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X 中学校に着任するまでの土屋教師の概要

第 2 章 実証的分析Ⅱ X中学校の教師達

第 1 節 事例分析:土屋教師 初任教師の実践的知識の発達

1 X 中学校に着任するまでの土屋教師の概要

土屋教師は20代、教職 5年目の中学校・理科の 男性教師である(2回目調査当時)。土屋教師は父 親 も中 学 校 の数 学 科 の教 員 であ る こ とか ら 「 この 職 業自 体 は 割と 身 近 で、 ず っと お 父 さん が や って る 姿を 見 て て、 で 例 えば 中 学校 ぐ ら いで 将 来 夢何 っ て聞 か れ たら 漠 然 と先 生 かな み た いな 感 じ のイ メージで答えてはいた」という。しかし土屋教師は

「小さい頃に先生なるんだっていう感じではなくて、徐々に徐々にやってくうちに」教師にな ることを決心していったという。高校卒業後1年浪人し、理系の大学に土屋教師は進学したが、

教職系の大学ではないその大学は、「あんまりそんなにガンガン教師つくってって感じではな く、まあ教職〔課程〕つくっとくかぐらい」であったという。大学時代は「ちょっと目が教育 から離れ」たという土屋教師であったが、2つの動機から現実的に教師への道を決心する。1つ は自身の部活動(テニス部)の経験から、「部活動、やっぱり自分一生懸命やってて、その中 でお世話になった先生と出会って、ああ、こういうふうに人と関わって行けたらなっていう部 分とか、まあ、ちょっとエゴなんですけど、自分が部活動で燃え尽きれなくて、で、っていう ところの部分で、なんかこう、まだ燃やしていけるものがあったらなっていうとこで、じゃあ 今度は教える側 で一緒に取り組んで行こうかな」という動機と、母校での教育実習の経験から、

「教えるって、そのテニス以外の部分での教育活動っていうのを見た時に、ああ面白そうだな って、もう純粋に子どもがかわいいなって改めて、その時別に子どもが大好きっていう路線で はいってなかったんですけど、その時、子ども見かえした時に、あ、子どもってかわいいなっ ていうところがプラスされて、じゃ先生もいいかなって」という動機、この 2つの動機から土 屋教師は教師を志す。

採用試験に1回で合格し、教職に就くことになった土屋教師は、大学卒業後、直ちに X中学 校に着任する。しかし、「 塾で教えるっていう機会はあったんですけど 、塾でも最大 10 人ぐ らいだったので 30何人の前で話すのは初めて」 だったという。着任 1 年目は 3年生の担任と なり学級指導も任されるが、「別に悪い子、いなかったんですけど」「学級経営は大変でした」

「授業やってる時間のほうが救い」であったという。着任2年目は 1年生の担任となった土屋 教師はその学年を 3年生まで持ち上がり、着任5年目は再び1年生の担任となる。調査 2回目 の着任5年目当時、「僕自身が何でだろうと思うことがいっぱいあった」という生活指導につ いて、「今、自分が本来あるべき状態から外れてるっていうことに〔生徒が〕自分で気が付い て、それを直す力っていうのがすごく大事」「〔生徒が〕自分でちゃんと判断して」「選択が できるようになんなきゃいけない」と土屋教師は考えるようになっている。また生徒指導につ いては、「ここだけは外しちゃいけないよっていう人間関係とかいじめとか、当番さぼったり

教職 年数 年齢

1校目 3年   1 24

X中学校 1年  2 25

2年 (第1回目調査 2014.8.1) 3 26

3年  4 27

1年 (第2回目調査 2016.5.21) 5 28 Table: Tu1 土屋教師の教師歴と調査年月日

勤務校・所属学年

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とか、そういうところは結構きつく怒る」が「そうじゃないところに関しては結構フランクに」

「小さなふれ合いを大事に」し、生徒との「信頼関係」を構築するという考え方を有すように なっている。授業に関しては、「中学生でも考える子は考えるし、考えるのって多分、考えら れればみんな楽しいと思う」という考え方のもと、「ただ動いて楽しいじゃなくて、なんでそ うなるのっていう考えるところの楽しさを見つけて欲しい」「人に説明できることの喜びとか、

っていうところまで到達して欲しい」という授業を土屋教師は目指している。また、「どっち が楽しいかと言われれば、いまだに僕は教師主導型」と土屋教師は述べながらも、「見取る力 のほうが教員にとっては大切」と生徒の学びを「見取る」という考え方のもと、「いかに子ど もが、子どもが動い てる時間を増やそっかなっていうのは最近考えながら授業は作ってる」「教 科書に答えを探させないとか、考えるプロセスをなんとか楽しめないかなっていうことは常に 考えてる」と、指導や授業方法について、生徒中心に構想するようになっている。

このような考え方がどの ように形成・発達されて いったのかを土屋教師の 語りから分析し、

実践的知識の発達に至る過程とあり様を明らかにする。次に、土屋教師の実践的知識の発達の 特徴および発達を支えている他者や要素を考察する。

2 分析

教 え る と い う 経 験 が ほ と ん ど 無 い ま ま に 教 職 に 就 い た 土 屋 教 師 が ど の よ う に 教 師 と し て の 実践的知識を形成・発達させていくのか、生徒指導についての意味パースペクティブと授業に ついての意味パースペクティブとを大別して、その発達過程を分析していく。分析に用いたデ ーターは、1回目調査は1-1から 1-50、2回目調査は 2-1から 2-61である。

2-1 生徒指導についての意味パースペクティブの発達過程

① 省察の喚起・深まり・考え方の形成

土屋教師は大学卒業後、直ちに新規採用教員として Y中学校に着任し、3年生の学級担任と なる。その着任 1 年目は、「別に悪い子、いなかったんですけど」「学級経営は大変でした」

(資料 Tu1語り 1-9)「授業のほうは楽しかった」「授業やってる時間のほうが救い」(資料

Tu9語り 1-8)であったという。それは、「1 年 2 年だったら崩壊してもちょっとクラスがワ

タワタしても立て直す時間っていうのがあるのかなとは思うんですけど、3 年だともうそのま ま受験に突入してしまうので失敗するわけにはいかないっていうプレッシャーがあった」と当 時をふり返って土屋教師は述べている。そして、着任 1年目の「一番印象に残ってるのは生徒 の髪型で指導したとき」という出来事から省察が喚起され、教師としての考え方が形成されて いく(資料Tu1)。

その出来事とは、着任 1 年目の 10月頃、学級委員であった男子生徒の髪型を注意した時に

「なんで俺だけなんですかみたいな。俺以外にももっとひどい髪型の、校則破ってるやつは居 る。なんで俺だけ言うんですかみたいなこと言われたときに、何も言い返せなかった」(語り 1-6)というものであった。その時には「駄目なものは駄目だっていうことで、あんまり理由を

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説明できずにガツンと言ってしまった」「きちんとしなきゃ駄目でしょってい う話でもう押し 通すしかなかった」という対応を土屋教師は採ったというが、この出来事から学級指導と生徒 指導についての省察が喚起されて深まっていったことが次のように語りに表出している。学級 指導について、土屋教師は生徒に「世話はしてあげるんだけど何か教えてあげるっていうこと

資料Tu1:着任1年目の 学級 指導につ いての 語り

語り1-6 「今から考えると当時の僕は子どもを子どもとしては見てなかったなっていう。育ててち ゃ ん と教 えて 導 く対 象っ てい う より は、 初 めて の社 会人 で 、初 めて の 受け 持つ 子ど も たち で、 ど っ ち か って いう と 一緒 にな って 近 所の お兄 さ んじ ゃな いけ ど 、子 ども っ てい うよ りは 妹 弟み たい な 感 覚で、世話はしてあげるんだけど何か教えてあげるっていうことが全然できない 1 年だったかなっ ていうふうな、今、ふり返るとそういう印象を持ちます。もうあのとき自体は何だろうな、日々のこ とで必死すぎて、計画的にというか未来を持ってなかなか指導できてなかったので、1 回 1 回の授 業であったりとか、子どもたちとの生活指導の関わりであったりとかっていうのが、すごく 1 個 1 個 が もう 本当 に 大変 だっ たな っ てい う印 象 に残 って 。そ の 中で も一 番 印象 に残 って る のは 生徒 の 髪 型 で 指導 した と きに 、坊 主だ っ た子 が髪 の 毛を 伸ば し始 め て、 どう し ても 伸ば すと き って 髪型 が お し ゃ れし よう と する とち ょっ と モヒ カン ぽ くな っち ゃう ん です よね 。 それ を注 意し た とき に、 学 級 委 員 の子 だっ た んで すけ ど、 な んで 俺だ け なん です かみ た いな 。俺 以 外に もも っと ひ どい 髪型 の 、 校 則 破っ てる や つは 居る 。な ん で俺 だけ 言 うん です かみ た いな こと 言 われ たと きに 、 何も 言い 返 せ なかったっていうのがすごく心に残ってます。」

(筆者発言:それって何月頃ですか。)

「それ は推薦 うん ぬん の話 が出て たので 、そ いつ が野 球〔部 〕引退 して から だか ら 10 月ぐ らいか な。」

(筆者発言:それを言われて、その後その子との関係は悪くなったりそういうことは?)

「 い や悪 くは な らな かっ たで す 。結 局駄 目 なも のは 駄目 だ って いう こ とで 、あ んま り 理由 を説 明 で きずにガツンと言ってしまったので、あと、学級委員としての君の立場があるしっていうところで、

そ い つ野 球推 薦 もら って る子 だ った んで 、 そう いう とこ ろ でき ちん と しな きゃ 駄目 で しょ って い う 話 で もう 押し 通 すし かな かっ た って いう と ころ で。 でも も とも と学 級 委員 でよ くや っ てく れて た 子 だ し 、信 頼関 係 は先 生と して で はな い ん で すけ ど多 分で き てた ので 、 そこ で関 係が 悪 くな るっ て い うことはなかったです。」

語り1-7 「だからそのとき、生活指導ってその場その場じゃなくて普段からの関わりがとても大事 な ん だな って 。 要す るに その 子 は俺 にだ け って いう とこ ろ を突 いて き て、 大人 の隙 を 突き たい わ け で す よね 彼ら は 。だ から 普段 の 生活 から こ こは 駄目 だ、 こ こは いい っ てい うの をち ゃ んと 示し て お い て やれ ば多 分 スッ と、 もっ と 入っ てい っ たの かな って い う気 がす る ので 、そ こが ち ょっ と経 験 不 足というか、今、ふり返るとそうですね、そこはできてなかったっていうふうに思います。」

( 筆 者発 言: そ の子 が言 った よ うに 他の 子 はあ りま すよ ね 、こ の子 に はち ょっ と今 言 わな いほ う が いいとか。そういうふうな指導されてたってことですか。)

「僕の中ではそんなつもりはないんですけど、疲れてたというか、結構、全部が後手になっていて、

気 が 付い てか ら の指 導に なっ て しま うの で 、ど うし ても そ こま で目 が まわ って ない と いう か、 そ の 子 が 名前 挙げ た 子も 言わ れて み れば そう だ って いう 感じ な んで す。 僕 より 子ど もの ほ うが よく 見 て る な と思 って 、 だっ てあ いつ だ って 言わ れ てた とき に初 め てそ うだ あ いつ らも 確か に でき てね え っ て思うぐらいだったので、見えてなかったんです純粋に。」

語り1-9 「学級経営は大変でした。別に悪い子、いなかったんですけど特に。」

(筆者発言:先生の中で何が一番大変だったんですか。)

「僕の中で 3 年だからミスしちゃいけないっていうのが、要するに崩壊させる気はないんですけど 1 年 2 年だったら崩壊してもちょっとクラスがワタワタしても立て直す時間っていうのがあるのか なとは 思う んで すけ ど、3 年だと もう その まま 受験 に 突入し てし まう ので 失敗 す るわけ には いかな いっていうプレッシャーがあったのと、さっき言ったように、全然細かいところに気付けないので、

ど こ を視 点に 見 てい いか って い うの が自 分 でも 分か って な い の で、 何 てい うん です か 、 目 標物 が な い だ だっ 広い 野 原に 立た され て 行け って 言 われ た感 じで 、 どこ に向 か って 行け ばい い のみ たい な っ ていうところで、今だったらあそこに行きたいからそれまでにここに水飲み場あって、ここで 1回 休 憩 させ てこ う 行こ うっ てい う のが 何と な く、 道筋 が見 え てる から 行 かせ やす い ん だ けど 、そ れ が い き なし だと ち ょっ とき つか っ たで す。 そ うい う何 てい う のか な、 何 を見 れば いい か って いう の が 分かんないっていうところが。」

(筆者発言:それでさっき教えるんじゃなくて妹とか弟みたいな感じでいたという。)

「世話人みたいな。導いてはないかなっていう感じの印象を自分では受けました。」