2. 企業における防災の指標と取組み
2.3. 震災に備えた財務手当の現状と手法
図表 14と図表 15は日本政策投資銀行が行った「企業の防災への取り組みに関する特別 調査」の結果の一部である.図表 14 は地域別に見た財務手当の状況である.北海道・北関 東甲信・北陸は特に何も対策を行っていない企業が多い.若干ではあるが,関西と首都圏の 企業は他の地域より対策が進んでいる.図表 15は業種別に地震等の大規模災害に備えた財 務手当の現状を調べた結果を帯グラフにしたものである.全産業の 50%は特に何も対策を 行っておらず,物的損害や非常時の操業・復旧資金の手当てを行っている(または,検討して いる)産業は僅か1割にも満たない結果となっている.業種別で見ると,石油産業や化学産 業では高い割合で財務手当を行っている傾向がある.特定地域にコンビナートや備蓄施設等 の大規模設備を保有する事業性ゆえに対策が進んでいると考えられる.紙・パルプ業界も同 様の傾向があり,財務手当を行っている比率は13%と最も高い.
産業や地域によって災害の発生確率や損失の度合いは大きく異なるが,日本企業の大規模 災害に備えた財務手当は不十分と言わざる負えない.このように災害に対する財務手当の実 施状況は不十分ではあるが,昨今は従来から利用されている地震保険のほかに,キャプティ ブやCATボンド等のファイナンスを活用した財務手当を実施する企業が増えている.また,
地震や天気等の特定の災害に備えたファイナンスも徐々に普及している.
図表 14 地震等の大災害に備えた財務手当(地域別)
出所:企業の防災への取組みに関する特別調査[61]p11から引用
図表 15 地震等の大災害に備えた財務手当(産業別)
注1:2005 年 11 月に日本政策投資銀行が実施
注 2:2005・2006 年度設備投資計画調査の対象企業(資本金 10 億円以上)3,592 社(ただし,農業・林 業・金融保険業・医療業を除く).回答会社数 1,623 社(回答率 45.2%)
出所:企業の防災への取組みに関する特別調査[61]p9から引用
(1) 地震保険
家庭向けの地震保険は,火災保険に地震保険を付帯することで加入するがことできる.こ の地震保険は「地震保険に関する法律(地震保険法)」に基づき,政府と損害保険会社によっ て共同で運営されている.地震は巨大災害になる可能性があるため,多額の保険金の支払い に備えて政府が再保険を引き受けている.しかし,地震保険は官民合わせた保険金総支払額 に上限が設けられており,現在の総支払限度額は,1回の地震等につき5兆円(2005年4月
改訂)となっている.個別の保険金支払額も家屋全壊等の損失を十分に填補する額ではない.
また,保険金総額が保険金総支払限度額(5兆円)を超えた場合には,支払うべき保険金総額 に対する保険金総支払限度額の割合により,個々の支払保険金を削減することができること になっている.実務的には,5兆円のうち最初750億円まではの損害に関しては全額民間保 険会社が支払い,これを超えて13,118億円までは民間保険会社と政府が折半で負担,13,118 億円から5兆円までは政府 95%,民間 5%の割合で分担するという共同保険になっており,
現在の総支払額5兆円の分担は民間が8,778億円,政府が41,222億円となっている.過去に 政府の支払いが発動されたのは阪神淡路大震災の1回(政府支出分61.7億円)だけである.こ の地震保険は住居用の建物と家財のみを対象としている.企業向けの地震保険は政府による 再保険制度がないので,損害保険会社は巨額の損害に備えて海外の保険会社に対して再保険 契約等をしている38.
(2) ファイナイト保険
ファイナイト保険とは,個別色の強いリスクを契約者と保険会社がシェアするという考え 方に基づき,複数年契約とし,個別リスクに応じた保険料を一定期間,一定金額ずつ支払う 保険プログラムである.契約期間中の損害が少なければ,契約期間満了時に,保険料の一部 が返戻される一方,損害が高額になった場合は,保険料の追加支払いの義務が生じる.複数 年契約とすることで,大数の法則が効かない特殊なリスクも,時間軸上にリスクを分散する ことで保険化が可能となる.また,契約企業と保険会社間のリスクシェアリングを行うこと により,保険会社にリスク情報が乏しいリスクの保険も可能になる.ファイナイト保険には 契約企業と保険会社のメリットとして次のものがあげられる.
1. 保険引受が困難なリスクの保険化 2. 長期安定保険カバーの入手
3. リスクファイナンスに要するコストの平準化 4. 保険料返戻の可能性
5. 自己抑止のインセンティブ
日本企業では,総合燃料商社シナネンが土壌汚染リスクに対するファイナイト保険の契約 を実施した実績がある39.
(3) 自家保険(キャプティブ)
キャプティブは特定の親会社等(グループ会社)のリスクを専門的に引き受けるために当 該親会社等により所有され,管理されている特別目的の保険会社(子会社)である.一般の保 険会社では情報格差が大きく保険引受が困難なリスクでも,子会社であることで情報格差を
38 財務総合政策研究所 「地震保険改善試案-高まる地震リスクと財政との調和を目指して-」 財務省 2006 pp.7-11
39 リスクファイナンス研究会 「報告書-リスクファイナンスの発展に向けて-」 経済産業省 2006 pp.62-66
排除することができ,保険化の可能性が広がる.キャプティブは特殊性が高く,情報の非対 称性の存在するリコールや環境汚染,医療・監査といった職業賠償責任リスク等,保険会社 では引受が困難なリスクについて,キャプティブを利用することで,少なくともキャプティ ブのキャパシティ分のリスクを保険のかたちで時価保有することが可能となる.さらに,元 受保険会社がキャパシティを提供できない場合でも,再保険市場へのアクセスが可能となる ために,キャパシティ確保の可能性を広げることが可能となる.また,再保険市場に直接ア プローチすることで,より効率的な付保が可能となるほか,リスクマネジメントセンターと して,グループ企業を一元管理し,より戦略的なリスクファイナンスを達成し,リスクマネ ジメントの機能度を高めることもできる.自社リスクをグループ企業(キャプティブ)に保有 させることによって,企業は自らが積極的にリスクマネジメントに真剣に取り組むようにな り,企業内にリスクマネジメント意識を醸成することができる.
キャプティブの保険の引受形態には,①元受キャプティブと②再保険キャプティブの 2 種類がある.元受キャプティブは親会社の保険リスクを直接引き受けるが,再保険キャプテ ィブは親会社の保険リスクを元受保険会社が引き受け,そのリスクを再保険の形で引き受け る.また,引受リスクの形態によっても,親会社またはグループ会社の保険リスクのみを引 き受けるピュアキャプティブと,外部(第三者)のリスクを引き受けるオープンマーケットキ ャプティブの分類がある40.
図表 16 キャプティブのスキーム
キャプティブ
マネジメント会社 親会社
元受保険会社
再保険市場 運営管理
収支・設立 配当 リスクマネジメント
再々保険料 再々保険金回収 再保険金回収
運営管理 手数料
再保険料 元受保険料 保険料支払
投資運用 資本市場
出所:リスクファイナンスの発展に向けて[75]p67をもとに作成 全世界におけるキャプティブの設立数は,現在4,500社から5,000社程あると言われてお
40 リスクファイナンス研究会 「報告書-リスクファイナンスの発展に向けて-」 経済産業省 2006 pp.67-76
り,このうち 80%は欧米企業の子会社として設立されている.初期のキャプティブ設立地 はタックスヘイブンであるバミューダやケイマンに集中していいたが,昨今はキャプティブ の運営・管理のしやすさ(弁護士や会計士等のインフラや法整備)を重視するようになりタッ クスヘイブン以外での設立も増えている.日本企業は1970年代からキャプティブを設立し ており,海運業,自動車製造業や商社等の大手多国籍企業を中心に用いられてきた.
(4) コミットメントライン
コミットメントラインとは,一般企業と銀行が予め契約した期間・融資枠の範囲内で,一 般企業の請求に基づいて,銀行が融資を実行することを約束(コミット)する契約である.
一時的な資金調達手段としては一般的な手法の一つである41.基本的にコミットした融資枠 であれば,いつでも企業は資金を借りることができるが,銀行にその枠設定料として手数料 を支払う必要がある.契約方法は,各取引銀行と個別に契約を行う「バイラテラル方式(相 対型)」と主幹事銀行(アレンジャー)を中心に複数取引銀行と同時契約を行う「シンジケート 方式(協調型)」の2つある.
(5) 地震災害時融資実行予約契約(Contingent Debt Facility)
地震災害時発動型のファイナンス
2004年11月8日,三井住友海上火災保険㈱,㈱静岡銀行,日本政策投資銀行の3者はロ ーン・アレンジャーとして協調し,㈱巴川製紙所に対し,巴川製紙所のアドバイザーとして 商品設計を主導したみずほ証券㈱と協力し,大規模地震を想定したコンティンジェント・デ ット・ファシリティ(CDF:Contingent Debt Facility,地震災害時融資実行予約契約)及びシンジ ケート・ローンを組成するファイナンスを行っている.発生が予想される東海地震による災 害復旧に必要とする緊急資金を安定供給するための仕組みとして考案され,応用アール・エ ム・エス株式会社によるリスク分析を通じ,バランス・シートに内在する地震リスクを定量 的に捉え,CDF及びシンジケート・ローンを組成している42.
41 甲斐良隆 「リスク評価とリスクファイナンス」 (社)日本建築構造技術者協会地震 災害な どのリスクと経済政策勉強会(第4回) 2006 pp.2-3
42 日本政策投資銀行 「株式会社巴川製紙所に対して”地震災害時発動型のファイナンス”を組 成」 ニュースリリース 2004.11.8