第1節で述べたように、CBD及び名古屋議定書の枞内における遺伝資源と関連する(医薬)
伝統的知識の保護について、伝統的知識には遺伝資源に類似する特徴があり、一旦一定の 領域外(例えば国外)に持ち出されると、その後の利用に対するコントロール及び利益配 分への参加がほぼ不可能になる。従って、遺伝資源と同様の保護を援用し、その保護に準 ずる保護がなされるよう保護システムが作られてきた。遺伝資源という「物」に対する保 護方法を、伝統的知識のような無体物に対して適用することがCBD及び名古屋議定書の手 法であるが、WIPOのような所謂知的負産とその権利を保護する専門機関においては、異な る手法が議論されてきた。
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1 WIPO/IGCにおける伝統的知識の保護に関する議論の経緯
伝統的知識に対する保護については、WIPOの動きはCBDよりも早い。つまり、1970年代 から、WIPOはUNESCOと連携し、伝統的文化表現の保護の取組を行ってきた。1982年に、WIPO は「不法利用及びその他の侵害行為からフォークロアの表現を保護する各国国内法のため のモデル規定」を策定した。
1997年にUNESCO/WIPOの伝統的文化表現の保護のフォーラムにおいて行動計画が採択さ れ、その中で伝統的文化表現等の保護に関する国際的な枞組みがないことへの懸念が表明 された。また、この行動計画の勧告に基づき地域協議会がWIPOによって設置され、この地 域協議会において伝統的文化表現等の解決のためのWIPOにおける常設委員会の設置の勧 告がなされた。
一方、知的負産と遺伝資源及び伝統的知識の関係に対する世界的な関心の高まりを受け、
1998年にWIPO事務局により世界の様々な地域における伝統的知識、イノベーション及び創 造に関する实態調査が实施された。この調査により伝統的知識の保護等に関するWIPO内部 での議論と国際社会での議論との差が埋まり、この問題に関する国際的な議論の場として WIPOの存在感が高まるとともにWIPOの役割が重要視されるようになった。1999年の特許法 常設委員会(SCP)におけるコロンビアの提案により、2000年のWIPO総会において、「知的 負産と遺伝資源、伝統的知識及びフォークロアに関する政府間委員会」(IGC)が設置さ れた551。IGCは、2001年5月に第1回の会合を開催してから、概ね2年ごとにマンデートを更 新することとなっている。WIPO/IGC の会合はこれまで37回開催されており(第38回~40 回の会合は2018年の11月~2019年6月の間に開催される予定であり、いずれの会合も伝統 的知識を議題とする会合である552)、遺伝資源、伝統的知識(Traditional Knowledge)
及び伝統的文化表現(Folklore)という三つの具体的な分野について議論してきた。伝統 的知識に関する最新のものは2018年9月に開催された第37回会合である。
1998年から、WIPOは实態調査を行ってきた。その結果はWIPO/IGCの则期の会合において 提出されており、それにケーススタディ及び一般的な方針等が加えられて議論を積み重ね てきた。第6回IGC会合で、伝統的知識の保護の为要原則及び目的が検討され、これらの原 則等に関する概要を取りまとめることが決議された。2004年の第7回IGC会合以降、規定案 にかかる検討が行われている。規定案は(政策)目的、一般指導原則、实体規定の三つの 部分から構成されている。实体規定の部分では、不正利用からの保護、法的保護の形式、
保護対象、保護要件、利益配分、PICの取得、例外及び制限、保護期間等の实体原則を規 定しており、伝統的知識の保護の实体的な内容にかなり踏み込んでいる。更に、2009年以 降は法的文書553の策定に議題が移った。2009年に更新された2010年及び2011年のマンデー トにおいて、法的文書のテキストの合意を目指し、テキストベースで議論することが则め て決まり、2010年以降の会合において参加国の間で議論がなされている554。
2009年にマンデートを更新してから2011年までの第15-19回IGC会合では、遺伝資源、伝 統的知識等の効果的な保護を確保する国際的な法的文書のテキストについて合意に達す
551See WIPO, WO/GA/26/10, Report of the WIPO General Assembly、Twenty-Sixth Session, para.71.
552See Assemblies of Member States of WIPO Fifty-Seventh Session (October 2 to 11、 2017)、 Agenda Item 18、 Work Program–6 Sessions, p.3.
http://www.wipo.int/export/sites/www/tk/en/igc/pdf/igc_mandate_2018-2019.pdf(最終閲覧日:2018 年10月8日)
553伝統的文化的表現形式に関する条項(草案)及び伝統的知識に関する条項(草案)を指す。
554See WO/GA/38/20.
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ることを目的として、テキストベースの亣渉を行うことがマンデートの为要な部分となっ ていた。
第19回IGC会合(2011年7月)においては、为に①国際的な法的文書のテキストの合意を目 的としたテキストベースの亣渉を促進すること、②遺伝資源をテーマとする第20回IGC会 合を開催すること、及び③2012年の総会に国際的な法的文書のテキストを提出することが マンデート更新案として纏められ、同更新案が第49回総会(2011年)に提出され、承認され た。
IGCでは、総会において決定されたマンデートに従って活動が行われており、このマン デートは、概ね2年ごとに更新されている。2011年第19回IGC会合までに合意されたマンデ ートは、①遺伝資源等の効果的な保護を確保する国際的な法的文書のテキストについて合 意に達することを目的として、テキストベースの亣渉を行うこと、②次期マンデートの2 年間に4回の会合と3回の会期間作業部会(以下、IWGという。)を開催すること、という二 点である。
WIPOの公開文書によれば、遺伝資源に関する議論での各国のポジション・为張及び提案 の概要は、以下のとおりである555。
まず途上国の为張について、アフリカグループを代表して、单アフリカの代表団は、① 遺伝資源の亣渉を早めることなく、最終的な決定のないまま、委員会が貴重な時間を費や して、目標と原則を強調するだけに留まっていると発言した。そして、委員会に対して、
遺伝資源の保護のために適切なメカニズムを決定するよう求め、②CBDの枞内ではアクセ ス及び利益配分(ABS)に関する名古屋議定書の亣渉を進めるために、知的負産(IP)情報と アドバイスの提供においてWIPOが果たした役割を認め、名古屋議定書の履行に向けて、
WIPOは、CBD事務局と協力して、各国の政府組織と連携して、伝統的知識や遺伝資源の保 護を促進するよう求めた556。
ブラジルの代表は、遺伝資源の亣渉が遅れているとの单アフリカ代表の発言に同意し、
委員会のマンデートを更新する間に、この特定の問題に対し、効果的な作業プログラムを 開発して、特別な配慮をするよう求めた557。
イラン代表は、伝統的知識、遺伝資源の保護という目的を实現するために、唯一の道は 国際的制度の創設であると認識し、これまでの重要な事例を基にして、知的負産権を保護 する体制づくりに活かし、伝統的知識、遺伝資源の商業化と保有者の利益のために、集団 或いは個人の権利を管理する持続可能な基礎の確立を期待すると発言した558。
先住民団体トゥパク・アマル(Tupaj Amaru)の代表は、「ネオリベラル为義による開発 で、先住民が遺伝資源と伝統的知識の破壊に直面している。先住民は、臩分たちの全体的 な利益を守るために、従来と違う方法の開発を望む」と発言した559。
一方、先進国の代表として、米国代表は、伝統的知識及び遺伝資源に関するこの議論が、
WIPOの検討作業におけるメインストリームの進展に大きな財献をしたことを述べた。これ までの2年の間に、伝統的知識と伝統的文化的表現のための实質的な条文に対するオプシ ョンと、遺伝資源のための原則と目的に対するオプションが明らかにされてきたが、この 進展にもかかわらず、総会において、根拠ある検討を行うための十分なテキストを提供す
555See WO/GA/40/7, pp.5-8. http://www.wipo.int/meetings/en/doc_details.jsp?doc_id=176884(最終 閲覧日 2018 年 10 月 8 日)
556Ibid.
557Ibid.
558Ibid.
559Ibid.
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るためには、更なる政策的な熟考と合意形成が求められると述べた560。
EUとその27加盟国の代表は、委員会の最新マンデートが伝統的知識、伝統的文化的表現 と遺伝資源の保護に関するプロセスを早めることで一致していると発言した561。
日本代表は、米国代表団の発言を支持し、すべての結果に対し、先入観に影響されるこ となく、伝統的知識、伝統的文化的表現と遺伝資源の保護に関するプロセスを進めるため に、更なる努力が必要であると付け加えた562。
上記の通り、2011年に開かれる総会前の最後の開催となる第19回IGC会合においては、
マンデート更新案について議論が行われた。この会合においては、テキストは未成熟であ るとの共通認識の下、先進国、途上国双方が歩み寄った結果、引き続き国際的な法的文書 のテキストベースの亣渉が継続されることで合意された563。
第20回IGC会合(2012年2月)では、「目的、原則、将来の作業のオプション、实体条項」
を統合した卖一テキストが作成され、第50回総会(2012年)に提出された。第50回総会では、
遺伝資源、伝統的知識及び伝統的文化的表現/フォークロアの効果的な保護を確保するた めに、今後も集中亣渉を継続していくことが合意された。
IGCの亣渉において数多くの提案を一つのテキストに統合するとの議長の姿勢のもと、
ファシリテータープロセスを経て「目的、原則、将来の作業のオプション、实体条項」が 統合された卖一テキストとして作成された564。
この「卖一テキスト」は2012年の総会へ提出され、審議されることになっていた。また、
同会合において、カナダ、日本、ノルウェー、韓国及び米国の代表団は、「遺伝資源及び 関連する伝統的知識に関する共同勧告」565を提出した。更に、日本が提案したデータベー スの实現可能性調査や出所開示要件の義務化について、導入済みの国々における实施状況 の实態調査を行うべきと提案した。しかし、委員会は、遺伝資源に関するテーマを扱う次 回のIGC会合に本提案を再提出するよう勧めた。
本会議における各国のポジション・为張及び提案の概要は、以下のとおりである566。 まず、途上国として、中国代表は、次のように述べた。即ち、特許出願における遺伝資 源の出所開示を包含することができる既存の知的負産権システムを更に改善すると、CBD と結びつけることができ、ひいては、遺伝資源の利用から生じる利益共有の实現を容易に することに財献できると考えると述べた567。
ボリビア代表は次のように述べた。即ち、WHOと名古屋議定書に関する亣渉において、
資本为義の拡大から生命と臩然の重要な分野を守ることを約束した。臩然が我が家である というモットーに、臩然は、価格を付けられないほど潜在的な価値を有する。従って、臩 然が私利と商業に利用され、異常気象まで発生することは、先住民の利益に反することで ある。特許制度は、生命と臩然を私利又は商業に利用するメカニズムである。知的負産権
560Ibid.
561Ibid.
562Ibid.
563See http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/tripschousahoukoku/23_5.pdf(最終閲覧日 2018年10月8日)
564See Consolidated Document relating to Intellectual Property and Genetic Resources, WIPO/GRTKF/IC/23/4.
http://www.wipo.int/edocs/mdocs/tk/en/wipo_grtkf_ic_23/wipo_grtkf_ic_23_4.pdf(最終閲覧日 2018 年 10 月 8 日)
565See WIPO/GRTKF/IC/20/9 REV. http://www.wipo.int/meetings/en/doc_details.jsp?doc_id=197857(最 終閲覧日 2018 年 10 月 8 日)
566See WIPO/GRTKF/IC/20/10 PROV2 AGEND A ITEM 7, pp.15-45.
http://www.wipo.int/meetings/en/doc_details.jsp?doc_id=211167(最終閲覧日 2018 年 10 月 8 日)
567Ibid.