第 1 章 先行研究レビュー
第 5 節 システムの開発過程に関する研究
第1項 Wouters & Wilderom(2008)
Wouters & Wilderom(2008)は,PMS(performance-measurement systems)が「従 業員の仕事の助けとなるイネーブリングなシステムである」と認識されるようになるまで のPMSの開発・受容過程の特徴を解明することを目的とする研究である。当該研究では,
上記のようなPMSをイネーブリングPMSと称している。当該研究で注目すべきは,イネ ーブリング・コントロールの提唱者であるAdler & Borys(1996)とその概念を管理会計 分野に応用したAhrens & Chapman(2004)では,イネーブリング・コントロールを① システムの特徴,②システムデザインのプロセス,③システムの実行と分類したときに,
①と②に着目していたのに対し,当該研究は②と③に着目している点である。つまり,イ ネーブリング・コントロールが実際にどのようにシステムとしてデザインされ,どのよう にシステムとして実行されているのかを解明した点で当該研究は重要な研究である。
Wouters & Wilderom(2008)は,2002年8月から2005年6月にかけて行われた中規 模の飲料製造会社の物流部門を対象とする長期的なケーススタディによる定性的分析と質 問票調査による定量的分析である。定性的データは,インタビューやマネジメント会議へ の参加,社内文書の閲覧,リサーチアシスタントによるフィールドノートによって収集さ れ,定量的データは,42人の従業員を対象とする二度の社内質問票調査によって得ている。
Wouters & Wilderom(2008)によると,以下の3つの要因がイネーブリングPMSに
影響を与えている。1つ目は,既存システムに基づいた経験(experience-based)である。
当該経験は,従業員の業績を定量的に捉え報告することに関する既存の現場の「知識や経 験を識別,判断,文書化,評価,統合することである。つまり,既にある現場の「知識や 経験」を活用することが既存システムに基づいた経験である。2 つ目は,新たな業績測定 尺度に関する実験(experimentation)である。当該実験は,現場において有効で,信頼 でき,理解可能な新しい業績測定尺度を開発するために,テストやレビュー,概念・定義・
データの洗練化,新しい測定尺度の提示を行うことである。つまり,業績測定尺度の開発 において繰り返しその測定尺度を吟味することが新たな業績測定尺度に関する実験である。
3つ目は,職人意識(professionalism)である。当該職人意識は,上記経験や実験を通じ た業務改善を目的とした従業員の学習傾向のことであり,職人意識が高いほど従業員は満 足感を持って周辺業務の改善に取り組むようになる。さらに職人意識は業績測定に対する 従業員の好意的な態度に関連していた。
また,当該研究によると,内部透明性と柔軟性がイネーブリングPMSに貢献している。
当該内部透明性と柔軟性は,業績測定尺度が従業員にとって理解可能であり,彼らの実務 経験に何らかの形で基づいており,彼らが改善するために影響を及ぼせるものであること を意味している。このことは,業績測定尺度に対する責任感について内部で議論があった ときに明らかになった。特に内部透明性は,従業員自ら定期的に業績測定尺度を計算し報 告することによって培われる。
第2項 Wouters(2009)
Wouters(2009)は,Wouters & Wilderom(2008)で取り上げた飲料製造会社(Grolsch 社)の物流部門のケースをもとにイネーブリング PMS に影響を与える要因の考察を深化 させている。当該研究は,以下の 3 つを目的とする研究である。⑴イネーブリング PMS
(performance-measurement systems)の開発・実行のプロセスの特徴をより理解する助 けとなる原理を提示する。⑵PMSの様々な見方を統合する。⑶イネーブリングPMSを促 す開発・需要過程に数多くの管理的なインプリケーションを提供する。
Wouters(2009)によると,イネーブリング PMSの開発・実行には,①既存のシステ
ムに基づいた経験,②新たな業績測定尺度に関する実験,③職人意識,④透明性と従業員 の当事者意識,⑤外部の関与の5つの原理が影響を及ぼしている。当該研究では,上記①
から⑤の原理について完成品倉庫への内部輸送に関する業績測定の例を用いて説明してい る。物流部門では製造エリアから倉庫へトラックを用いて完成品を運んでいる。
①既存システムに基づいた経験は,従業員の業績を定量的に捉え報告することに関する 既存の現場の「知識や経験」を識別,判断,文書化,評価,統合することである。この原 理は,輸送の効率性を測るために,物流部門や管理本部,内部輸送部門の従業員のアイデ アを基にして,「時間当りの輸送回数(the number of transportation activities carried out
per labor hour)」という業績測定尺度を作成したときに観測された。
②新たな業績測定尺度に関する実験は,現場において有効で,信頼でき,理解可能な新 しい業績測定尺度を開発するために,テストやレビュー,概念・定義・データの洗練化,
新しい測定尺度の提示を行うことである。この原理は,抽象的で分かりづらかった「内部 輸送と倉庫の効率性」という定義を,具体的で分かりやすい「完成品倉庫の時間当り輸送 回数」という定義に変更したときに観測された。
③職人意識は,上記経験や実験を通じた業務改善を目的とした従業員の学習傾向のこと であり,職人意識が高いほど従業員は満足感を持って周辺業務の改善に取り組むようにな る。この原理は,当初の業績測定尺度には含まれていなかった段取活動をリスト化し,従 業員がその活動にかかる時間を見積もった上で,業績測定尺度に反映させたときに観測さ れた。
④透明性と従業員の当事者意識については以下のとおりである。透明性は,利用者がシ ステムの内部機能のロジックや特定のコントロールがある理由の論理的根拠をよく理解し ていることである。従業員の当事者意識は,業績を測定されている従業員が自ら測定尺度 を作ることであり,これはPMSの透明性を高める最も効果的な方法である。この原理は,
財務部門ではなく物流部門の当直長が自ら SAP からデータをダウンロードし毎週 Excel でレポートを作成していたときに観測された。
⑤外部の関与は,当該研究では,大学の研究者や生徒のことである。外部者は既存のシ ステムに基づいた経験を掘り出し,従業員が新たなアイデアを生み出すことに役立つ。こ の原理は,リサーチ・アシスタント(学生)が新しい業績測定尺度の開発を促すために内 部輸送部門の従業員と共に働いていたときに観測された。
第3項 Wouters & Roijmans(2011)
Wouters & Rojimans(2011)は,Wouters & Wilderom(2008)及びWouters(2009)
で取り上げた飲料製造会社(Grolsch 社)の物流部門のケースをもとに,イネーブリング
PMS(performance-measurement systems)の開発・実行に影響を及ぼす5つの原理の
うち,新たなPMSに関する実験(experimentation)の考察を深化させている。当該研究 は,新たなPMSに関する実験がイネーブリングPMSの開発のための知識統合をどのよう に刺激するかを明らかにすることを目的とする研究である。
Wouters & Rojimans(2011)によると,知識統合をもたらすには,①知識の表出化
(representing knowledge),②相違点と相互依存性の学習(learning about differences and interdependencies),③知識の変換(transforming knowledge)を促進する必要があ る。
まず,①知識の表出化を促進するには,PMS の開発過程における PMS の試作品
(prototype)に対して実験参加者が知識を表出する必要がある。PMS の試作品には達成 すべき目標が含まれており,その目標を達成するためには現在の状況の中から問題を発見 し解決する必要がある。そして,その問題の発見と解決を行うことで試作品は次のバージ ョンの試作品を生み出す。
また,②相違点と相互依存性の学習及び③知識の変換を促進するには,実験参加が試作 品を通じて自分の知識を詳述し,各々が自分の知識と他の実験参加者の知識の相違点との 相互依存性を識別し学習する必要がある。相違点と相互依存性の識別と解決は度重なる実 験の中で行われ,それにより知識は新しい試作品に変換され新たな問題と議論を生み出す。
さらに,①から③の特徴は,⑴状況に合ったデータによる実験(experimentation with contextualized data),⑵実験の共同化(joint ownership of experimentation),⑶実験参 加者による報告(user reporting)によっても促進される。
⑴状況に合ったデータによる実験では,実際に使われている情報システムから実績デー
タを用いることで,実験参加者はより深くまた具体的に知識を表出し互いに学習する必要 がある。これにより,さらなる相違点と相互依存性を発見できる。
⑵実験の共同化は,実験参加者である経理スタッフと現場スタッフが PMS の概念化と 導入に関して共通の理解と合意に達することである。これを達成するには,異なる職能の スタッフが,自分の知識をより詳細に表出し,知識の発展についてより注意深く考え,問 題解決のために説得したり聞く耳を持ったり探求することに力を入れることが必要である。
実験の共同化により,知識統合に要する①から③の特徴を効果的に高めることができ,そ