第 2 章 リサーチクエスチョンとリサーチデザイン
第 2 節 リサーチデザイン
本研究がテーマとしているのは,従業員の「知識や経験」を生かしそれを組織業績につ なげる管理会計システムの設計・利用方法である。本研究では当該テーマを分析する対象 として,以下の日本企業の管理会計システムを取り上げる。1つ目は,トヨタ株式会社(以 下,トヨタ)のトヨタ生産方式26である。2 つ目は,京セラ株式会社(以下,京セラ)の アメーバ経営である。3つ目は,ディスコ株式会社(以下,ディスコ)の個人Willシステ ムである。
トヨタ生産方式を取り上げた理由は,トヨタが,現代の企業環境下における管理者が事 前に目標や手段を定めることができない場合に対応し,現場の従業員の「知識や経験」を 生かしそれを組織業績につなげるようにトヨタ生産方式を利用していると思われるからで ある。それについて大野(1978)は以下のように述べている。
26 本研究で述べているトヨタ生産方式は,文献によってはジャスト・イン・タイムやかん ばん方式と呼ばれている。
自動車にかぎらず,市場というものは大きな経済的ショックに見舞われなくとも,常に 漸増,漸減を繰り返すものである。
市場の需要予測から生産計画を立てても,現実には数量が増減したり,品種が入れかわ ったりすることは日常茶飯事のことである。
このように常に変動して止まらない市場に対して生産ラインは,いつでも計画を変更し て対応できることが最も望ましい。しかし,現実には情報システムが変更しにくかったり,
現場の制約が強くてなかなか変更しにくいのが一般であろう。
「かんばん」は,ある範囲内で微調整を自動的に行なっていくのが大きな特徴である。
…(中略)…。まちがいはすぐに是正する,あせってはことをし損ずる,機の熟するの を待てといった合図が「かんばん」という運用の道具から具体的に出て,私どもの失敗と 暴走を事前にチェックしてくれたこともたびたびあった。
「微調整」の機能とは,その計画の進行具合が,ゴーなのか,一時ストップなのかを指 示するばかりでなく,ストップの場合,なぜストップなのか,どう微調整すれば,再びゴ ーになるのかを発見できるようにしてくれていることでなければならないと私は思って いる。
幸い,私どもが長らく取り組んできたトヨタ生産方式においては,豊田佐吉翁の創造に なる「自働化」の思想,豊田喜一郎氏の発想になる「ジャスト・イン・タイム」の構想と が,二本の太い柱になって支えてきてくれた。実際の生産活動の中だけではなく,新しい ことを開発していく上でもその進め方を柔軟なものにしてくれた。(大野,1978,pp.90-93)
このように,市場の不確実性により生産ラインの計画が常に変動するような場合に,「か んばん」が従業員の「知識や経験」を生かすことで,トヨタを支えていることが分かる。
また,Adler & Borys(1996)においてNUMMI(New United Motor Manufacturing,
Inc.の略。1985年に設立されたGeneral Motorsとトヨタ自動車との合弁会社)の実務へ
の言及がしばしば見られることからも,トヨタ生産方式にイネーブリング・コントロール の枠組みを当てはめることができる可能性があることが分かる。
ここまでトヨタ生産方式は管理会計システムであり,それによりイネーブリング・コン トロールの枠組みを当てはめることができることを前提に採用理由を述べてきたが,トヨ タ生産方式が管理会計システムであるかについては議論の余地がある。
これについてトヨタ生産方式は市場志向のシステムであるという観点から,近藤(1990)
は,ジャスト・イン・タイム(トヨタ生産方式)は,市場ニーズを企業内部に取り込んで それに応ずることの出来る革新的生産技術や生産管理システムを生み出す市場思考管理シ ステムであると述べている。また王(2015)は,市場志向のジャスト・イン・タイムが管 理会計研究の対象として認識されるようになったプロセスについて論じている。
さらに原価計算の観点からもトヨタ生産方式が管理会計システムであることが推測さ れる。後に述べるようにトヨタ生産方式は原単位を管理し原価低減を目指すシステムであ ることから,西澤(1983)の「原価計算は,原価を金額で評価するか物量で測定するかに よって,金額原価計算(dollar cost accounting)と原単位計算(physical cost accounting)
に大別することもできる」(p.33)という主張に則ると,トヨタ生産方式は原価管理システ ムであるため管理会計システムの一部であるということもできる。
よって,以上の議論は論者によって解釈が分かれるものの,本研究ではトヨタ生産方式 は管理会計システムとして扱うこととする。
アメーバ経営を取り上げた理由は,アメーバ経営はイネーブリング・コントロールの具 体的な適用事例として位置づけることができる(伊藤(克),2019)ためである。また,
アメーバ経営は先行研究が豊富に存在しその導入事例も多いため,イネーブリング・コン トロールの枠組みを当てはめる際により細かな説明を行える。庵谷(2018,p.3)による と,アメーバ経営研究の中でも管理会計への貢献を意図した先行研究は,国内研究を中心 に150本以上存在する。
個人Willシステムを取り上げた理由は,ディスコが,現代の企業環境下における管理者 が事前に目標や手段を定めることができない場合に対応し,現場の従業員の「知識や経験」
を生かしそれを組織業績につなげるように個人 Will システムを利用していると思われる からである。Bernstein, Jinjo & Sakuma(2018)によると,個人Willシステムでは「作 業工程が非効率な場合に,誰かが誰かに対して「何をするべきか」や「どうするべきか」
を指示することがない」(p.8)ため,管理者が事前に目標や手段を定めること自体がなく,
また「従業員が一人ひとりが自分の時間の使い方を最適化しようとするインセンティブを もつようになる」(p.8)。加えて,個人Willシステムが全社的なWillにつながっているこ とからも,従業員の「知識や経験」の活用が組織業績につながっていることが分かる。
日本企業の従業員の「知識や経験」を生かしそれを組織業績につなげる管理会計システ ムの設計・利用方法をイネーブリング・コントロールで説明するにあたっては,システム のデザインに関する研究(ケーススタディ)(Ahrens & Chapman,2004;Chenhall, Hall
& Smith,2010; Free,2007;Jordan and Messner,2012;Jørgensen & Messner,
2009;李,2011)が参考になる。それらの研究では,管理会計システムからイネーブリン
グ・コントロールの4つのデザインの特徴が観測され,さらにそれらの特徴がそれぞれの 企業の文脈で,マネジャーの行動(Ahrens & Chapman,2004;Jørgensen & Messner,
2009;Jordan & Messner,2012)などの管理会計システムの使用者の行動を支援してい ることを明らかにしている。本研究では,それを踏まえた上で図表3に示す分析枠組みを 用いて,分析対象からイネーブリング・コントロールの4つのデザインの特徴を観測した 上で,イネーブリング・コントロールが活用する従業員の「知識や経験」を指摘し,それ らがどのように組織業績につながっているかを分析する。
イネーブリング・コントロールの4つのデザインの特徴が観測されたか否かは,デザイ ンの特徴の定義を満たしているかによって判断する。参照する定義は第1章第2節より以 下のとおりである。修復能力は「業務遂行上の異常や問題がどこにあるのかを突き止め,
その解決に取り組むことを可能にする設計上の特徴」の有無によって判断する。内部透明 性は「遂行責任を負う従業員に対して業務遂行の過程を可視化する設計上の特徴」の有無 によって判断する。全体透明性は「個々の業務プロセスの相互関係あるいはそれらを包含 する全体のプロセスの中で,従業員自らの位置付けや部門の状況を可視化する設計上の特 徴」の有無によって判断する。柔軟性は「管理会計システムの利用に関して,従業員の裁 量を許容するための設計上の特徴」の有無によって判断する。
また,イネーブリング・コントロールが活用する従業員の「知識や経験」は,管理会計 システムの計算方法・必要性に関する従業員の理解度や既存システムに基づいた経験に関 するものかで判断する。
最後に,イネーブリング・コントロールの4つのデザインの特徴が従業員の「知識や経 験」を活用しどのように組織業績につなげているかは,そのデザインの目的から判断する。
図表3:分析枠組み
出所:Aherens & Chapman(2004)等を参考に筆者作成。
次章では,本章のリサーチクエスチョン及びリサーチデザインを踏まえた上で,分析枠 組みを日本企業の管理会計システムの設計・利用方法に当てはめていく。