補論 2. 廃棄債務と偶発事象の会計
2.1. SFAS 第 143 号「資産除去債務の会計」
2.1.1. 資産廃棄(除去)債務会計
資産を除去するには費用(構造物解体費,産業廃棄物処理費等)が必ず発生すると言ってよ い.ときにその金額が多額なものとなる可能性もあり,長期有形資産の除去に係る債務につ いてはさまざまな会計処理が考えられる.たとえば,減価償却の追加として,あるいは負債 として関連する資産の耐用年数にわたって認識したり,負債を現在価値に引きなおしたり除 去するまで認識しなかったりといった方法がある.これらのうちどの方法を採用するかは,
企業や業種によって基本財務比率に大きな影響を与えることがある.米国においては,2001 年8月にSFAS第143号「資産除去債務の会計(Accounting for Asset Retirement Obligations)」
において,資産除去債務に対する負債の時価評価額を見積もり計上し,同額を資産除却コス トとして資産化して資産の耐用年数にわたって費用化することが要求されることになった.
本節では,このSFAS第143号の中身と経緯について述べる69.
2.1.1. 2000年公開草案「長期資産除去債務の会計」
米国財務会計基準審議会は 2000 年 2 月に改正公正草案「長期資産除去債務の会計 (Accounting for Obligations Associated with the Retirement of Long-Lived Assets)」を公表した.
これは1996年2月に公表された公開草案「長期資産の閉鎖または除去に関する負債の会計 (Accounting for Certain Liabilities Related to Closure or Removal of Long-Lived Assets)」の改訂版 である.両者の大きな違いの一つは当初草案が対象にする債務の性質を原子力施設等の退役 コスト(decommissioning costs)に類似するものに限定していたのを,改正草案では,前者の性 質のものに限定せずに,他産業の資産除去にまで拡大したことである.また,改正草案では,
除却債務の時価評価として,財務会計概念ステートメント第7号「会計測定におけるキャッ シ ュ ・ フ ロ ー 情 報 と 現 在 価 値 の 利 用(Using Cash Flow Information and Present Value in Accounting Measurements)」での検討をうけて期待現在価値法を適切なものとして取り入れ た.そのため,長期資産の取得・建設あるいは運転・使用に際して発生したとされる除去債務 を,その除去債務の履行のために,除去時に必要とされる将来キャッシュ・アウトフローを 見積り,それをある利子率で割り引いて得た現在価値(時価)によって負債を計上する必要が ある.つまり,将来の資産除去に際して支出されるキャッシュ・フローを見積もって負債を 計上し,同時にその借方側を資産として計上し,負債については利子費用を,資産について
69 中央青山監査法人 『アメリカの会計原則』 東洋経済新報社 2005 pp.181-187
は減価償却を計上しなければならない70. 時価評価(公正価値評価)
1996 年の草案は,閉鎖または除去に関する負債は,その債務を履行するために必要とさ れる見積将来キャッシュ・アウトフローの現在価値を反映させ,割引率はリスク・フリー利子 率としている.つまり,一組の期待キャッシュ・フローを単一の利子率をもって割り引く伝 統的な現在価値法である.一方,2000年の草案は,資産除去債務の当初認識は時価(公正価 値 fair value)によるとし,時価は,現在の環境のもとで,活発な取引市場において取引意思 のある第三者によって,その債務履行のために支払を要求される金額としている.しかし,
現実には除去債務を決済する活発な市場は存在しない.そこで活発な市場での決済がもし可 能だとすれば,第三者が要求するであろう金額を「見積もる」ことが必要になる.その有力 な評価技法の一つが「期待現在価値法(expected present value technique)」である.
期待現在価値法とは可能性のある数種類の結末に基づく複数の見積キャッシュ・フローを,
事業体の信用度について修正したリスクフリーレートにより割引いて債務の現在価値を測 定する手法である71.
2.1.2. SFAS第143号「資産除去債務の会計」
1996年の当初公開草案「長期資産の閉鎖おまたは除去に関する負債の会計」,2000年の改 訂公開草案「長期資産除去債務の会計」の最終ステートメントとして,2001年6月にSFAS 第143号「資産除去債務の会計(Accounting for Asset Retirement Obligations)」が公開された.
2000年の改訂草案は,資産除去債務の範囲を当初公開草案と同様に,SFAC第6号の負債の 定義に従って,法的債務のみならず,解釈的債務をも含むものとしていた.しかし,SFAS 第143号では,負債の範囲を法的に強制力のある債務に限定することとなった72.
2.1.3. 資産除去負債の範囲
SFAS 第 143 号で認識の対象となる負債は,「長期資産の取得,建設,開発及び(または) 通常の運転から生ずる長期有形資産の除去に関わる法的債務」である.そして,法的債務と は,(a)法律,法令,規則のような政府の行為,(b)文書または口頭による実体間の契約,(c) 約束的禁反言の原則73によって遂行を合理的に期待させる第三者に対してなされる約束,か ら生ずる.このようにSFAS第143号は改訂公開草案よりも負債範囲を縮小し,法的義務を
70 加藤盛弘 『負債拡大の現代会計』 森山書店 2006 pp.111-112
71 前掲 pp.114-115
72 前掲 pp.131-132
73約束的禁反言(promissory estoppel)とは,「約束者が約束の相手方にその約束を信頼させるだけの 合理的期待を抱かせ,かつ相手方がその約束を実際に信頼して損害を被った場合には,その約束 が,約因なしに結ばれたにもかかわらず,正義に反することを回避するために強制される可能性 があるという法理」のことである.当事者間の意思の合致により契約が成立するとされる日本の 契約法と異なり,米国契約法においては約因が存在しない約束は契約とはならないため,コモン・
ロー上の救済を得ることができない.
課する債務に限定している.また,履行日が不確実な除去債務や,履行の遂行が不確実な条 件付き債務についても,SFAC第6号を用いて対象たる負債範囲に入ることが主張されてい る.
当該債務の例としては,自治体が事業体に,使用終了後公園にすることを条件に土地に設 備を建設することを許可した場合があげられる.その他,例えば以下のような例があげられ る.
(a) 原子力設備の解除
(b) 石油・ガス設備の解体,復旧,返還 (c) 採掘設備の閉鎖,復旧,除却コスト (d) 屑処理設備の閉鎖および閉鎖後コスト
(e) 危険廃棄物保管設備の閉鎖および閉鎖後コスト (f) 汚水処理設備の閉鎖
(g) 電極,空中ケーブルの除去
なお,SFAS第143号は以下のような債務には適用されない.
(a) 長期性資産の処分計画からのみ生じる債務 (b) 資産の不適切な稼動の結果生じた債務
た だ し ,SOP(Statement of Position)96-1「 環 境 修 復 に 関 す る 負 債(監 査 の 指 針 を 含 む)(Environmental Remediation Liabilities (including Auditing Guidance))」の適用となる可能性 はある74.
1996年の当初公開草案と2000年改訂公開草案は資産除却(閉鎖)債務の範囲に法的債務と 解釈債務の両方を含めていた.当初公開草案では,法的債務と解釈的債務を区別していた.
多くの回答者が解釈的債務の負債としての確認に,より多くのガイダンスの確認が必要であ ることを指摘した.審議会も解釈的債務の確認は,法的債務の確認よりもはるかに難しいこ とを強調した.ここで,改訂公開草案においては,法的債務と解釈的債務の区別よりも,
SFASの負債的及び負債の特徴への合致に焦点を合わせたが,審議会への回答者たちはなお,
さらに改善された指針がない限り,基準の適用に当たって不一致が生じやすいことを表明し た.審議会もまた,解釈的債務がどの時点で存在するかを決めることは,きわめて主観的で あることを認めた.
そこで,最終ステートメントであるSFAS第143号においては,資産除去債務の範囲を法 的債務に限定することとなった.しかし,ここでいう法的債務は,法律や契約によって拘束 される債務のみではなく,正式な法手続きによらなくとも約束的禁反言の原則によって法的 債務と解釈される債務を含むとした.したがって,法的な手続きをとらない解釈的債務であ っても,その会社に法的義務が課されると解釈されるならば,SFAS第143号でいう法的債 務に入る75.
74 中央青山監査法人 "アメリカの会計原則" 東洋経済新報社 2005 pp.181-183
75 加藤盛弘 "負債拡大の現代会計" 森山書店 2006 pp.139-140
2.1.4. 資産除去債務の当初認識と測定
企業は債務除去債務の発生時に<借方:関係長期資産 貸方:資産除去負債>として,当 初認識時に両建て計上することを義務付けている.その計上金額は負債の時価による.
時価はその負債が取引意思のある当事者間で,現在の取引において決済される金額である.
活発な市場がある場合には,上場市場価値が時価の最善の証拠であるが,市場価値が利用で きない場合には,類似の負債についての価値や現在価値技法によって算定される.現在価値 技法は,負債の時価を見積もるためには多くの場合,利用可能な最善の技法である.SFAS 第143号は資産除去債務については「期待キャッシュ・フロー・アプローチ(期待現在価値法) が通常唯一妥当な技法」であるとしている.
資産除去債務についての負債の時価を,期待現在価値法を用いて見積もるにあたって,企 業は義務付けられる除却活動を遂行するためのコストとタイミングに対して,市場の査定を 反映するキャッシュ・フローの見積から始め,可能な限り以下のすべての項目について,開 発された具体的で明示的な過程を含む必要がある.
(a) 当該資産の除去に必要な作業を遂行するにあたって,第三者の被るであろうコスト.
(b) たとえば,インフレーション,間接費,設備費,利益マージンおよび技術の進歩等 を含めて,第三者が履行価格を決定するにあたって含めるであろう(a)項以外の金 額.
(c) 将来の異なる展開のもとで,第三者のコスト金額,あるいはそのコストの発生時期 に変化が生ずるであろう程度,およびその展開の相対的可能性.
(d) その負債に付随する不確実性および予測できない状況を負担することに対して,第 三者が要求し,受け取ると予想される価格.
資産除去費用の資産化後,企業は規則正しい,合理的な方法により耐用年数に渡り資産除 去費用を費用化する.また,以降の年度では時の経過と当初の割引前のキャッシュ・フロー 見積もり時期または金額の変更を資産除去債務に反映させなくてはならない76.