   大正七年五月卅一日 検査執行者 山崎嘉七.

(11) . (取締役副頭取――筆者注 14)).  このように,この支店検査では,帳簿の記帳. 淺野捨治(本店支配人――筆者注). ミスの指摘と修正の指示や不良債権及び不明朗 な貸出の摘発とその整理及び担保品の確認の指.  1918 年に実施された支店実地検査の概要は,. 示が出されている.大正バブルが終焉していな. 「要録」によると次のようなものであった.山. い段階で,自ら不良債権の処理と発生防止に乗. 崎嘉七副頭取自らが,各支店を1日ずつ臨検し. り出し始めていた点は注目に値する.早くも支. た.検査に際しては各支店より,諸勘定残高報. 店検査を通じたリスク・マネジメントが一応定. 告表,諸貸出金報告表,有価証券残高表などが. 着したといってよいだろう.. 提出された.検査の順序は,現金→貸出金→担.  もっとも,末尾では新規貸出を奨励するかの. 保品の順であり,預金の調査は後回しにされた.. ような訓示もみられる.これは,収益の拡大を. なお,支店検査の合間に山崎副頭取は各支店に. 意図しているのだろうが,ひとたびバブルが崩. 「格別恩顧」のある7名(件)の取引先を訪問. 壊すれば,不良債権の温床となる可能性もはら. している.. んでいる.支店検査の合間に,織物買継商や製.  検査の結果,明らかとなった指摘・改善事項. 糸所といった得意先への挨拶回りが行われてい. は次の通りである.①熊谷支店で不動産抵当当. ることとあわせて,当時の支店検査の限界を示. 座貸越中,期限経過のものが「小口」あるので,. 唆するものといえよう.. 「適当ノ手続」を行うこと.②熊谷支店で帳簿 の記帳に一部ミスがあり,訂正すべきこと.③. 史料6. 本庄支店の割引手形で固定化しているものがあ. 支店檢査執行要録. るので,少しずつでも減額することと根抵当の.  大正十一年四月小職等ハ取締役会ノ協議ヲ経. 不動産の登記が完全かどうか調査すること,④. テ左記日別ヲ以テ各支店臨検シ諸貸出金,諸勘. 本庄支店の証書貸付中,支店長保有の株券担保. 定ヲ精査スルト共ニ支店事業ノ實況ヲ観察シタ. によって貸出がなされているものがあったが,. リ. これは信用貸ができないための便法で,万一回.   四月十一日 秩父支店. 収不能の場合はこの株券を処分することを承認.   〃 十二日 熊谷支店. したので,これを認めたこと.⑤本庄支店,松.   〃 十三日 本庄支店. 山支店の貸出利率が「概シテ高率ニ過クル」の.   〃 二十日 松山支店. でこれらは適当に低減すること,新規貸出につ.   〃 廿一日 志木支店. いても市場金利に追随して, 「一層ノ発展」を. 各支店ニ於ケル事業ノ實況ハ別表各計表ノ示ス. 図ること.. カ如ク即本庄,松山ノ二支店ニ於テハ滞貸及担. 12)大和組神保原製絲所(釜数 374,1914 年時 点)のことと思われる.埼玉県編(1989)171~181 頁,本庄市史編集室編(1995)334~338 頁,熊谷市 史編さん室編(1984)726~729 頁,第八十五銀行 本庄支店『手形貸付記入帳』 (1934 ∼ 37 年),埼玉 県立文書館所蔵埼玉銀行寄贈史料(検索番号 460), 第八十五銀行熊谷支店『証書・手形貸付調』 (1927 年),埼玉県立文書館所蔵埼玉銀行寄贈史料(検索 番号 1577)などを参照した. 13)株式会社林組熊谷製絲所(釜数 580,1914 年時点) .参照文献等については,前注に同じ. 14)以下,役職等は検査時のもので,第八十五 銀行(1944)を参照した.. 保不足ノ貸出ニシテ整理前ノモノ稍多キヲ見タ リシモ秩父,熊谷併志木ノ三支店ハ何等ノ取締 ナク極メテ健全ニ進展シツヽアリタリ 松山,本庄二支店ニ於ケル滞貸又ハ担保不足貸 ニ對スル整理方ニ就テハ各債務者ニ照讀ヲ遂ケ 出来得ル限リ要求シテ専ラ入金又ハ増担保ノ徴 求ニ努メラルベキコトヲ示シ又本庄支店ノ大日 本紡織会社ニ係ル滞貸ハ目下夫々契約實行ヲ強 要シツヽアルモ此取引ハ斯ル大額ニ付充分ノ注 意ヲ以着々遺漏ナカラシムル様取扱ハレ度旨ヲ モ照示シ置ケリ.

(12) . 又新規貸出ニ付テハ此處財界ノ変調ト共ニ大反. に対する貸出枠が縮小されている.したがって,. 動遂ニ及フ 何レノ方面モ極度ノ動揺ヲ来タシ. 不良債権の減少と新規不良債権の発生防止が,. ツヽアリ前途ノ形勢逆曙スベカラザルモノアレ. この支店検査の主眼であったといってよい.. ハ此處暫クハ持久ヲ専ラトシ可成貸出ヲ手控フ.  1922 年時点という比較的早い段階において,. ルコト又担保品モ一般的極確實(地方的ノモノ. 第八十五銀行が,支店検査を通じて,自ら不良. 武蔵水電,秩父鉄道,武州銀行其他共可成之レ. 債権処理と新規不良債権の発生防止に努めてい. ヲ除クルコト)ノモノニ限リ且ツ掛ケハ出来得. た点には注目しておいてよいだろう.第八十五. ル丈安率ナルベキハ勿論最モ對人信用ニ重キヲ. 銀行は,大正バブル期において強化された支店. 置キ資力信用ノ薄弱ナルモノニ對シテハ之レヲ. 監督体制をリスク・マネジメントに実際に利用. 謝絶スルノ方針ヲ以取扱ハルベキ様照示シタリ. していたのである.. 秩父支店ニ於ケル割引貸(大森,柿原発行ノ手 形)極度額六十余円ヲ今後三十余円位(大森,. 史料7. 柿原各十五余円位)迄ニ縮小セラレ度旨ヲモ併. 各支店ヘ注意事項. 示置キタリ. 一,従来貸出金担保品ニ付テハ時價調査ヲ不怠. 各臨検ノ要領ヲ録シ後進ニ供ス  大正拾壱年四月廿六日 検査執行者 神島瀧蔵(取締役――筆者注) 淺野捨治(取締役兼本店支配人――筆者注). 事 一,自今担保株式ハ會社内容明瞭ニシテ東京株 式取引所ニ登リ壱割以上ノ配当ヲ為シ永年成 績良好ナルモノニ限ル事 一,支店ハ取引者ノ信用状態ヲ平素充分注意ノ.  いわゆる反動恐慌を経た 1922 年に実施され た支店実地検査では,次のように報告がまとめ られている.①秩父,熊谷,志木の三支店は問. 事 一,預金利率ハ支店ニヨリ七分弐厘迄勉強セシ モ自今ハ可成公表利率ニ複シ度事. 題がなかったものの,本庄,松山の二支店の貸. 一,支拂済ノ定期,當座預金証書ハ種類毎ニ合. 出中,返済が滞っているものや担保不足のもの. 計ヲ付シ綴リ置毎半季取纏メ丁寧ニ保存スル事. で整理前のものが「稍多キ」という状況であっ. 一,他店ノ計算書及案内書其他前項ノ通リ整理. た.②上記二支店の不良債権の整理については, 入金もしくは担保増徴に努めるよう指示した. 特に,本庄支店の大日本紡織に関わる不良債権 は金額が大きいため十分注意するよう指示し た.③新規貸出については,反動恐慌以降,前. スル事 一,不安貸出ニ付テハ極力回収スル様嚴命致候 事     大正十二年十一月十八日 視察員 會川絹治郎. 途の見通しが厳しい状況なので,しばらく「持. (取締役兼本店支配人――筆者注). 久」の方針で臨むべきこと,すなわち貸出を手. 小川竹次(後に,本店副支配人――筆者注). 控え,担保も確実なものに限定して掛け目を厳 格にするという方針をとるよう指示した.④秩.   「慢性不況」に伴う金融不安下の 1923 年に実. 父支店の織物買継商向け手形割引極度額を半額. 施された支店検査では,次のような注意が各支. 程度に縮小するよう指示した.. 店に対して出された.①貸出の担保品の時価に.  周知のように,1920 年の反動恐慌以降,日. 注意すること,②担保として認める株式は,伝. 本の金融界は不安定な状態がしばらく続いた.. 統があって内容が明瞭で東京株式取引所に上場. この支店検査でも金融不安の時期ということを. しており,年 10%以上の配当をしているもの. 反映してか,不良債権関係について特別な注意. に限定すること,③貸出先等の信用状態に十分. が払われている.また,不振の秩父織物業関係. 注意を払うこと,④従来,預金利率は勉強利率.

(13) . の適用を認めてきたが,今後は公表利率に修正. ル期の大蔵検査には銀行業の近代化を促進する. していくこと,⑤支払済みの預金証書は毎半季. 意図があったということができよう.. 取り纏めて保存すること,⑥他支店の計算書等.  実際,第八十五銀行の場合,大蔵検査での指. は整理しておくこと,⑦「不安貸出」は極力回. 摘を受けて,支店監督体制が強化され,支店実. 収すること,である.. 地検査が実施されており,不良債権の減少と新.  貸出担保や貸出先の信用状態に注意が払わ. 規不良債権の発生防止に自ら努めている.大正. れ,「不安貸出」回収方針が厳命されているこ. バブル期の大蔵検査は,銀行のリスク・マネジ. とから,この支店検査の主眼は不良債権の増加. メントの改善を促進する効果があったといえよ. を抑えることに置かれていたといってよい.や. う 16).すなわち,大正バブル期の大蔵検査は,. はり,金融不安の時期ということを反映してい. リスク・マネジメントの進展という観点から,. るのだろう.第八十五銀行は,早くも 1920 年. 銀行業の近代化の進展に一定の役割を果たして. 代前半の段階で,支店監督を利用して自らリス. いたのである.. ク・マネジメントを行い,新規不良債権の発生.  もっとも,上記の結論は,第八十五銀行の大. 防止に努めていたのである.. 蔵検査の事例から導かれた1つの仮説の域を出. 5.おわりに. るものではない.今後,他の事例を検討して仮 説の検証を進めていくこととしたい..  いわゆる日清戦後恐慌以降の断続的な銀行破. 引用文献. 綻を背景に,大蔵省側はプルーデンス監督の強 化を構想していたが,銀行家側の強硬な反対に. 伊藤正直(2003)「昭和初年の金融システム危機―. あって実現しなかった.しかし,いわゆる日露. その構造と対応―」安部悦生編『金融規制は. 戦後恐慌以降,1910 年前後頃において渋沢栄. なぜ始まったのか』日本経済評論社.. 一をはじめとする銀行家側のプルーデンス監督. 粕谷誠(2000)「金融制度の形成と銀行条例・貯蓄. に対する態度が軟化,1914 年の第一次世界大. 銀行条例」伊藤正直・靏見誠良・浅井良夫編『金. 戦の勃発とあいまって大蔵省銀行検査は 1915. 融危機と革新』日本経済評論社.. ∼ 16 年において制度化されるに至った.なお, 推論の域を出ないが,世界大戦の勃発という未 曾有の事態は,政府に金融不安の防止の必要性 を強く認識させて,検査の制度化・強化のため の予算が,財政上認められた可能性がある.  大正バブル期において成立した当初の大蔵省 銀行検査は,支店監督体制や内部統制機構の整. 熊谷市史編さん室編(1984) 『熊谷市史 通史編』 熊谷市. 埼玉銀行史編集委員会編(1968)『埼玉銀行史』埼 玉銀行. 埼玉県編(1989)『新編埼玉県史 通史編 6 近代 2』埼玉県. 渋谷隆一(1975) 「『銀行事故調』解題」 『経済学論集』. 備,コーポレート・ガバナンスの強化,オペレー ショナル・リスクの削減など,総じてリスク・ マネジメントの改善を促進することに主眼が置 かれていた.概して,決済システムの発展,預 金銀行化の進展,預金者の裾野拡大の中で,自 己資本中心で経営していた時代と比べ,銀行経 営は貸出等のリスク・マネジメントに注意を払 う必要性が高まっていく 15).このようなリスク・ マネジメントが進展しているほど銀行経営は近 代化しているという考え方をとれば,大正バブ. 15)さしあたって,民衆=零細預金者の存在, 決済システム網への参加が,銀行経営に他の一般 の企業とは異なる性質(公共性)を付与する結果, 近代的な銀行では高利貸しのような過度なリスク・ テイクをすることが認められにくくなるのではな いかと考えている.なお,日本の銀行業の近代化 については,準備中の別稿で掘り下げた検討を行 いたい. 16)もちろん,本稿で言及したように,大正バ ブル期の大蔵検査は必ずしも万全ではなかった. しかし,このことは当時の大蔵検査の実効性を全 否定するわけではないと考えるのが自然であろう..

(14) . (駒沢大学)第 6 巻臨時号,1975 年 3 月. 第八十五銀行(1944)『第八十五銀行史』第八十五 銀行.. 邉英治(2004b) 「大蔵省検査と不良債権の処理過 程―昭和初期,埼玉県西武銀行を題材に―」 『地 方金融史研究』第 35 号,2004 年 3 月.. 土屋喬雄(1957)「アーラン・シャンドの検査とそ. 邉英治(2006) 「プルーデンス規制と不良債権問題. の報告」第一銀行八十年史編纂室編『第一銀. ― 1915 ∼ 45 年,日本の銀行規制の分析―」東. 行史』上巻,第一銀行.. 京大学博士論文,2006 年 1 月.. 日本銀行調査局(1928)『世界戦争終了後ニ於ケル 本邦財界動揺史』日本銀行.. 本庄市史編集室編(1995)『本庄市史(通史編Ⅲ) 』 本庄市.. 邉英治(2003) 「大蔵省検査体制の形成とその実態 ― 1920 年代を中心として―」 『金融経済研究』 第 20 号,2003 年 10 月.. (付記)  本稿は,平成 18・19 年度科学研究費補助金「金. 邉英治(2004a)「わが国における銀行規制体系の. 融ビジネス・モデルの変遷」 (基盤研究(B) ,研究. 形成と確立― 1920 年代を中心に―」『歴史と. 課題番号 17330079,研究代表者齋藤憲)の分担研. 経済』(旧『土地制度史学』)第 182 号,2004. 究の成果の一部である.. 年 1 月. (横浜国立大学経済学部准教授).

(15) 研究ノート 第 24 回経済学会賞(本行賞)審査講評. . ある. 東アジアにおいて成功した労働集約的産業 の発展による貧困削減は,一般に労働力人口が豊.  第 24 回経済学会賞(本行賞)には,18 本の論文. 富でないアフリカには適用できないとされること. の応募があった. このうち 2 本は複数名による執. が多いが,本論文は,経済学の基本である比較優. 筆であり,他のものは単独の執筆者によるもので. 位の概念を用い,具体的な統計数値に基づいて,. ある. 第 21 回の 12 本,第 22 回の 11 本,第 23 回. アフリカが目指すべき産業を論じている. 結論と. の 4 本に比して多くの応募があり,旧来の水準に. して,本論文は,たしかにアフリカにとっての比. 戻りつつあることは喜ばしい. 在学中の勉学・研. 較優位は労働集約的産業にはなく,土地を集約的. 究の成果を取りまとめる意欲をこのような形で発. に用いる畜産業にあるとした上で,次に,投入産. 揮された学生の皆さんに敬意を表したい.. 出関係に基づいて,畜産物を多く投入に用いる部.  18 本の応募論文はそれぞれ独自の関心のもとで. 門の中で比較的労働集約的な産業として食肉加工. 書かれたものであり,学生の若々しい関心が読み. 業を抽出している. 産業構造の戦略的変革によっ. 取られた. ただ,卒業論文執筆の意欲の現われで. てアフリカを貧困から脱却させようという問題意. もあるのだが,かなりの論文が投稿規定にある 4. 識は,現実社会への強い関心に裏付けられており,. 万字程度という目安を大幅に超えており,やはり. この論文に明確なメッセージ性を与えている. こ. 投稿規定との兼ね合いでも工夫が望まれるところ. の論文の提言に沿った産業戦略がとられたとして. である.今回は審査委員会で慎重に検討した結果,. も効用創出効果は微々たるものにとどまることに. 18 本すべてを審査対象として取り扱うとともに規. も付言しており , 良心的である.こうしたことから,. 定の枚数のなかで十分に力量を発揮したものを尊. 発展途上国の経済開発戦略を論じた論文として高. 重するという微妙な兼ね合いで審査を進めた.6 名. く評価できる.. で構成される審査委員会のなかでそれぞれの論文.  とはいえ,本論文にも問題は多く残っている.. について複数名の責任審査者を設けるとともに,. まず,分析の精緻さは不十分であると言わざるを. 必要に応じて外部レフェリーも設けながら審査を. 得ない. 例えば,一つの異常値に統計的結論が影. 進めた結果,下記の 4 点を優秀作(1 点) ,佳作(3. 響を受けているケースが見られる.比較優位・国. 点)とした.. 際分業を論じていながら,製造業への中間投入物 が貿易される可能性を考慮していない.「労働集約. 〈優秀作〉. 的製造業発展型」と題しているが,実際に本論文. 佐々木哲弘「アフリカにおける『労働集約的製造. で比較優位を有するとされた産業は畜産業であり,. 業発展型』雇用創出戦略」. 若干誤解を招くタイトルとなっている.いずれに. 〈佳作〉. しても,論文としては未だ粗削りな段階にあるが,. 堀田恭之「公理的資源配分理論による平等主義と. その明確で社会的に動機付けられた問題意識と自. 功利主義の分析」. らの主張をステップ・バイ・ステップで検証して. 清水潮音「新幹線整備事業の課題と展望──北陸. いく一貫した実証的姿勢が読者に強い印象を与え. 新幹線開業による長野県経済への影響を例に──」. ることは確かで,授賞に値する論文との評価を得. 初山友美「社外取締役に期待しうる役割と賠償責. た.. 任の免除・軽減」.  堀田恭之「公理的資源配分理論による平等主義 と功利主義の分析」は,ハンディキャップなどの.  以下それぞれの論文に講評を加える.. 理由で個人間に効用感受能力の差がある際,どの.  優秀賞に選ばれた佐々木哲弘「アフリカにおけ. ように所得分配を行うことが望ましいか,という. る『労働集約的製造業発展型』雇用創出戦略」は,. 問題を公理的なフレームワークで分析している.. アフリカの産業開発戦略を探ろうとする意欲作で. これまでこの分野ではある種のパラメータで特徴. 『エコノミア』第 58 巻第 1 号(2007 年 5 月),47 - 48 頁[Economia Vol. 58 No.1(May 2007),pp.47 - 48].

(16) . づけられる平等主義的分配ルールの分析が行われ. ている.. ていたが,堀田論文はこれに対し功利主義的分配.  初山友美「社外取締役に期待しうる役割と賠償. ルールの分析を行っている.功利主義的分配ルー. 責任の免除・軽減」は,平成 14 年の商法改正によっ. ルが,経済変化に対する様々な平等性の性質を満. て導入された社外取締役制度を対象として,社外. たす一方,ハンディキャップが悪化した個人に対. 取締役が果たすべき役割と期待される効果,およ. しては厳しい対応を取るルールであることを証明. び,その負うべき責任等について研究したもので. した.分析内容もさることながら,専門的なトピッ. ある. 社外取締役に関するこれまでの議論や関係. クに意欲的に挑戦する姿勢も評価できる.. する判例等の情報をコンパクトにまとめたうえで,.  清水潮音「新幹線事業の課題と展望──北陸新. 取締役の損害賠償責任と,その責任を免除あるい. 幹線開業による長野県経済への影響を例に──」. は軽減することの意義と問題点という課題につい. は,部分開業以来 9 年を経過した北陸新幹線高崎・. て,しっかりとした考察を行っている点を評価し. 長野間のうち,長野県内区間に焦点をあて,新幹. た.. 線整備に伴う効果について分析し,新幹線整備が 長野県内の人口・産業配置を転換したにすぎず,. 2007 年 3 月 23 日. 経済効果は検出されなかったと結論づけた. 本論 文は開業後一定期間を経てからの中長期的分析と. 第 24 回本行賞審査委員会. いう点に独自性がある. また論旨も明快であり,. 審査委員長:深貝保則. 分析も建設効果および県レベル・市町村レベルの. 審査委員 :冨浦英一,加藤峰夫,氏川恵次,. 経済波及効果についてバランスがよい構成になっ.       坂井豊貴,村上衛.

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