第 1 章 実証的分析Ⅰ Y 中学校の教師
第 3 節 事例分析:東教師 中堅・熟練教師の実践的知識の発達
1 Y 中学校に着任するまでの東教師の概要
東教師は40代後半、教職 25年目の中学校・英語科の男性教師である(3回目調査当時)。
東教師は高校時代には 、医師か「カウンセリングというのか心理学を勉強したい」と思って いたという。しかし「25年ぐらい前ではカウンセラーという役職だけで職はない」というこ とから、「最終的に何番目かになりたかった教師」という進路を大学受験の際に選んだとい う。東教師は小学校教員養成課程において体育を専門にできる大学にも合格したために、「体 育なのか英語なのかで迷った」 というが、父親も高校の英語教師ということから、「〔 英語 の教師という選択は〕もしかすると結構上位にあった選択だったのかもしれません」と述べ ている。国立系の語学を専門とする大学に進学した東教師は、就職の際に企業からの内定を もらっていたというが、 「人が好きっていうことかな。子どもも好きだし大人も好きだし、
人と交わって、っていうか一緒にこう雑談が好きっていう感じ」ということ、さらには「ネ クタイを締めてスーツを着て革靴を履いてやる仕事」「ビジネスマンっていうのだけはいや だ」「形式にとらわれない仕事、自由な仕事をしたい」という気持ち から、最終的に教師と いう仕事を選択したという。
大学を卒業した東教師は直ちに採用され、講師経験など教師としての経験を積むこともな く1校目の学校に着任する。新規採用で着任した その中学校は、「1学年 9クラス 350人ぐ らい」「全校で900、1000人弱」の「超マンモス校」であり、「今一番荒れてる」と言われ る中学校であったという。 東教師の教師としてのスタートは、「当時はスケバン刑事が流行 ってた年なので、もう金髪の子がソバージュというかこんな頭で、たばこふかして、こんな 化粧して、こういうスカートの女の子達らをどこどこでたばこ吸ってるから捕まえてきてく れ、って言われて、休み時間、捕まえに行くっていう、そういうことが日常的でした」とい うものであった。この1校目の中学校において、東教師は着任2年目には 2年生の担任とな り、その学年を 引き続き受け持ち、3 年も担任して卒業させる。 次の 3 年間も東教師は担任 として1年生から学年を持ち上がり、教師としての経験を積み上げていく。その中で 東教師 は生徒会の担当ともなり、「1000人近くの生徒を動かす方法や工夫」「生徒を陰で支える重 要性」を先輩教師から学び、進路指導、部活指導も一通りの経験を積んで 、この1校目の中 学校で「中学校教員のすべての基本」を学んだと いう。しかし教科指導においては「可視化 できるモデル」という先輩教師に 東教師は校内では出会うことはできず、「どういうふうに したらいいのかっていうのがわからずに模索」をしていたという。英語科の先輩教師は 3名 在籍していたが、彼らの授業は「詰め込みプリントプリントっていうような感じの、これで いいのかなってコミュニケーションじゃない」「点数を上げることもう抜群にすごいんです けどもコミュニケーションじゃない」とい う、東教師の「イメージしてた英語の授業」とは 異なるスタイルであった。このように授業について模索していた東教師は新規採用 1年目の 夏、着任した市とは異なる市の英語科の教師たちで行う「サマーセミナー」にスタッフとし
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教職 年数 年齢
1校目 (7年間) 1 24
2校目 (5年間) 8 31
3年目 英語研究大会発表
3校目 (7年間) 13 36
4校目 3年 20 43
Y中学校 3年 教職大学院1年目 21 44
1年 教職大学院2年目 22 45
(第1回目調査 2012.8.4)
2年 (第2回目調査 2013.8.19) 23 46
3年 24 47
1年 (第3回目調査 2015.8.21) 25 48 勤務校・所属学年
Table: A1 東教師の教師歴と調査年月日 て参加する。その「サマーセミナー」で
東教師は、「これだ」と思える「英語教 師としてイメージしてた通り」の 他校の 先輩教師の実践に出会い、「感覚的には こういうことなんだっていうのがちょっ と見えて」きたという。それは、「事務 的にそのプリントプリントって授業じゃ なくてコミュニケーションを大事にして」
という授業であ ったという。そして東教 師はその先輩教師の実践から、 「授業も 非常にコミュニカティブな授業を仕組ん
でいったり、そういうところが結局 、子どもを大事に、コミュニケーションを大事にしてい る授業」と、求める授業スタイルを明確にしていく。
初任の中学校に7年間勤務した後に、東教師は2校目の中学校に異動する。この中学校は、
「ひと学年 20 人前後の小規模」な学校で、「田舎のちっちゃな地域の子でかわいらしい」
「地域もあたたかい」という中学校であった。この中学校で東教師は 5年間を過ごすが、異 動3年目に、「年齢も 40後半」で「女性で 小さな体の先生」が「やんちゃ坊主たち」を「手 のひらで転がす」という実践に 出会う。その女性教師の「構成的エンカウンター」の手法を 用いた指導によって、 生徒と生徒が「つながる」という実践を目の当たりにし た東教師は、
「ハードな部分だけじゃない生徒指導」「カウンセリングマインドも含めた生徒指導」 を実 践するようになったという 。また、この 2校目の学校は小規模校だったために 英語科の教員 は東教師1人であり、東教師は思い通りの授業を実践でき たという。東教師は後に教科でも 取り入れられた「チャットタイム」という取り組みを「トーキングタイム」として構想し、
「必ず授業の最初はペアで話す活動をやっていくっていう授業づくり」を実践 したという。
その実践で、「面白いように子どもたちが伸びていく」ことを実感した 東教師は、「授業っ てこういうふうに、やっぱりコミュニケーションっていう部分 に自信を持てた」と いう。ま た、この2校目の中学校着任3年目には 、複数の都道府県にまたがるレベルでの英語 科教育 研究会において、県の英語科研究会の代表として 発表も行い、実践してきた「トーキングタ イム(チャットタイム )」を授業における「コミュニケーション」の核とする授業スタイル が確立されていく。しかし東教師はこの2校目の中学校が「一番辛かった」ともいう。それ は、小規模校のために教員 1 人にかかる校務分掌が初任の大規模校と比較して「5倍」くら いに増え、学校外の英語科研究会の「見えない仕事が山ほど来て、もう自分が一杯一杯にな ってる時」があったという。自分の「未熟さと〔仕事への〕軽重のつけ方が分からなかった」
という東教師であるが、その英語科の研究発表の準備で「毎日〔午後〕7 時半からそこに集 まって、毎日、午前様 、12時過ぎるのは毎日。」であったという。
教職13年目となった東教師は 3校目の学校に異動する。3校目の学校は「非常に生徒指導
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が困難だった」 という。この学校の勤務を経て、「一緒に乗り越えてきたあの時のチームワ ークというか協働の組織というか、そのスピーディさであるとか、外部とのつながりとかも、
警察・裁判所等も含めてのやり方というか、そういうものを本当に学んで、だからぶれない 自分というのが、そこで生徒指導面でできた」と東教師は述べている。また、その生徒指導 は「ハードなだけかというと、やっぱりきちっとカウンセリン グマインドというか、話をす るっていう部分も持ち合わせながら、ここは絶対に譲らないぞいう基準を子どもに示すこと もできる」指導だという。この3校目の学校では、教科においても「自分が結構、やっぱり 中心的になっていた」という東教師であったが、「学年主任とかいろんなそういう立場で、
ちょうど僕の5つぐらい上から 7つぐらい〔年齢が〕上の人たちで、こういう上司というか、
主任クラスになりたいなっていうリーダー像が正にできてきたのがこの時」であったという。
このように東教師は3校の中学校勤務(7年・5年・7年)を経て、生徒指導においても教 科指導においても経験と実績を重ね、教職 20年目に Y中学校に異動する。東教師は、Y中 学校が新校舎で本格的に教科センター方式を実施して3年目の2010年にY中学校に着任し、
着任 1 年目から 3 年間、Y中学校の特色でもある 70 分授業での「問題解決型学習」 と異学 年クラスター制の実践 に取り組むが、着任 4 年目には 50 分授業への移行を経験する。この 間、Y中学校着任 2 年・3 年目に、東教師は勤務と並行して教職大学院に在学している。し かしこれは東教師だけに特別なことではなく、Y 中学校では毎年、数名の教員が教職大学院 に在学している。調査3回目(Y中学校学校着任 6年目)当時、東教師は授業づくりににつ いて、「目標があって達成して評価というスタイルの学習」から「課題があって 探究があっ てそれを表現するっていう形」へと考え方を発達させ、生徒が主体の「学びを仕組む」とい う考え方を持つようになっている。また生徒指導においては、「心の教育」を最も重要なこ とと考えて、「いかに丁寧に子ども達に接していって、あるときはやっぱり子どもを信じて きちっと待ってあげる」、保護者とも「丁寧に」「つながる」という考え方を持つようにな っている。このような考え方がどのように形成・変容されていったのかを、 東教師の語りか ら分析し、実践的知識の発達に至る過程とあり様を明らかにする。次に、 東教師の実践的知 識の発達の特徴および発達を支えている他者や要素を考察する。
2 分析
東教師の実践的知識の発達過程には複数の考え方における省察の深まりがあるため、 授業 についての意味パースペクティブの発達過程を述べた後に、生徒指導についての意味パース ペクティブの発達過程について大別して述べる。分析に用いたデーターは、1 回目調査は1-1
から 1-82、2 回目調査は 2-1から 2-43、3 回目調査は 3-1から 3-52 である。また、東教師
が教職大学院2年目に執筆した実践研究報告書も、語りを補足するデーターとして用いたが、
個人を特定する人名は記号や仮名に置き換えた。