補論 1. 会計基準と税務
1.3. トライアングル体制
1.3.1. 商法・証取法・税法計算
日本の会計ルールは,ただ一つの会計方針で構成されるものではなく,「商法会計」,「証 取法会計」,「税務会計」という主に3つの法律で会計が規定されており,双方の会計ルール は相互に依存し,影響しあっている59.
図表 26 トライアングル体制
商法会計
証取法会計
税務会計
①
④
②
③
出所:わが国における会計と税務の関係[36]p11をもとに作成 商法会計
株主有限責任のもと,商法は株主・債権者・経営者の利害調整,なかでも債権者保護を重視 する.これを受けて商法会計は,配当可能利益の算定ならびに経営者の受託責任の遂行状況 を明らかにすることを目的とする.
証取法会計
証券取引法は投資家保護並びに資本市場を有効に機能させることを重視する.これを受け て証取法会計は,投資意思決定に有用な情報内容の開示を目的とする.
税務会計
法人税法は課税の公平性の確保並びに租税回避の防止を重視する.これを受けて税務会計 は,課税所得の適正な算定を目的とする60.
1.3.2. 税効果会計
1998 年に「税効果会計に係る会計基準」が公表された.日本では以前は,税効果会計は 個別財務諸表には適用することができず,連結財務諸表で任意に適用されてきたが,現在で は個別・連結とも税効果会計の適用が義務づけられている.税効果会計は,会計上の収益・
費用と税務上の益金・損益の認識時点の相違等により,会計上の資産・負債の額と財務上の資
59 田村威文 『わが国における会計と税務の関係』 清文社 2006 pp.1-2
60 前掲 pp.109-110
産・負債の額に相違がある場合,法人税等の額を会計上で適切に期間配分する手続きである.
税効果会計の目的は,損益計算書の観点からは,税引前当期純利益と法人税等の合理的対応 をはかり,税引後当期純利益を適正に計上することである.また貸借対照表の観点からは,
将来キャッシュ・フローの減少あるいは増加をもたらす繰延税金資産および繰延税金負債を 適正に計上することである.課税所得は会計利益から誘導的に算定されるが,計算された税 額は期間配分されたうえで損益計算書・貸借対照表に計上される.このように,税効果会計 は図表 26の③と④の両方に係わる.
なお,税効果会計については,将来の納税額を実際に節約することができるかという「繰 延税金資産の回収可能性」が実務上重要な論点となる.回収可能性は将来の課税所得の発生 に依存する61.
1.3.3. 昨今の会計関係法規の方向性
商法会計⇒証取法会計
個別財務諸表を前提とすると,証取法会計の財務諸表は,商法会計の計算書類を組み替え て作成される.商法会計と証取法会計の貸借対照表と損益計算書は,表示方法の差はあるが,
実質的な内容は同じである.この2つの法規の間では商法会計の影響がより強く現れていた.
その理由として,基本的な会計規定が商法に設けられ,企業会計法の基本となっていたこと があげられる.また,商法会計の主たる役割は配当規制であったが,商法会計と証取法会計 が一元化している状況では,証取法会計の利益についても配当として社外流出してもよいの か,という判断が必要とされた.
昨今の商法改正は,その他資本剰余金を配当財源とすることを認める等,商法会計におけ る配当規制が緩和された.この傾向は会社法制定によりさらに強まっている.また,会計基 準の迅速な改訂を可能にする等の理由で,計算規定の大部分が商法(会社法)から法務省令に 移された.これらのことから,商法会計から証取法会計への影響は以前より弱まり,会計利 益について配当適状に関する判断の必要性は低下した62.
証取法会計⇒商法会計
証取法会計は期間損益会計を重視してきた.商法は証取法会計の考え方を尊重し,商法会 計の貸借対照表においても,換金性を有しない繰延資産および債務性のない引当金を計上す ることを認めている.証取法会計で定着している連結会計制度も,一部の企業を対象とする ものではあるが,商法会計に取り入れられた.また,税効果会計はもともと証取法会計の系 統に属するものであるが,現在は商法会計も税効果会計の制度を取り入れている.以上のこ とから相対的に図表 26の①の影響が強まったと言える63.
61 前掲 pp.113-114
62 前掲 pp.110-113
63 前掲 pp.110-113
商法会計⇔税務会計
日本は法人税の課税システムとして,確定決算主義を採用している.確定決算主義には広 義と狭義がある.広義は商法上の決算に基づく課税所得の算定方法を意味し,狭義は内部取 引等の特定事項について確定決算について所定の経理を行った場合にのみ課税所得の計算 上これを認める方式を意味する.なお,狭義の確定決算主義は損金経理要件を含む.
確定決算主義は税務会計が商法会計に依存する形式をとるが,実際には逆の効果,すなわ ち,税法規定が会計処理を拘束するという「逆基準性」が生じる.引当金について言えば,
引当金繰入額を税務上損金算入するには,会計上で損金経理する必要がある.引当金の繰入 れは内部取引であり,確定した決算における費用性の有無の判断を税務上も受け入れるとい うのがその理由である.損金経理要件が存在するため,会計上で妥当と考えられる引当金繰 入額が税務上の繰入限度額を下回っている場合,税務上の恩恵を受けるため,会計上の引当 金を税務上の繰入限度額まで計上するという事態が生じる.
以前は商法会計と税務会計の結びつきが強く,会計利益と課税所得の差異は小さかった.
しかし昨今は,両者の差異が拡大し,税務申告における調整項目が増大している.その理由 として,会計基準の国際的調和化の流れのなかで,新会計基準の公表が相次いだことがある.
また,税収中立を基本としたうえで,税率の引下げと課税ベースの拡大を意図した1998年 度の法人税法の根本的改正がある.会計ビッグバンと法人税法改正が合わさって,商法会計 と税務会計は大きく乖離した.税法基準に準拠した会計処理は,実態開示の点で,もはや容 認できなくなった.会計利益と課税所得の差異が拡大すると,税引前当期純利益・法人税等・
税引後当期純利益の3つの関係は歪んだものになるが,それについては税効果会計で調整す ることになっている64.
1.3.4. 固定資産に関わる税務
商法及び企業会計原則は,利害関係者の意思決定に有用な情報を提供することを目的とし ているので,減価償却の計算要素の決定については,企業にある程度の自由裁量が認められ ている.一方,法人税法においては,適正な課税所得を目的としているので,企業の恣意性 を排除するため確定した決算において償却費として損金経理することが損金算入の要件の 一つとして求められており,さらに減価償却の計算要素はすべて法定化されている.金額の 大きい減価償却費は課税所得額の計算に与える影響が大きく,税制で詳細に規定されている ことから,税務会計の影響がまだまだ強い分野である65.
2007年度税制改正で,資産価額の100%まで償却できるように減価償却制度を見直す動き がある.日本は法定耐用年数終了時で 90%までしか償却できず 10%の資産価値が残り,そ
の後も95%までしか償却できない.欧米先進国では100%の償却を認めており,経済界は日
本も同様の制度を求めている.日本経済団体連合会の2008年度税制改正に関する提言では
64 前掲 pp.111-113
65 大城健夫 『税務会計の理論的展開』 同文館 2006 pp.84-86
「取得価額の5%の簿価を残すという合理的な根拠は無く,むしろ,資産の除却時に,一時 的に損失計上が余儀無くされることから企業の設備更新の足枷にもなっている66.」と述べ られている.これに合わせて,固定資産税の改正,諸外国に比べて長いと言われる法定耐用 年数の短縮を求めている.法定耐用年数については,政府税制調査会はむしろ現行法定耐用 年数が実際の使用年数より短いことを指摘している67.抜本的な減価償却制度の改正が行わ れず,技術革新が著しいエレクトロニクス製造装置の法定耐用年数が長い一方,壊れにくく なった自動車や電車等の車両及び運搬具の法定耐用年数が短い状態である.100%の償却を 認めると制度導入時に最大6,000億円の税収減が予想される68が,長期的には税収は変化し ない.
図表 27 主要国の減価償却方法の概要
日本 米国 英国 独国 仏国
建物
定額法 定額法 定額法
(事務所,店舗等 は償却不可)
定額法 定額法
機械装置
定額法・定率 法選択
原則150%定率 法又は200%定 率法
但し,定額法の 選択が可能(注 2)
定率法 定額法・定率 法選択 但し,定率法の 場合定額法の償 却率の2倍又は 20%のどちらか 低い方を限度
原則定額法 但し,償却期間 が3年以上にわ たる一定の機 械,設備等につ いて定率法を選 択可能
建物 (注1)
21〜50年 27.5年又は39 年
定額法(4%) で償却 (償却期間が定 められているわ けではない)
定額法(3%)で 償却
(償却期間が定 められているわ けではない)
通常一般に使 用される期間
機械装置
2〜25年 3〜20年 定率法(25%)
で償却 (償却期間が定 められているわ けではない)
3〜33年 通常一般に使 用される期間
95% 100% 100% 100%(注3) 100%
10% なし なし なし なし
注1) 注2)
注3) (2006年1月現在)
償 却 期 間 償 却 方 法
ただし,備忘価額1ユーロ.
償却可能限度額 残存価額
建物は鉄筋コンクリート造の場合.
アメリカの200%定率法(150%定率法)とは,耐用年数に対応する定額法 の償却率の2倍(1.5倍)又は,残存償却期間に対応する定額法の償却率 のうちいずれか高い方を適用する制度である.
出所:国際比較に関する資料[23]をもとに作成
66「平成19年度税制改正に関する提言」 (社)日本経済団体連合会 2006 http://www.keidanren.
or.jp/japanese/policy/2006/065/honbun.html#part2
67 「これまでの審議等を踏まえた主な論点」 政府税制調査会 2006 http://www.mof.go.jp/
singikai/ zeicho/top.htm
68 読売新聞 「減価償却の拡充 急浮上」 2006 http://www.yomiuri.co.jp/