佐藤芳之氏
ルワンダ・ナッツ・カンパニー会長、オーガニック・ソリューションズ・ルワンダ会長
1974年に食品加工会社「ケニア・ナッツ・カンパニー(KNC)」を立ち上げ、1990年代にはマカ ダミアナッツ生産量で世界トップ 3 となる。2008年、KNC を幹部社員に譲渡。「オーガニック・ソ リューションズ・ルワンダ」など、アフリカや南米で新事業を次々と立ち上げる。著書に『歩き続け れば大丈夫 アフリカで25万人の生活を変えた日本人起業家からの手紙』(ダイヤモンド社)、『OUT OF AFRICA アフリカの奇跡 世界に誇れる日本人ビジネスマンの物語』(朝日新聞出版)など。
畠山 剛(みずほ情報総研 常務執行役員) 佐藤 芳之 氏
援するため、日本ブランドの農産物の栽培や農 業機械などの技術移転に関する研究、および実 証実験に取り組んでいます。目標とするところ は、日本の農業の持続的な発展と、進出先の地 域の経済的な発展、そして進出する企業の円滑 な支援、マーケット開拓の推進サポートです。
ルワンダでのリンドウ栽培事業に関する共同研 究は、その第一弾となります。
我々のビジネスはコンサルティング業務です が、このプロジェクトではお客さまや共同研究 者と共に現地に赴き、諸々の課題に対して当事 者の一人として解決に当たるなど、パートナー として共に汗を流すつもりです。単に机上の企 画やコーディネートを行うだけでなく、リアル なサービスを提案します。実際、当事業では、
生育調査のため日本のリンドウの苗をルワンダ へ運んで植えるといった仕事も行っています。
佐藤会長はもとより、ルワンダの皆様に大変 なお力添えをいただいたおかげで、プロジェク トが非常に良い形で進んでいると感じています。
佐藤氏 そうですね、とても良い関係が構築で きている現場だと思います。今回提携させてい ただいている我々のグループ企業は、
2008
年 からルワンダで農業を行い経験を積んでいま す。そこに、豊かな知見と経験、幅広いネット ワークをお持ちのみずほ情報総研がマッチング することで、アフリカと日本のコラボレーショ ン、またヨーロッパ市場開拓を目指しインター ナショナルに活動していくという、とても良い 形ができていると思います。今後は、今おっしゃったようなコンサルティ ングを超えた現場での仕事の中で、課題解決の ための適切なアドバイスや、海外進出を目指す 日本企業とのネットワークをつないでいただけ ればと期待しています。みずほ情報総研との連 携プロジェクトということで、日本の企業も安 心して我々と連携していただけることと思いま
すので、大変心強く感じていますし、骨太のプ ロジェクトになるという予感があります。
畠山 そのように感じていただくことができ、
大変嬉しく思います。
畠山 佐藤会長は東京外国語大学をご卒業され たと伺っていますが、何語をご専攻されたので すか。
佐藤氏 インド語、アラビア語、ペルシャ語、
トルコ語を学びました。アフリカで仕事をした いという思いはすでに持っていたのですが、当 時はアフリカの言語を学ぶことのできる学科は ありませんでした。そこでいろいろと調べたと ころ、当時のアフリカではインド系の商人が経 済の実権を握っているということが分かりまし たので、まずはインド語を選んだのです。
畠山 若い頃からアフリカで働きたいという思 いがあったのですか。
佐藤氏 はい、少年の頃からありました。その 夢をただ追いかけて歩き続けてきただけだ、と いう感がありますね。
畠山 いや、佐藤会長のご成功は、単に歩き続 けただけで到達できるような道ではありません アフリカに賭けたアントレプレナーシップ
よ。どのようなお考えや行動があったのでしょ う。最初はどのようなビジネスを始められたの ですか。
佐藤氏 最初はリヤカーを作ろうと考えまし た。しかしそのビジネスは失敗したため、次に 鉛筆工場を立ち上げました。鉛筆工場の次は製 材所を手掛けたのですが、そこで「木を切る」
という行為に、どこか後ろめたさを感じてしま いました。それならば、次は木を植える仕事を しようと考えました。
畠山 なるほど。そうした発想からケニア・ナッ ツ・カンパニー(KNC)創業へとつながったの ですね。
佐藤氏 はい。植林するならば、環境のためと いうだけではなく、実のなる木を作りたいと考 えました。もしその実に市場性があれば、ビジ ネスになるだろう。しかしコーヒーのような国 際競争が激しい商品は相場が変動しますから、
潜在需要は100万トンあるが5万トン以下の供 給しかされていないようなニーズのあるものが いい。そのような木を探し歩いて、巡り合った のがマカダミアナッツでした。それからはナッ ツのビジネスを一心不乱にやりました。
畠山 でも、そうして世界規模の企業へと育
てた
KNC
をケニアの社員へ譲渡されましたで しょう。もっと大きくするというお考えはな かったのですか。佐藤氏 いえ、これ以上大きくしてはいけない と思ったのです。ビジネスには適正な規模とい うものがあります。世界の市場で貴重に扱われ 求められているあたりがちょうどいいのです。
社員も4000人を超えましたし、後進へと道を 拓く必要もありました。でも一番の理由は、ビ ジネスをよく理解したケニアの優秀な社員がた くさん育ち、私の出る幕がなくなったというこ とかもしれません。そこで、「このビジネスは 君たちが手がけなさい。私は他の仕事をやる」
と伝えたのです。送別会も一切必要ないと言っ て、すぐに辞職しました。
畠山 そこできっぱり辞職されたというのは、
非常に大きな決断ですね。その後ルワンダへ移 られたのは、何がきっかけだったのですか。
佐藤氏 たまたま会議で出向いた時に、街が少 し不衛生だと感じたのです。その時ちょうど微 生物のビジネスを始めていたものですから、微 生物を使って浄化を行おうと考えました。そこ で市とコラボレーションしてスラムや地方の学 校のトイレ浄化を行いました。今ではケニアで も学校トイレ浄化プロジェクトを実施していま す。微生物を使ったビジネスは拡大しており、
微生物を利用した生肥料がケニアのバラ園で利 用されるなど、売上げを伸ばしています。
今はとにかくいろいろなビジネスを手がけた いと思っています。アイデアがどんどん浮かぶ のです。ケニアではジャガイモの農場を1万ヘ クタール確保しましたので、エタノールや工業 用の澱粉、ウオツカ造りもいいなと考えていま す。タンザニアではサツマイモを植え始めたの ですが、それでアフリカ産のおいしい焼酎を造 りたいと思っています。
畠山 しかしすごいものですね、いろいろな事
業を展開されていらっしゃる。ご著作にもあり ましたが、佐藤会長がビジネスのアイデアを口 にしても、最初は誰も本気にしてくれないそう ですね。でも「やるんだ」と言い続けて、本当 に実現される。
佐藤氏 言わないと実現しないものですよ。で すから、ついつい皆に言ってしまう。そうする と、自分がその言葉に縛られて、やらざるを得 なくなるでしょう。
畠山 そうした事業は一つを終わらせてまた次 へということではなく、同時並行的に手がけら れるのですか。
佐藤氏 全て同時です。70歳代も半ばになり ますと、一つのことに集中するのは時間がもっ たいないと思うのです。考えられる全てのこと を同時進行で進めたいし、やろうと思えば実際 にやれるのです。
畠山 一口でワールドワイドと言いますが、そ れを体現されておられる方のお話となると、迫 力が違いますね。佐藤会長の起業家精神には本 当に感服します。力強く、ダイナミックな精神 をお持ちでいらっしゃる。しかも、形のある
「ものづくり」につなげていらっしゃるところ が、大変素晴らしいと思います。
畠山 最近、アフリカに対する日本からの投資 活気づく日本企業の対アフリカ投資
は盛んになっており、みずほフィナンシャルグ ループとしても注力し始めています。みずほ銀 行はケニアの投資庁と業務協力覚書を締結して いますし、南アフリカではスタンダード銀行と 業務協力協定を締結しています。
アフリカの人口はまだ10億人程度の規模感 かと思いますが、今後も右肩上がりの人口増加 が期待されていますし、そのようなエリアは世 界でもアフリカだけではないでしょうか。さま ざまな日本企業が進出を考えています。一時は 波が引いた感があったものの、今はまた動に転 じているように感じているのですが、いかがで しょうか。
佐藤氏 そうですね。今ドライブがかかってい るのは、1993年から始まった「TICAD(Tokyo
International Conference on African Development
/アフリカ開発会議)」が、2016
年に初めてアフリカで開催されるということも 理由の一つでしょう。これまでは東京にアフリ カ各国の首脳クラスを集めて開催していました が、いよいよ現地での開催となります。先日、ケニアが開催地となることが正式に発表されま した。
国際的に見ると、中国が今すさまじい勢いで アフリカへ進出しており、エチオピアで「中国・
アフリカ協力フォーラム」を開催しています。
最近、ケニア人は僕を見ると「ニーハオ」と呼 びかけてきます。日本人だと分かると、「まだ いたの」と言われるのです。
畠山 そういう言葉が返ってくるのですか。日 本人のプレゼンスが下がっているのですね。
佐藤氏 そのような、中国を始めとした各国に 対抗すべく、2013年の
TICAD
では、安倍首相 が、今後5
年間で官民合わせて3
兆2
千億円の 出資を行うと宣言しました。そこで日本企業は 投資する案件を熱心に探しています。ところが、橋や港湾建設などいわゆる公的な