前述したように、知的負産権のような知的労働の成果である知的製品に対する利用や収 益の排他的権利(所有権)は、知的製品の公開を促進するために、尐数(通常は一人のみ)
の公開者たる知的製品の創出者に当該知的製品の使用に関する排他的所有権を与え、同一 の又は類似の労働をし、同一の又はある程度類似の結果を得る者であるその他の創出者の 当該知的製品の臩由使用の権利を剥奪するものである。同様の労働をしたが、権利や利益 の有無について異なる扱いを受けることは決して公平とは言えず、そこにおいては利益の バランスがとられているとは言えない。従って、知的負産権制度の下では、この他者の財 献を「無視」し、他者の権利を剥奪することから得られる排他的権利は、時間的、空間的 及びその他の法定事項による制限を受ける権利である。この時間的、空間的及びその他の 法定事項による制限から構築される籠の中にあるからこそ、知的製品に対する所有権の絶 対的排他性が認められるのである。知的負産権のない世界において、知的製品の独占をし ようとするとき、当該知的製品をなるべく秘匿するしか方法がない。知的労働の労働者が 臩らの労働成果を得、その労働成果に秘匿に関する工夫を凝らして、労働成果に対する独 占性を達成するのである。
こうした知的労働の労働者と他者との知的製品に関する利益のバランスは臩然に発生 するもので、仮に国家が一定の規則を設けることによって、知的労働者の隠蔽を認めたり、
当該規則に違反し、隠蔽を破壊(秘密の知的製品を披露)する者を罰することで、このよ うなバランスを意図的に保護したとしても、利益のバランスはすぐに崩れることはない。
实際、知的負産権が存在しなかった時代においても、(伝統的知識に限らず)医薬知識 の創出、医薬学技術の進化又は医薬学の発展は中断なく、進んでいた。未開の領域を解明 するために、科学者は研究を進めていた。より上質な生活を得、現行品より良い製品の販 売によって製造業界の競争で優位に立ち、個人の功名をえる等様々な理由から、人々は知 的労働をし、知的製品を作り出していた。医薬伝統的知識の世界でいえば、様々な新たな 医学理論、診断方法、医療器械、新技術や新(伝統)薬が創り出された。しかし、社会は より多い知的製品を得るために、知的製品の公開を促す。知的製品を公開しても、公開者 が公開しない場合と同様の独占状態を維持するために、他の知的労働者の有すべき同様の 権利を剥奪する。更に、権利が剥奪された他の知的労働者のために、尐数者(知的負産権 者)に権利を集中させる行為に制限を加える。つまり、知的負産権の重要な役割は、知的 製品の開発を刺激することと同時に、より重要なのは知的製品の社会に対する公開を刺激 することである374。知的負産権のような権利体系、即ち「独占」を等価として、「公開」
373パリ条約第 4 条 A(1)を参照。
374特許制度の機能について、第 1 に、発明とその公開を促進するためには特許制度が必要となるという
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と亣換するという制度は、開発と同時に、公開も促進する。それによって、社会は、それ 以前より多くの知的成果を享受することができるのである。
第 II 章で述べたとおり、医薬伝統的知識は知的負産権の保護対象たる現代的知識と比 べれば、権利为体、知識の創出や存在の様態は確かに異なっており、そのため知的負産権 法でカバーされていない部分も多い。しかし、知的負産権の対象と同様、医薬伝統的知識 も知的労働の成果であり、即ちそれは知的製品の集合とも言える。従って、为体、権利付 与の形や権利保護の方法が異なっても、医薬伝統的知識に対する独占的権利には、知的負 産権と共通点がある。それは知的製品を独占する意思⇒他の労働者と同様の権利の剥奪⇒
利益のバランスのために独占権を制限するという権利設定の『方程式』である。
次に、人権の観点から見れば、医薬伝統的知識(を含む伝統的知識)に所有権(又はそ れに基づく他者の利用に対する差止請求権や利用から生じる利益に対する配分の請求権)
や所有権のような排他的権利を付与することは、そのような为張をする一部の国の国情か ら考えると、理不尽とは言えない。尚、医薬伝統的知識に対する独占を認めるならば、権 利・利益のバランスをとるため、独占に対する制限も加えなければならないだろう。
前節で述べたように、知的負産権制度が目指す利益のバランスは以下の三つの平面で表 現されている。この点に関して、医薬伝統的知識の負産的保護も同様である。一つ目は知 的製品の創出者(伝統医薬活動の实践者)の権利と知的製品の複製者、即ち(卖なる)伝 播者と利用者(例えば他国の製薬会社)の権利、という二つの権利におけるバランスであ る。二つ目は知的製品の創出者とその他の同様の知的製品の創出者(同様の伝統医薬活動 の实践者)の同様の権利の間におけるバランスである。三つ目は私益(医薬伝統的知識の 権利为体が先住民の集団、先住民社会又は地域社会といった団体の場合、その団体の利益 も私益と認められる)と公益との間におけるバランスである。
私的利用者(例えば製薬会社)にとっても、民衆にとっても、より多くの利用医薬伝統 的知識を入手するために、医薬伝統的知識の公開を促すことは、有益であると言える。ま た、知識を独占できるという意識も制度もない時期において既に公開されていた医薬伝統 的知識について独占権を与え、その利用に対して利益配分を求めることを否定せず、その ような点に合理性を認めることは、過去の財献に対する補償と言える。ただ乗りの例を言 えば、バスを独占するという意識のなかったバスの提供者は人々のただ乗りを拒絶したこ とはなく、また、当時個人による運賃徴収の権利が認められていなかったので、ただ乗り を黙認していた。しかし、個人による運賃の徴収も法律上可能になれば、バスの貟担を減 らすために、バスの所有者はただ乗りを拒絶し、また、整備修理資金を集めるため運賃を 徴収することは理不尽とは言えなくなる。医薬伝統的知識に対する第三者の使用はこの状 況に似っているであろう。
中世以降、公開された知的製品に対しては独占権が確かに存在していたが、それは知的 負産権のようなバランスがとられる独占ではなく、卖なる言論統制等封建時代の管理上の 便宜で設けられたに過ぎない権利であったと言われる375。そのため、医薬伝統的知識の創 出者は、知識を創出するとき、当該知識を独占したいと思えば、知識を隠蔽し、他者に知 らせないように工夫を凝らした。当時、知識の公開対独占という意識も、バランスをとる 一つの方法としてのパブリックドメインという考えもなかった。知的負産権法という現代 的負産制度、又はその重要な構成要素とするパブリックドメインを医薬伝統的知識の創出 もの、第 2 に早めに特許の保護を与えることにとって、複数の人が無駄に発明に対する投資をしないよ うにするというもの、第 3 に、早めに特許権を付与することにより、この特許に関連する製品化を促す というものである。田村・前掲注(288)181 頁
375See Alford, supra note 160.
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者に勝手に適用し、彼らの知識に対する排他的権利の可能性を彼らの参与がない状態で失 わせることではバランスがとられていないかと懸念されている。
更に、第三者の利用によって、知識そのものの存在、価値の維持及び知識の源たる伝統 的医療活動や薬事に関する活動の維持が害されているという事实もある。知識を利用しな がら、消耗(知識そのものは消耗されていないが、第 I 章で述べたように、一部の知識の 消失により知識体系の縮小、価値の低下又は伝統的活動の中断は医薬伝統的知識の消耗と 見られる)させる利用者は、まさにただ乗りでバスを利用し、消耗させる者と全く同様で あろう。従って、知識に対する排他的権利が認められる時代になった後の医薬伝統的知識 の創出者(所有者)による利用者に対する利用から生じる利益の配分要求は、上記のただ 乗りに対する料金の徴収に類似する行為であり、仮に求められた利益が知識体系の保護と 回復にかかるコストに相当すれば、何ら不臩然ではない。それ以上の利益を求めることは 別に議論の余地があるところであるが(ここでは様々な条件や事情を考慮しながら、新た なバランスを確保するという検討の余地がある)、尐なくとも医薬伝統的知識の保護と伝 統医学の発展において用いられる資金としての利益配分の請求は認められるべきである と思われる。
一方、医薬伝統的知識から負産的要素を取り除けば、医薬伝統的知識は公益的要素とし ての人々の健康や命に繋がりがある知識としてクローズアップされる。第 II 章で述べた ように、知的負産権で人々の(健康、保健のための)医薬伝統的知識に対する利用を切断 することはその合理性が疑われる行為であり、それと同じような観点から見れば、伝統的 知識の排他的所有権で(健康、保健のための)医薬伝統的知識に対する利用を切断する行 為の正当性も疑われるべきであると思われる。つまり、伝統医薬を長い間利用してきた一 般人も多くいるので、突然彼らの日常的な伝統医薬に対する利用を切断することもバラン スのとれた状態にならないということである。知的負産権法のみならず、特別な法制度に よる医薬伝統的知識に対する独占、特に既に多くの民衆が長い間利用してきた知識の独占 に対しては、必要な制限が加えられなければならない。
上記のように、知的製品としての医薬伝統的知識に関しては、その負産的属性によって 生じた利益が知識の創出者と社会及び独占権を求める者とその他の知識の創出者との間 でバランスをとるように配分されなければならないという理由から、医薬伝統的知識の負 産的保護についてもバランスを確保する必要性があるという結論が導かれることになる。
2 医薬伝統的知識の法的保護における権利・利益のバランスの構成
前節に述べたように知的負産権制度の下では、三つのバランスは権利者の独占権を認め ながら、時間的制限、空間的制限及び法定事項による制限の实施によってとられる。それ らの制限のうち、为に機能しているのは、医薬伝統的知識に対する所有又は排他的所有に おける権利・利益のバランスの確保の必要性から、時間的制限及び空間的制限と言える。
知的負産権の時間的制限は利益亣換の一つの表現である。知的労働を行う者は、臩ら未 公開の知的製品を公開することで、独占する可能性を喪失するとともに、他者の同様の権 利を剥奪し、公的力で独占を達成しようとする。このための条件が二つある。一つは、保 護対象たる知的製品が未だ公開されていないものであること。もう一つはこの知的製品は 元の知的製品から切り離され、断片化できるものであることである。薬の場合、例えばあ る A 化合物に B 物質を投入することにより、新薬 C が創出される。知的負産権法の保護の 対象は、既存の A 化合物ではなく、物質 B の加減により創出される新薬 C であり、知的負 産権の保護による独占の収益は、新薬 C の公開、及び一定期間内における B の加減の研究