本論文の「はじめに」の「研究目的・意義」では、中国が医薬伝統的知識の国際的保護
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について、知識の提供者と利用者という为体を双方とも演じていると述べた。最後に、中 国の医薬伝統的知識の国際的保護に戻って、それを考察の対象にしてみよう。本節では、
中国の医薬伝統的知識の保護にはどのような問題があるのかについて、医薬伝統的知識の 保護に関する中国の国内法政策及び国内的・国際的保護に関する学説を考査することにす る。
1 中国の医薬伝統的知識の保護における問題
中国の医薬伝統的知識、即ち中医薬伝統的知識の保護における問題は様々な面があるが、
大きくまとめていえば、以下の 2 点がある。
まずは、伝統的知識が消滅する危機である。より具体的に言えば、①西洋医学・薬物か らのインパクトを受け605、伝統的知識に依存する環境は変化した。例えば、中医薬伝統的 知識に対する不信感が高まった606。②中国中央政府の政策によって、「中西医結合」607と いう政策が施行された。その下では、正規医学校出身の医者の中に、中医伝統的知識を持 つ者が尐なくなる、というマイナスの影響が出てくる608。その一方、正規の開業医ではな く、民間の医師を務めている医者にとっては、後継者がない状況は避けられていない609。 従って、伝統的知識そのものの発展は停滞している。③伝統医薬の薬物材料(薬材)にな る動植物は様々な原因で尐なくなり、さらに消滅してしまう610。薬材がない場合、薬材を 使う知識即ち伝統医学知識の利用も減ってしまうだろう。
狭義の中医薬(漢医薬)611にとって、消滅する危機はしばらくないだろうと考えられて いるが、上記問題からマイナスの影響を受けるのは事实である。更に、民族医薬又は民間 医薬にとって、消滅する危険はそもそも現实になっている。
次に、中医薬伝統的知識が現代製薬においてよく利用されることは注目されている。法 がない場合、パブリックドメインに入った中医薬伝統的知識に対する利用は当然無償かつ 無制限になった。最则に問題とされるのは、海外の薬品メーカーが中医薬伝統的知識を用 いて開発された薬品を中国において特許出願し、中国市場を占めてしまうことである(さ
605医薬分野においては、西洋医薬の輸入とともに、清末から中医薬(伝統的医薬)を批判し、廃止する べきという为張は盛り上がった。曹東義『中医近代史話』(中国中医薬出版社、2010 年)9 頁、57 頁、
95 頁を参照。中華民国時代、中医廃止案は衛生部に提出され、結局としては頒布できなかったけれども、
伝統医学にとっては、法によって廃止される危機は確かにあった。左玉河「学理討論、還是生存抗争?」
『单京大学学報(人文社会科学版)』2004 年第 5 号参照。
606今まで、中医を廃止するべき、という为張をしている人も尐なくないし、中医教育・研究をする人の 中にも、「存薬廃医」(中薬の使用を維持しても、中医は撤廃するべき)等の考えをもつ者がいる。
607即ち、「中医出身の医者であっても、西医出身の医者であっても、中医又は西洋医学の知識を両方持つ べき」という医者育成プログラム(及びそのプログラムを作る政策)である。政策制定者の最则の目的 は中医と西洋医学の利点を学んで、中医と西洋医学の両方を発展させることであるけれども、結局思っ た通りにいかなかった。
608即ち、現在中医学院・中医薬大学における正規な教育機構によって育成された中医医師は殆ど西洋医 学の知識を用いて病を診断し、投薬するときは中薬を使う。中医の診断方法は彼らに忘れられてしまっ て、消滅していく。呂・前掲注(66)254 頁参照。
609为な原因と言えば、民間医師には貧乏な農村における人(しかも尐数民族の者)が多い。彼らの子孫 は 1)伝統的慣習による制限があり、2)薬材になる薬草又は薬用動物が減って、さらに消滅してしまい、
3)地元で医師になるより、都市部に出稼ぎの方が収入が多いと思って、結果としては家族代々伝承され た医学知識を継承する意欲が尐なくなる、という 3 点がある。
610例として、漢方又は尐数民族医薬において、虎の骨を骨傷薬に入れられることが多い。しかし、現在 虎は絶滅の危機に瀕し、国の二級・一級保護動物になっている。虎の骨を入れる薬の製造・販売は禁じ られており、それに関する知識はしばらく使う途がないと思われる。
611所謂「中医薬」の中に、どのような部分があるかについては、第 II 章の図 1 を参照。
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らに、中国における伝統的利用が禁じられる恐れもある)612。そのことは中薬製剤613の市 場において中国の企業が逆に不利な境地に立っていることは、中国の医薬伝統的知識の保 護に関する論文において、常に言及される。
諸論文を読むと、中国の法学者が持っている不満は为に二つのところに集中しているこ とがわかる614。一つは、外国の製薬企業が中国を原産地とする薬用遺伝資源615又は中医薬 伝統的知識を利用し、薬品を開発する行為から生じた結果が中国本土の薬品企業の利益に 対して損害を与えることである。さらに、現行知的負産権制度に基づいて、このような損 害が拡大していることである。この問題は、中医学のグロバール戦略を实施している中国 にとって、重大な問題になる。もう一つは、外国の製薬企業は中国の薬用遺伝資源又は医 薬伝統的知識を利用し、薬品を開発・販売することによって大きな利益を得るのに対して、
薬用遺伝資源又は医薬伝統的知識の元々の所有者・開発者たる中国の国民に対しては、何 らの利益配分を行っていない、という不公平感である。
2 医薬伝統的知識を保護する現行法制度
第 I 章第 2 節又は第 II 章に述べたとおり、医薬伝統的知識の保護には、知識の保存、
知識の源たる伝統的活動の維持、知識に対してある種の権利を設け、その権利の権利者を 保護する等幾つかの手法がある。中国はそれらの手法を法を通して实施する。1982 年以 来、殆ど毎年の全国人民代表大会(日本の国会に相当するもの)において、「伝統医薬法」
或いは「中医薬法」の立法案が提起された。特に、CBD によって定められる遺伝資源又は 関連伝統的知識の保護は、各締約国の国内法が整備されたということを前提にするので、
CBD が締結された後、医薬伝統的知識の保護に関する立法作業も加速している。2003 年か らは中医薬条例という政令が施行されている。更に 2017 年からは中医薬法という法律が 頒布され、施行されている616。今、中国では特許法の他に、中医薬法、非物質文化遺産法
(無形文化遺産法)、中薬品種保護条例、各地方臩治体の中薬保護条例等の法、政令、省 令及び地方臩治体の条例によって、医薬伝統的知識保護のシステムを構築している。
(1)特許法
1980 年代に中医薬知識に対する知的負産権の必要性が提起された以来、中国における 中医薬伝統的知識に対する保護は強化されてくる。特許法について、最新の立法成果は特 許法の改正である。特許法第 26 条 3 項によれば、特許出願をする場合、用いられた遺伝 資源の出所開示は義務とされた617。前掲注(307)で述べた銀杏の例のような場合、Schwabe
612前掲注(306)及び(307)を参照。
613中国語では常に「中成薬」という用語で表記される。市販された漢方薬製剤の範囲は中成薬の範囲と 多く重なると考えられる。
614前掲注(307)を参照。
615遺伝資源の利用について、以下のような例は論文の中でよく挙げられる。即ち、銀杏は中国において、
薬用資源として 600 年の利用の歴史がある。『本草綱目』によると、銀杏は喘を抑え、遺尿症を治す効果 を有する。1970 年代以来、独、仏両国をはじめ、外国の学者は銀杏抽出物に基づいて研究を行い、特許 を取得し、製剤銀杏を市場に投入した。Schwabe 社のみの年間売上は 5 億ドルに至り、それに対して、
中国の全ての銀杏に関する産業の年間生産額はただの 10 億元に過ぎない。王ほか・前掲注(291 )1611
-1612 頁、他を参照。
616中国の中医薬法の詳細は拙稿「伝統医薬に関する中国の新立法」『西单学院大学大学院研究論集』第 6 号(2018 年)1-11 頁を参照。ところで、中医薬法の施行は中医薬条例の廃止を意味していない。両者は 併存しており、それぞれの側面から中医薬を規制し、保護する。
617特許法第 26 条 3 項:遺伝資源に依頼し完成された発明に対して、出願者は特許出願の文書の中に、当
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社等に利用された銀杏はヨーロッパの銀杏だと思われるが、中国は銀杏の原産地であるの で、銀杏という資源に対して、権利を有し、出所開示の対象になり得るという为張が推測 されると思われる。ところで、上記の为張によって行われる保護を伝統的知識に拡張すべ きと考えている者がいる。即ち、中国は中医薬伝統的知識の「原産地」であるので、当該 知識に対して権利を有するべきと考える618。
しかし、現行の特許法第 26 条に明記されているのは「遺伝資源の原始的出所及び直接 的な出所を開示しなければならない」ということであり、義務とされる出所開示の範囲は
(研究開発の基礎とする)「技術案」(即ち伝統的知識)を含んでいない。WIPO において、
伝統的知識の保護、特に出所開示に関する法的拘束力がある規則は制定されている。その 場合、中国からは規則をなるべく早く制定することを歓迎するという姿勢が示している619。 仮に当該規則が施行されれば、中国の特許法もそれに応じて、医薬伝統的知識をも出所開 示の対象にいれると予測できるだろう。
(2)非物質文化遺産法
2011 年 2 月 25 日に承認され、同年 6 月 1 日から施行された「中華人民共和国非物質文 化遺産法」(無形文化遺産法)は、中医薬伝統的知識を含む無形文化遺産の保護に適用さ れる特別法である。中医薬分野においても、本法は则めて伝統的知識に保護を与える法と 認識されている。
まず、本法第 2 条1項 3 号は、「伝統的な技芸、医薬、暦法」を無形文化遺産の範囲に 入れた。ここで注意すべきことは、本法では「各民族人民」及び「各種の伝統文化の表現 形式、及びそれに関係する实物及び場所」という表現が使われていることである。前者は 为体の範囲を確定する規定である。後者は以下のことを意味している。即ち、本法の保護 対象は、各種の伝統的知識、及び関連实物―医薬分野においては、薬品、薬材になる動植 物、及び医療器械、薬品製造・加工機械等―、並びに医療活動の関連場所、例えば寺や村、
又は民間診療所を全部含んでいる。本法の規定によれば、外国人が前述の場所、又は实物 に対して調査・研究を行う場合、国家に報告(申請)し、国家の許可を獲得しなければ調 査・研究を实施できない。
次に、本法は国家の無形文化遺産保護における責任及び機能を強調している。即ち、国 家は無形文化遺産の記録、整理、編集(データベース化も含まれる)及び伝承を促進する という責任を貟う(第 3 条)。国家は無形文化遺産保護を国家発展計画に入れ、負政支出 で支援する義務を有する(第 6 条)。国家及び地方文化为管官庁は保護及び保存に関する 具体的な作業を担当する(第 7 条、第 11-13 条、第 17 条)。同時に、外国の調査・研究者 は省級以上の为管官庁から許可を獲得したあと、調査活動ができる。調査が完成された後、
調査報告書及び全ての資料の複製品・コピーは为管官庁に提出されなければならない(第 15 条)。本条に違反する者に対しては罰金(第 41 条 1 項及び 2 項)を課し、又刑事罰(第 42 条)を加える可能性もある。
具体的な保護方法について、本法はまず記録という方法で伝統的知識を含む各種の文化 該遺伝資源の直接的出所及び原始的出所を説明しなければならない。出願者が原始的出所を説明できな い場合、理由を述べなければならない。この特許法第 26 条 3 項の中国中央政府の説明によれば、出所開 示の義務が課されることは、「発明創造の形成はある遺伝資源の取得と利用に依存するが、完成された発 明創造の实施には同遺伝資源に対する利用が必要とされない」場合も含むとしている。森岡・前掲注(13)
248 頁。
618前掲注(307)を参照。
619See WIPO/GRTKF/IC/36/11 PROV.2 (2018)