﹁ じ
A.1 Moks.adharma-Parvan 第 187 章
Yudhis.t.hira uv¯aca —
ユディシュティラ1は語った。
1
adhy¯atmam. n¯ama yad idam. purus.asyeha cintyate/
yad adhy¯atmam. yata´s caitat tan me br¯uhi pit¯amaha//MBh 12.187.1
内なるアートマン(adhy¯atma)2と呼ばれるもの、これがこの世において人(purus.a)の ものとして考えられている3が、その内なるアートマンとはどのようなもので、それは何 から〔生じる〕ものか、それを私に語れ。祖父(ピターマハ)4よ。
Bh¯ıs.ma uv¯aca —
ビーシュマは語った。
2
1パーンダヴァ5王子の長男。
2茂木氏は「大我」[茂木1993a: p. 103]、中村氏は「内我」[中村1998b: p. 87]と訳している。
3ここでは人間の本質として内なるアートマンが考えられている。この語はおそらく中性名詞であり、一元 論を意図しているのかもしれない。
4祖父や祖先という意味であるが、ここではビーシュマのことを指す。MBhの戦争においては、彼はパー ンダヴァの王子たちに敵対し、ドリタラーシュトラ王の息子たちに味方した。
adhy¯atmam iti m¯am. p¯artha yad etad anupr.cchasi/
tad vy¯akhy¯asy¯ami te t¯ata ´sreyaskarataram. sukham//MBh 12.187.2
あなたは「内なるアートマンとは〔どのようなものであるか〕」と、私にこれを尋ねる。
プリターの子よ。それをあなたに説明しよう。〔それは〕より優れた状態をもたらす5幸福 である。愛しき者よ。
3
yaj jñ¯atv¯a purus.o loke pr¯ıtim. saukhyam. ca vindati/
phalal¯abha´s ca sadyah. sy¯at sarvabh¯utahitam. ca tat//MBh 12.187.3
それを知ることによって6、人(purus.a)は世界において喜びと幸せを獲得する。そし て、その(理解した)ことは、すぐに結果(果報)の獲得になるであろう。また、〔それ は〕あらゆる存在物(万物)に益するものである。
4
pr.thiv¯ı v¯ayur ¯ak¯a´sam ¯apo jyoti´s ca pañcamam/
mah¯abh¯ut¯ani bh¯ut¯an¯am. sarves.¯am. prabhav¯apyayau//MBh 12.187.4
地(pr.thiv¯ı)、風(v¯ayu)、虚空(¯ak¯a´sa)、水(¯apas)、そして5番目の火(jyotis)、〔これ らの〕粗大元素は全ての存在物(万物)が生成し帰滅するところである7。
5
tatah. sr.s.t.¯ani tatraiva t¯ani y¯anti punah. punah./
mah¯abh¯ut¯ani bh¯utes.u s¯agarasyormayo yath¯a//MBh 12.187.5
それから8創造されたものは、まさにそこ(粗大元素)に繰り返し〔戻って〕行く9。諸々 の存在物(万物)における粗大元素は、大海にとっての波のごとくである。
6
pras¯arya ca yath¯a˙ng¯ani k¯urmah. sam.harate punah./
tadvad bh¯ut¯ani bh¯ut¯atm¯a sr.s.t.v¯a sam.harate punah.//MBh 12.187.6
5“´sreyaskaratara”は「より優れた状態をもたらすもの」と解した。より優れた状態とは天界や解脱のこと
であろうか。
6すなわち、内なるアートマンが如何なるものかを知ることによって、という意味である。
7全ては5粗大元素から成るのであり、帰滅の際に消えて無くなるのではなく、5粗大元素の状態に戻るの である。
8「それ故」とも訳せる。
9すなわち、存在物は、5つの粗大元素から生み出され、またその粗大元素に還滅する、それを繰り返すの である。
亀が四肢を伸ばして、再度引っ込めるように、ブータートマン(存在物の本質)10は、
諸々の存在物(万物)を創造して、再び引っ込める(帰滅させる)11。 7
mah¯abh¯ut¯ani pañcaiva sarvabh¯utes.u bh¯utakr.t/
akarot tes.u vais.amyam. tat tu j¯ıvo ’nupa´syati//MBh 12.187.7
存在物を創造する者12はあらゆる存在物(万物)における5 粗大元素のみを〔創り〕、
〔そして〕それら(創造物)における多様なるものを創った。一方、ジーヴァ(個我)はそ れを観照する13。
8
´sabdah. ´srotram. tath¯a kh¯ani trayam ¯ak¯a´sayonijam/
v¯ayos tvakspar´saces.t.¯a´s ca v¯ag ity etac catus.t.ayam//MBh 12.187.8
音声、耳(聴覚)、そして(身体の)諸々の穴の3種は、〔粗大元素の〕虚空の胎から生 まれたものである。風からは、皮膚(触覚)、接触、運動、そして言葉(発声器官)という 4種のものが〔生まれた〕。
9
r¯upam. caks.us tath¯a paktis trividham teja ucyate/
rasah. kleda´s ca jihv¯a ca trayo jalagun.¯ah. smr.t¯ah.//MBh 12.187.9
色、目(視覚)、そして消化器官の3種のものが、火(tejas)〔の性質〕であると言われ ている。味と湿気と舌(味覚)の3種が、水の性質であると伝承されている。
10
ghreyam. ghr¯an.am. ´sar¯ıram. ca te tu bh¯umigun.¯as trayah/
mah¯abh¯ut¯ani pañcaiva s.as.t.ham. tu mana ucyate//MBh 12.187.10
10物質性のアートマンとも考えられる。
11自動詞と他動詞を区別していなく、比喩も不明瞭である。
12ブータートマンのことと考えられる。
13自己の本質を示す言葉は、ジーヴァ、内なるアートマン、ブータートマン、そして後に説かれるクシェー トラジュニャである。おそらく、ジーヴァとクシェートオトラジュニャは観照するという性質を持つもの で、類似したものと思われる。自己の本質の個人主体がジーヴァで、創造に関連したものがクシェートラ ジュニャであろうか。おそらくアートマンには2つの側面があったと思われる。すなわち、内なるアート マンにとって、作用因としての側面がクシェートラジュニャ(ジーヴァ)であり、質量因としての側面が ブータートマンであろう。
香り、鼻(嗅覚)、そして身体、これら3種が地の性質(gun.a)である。粗大元素は〔こ れら〕5つのみであり、一方、第6がマナスと言われている。
11
indriy¯an.i mana´s caiva vijñ¯an¯any asya bh¯arata/
saptam¯ı buddhir ity ¯ahuh. ks.etrajñah. punar as.t.amah.//MBh 12.187.11
インドリヤ(感覚器官)とマナス(思考器官、意)がこの14認識するもの(vijñ¯ana=認 識器官)である。バラタ族の者よ。ブッディが第 7、さらにクシェートラジュニャ(知田 者)15が第8と言われている。
12
caks.ur ¯alokan¯ayaiva sam.´sayam. kurute manah./
buddhir adhyavas¯ay¯aya ks.etrajñah. s¯aks.ivat sthitah.//MBh 12.187.12
まさに目は見るためにあり、マナスは疑いをなす。ブッディは決定するためにあり、ク シェートラジュニャ(知田者)は証人(確認者)のように存在する。
13
¯urdhvam. p¯adatal¯abhy¯am. yad arv¯ag¯urdhvam. ca pa´syati/
etena sarvam evedam viddhyabhivy¯aptam antaram//MBh 12.187.13
〔クシェートラジュニャは〕両足の裏から上を、そして下方と上方とを見渡している。
それ(クシェートラジュニャ)によって、まさにこのすべての〔世界の〕内部は満たされ ていると知れ16。
14
purus.e cendriy¯an.¯ıha veditavy¯ani kr.tsna´sah./
tamo raja´s ca sattvam. ca viddhi bh¯av¯am. s tad ¯a´sray¯an//MBh 12.187.14
また、プルシャにおけるインドリヤ(感覚器官)17は、ここであますことなく知られるべ きである。タマスとラジャスとサットヴァは、それら(インドリヤ)に密接に関係してい
る状態(bh¯ava)であると知れ。
14MBh 12.187.1; 3のプルシャを指していると思われる。
15ks.etra(田、土地)すなわち物質要素をjña(知る)者。プルシャのことを示す。
16クシェートラジュニャは、裏から上全体を支配しているということであろう。人間存在とプルシャスーク タの原人を関連づけているようにも見える。
17後に説かれるように、ここでは、5つの知覚器官、マナス、ブッディを表していると考えられる。
15
et¯am. buddhv¯a naro buddhy¯a bh¯ut¯an¯am ¯agatim. gatim/
samaveks.ya ´sanai´s caiva labhate ´samam uttamam//MBh 12.187.15
上記のことを理解し、人(nara)はブッディによって、存在物の来し方行く末を熟慮し て、そしてまさに、徐々に最高の寂静を獲得する。
16
gun.¯an nen¯ıyate buddhir buddhir evendriy¯an.y api/
manah. s.as.t.h¯ani sarv¯ani buddhyabh¯ave kuto gun.¯ah.//MBh 12.187.16
ブッディは、諸々のグナ(性質)を制御する。また、ブッディのみが感覚器官を、〔そ して〕マナスを6番目とする全てを〔制御する〕。ブッディが存在しないならば、いかに して諸々のグナは存在しようか。
17
iti tanmayam evaitat sarvam sth¯avaraja˙ngamam/
pral¯ıyate codbhavati tasm¯an nirdi´syate tath¯a//MBh 12.187.17
以上、このあらゆる不動なものと動くものは、まさにそれ(ブッディ)からなってい る18。そして、〔あらゆるものはブッディが滅すれば〕帰滅し、〔ブッディが生じれば〕生 起する。それ故そのように示されたのである19。
18
yena pa´syati tac caks.uh. ´sr.n.oti ´srotram ucyate/
jighrati ghr¯anam ity ¯aha rasam j¯an¯ati jihvay¯a//MBh 12.187.18
それによって見るものが目である。〔それによって〕聞くものが耳と言われる。〔それに よって〕嗅ぐものが鼻と言われ、味を認識するのは舌によってである。
19
tvac¯a spr.´sati ca spar´s¯an buddhir vikriyate asakr.t/
yena samkalpayaty artham kimcid bhavati tan manah//MBh 12.187.19
そして触れられるものに触れるのは皮膚によってである。〔このように〕ブッディは 度々に変異する。〔ブッディは〕何らかの対象を思惟する時には、それはマナスになる。
18ブッディを本質としているということか。
19あらゆるものは生成と帰滅を繰り返すとも考えられる。
20
adhis.t.h¯an¯ani buddher hi pr.thak arth¯ani pañcadh¯a/
pañca indriy¯an.i y¯any ¯ahus t¯any adr.´syo adhitis.t.hati//MBh 12.187.20
なぜなら、異なる5種の対象〔を有する〕5つの感覚器官(インドリヤ)はブッディの 居処であり、見えないものがそれらに住すると言われる。
21
purus.¯adhis.t.hit¯a buddhis tris.u bh¯aves.u vartate/
kad¯acil labhate pr¯ıtim kad¯acid anu´socati//MBh 12.187.21
ブッディはプルシャによって支配され、3種の状態において存する。〔ブッディは〕ある ときには喜びを獲得し、あるときには悲しむ。
22
na sukhena na duh.khena kad¯acid api vartate/
evam nar¯an.¯am manasi tris.u bh¯aves.v avasthit¯a//MBh 12.187.22
またあるときには、〔ブッディは〕楽を伴っても、苦を伴っても〔存在し〕ないし、ま た、苦によっても存在しない。このように、人々のマナスにおいて、〔ブッディは〕3種の 状態で存続する。
23
seyam bh¯av¯atmik¯a bh¯av¯am. s tr¯ın et¯an n¯ativartate/
sarit¯am. s¯agaro bhart¯a mah¯avel¯am ivormim¯an//MBh 12.187.23
まさに、それ(ブッディ)は、〔この〕状態を本質とし、これらの3つ(3種のグナ)を 越えない(越える?)。川の主である波立つ大海が広大な境界を〔越えるように?〕20。
24
atibh¯avagat¯a buddhir bh¯ave manasi vartate/
pravartam¯anam. hi rajas tadbh¯avam anuvartate//MBh 12.187.24
状態を超えたブッディは、〔変異した〕状態のマナスに存在する。なぜなら、活動しつ つあるラジャスがその状態に従うから。
25
20“tr¯ın et¯an n¯ativartate”は、MBh 12.240.8では“tr¯ın et¯an ativartate”となっている。Buitenenは2つのテク ストを詳細に比較し、“n¯ativartate”は誤りであるとしている[van Buitenen 1956: p. 154]。茂木氏は「あた かも川の王である海は、波を伴って大きな境界を(越えるように)。」と訳している[茂木1995c: p. 106]。
indriy¯an.i hi sarv¯an.i pradar´sayati s¯a sad¯a/
pr¯ıtih. sattvam. rajah. ´sokas tamo moha´s ca te trayah.//MBh 12.187.25
なぜなら、それ(ブッディ)は、常に、あらゆる感官を活動させる見させる21。サット ヴァは歓喜であり、ラジャスは悲嘆、そしてタマスは迷妄である。それらが3〔種の状態〕
である。
26
ye ye ca bh¯av¯a loke ’smin sarves.v etes.u te tris.u/
iti buddhigatih. sarv¯a vy¯akhy¯at¯a tava bh¯arata//MBh 12.187.26
この世における諸々の状態は何であっても全てこれらの3種の中に〔存在する〕。以上、
あらゆるブッディの帰趨(道)があなたに説かれた。バラタ族の者よ。
27
indriy¯an.i ca sarv¯an.i vijetavy¯ani dh¯ımat¯a/
sattvam. rajas tama´s caiva pr¯an.in¯am. sam. ´srit¯ah. sad¯a//MBh 12.187.27
また、全ての感官は智者によって制御されるべきである。サットヴァとラジャスとタマ スはまさに生類が常に依拠するものである。
28
trividh¯a vedan¯a caiva sarvasattves.u dr.´syate/
s¯attvik¯ı r¯ajas¯ı caiva t¯amas¯ı ca iti bh¯arata//MBh 12.187.28
そしてまた、3 種類の感覚が全てのサットヴァ(あらゆる物質存在)22において見られ る。すなわち、サットヴァ性のもの、ラジャス性のもの、タマス性のものである。バラタ 族の者よ。
29
sukhaspar´sah. sattvagun.o duh.khaspar´so rajogun.ah./
tamogun.ena sam.yuktau bhavato ’vy¯avah¯arikau//MBh 12.187.29
サットヴァの性質(属性)は楽に触れ、ラジャスの性質(属性)は苦に触れる。タマス の性質と結びついた両者(楽と苦)は不活動性のものとなる。
21茂木氏は「活動させる」と訳している[茂木1995c: p. 106]。
22サットヴァは物質性のものを表す。すなわち、生物や無機物なども含む、あらゆる物質要素に属するもの である。