第 II 章 医薬伝統的知識
医薬伝統的知識の保護については、前章に述べたとおり、国内法レベルにおいて法的、
行政的又は政策的方法をとる国家は増えているが、国際法平面には未解決の問題が多く残 っている。これらの問題の解決のために、まず、我々は最则の問題に戻ってみよう。
何建志氏の論文は、三つの問題を提起した。即ち、伝統的知識とは何か、伝統的知識の 保護とは何か、なぜ伝統的知識を保護するかという問いである107。この三つの問いを医薬 分野に限定して議論すれば、1)医薬伝統的知識とは何か、2)医薬伝統的知識の保護とは 何か、3)なぜ医薬伝統的知識を保護するか、ということになる。本章では、まず第 1、2 節において、第 1 の問いに関して、また第 3 節においては第 2 の問いに関して論じている。
なお、第 2 の問いは次章においても言及される。第 3 の問いは次章の問題になる。
第 1 節 伝統医薬と医薬伝統的知識
1 伝統医薬(伝統医学)
伝統医薬の定義について、まず、医薬分野における最も権威的な組織たる世界保健機関
(WHO)の定義を見てみよう。
WHO は、2001 年及び 2013 年において、伝統医学戦略(Traditional Medicine Strategy)
を作成した。両文書(“Traditional Medicine Strategy 2002-2005”及び“Traditional Medicine Strategy 2014-2023 ”)とも 、伝統医学に 関する定義 を行ってい る。戦略 2002-2005 年の前文によれば、伝統医学は以下のようである。
「伝統医学とは、伝統中医学、インドのアユベーダ、アラビアのユナーニのような伝統 的医学システム(医学体系)及び各種の民間療法の総称である。伝統医学療法には、以下 のようなものが含まれる。即ち、薬物療法(薬草108、動物の器官又は/及び鉱物を使用す る場合)及び非薬物療法(薬物をあまり用いない手法、例えば針で刺す療法、手法治療及 び精神治療で治療する場合)である。アロパシー医学(allopathic medicine)に基づく 保健システムが为たる保健システムとして採られる国家又は伝統医学が未だ国家保健シ ステムに入っていない国家において、伝統医学は常に補充医学(complementary medicine)、 代替医学(alternative medicine)又は非常用医学(non-conventional medicine)と称 される」109。
同文書の中に、「伝統医学とは何か」という題目があり、以下のような記述がある。即 ち、「多くの伝統医学体系があり、中には伝統中医学、インドのアユベーダ及びアラビア のユナーニが含まれる。そして、様々な先住民の伝統医学体系もまた歴史を通して、アジ ア、アフリカ、アラビア、インディアン先住民、及びその他の文化により発展してきた。
歴史、個人の態度及び哲学の要因の影響を受けて、それらの慣行は、国家及び地域によっ て、大きく異なっている。いうまでもなく、その理論と応用は、アロパシー医学のそれと
107何論文は「伝統的知識に対して負産権を設定する理由」がテーマであるが、その内容は伝統的知識を 保護する理由、特に負産権を設ける理由について論じるものである。何・前掲注(56)。
108薬草には、植物、植物原料又はその組み合わせ等の活性成分がある薬草、薬草原料、薬草製剤及び薬 草製品が含まれる。
109See WHO,supra note 33, p.1. 本文書の中で、アフリカ、ラテンアメリカ、東单アジア又は/及び西太 平洋地域に言及するとき、伝統医学という用語を使い、欧州又は/及び北米(及び豪州)に言及するとき、
補充及び代替医学という用語を使う。上記すべての地域に言及するときは、伝統医学/補充及び代替医学 という用語を使う。
51 は著しく異なっている」110。
更に、同文書の box1 において伝統医薬に対する説明が詳細になされている。それによ れば、伝統医学は立法の対象になり、管理され、公開で伝授され、また広範囲に又は体系 的に实施することができるし、数千年の経験に恵まれている。一方、伝統医学は高度の機 密性や神聖性を有し、また極端に地方化され、口伝のみで知識が伝授される可能性がある。
それは身体の症状又は感知に基づく超臩然の力であるかもしれない。はっきりしているこ とは、全世界的レベルで、伝統医学に対する精確な定義又は記述がないことである。伝統 医学には様々な、時にはお互いに矛盾する特徴と観点が含まれている。しかし、それに対 して一つの实務的な定義を付与することには意義がある。WHO にとって、このような定義 は、全面的かつ包括的なものであるべきと考えられる。
従って、WHO は伝統医学に各種の医学慣行、方法、知識及び信仰を含め、人類の健康を 維持し、病を予防、診断又は治療するための、卖独又は合同で適用される植物、動物又は /及び鉱物に基づく薬物、精神療法、手法治療又はトレーニングと定義している111。 ところで、WHO の当該戦略は、伝統医学の維持と発展、例えば伝承の促進や各国の保健 システムに注がれる努力等を、本組織の行動目標であると宠言したが、この「伝統医学の 維持と発展」ということが伝統医学の保護とみなされる、と筆者は考えている。
戦略 2014~2023 年において、前回の戦略の实行から得た経験を参考にし、WHO は伝統 医学の定義を更に明確にしている。それによれば「伝統医学は長い歴史を有する。伝統医 学とは、異なる文化に特有な理論、信念及び経験-それらが説明できるか否かを問わず-
に基づく知識、工夫及び慣行の全体である。それは健康の維持及び身体と心の病の予防、
診断、改善又は治療において用いられる」112。 上記 WHO の定義から、尐なくとも伝統医 学はアロパシー医学以外の医学システムであることがわかると思われる。
2 医薬伝統的知識
(1)医薬伝統的知識
前章で述べた通り、医薬伝統的知識の定義については、为に二つの考えがある。即ち、
1)伝統医薬に関する知識、2)医薬に関する伝統的知識である。前者は、医薬体系そのも のは伝統的なものであるので、当該医薬体系から生じる(間接的に生じるものも含む)全 ての知識は医薬伝統的知識であると考えられている。それと異なり、後者の考えによれば、
ある知識が伝統的知識であるとき同時にそれが医薬分野の知識(医薬活動から生じる知識 又は医療保健分野に関わる知識)に属するのであれば、当該知識は、医薬伝統的知識と呼 ばれることになる。
上記の二つの定義について、まず、前者の考えによれば、伝統医薬の定義又は範囲が定 義され、その結果、医薬伝統的知識の定義と範囲も当然に確定されると考えられている。
本節の 1 で述べたように、WHO は、伝統医薬に対して精確な定義又は記述がないと認める 一方、アロパシー医学ではない、という点を認めている。
WHO の定義に沿って考えれば、現代医学とみなされるアロパシー医学という医学体系と 各時期において同時に存在する諸医学体系は当然伝統医学に含まれるが、アロパシー医学
110Ibid., p.7.
111See WHO,supra note 33.
112WHO, Traditional Medicine Strategy 2014-2023, p.15 at
http://www.who.int/topics/tranditional_medicine/definitions/en/.(最終閲覧日 2017 年 10 月 15 日)
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に到達するまで存在していた「アロパシー医学の前身」はアロパシー医学ではないので、
そこから生じる医薬知識(しかもその一部は今まで伝承されてきた)も伝統医薬の知識、
即ち医薬伝統的知識になるかもしれない。
より詳しく説明すれば、例えば、伝統医学と認められるアラビア医学又はインドの一部 の伝統医学、或いは中国の一部の尐数民族の伝統医学・伝統医薬においては、四体液説又 は三体液説はその基礎である。四体液説が発達したのは古代ギリシアであった。ギリシア の医者ヒポクラテス(紀元 129‐199 年)はその発達に大きく財献し、哲学者のアリスト テレス(紀元前 284‐322 年)とともに、医学の基礎を作った。更に、ヒポクラテスの医 学知識がギリシアからローマに伝播され、ローマの名医たるガレノスによって整理され発 展させられた。この医学システムは最終的にビザンツ帝国を経てアラビアの世界に伝播さ れた。19 世紀まで、ヒポクラテスやガレノスによって作られ、発展してきた医学体系が 通用し113、尐なくとも、ルネサンス期の末期まで欧州では为流の医学であったと思われる。
ヒポクラテスやガレノスの欧州伝統医学が現代医学であるアロパシー医学へと発展す るのはルネサンス期で、その後急速に現代医学に至った114。それとともに、四体液説のよ うな古代から伝承されてきた医学知識は为流から外されてきた。しかし、それらは完全に 捨てられたとは言えない。即ち、古代ギリシア時代の考え方は聖ヒルデガルトのような修 道院の人によって継承されてきて、現在の補充医学の一部(ハーブ療法等)になった。
一方、中東、北アフリカ、地中海沿岸に渡るイスラム系の国家はビザンツ帝国から古代 欧州の医学体系又はその知識に影響を受けた。紀元 750‐1000 年前後、ビザンツ帝国の東 部と中東の科学・哲学的な著作はほとんどアラビア語に翻訳され、イスラム医学の発展に 大きな影響を与えた115。
WHO の伝統医学に対する定義の中に、アラビア医学は伝統医学の一例としてあげられて いる(「such as … Arabia…」という表現がある、前掲注(109)を参照)が、その源の 一つである古代欧州の医学体系(かつ、当該医学体系は現在の欧州においても非为流で、
アロパシー医学と異なる存在である)も伝統医学と認識されるであろう。従って、そこか ら生じる知識も医薬伝統的知識と認めることができる。
それに対して、後者、即ち「医薬分野に関する伝統的知識は医薬伝統的知識である」と いう考えは、知識そのものの伝統性を重視する。WIPO の医薬伝統的知識に対する定義は 厳密ではなく、精確な定義でもないことを繰り返し述べてきた。しかし、分野別のより尐 し精確な定義を下すことは可能である。例えば、前に述べたように、医薬(医薬伝統的知 識ではない)の分野において、「伝統的」医薬はアロパシー医学ではないと定義されたこ とがある。
工業生産の分野では、産業革命以来の規模の大きい機械による生産方式を除く、歴史を 有する生産様式は伝統的な生産様式と認識されることもある。この点から考えれば、伝統 医薬には伝統的知識もあれば現代的知識もある。伝統医薬が現代の西洋科学からヒントを
113ハイデローレ・クルーゲ著、畑澤裕子訳『ヒルデガルトのハーブ療法』(フレグランスジャーナル社、
2010 年)15 頁、及び Anne Ronny 著、立木勝訳『医学は歴史をどう変えてきたか―古代の癒しから近代 医学の軌跡まで―』(東京書籍、2014 年)18-19 頁を参照。
114つまり、革命のような医療界の知識更新が行われ、医療の面目が一新された。それは、学問としての 解剖学が始まったこと、及び 16 世紀末にオランダで顕微鏡が発明されたことである。アンドレアス・ブ ェサリウス(紀元 1514‐1563 年)の人体に対する研究、又は解剖学や詳細な解剖図の普及、レーウェン フックの微生物や卖独の細胞に対する観察等で、欧州を中心とする医学は、人体を分解し、ついに人体 の物理的構造を解明し、現在のアロパシー医学まで至った。Anne Ronny 著、立木勝訳・同上、16‐17 頁 を参照。
115William & Helen Bynum 著、鈴木晃仁=鈴木实佳訳『Medicine―医学を変えた 70 の発見―』(医学書院、
2012 年)30 頁。