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RQ1 に対する回答

ドキュメント内 2019 年度テーマ研究論文 (ページ 64-68)

第 4 章 考察

第 1 節 RQ1 に対する回答

初めに,RQ1. 日本企業の従業員の「知識や経験」を生かしそれを組織業績につなげる 管理会計システムの設計・利用方法をイネーブリング・コントロールの枠組みで説明でき るかについて述べていく。

トヨタ生産方式では,イネーブリング・コントロールの4つのデザインの特徴が従業員 の「知識や経験」を生かし,同時にその活用が原価低減を目的としていることによって組 織業績に貢献していることが分かった。具体的には,修復能力及び柔軟性は,「ジャスト・

イン・タイム」及び「かんばん」,「自働化」から測定された。ジャスト・イン・タイムと

「かんばん」の両仕組みを通じて,現場の従業員は後工程に対する責任に対し,自己の裁 量の下で(柔軟性)業務遂行上の異常や問題がどこにあるのかを突き止め,改善を行なう ことができるようになっている(修復能力)。また,作業標準の設定においても作業者が自

身で作業標準の設定を行い(柔軟性),それを用いた品質・安全の低下につながる異常の発 見・防止に対する改善(修復能力)がみられる。内部透明性は,「コストの見える化」から 観測された。見える化により長年経理部の機密事項であったコスト情報がオープンになり,

現場従業員がコスト情報にアクセスできるようになった。また,見える化により活動した 結果がすぐに可視化されるようになった。全体透明性は,「コストの見える化」から観測さ れた。コストが見える化されていることによって,活動とその活動成果を示す会計数値と が直結し改善の効果が見えるようになった。その結果,原価企画において自らの活動がど のように総原価低減に貢献しているかを理解できるようになった。

アメーバ経営では,イネーブリング・コントロールの4つのデザインの特徴が従業員の

「知識や経験」を生かし,同時にその活用が時間当り採算の向上に結び付けられているこ とによって組織業績に貢献していることが分かった。具体的には,修復能力と柔軟性は,

「小集団部門別採算制度」から観測された。小集団部門別採算制度により,現場のアメー バリーダーが裁量を持って(柔軟性),アメーバの採算を意識しながら,業務遂行上の異常 や問題がどこにあるのかを突き止め,その解決に取り組むことができる(修復能力)。内部 透明性は,「時間当り採算」から観測された。時間当り採算という会計数値がオープンにな ることで,従業員の業務遂行が時間当り採算に落とし込まれ,同時に時間当り採算を通じ て業務遂行の過程が可視化されるようになり,さらにその会計数値にアクセスできるよう になっている。全体透明性は,「時間当り採算」及び「経営トップによる方針や業績の伝達」

から観測された。時間当り採算を通じて,各アメーバは自らの成果を全社の視点から理解 できるようになっている。また,経営トップが方針や業績を現場に伝えることで,従業員 自らの位置付けや部門の状況を可視化しており,それにより従業員が事業全体の採算や製 造ラインを踏まえた設計を取り組むようになっている。

個人Willシステムでは,イネーブリング・コントロールの4つのデザインの特徴が従業 員の「知識や経験」を生かし,同時にその活用がWillの向上に結び付けられていることに よって組織業績に貢献していることが分かった。具体的には,修復能力と柔軟性は,「時間 に対する価格づけ」及び「社内マーケットプレイス」から観測された。ディスコでは従業 員の時間は有償であることから,自分のWill を稼ぐ場合にも他の従業員を利用しWillを 支払う場合にも,各従業員はどのような仕事を選ぶかの裁量が与えられている(柔軟性)。 これにより,従業員は自分の仕事内容の組み合わせを考えることができるようになり,様々 な仕事を通じて蓄積した「知識や経験」を基にさらなる仕事の効率化を測ることもできる

(修復能力)。内部透明性は,「個人Will口座」から観測された。従業員の業務遂行の価値 がWillに変換され,個人Will口座を通じてWillの収支が可視化されるようになり,さら にその会計情報にイントラネットでアクセスできるようになっている。全体透明性は,「ボ ーナス」から観測された。個人Will を高めることが,部門のWill利益貢献の合計金額を 高めることにつながるが,そのまた逆も然りである。このように常に部門のWill利益貢献 を意識するような仕組みが個人Willシステムには組み込まれている。

以上,各社毎にRQ1. 日本企業の従業員の「知識や経験」を生かしそれを組織業績につ なげる管理会計システムの設計・利用方法をイネーブリング・コントロールの枠組みで説 明できるかについて述べた。各社の分析を行う中で3社に共通して見られる特徴として「権 限と裁量の範囲」及び「従業員が理解すべき会計情報の範囲」が挙げられる。これらの特 徴は後に述べるイネーブリング・コントロールが活用する従業員の「知識や経験」は具体 的になにかを導くものであるため,以下3社を比較分析して得られた上記特徴について述 べていく。

取り上げた3社においてそれぞれ修復能力及び柔軟性は観測されたが,その権限と裁量 については違いがある。トヨタ生産方式では,その管理会計システムの名前のとおり権限 と裁量の範囲は生産工程に限られる(大野,1978;前田,2009)ため,他の 2 社に比べ て小さい。アメーバ経営では,トヨタ生産方式に比べると権限と裁量は大きいが,その権 限と裁量を有する範囲は,他のアメーバに人員を貸し借りすることもあるものの,基本的 にはそのアメーバ内における権限と裁量である(稲盛,2000,p.116)ため,個人Willシ ステムよりは小さい。個人Willシステムでは,従業員は社内の仕事であれば,自分の能力 の範囲内において他の部門の仕事も請け負うことができる(Bernstein, Jinjo and Sakuma,

2018,p.6)ことから3社の中で最も権限と裁量が大きい。

この権限と裁量の範囲は従業員が理解すべき会計情報の範囲にも関係している。権限と 裁量の範囲が大きいほど,従業員が理解しなければならない会計情報の範囲も大きくなる。

トヨタ生産方式においては,従業員は生産工程に対して権限と裁量を有するため,従業員 が理解すべき会計情報は原価であり,その中でも従業員の権限と裁量の範囲において関係 する原価情報は材料費や労務費等である。アメーバ経営においては,従業員はアメーバに 対して権限と裁量を有するため,時間当り採算が従業員が理解すべき会計情報になるが,

時間当り採算には人件費は含まれていない。よって,従業員が理解すべき会計情報は収益 と人件費以外の費用である。個人Willシステムでは,従業員が選択した社内の仕事に対し

て権限と裁量を有するため,従業員が理解すべき会計情報はその仕事の収益と費用になる

(Bernstein, Jinjo and Sakuma,2018,p.4)。従業員が選択した仕事における自分の人 件費及び他の従業員を使用した場合の人件費に対してWillとして支出することから,3社 の中でもっとも理解すべき会計情報の範囲が大きい。以上をまとめると図表7のようにな る。

図表7:3社の比較

出所:筆者が作成。

この権限と裁量の範囲と従業員が理解すべき会計情報の範囲の関係性からも次に述べ るイネーブリング・コントロールが活用する従業員の「知識や経験」は具体的になにかを 導くことができる。従業員はその権限と裁量の範囲に責任を有するため,自分が行った業 務がどのようにその会計情報に影響を及ぼすかをフィードバック情報として受け取り,そ れをもとにさらなる業務の改善をする必要がある。受け取るフィードバック情報は,自分 の業務遂行をインプットとしたときに管理会計システムからアウトプットとして出てくる 会計情報である。このときアウトプットされた会計情報の質や形は管理会計システムの仕 組み,ひいてはその管理会計システムがどのような経営理念・フィロソフィのもとに設計 されているかに依存する。よって,アウトプットされた会計情報を生成されたプロセスに

遡って本質的に理解することが,従業員が「知識や経験」を得ることであり,次に述べる イネーブリング・コントロールが活用する従業員の「知識や経験」はそのような理解の蓄 積のことである。そして,権限と裁量の範囲が広い場合は従業員が理解すべき会計情報の 範囲も大きくなるため,なお一層の「知識や経験」の蓄積が求められる。

ドキュメント内 2019 年度テーマ研究論文 (ページ 64-68)