第 1 章 実証的分析Ⅰ Y 中学校の教師
第 1 節 事例分析:北村教師 初任教師の実践的知識の発達
2 分析
北村教師の事例においては、あらかじめ述べると、授業に関する考え方 の発達は生徒指導 に関する考え方の発達の 影響を受けていることから、 生徒指導についての意味パースペクテ ィブの発達過程を先に述べ、その後に授業についての意味パースペクティブの発達過程を述 べていく。分析に用いたデーターは、1回目調査は 1-1から 1-39、2回目調査は2-1から 2-44 である。
2-1 生徒指導について意味パースペクティブの発達過程
① 省察の喚起・考え方の形成
大学を卒業し、Y中学校に着任した北村教師は、同じ英語科の東教師の学級の副担任とな
42 資料K1:学級指 導と生 徒に ついての 語り(1年 目)
語 り 1-17 「もう授業にしろ生徒指導にしろ、自分 としては〔東教師は〕抜群 に素晴らしい先生や
と思ってますんで。見て学ぶというか。見て学ぶんだけど。最初は本当に見てたんですわ。見てたん だけれども。だんだん自分もクラス持ちたいなって気持ちが東先生のクラス見ながらすごく思ってき まして。クラス持ちたいなっていうのは、自分もこの子たちにどんどん言葉をかけてあげたいし、こ の子たちを指導したいし、この子たちを伸ばしてあげたいし、っていう気持ちが多くなって 、東先生 のクラスなんだけど自分も副担なんだけど、担任としていたいなって気持ちはすごく持ちながらやっ てました。だんだんそこから見るんだけど、一緒にやってく感覚というか。なんかだんだんあうんの 呼吸みたいなのが出てきて。東先生はこうしたいんやろなって感じはちょっと見えてきて。こうした いんやろし。自分こうした方がええなとか。ちょっとこれは見といた方がいいやろし。ここは少し後 ろから出て相手の子とちょっと話をした方がいいんだなとか。生徒にも話してこんな話するといいか な と か っ て い う の を 少 し 考 え な が ら や っ て い た の で 。 も う 今 振 り 返 る と め ち ゃ め ち ゃ 楽 し か っ た で す。めちゃめちゃ楽しかったし。めちゃめちゃ勉強になりました。」
語 り 1-15 「担任が代わって、まずあんた担任とし てやなんだけどっていう話 から入ったので。ま
ずその時点でズーンとなってしまったっていうのが1つですね。」
(筆者発言:最後に3学期 ぐらいは良くなって終わったんですか。)
「良くなって終わったとは思ってないですけれども。いろいろいじめもたくさんあったし。暴力的な こともたくさんあったし。(中略)学級としては、到底、学級じゃないクラスだった んですが。もう 3学期頃は、1月終わっ て2月頃は修学旅行も3月に はあるんですけど。近づいてきた頃には、もう 気持ちとしては子どもに言わなあかんことは言わなあかんってことでしゃべって。いろいろしゃべり かけながらやってましたけど。正直、何をやってるんかっていうのはあまり見えてなかったと思いま す。」
語 り 1-18 「最初やろうとしたのもあるんですけど 。 自分もクラスター制です ごい交わりは多い学
校やと思うんですけど。でもなんだかんだ2年生のク ラス見れてなくて。まず見なあかんって思って 見たところで、今そのバーンって来たので。あかんと思ってしまった りというのが1つなんですけど。
結局何もできんかったんですよ。今年は手をかけるというか。今年は細かく丁寧にっていう気持ちで、
人数も少ないので、今23名ですね。23名いるんです けど。人数もすごい少ないので、少ない中で 1 人1人にやっぱり手をかけ て指導してくっていうことが大事 かなっていうのと。白黒つけていきたい なっていうの。東先生からそれ学んで。あかんことをちゃんとどうあかんって伝えるかっていうのを、
やっぱり常に考えながらやってるっていうのと。良かったことをどう子どもに返してやるかっていう のをすごく考えながら、今、学級を3カ月ほどですけ ど経験させていただいてって形で。1年生は。」
語 り 1-34 「子どもがめちゃめちゃやんちゃしてる のを客観的に教員が見たら 、こいつら大変やな
って思うんですけど。子どもの心の中が大変なんかなっていうふうに感じてまして。すごい悩んでる というか。自分どうしたらいいか分からんって自暴自棄になってるとか 。そこはあんまり見えてはい ないんですけれども。いろいろ。大学のとき勉強したことであったり。社会学的なことなんかいろい ろ勉強したんですけど。そういったこと、いろいろ振り返って子ども見てみるとやっぱり悩んでるん かなっていう感じもして。そこにやっぱ気付くのがすごく今自分にとって大事かなっていうふうに思 ってますんで。あまり気付けてはないと思うんですけれど。」
語 り 1-35 「建前かもしれないですけど、教員やっ たら子どものこと思えんか ったら教員じゃない
と思うので。子どもの悩みを分かってあげられんかったらやっぱりいじめはずっと起こるやろし。子 ども同士でつらいことはずっと続くやろし。子どもは成長せんやろしっていうところは思うので。少 しでも見ようと見ようと今、心掛けてるくらいです。」
る。副担任になった北村教師は、担任である東教師が不在の時のみに代わりに指導するので はなく、ティーム・ティーチングのように常に一緒に学級指導に 北村教師 は参加する。この ように常に東教師の指導を「見て学ぶ」中で、 北村教師は「自分もこの子たちにどんどん言 葉をかけてあげたいし、この子たちを指導したいし、この子たちを伸ばしてあげたいし、っ ていう気持ちが多くなって」「自分もクラス持ちたいなって気持ち」が強まる。また、 北村 教師は東教師との「一緒にやってく感覚」「あうんの呼吸みたいなの」を感じるようになり、
「東先生はこうしたいんやろな」と 東教師の指導の真意を汲み取り、「ここは少し後ろから
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出て相手の子とちょっと話をした方がいいんだな」と副担任としての立場から自分の指導を 考えるようになる(資料 K1語り 1-17)。 Y 中学校着任 1 年目の後半から産休に入る教員 の学級を引き継ぎ、北村教師は、2 年生の担任となる。担任を持ちたいと思い始めて担任と なった北村教師 であったが、その学級では「あんた担任としてやなんだけど」と最初から生 徒からの反発にあい、「学級としては、到底、学級じゃないクラス」と 北村教師が述べるよ うな北村教師の想定を超えた困難な状況が続く(語り1-15)。そのような状況の中で 3月の 修学旅行が近づき、北村教師は「子どもに言わなあかんことは言わなあかんってことでしゃ べって。いろいろしゃべりかけながらやってました けど。正直、何をやってるんかっていう のはあまり見えてなかった」(語り 1-15)と指導しながらも混乱状況にあった。そして次の 年度、北村教師は4月当初から1年生の担任となる。
このような学級指導の経験を経て、Y中学校着任 2年目の夏(調査1回目当時)、北村教 師は「1 人 1 人にやっぱり手をかけて指導してくっていうことが大事」「白黒つけていきた い」(語り1-18)という考え方を 北村教師は形成している。これらの考え方は、Y中学校着 任1年目の学級指導(生徒指導)、「まずあんた担任としてやなんだけどっていう話から入 ったので。まずその時点でズーンとなってしまった」(語り1-15)という、衝撃的な経験へ の批判的な検討を通じて形成されている。 北村教師はこの時の自己の指導について、2 点の 批判的な検討を行っている。
1点目は「2年生のクラス見れてなくて」という生徒理解に関する点である(語り 1-18)。
北村教師は、東教師と共に1年生の学級を指導していたが、クラスター制での異学年交流の 実践を通じて、2 年生の生徒のことも「見れて」いると考えていた。しかし、2 年生の担任 になってみると生徒のことを「見れて」いなかったことに 北村教師は気付き、この「見れて」
いなかったという点から、「今年は手をかけるというか。今年は細かく丁寧に」指導を行い たいという意欲が生まれている。そしてこの意欲から、「1人 1人にやっぱり手をかけて指 導してくっていうことが大事」という考え方が形成されている。この考え方の形成において は、生徒についての批判的な検討も関連している。 北村教師は、「子どもがめちゃめちゃや んちゃしてるのを客観的に教員が見たら、こいつら大変やなって思うんですけど。子どもの 心の中が大変」(語り1-34)と生徒の側から問題行動をとらえて批判的に検討している。そ の上で北村教師は、「子どもの悩みを分かってあげられんかったらやっぱりいじめはずっと 起こるやろし」(語り 1-35)と、生徒理解の必要性という視点を明確にして、生徒の悩みに
「気付くのがすごく今自分にとって大事」(語り 1-34)、「少しでも〔生徒を〕見ようと、
見ようと今、心掛けてる」(語り1-35)と、生徒を理解しようとしていることを述べている。
そしてこの生徒理解という視点から、「1 人 1 人にやっぱり手をかけて指導してくっていう ことが大事」(語り 1-18)と生徒指導について北村教師は考えるようになったと推察される。
2 点目の批判的な検討は、生徒との関わり方についてである (資料 K2)。北村教師は 1 年目に途中から担任した学級指導について、「自分がすごく引いたところが多かった」こと から、「今年は自分が教員として〔生徒と〕どう接っせなあかんのかっていうのをやっぱり