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Y 中学校に着任するまでの西山教師の概要

第 1 章 実証的分析Ⅰ Y 中学校の教師

第 2 節 事例分析:西山教師 若手教師の実践的知識の発達

1 Y 中学校に着任するまでの西山教師の概要

西山教師は30代前半、教職 8年目の中学校・英語科の男性教師である(3回目調査当時)。

西山教師は、「中学校の時にはもうなろう」と教師を志していたという。それは、「学校が 好き」「中学校が特に好き」だからであるという。 西山教師の中学時代、2 年・3 年時の担 任教師は「すごく自分らのことを考えてくれる」教師であったが、「めちゃめちゃ荒れたク ラス」であったために学級委員だった 西山教師 は「対教師、対クラス」の「板 ばさみ」にな ったという。「これはひどい」と思った 西山教師 であったが、「荒れたクラス」が「最後は もう、まとまるかっていうぐらいまとまって」いったことから、「ひとつひとつ解決してい ってまとまっていく、これが中学校なんだなっていうことをぼんやりと感じ」、「そういう ところで、ずっと仕事としてやっていけたらなぁという思い」から教師を志したという。そ の一方で西山教師は「英語、もともとめっちゃ嫌い」で、中学校時代の英語のテストは「50 点あるかないか」であったという。しかし、「今、風潮的にあまりない」「今の英語の世の 中でそんな授業は評価されない」という高校 2年時の英語の授業、「ノートに今日のテキス トを写して全部訳して答え合わせの授業」を通じて「むちゃくちゃ力が付き」、 西山教師は

「〔英語への〕抵抗感」が無くなったという。そして 西山教師は教師になることを目指して 地元の国立系大学の言語教育コースに入学し、英語を専門とするようになる。

西山教師の大学時代には「すごくいい出会いがたくさん」あったという。その1つが「今 でも付き合いがある」先輩であり、西山教師 が大学1年生の時に留学から戻ってきた「むち ゃくちゃすごい」4 学年上の先輩である。その先輩は「英語の論文とか読みまくって、学会 とかで発表して、英語めっちゃできて」という先輩であり、「TOEICやTOFLEとかの勉強 会」を開催して「おいでよ」と誘ってくれたという。西山教師はその先輩が所属していた「人 数が少ない厳しい」ゼミに「自然と入門」し、「そこでしゃべっていくうちに英語の授業っ て面白いな」と思うようになったという。もう1つの出会いとして 西山教師が挙げたのは、

教育実習の時に指導を受けた大学附属中学校の英語科教師である。 西山教師が大学生だった その時は、「素敵だけど、あまり に〔自分の授業とは〕遠過ぎて、自分の初めて授業するイ メージも持てないまま結局、よくわからずに終わって」という「出会い」であったという。

この「出会い」によって「圧倒的に英語は自分がしゃべれないと話にならないっていう挫折 感」を感じた西山教師 は、「あんな先生のような授業がしたいという漠然とした思い」を抱 くようになり、大学卒業後に1年間留学をする。

帰国後、西山教師は教育実習を行った大学附属中学校で英語の講師として勤務する。この 時に西山教師は、教育実習時代に指導を受けた英語教師から「許可が無くてもいつでもおい で、っていうか、来いって」と促され、「後ろでこうやって見てても身につかないから」「常 に黒板側に、TT という形で授業に参加させてもらった」という。このような環境で 西山教 師は1年間を過ごし、教科指導についての「イロハを教えてもらったというか、こうあるべ

71 きだっていう英語の授業をずっと見

せてもらった」という。次の年に 西 山教師は地元の都道府県で採用され、

教員として1校目、教師として2校 目の中学校に着任する。授業につい ては、「附属とは違う普通の公立中 の子どもたちに対しての授業ってい うのにシフトするのは、ちょっと苦 労した」西山教師であったが、附属 中学校での経験から、「初任者で新

しい学校に行った時も、 授業に関して最初、困ることが無くって」「どうしたらいいか分か らないっていう状態いうのがあんまり無くって」という教員としてのスタートであった。生 徒は、「反抗期とかないんかな、この子らっていう感じ」「中学生かお前らっていうぐらい 落ち着いていた」という。この中学校で 西山教師 は1年生から3年生までを担任として持ち 上がり、3年間を過ごした後にY中学校に異動する。

調査 3回目当時、西山教師は 3年間を過ごした Y中学校から異動し、教員として 3 校目、

教師として通算4 校目の中学校に着任したばかりであった。西山教師は3年間の Y中学校勤 務を経て「指導っていうものの見方が変わった」と述べており、「あっち〔生徒の〕目線で 全てやっていくことが大事」と生徒主体の指導観をもつようになっている。また、 西山教師 が教師としての「心構え」と呼称する教師観については、「子ども達とやっていく。創って いく。(中略)けれど同じ人としてやっていくってのが大事」「教えて教わるじゃなくて学 ぶ空間を創る」と、教師-生徒における既存の権力関係に依拠して一方的に教えるという教 師ではなく、生徒を同 じ人として認めて向き合う教師という教師観を持つようになっている。

そのような教師観のもと、生徒の学びが成立するような空間(環境)を創ることが教師の役 目と考えるようになっている。また、授業については、対話を行いながら生徒に「本当に考 えさせる」ことや「気持ちに変化のあるようなコミュニケーション」によって「英語の魅力」

に惹きつけていく授業を構想するようになっている。

このような考え方がどのように形成・変容されていったのかを、 西山教師 の語りから分析 し、実践的知識の発達に至る過程とあり様を明らかにする。次に、 西山教師の実践的知識の 発達の特徴および発達を支えている他者や要素を考察する。

2 分析

西山教師の実践的知識の発達過程には複数の考え方における省察の深まりがあ るが、それ らを授業に関する意味パースペクティブと生徒指導に関する意味パースペクティブに大別し て分析していく。分析に用いたデーターは、1 回目調査は 1-1 から 1-45、2 回目調査は 2-1 から2-44、3回目調査は3-1から 3-36である。

教職 年数 年齢

1校目 大学附属中学校(講師) 1 24

2校目 1年 2 25

2年  3 26

3年 4 27

3校目 3年 (第1回目調査 2012.8.4) 5 28 Y中学校 3年 (第2回目調査 2013.8.19) 6 29

1年 英語研究大会発表 7 30

4校目 2年 (第3回目調査 2015.8.21)  8 31 Table: N1 西山教師の教師歴と調査年月日

勤務校・所属学年

72 資料N1: 授業につ いての語 り (1年目 )

語り2-41 「技術的なこと言うと、講師の時に附属中にいたんですけど、その時にずっとつきっき

りでいた先 生のコ ピーです 。その人が 英語教 師として も僕のゆる ぎない 憧れなの で。そこの まるっ こコピーから始まって、今ちょっと大分、自分っぽくなってきたかなって感じですかね。」

(筆者発言:それは例えばどういうところが自分っぽくなってきてるんですか。)

「教科書が変わったっていうのが大きいかもしれない。自分で教材研究。その時は附属でやって、3 年間は教科 書変わ らずにず っとやって たので 、同じや り方をその まんま やって、 もちろん全 く同じ じゃうまく いかな いですけ ど。なんと かなっ てたんで すけど。教 科書変 わって 、 自分で考え なきゃ いけなくて 。でも その根本 、応用でき た時に 全部はで きないです けど。 少しずつ アレンジは できて きたのかなって。」

語り1-2 「まず70分授業っていうことが、どういう授業を目指せばいいのかなっていうイメージ がわかなくて、今もわいてないんですけど。英語科としては、70分にするとやっぱりひとコマが長 いので、週 に対す るコマ数 が減るので 。でも 英語は、 どっちかと いうと 技能とい うか、体育 に近い かなと思う と、細 かく何回 もやった方 がいい だろうっ ていう頭で いたの で、それ が長く少な くなる というと、どういうふうに力つけていける授業を創っていくといいのかなっていうのが、〔Y 中学 校に〕入るまえから、そして今も悩んでいるっていうところです。」

語 り 1-38 「次の学校でまた 70分っていうことは、 ほぼ無いので、と思うと、ここでしかできな

いことっていうと、一番、クラスターと70分授業な ので、現状今の自分の中で、力をつけるってこ とは具体的 にどう してやれ ばいいかっ てわか らない。 実際その場 で授業 が分から ない、って 言って 来る子もいる中で、そこで力をつけてあげられる授業、Yの一員として70分授業 でもちゃんと基礎 基本もつい てるし 、高校受 験にも対応 するし 、将来に 役立つ力も つくっ ていう授 業を、ひと つ形と していくのが、ここでやりたいことかな。」

語り1-27 「〔70分授業について〕自分もやってて辛いのに子どももつらいだろうなって。で、や

っぱり前の授業から、英語だったら普通 50 分の授業だったら週4あるはずの授業が、週 2 だった り 3 だったりすると、思い出すのも大変だし、思い出してから 70 分一気にまたガーっと進んで、

こう上手にこういけないし、やっぱり50分が染み付 いている部分もあるので、ぱっと時計みると、

あーやっぱり20分残って るなぁって、どうしよ うかなっていう。どうしようかなぁってなった時、

子どもたち ももう 心が切れ ているので 、結果 、何かを やらせると いうこ とになっ てしまうと 、すご くしんどい授業になってしまうなと。それはもう自分のデザイン力かな、って思うんですけど。」

語り1-14 「東先生と授業を始まる前にも、やりながらもしゃべっているところなんですけど、英

語科で常にしゃべるところなんですけど、英語科だと Yのやり方に合わせるのが すごく難しいねっ ていうこと をいつ もしてい て、 そのテ ーマと している 問題解決学 習って いうのが 、英語って 問題っ て何なんだ ろうね っていう 話をしてて 、英語 をしゃべ るっていう ことが 課題なん だから、探 求的に 話し合うっ ていう ことをし ようと思っ ても、 その話し 合う道具を 今、勉 強してる んだから 、 そこは 無理だなぁ ってい うことを 考えると、 どうし よねって 。でも、 今 、英語 科は座学 じゃなくっ て、文 法を教える んじゃ なくて、 ちゃんとコ ミュニ ケーショ ンをとれる ための 英語を中 心にやって いこう っていうことを、Y 中じゃ なくてもどこででも今やり始めている、それを大事にしていけばいいは ずだから、 それほ ど気構え て、しなく てもい いんじゃ ないかなっ ていう 理解で、 今、英語科 はやっ てるんです。70分はつらい んですけど、前の学校とそれほどやり方を変えてるつもりは自分ではあ まり、もちろん、新しく先生方の授業を見て参考にするところは多いんですけど、70分を何とか集 中力を持たせるための活動を入れたりはするんですけど、大きく変えてるつもりは、あまり、ない」

2-1 授業についての意味パースペクティブの発達過程

① 省察の喚起

教員としての採用以前の 1年間、大学附属中学校での講師時代に 西山教師 は「英語教師と して僕のゆるぎない憧れ 」(資料 N1 語り 2-41)である附属中学校教師の授業に TT(ティ ームティーチング)として参加し、「こうあるべきだっていう英語の授業をずっと見せても らった」という。この経験から附属中学校教師の授業を「コピー」した西山教師は、採用さ れた1校目の学校では授業については「困ることが無くって」「どうしたらいいか分からな いっていう状態いうのがあんまり無くって」という教員 としてのスタートであったという。