ウパニシャッド文献(Upanis.ad)において、サーンキヤ思想と関連する説が見られるも のとしては、以下のものが重要である。
1. 初期散文ウパニシャッド
•『ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド』(Br.had¯aran.yaka Upanis.ad)
力—現象界」というラインを想定した[辻1970: p. 322])。
7[本多1980: p. 4]
8大初の暗黒としてのタマスから世界が展開する説は、MaitUp 5.2にも説かれる。詳しくは本論文の第1 章 第2.5節 を参照。
9紀元前1000年頃中心に成立したとされる[辻1979: p. 251]。
10辻氏は「おそらく肉体・物器界を構成する3要素。後世の哲学における3種のグナ、善性・動性・暗性の 前駆か?」と説明する[辻1979: p. 217]。
11[van Buitenen 1957b: pp. 106–107]
•『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』(Ch¯andogya Upanis.ad) 2. 中期韻文ウパニシャッド
•『カータカ・ウパニシャッド』(K¯at.haka Upanis.ad)
•『シュヴェーターシュヴァタラ・ウパニシャッド』(Svet¯a´svatara Upanis.ad´ ) 3. 後期散文ウパニシャッド
•『マイトラーヤニーヤ・ウパニシャッド』(Maitr¯ayan.¯ıya Upanis.ad)
本節では、ウパニシャッド文献において、サーンキヤ思想に関連があると考える箇所を いくつか取り上げ、検証する。
第 2.1 節 Br.had¯aran.yaka Upanis.ad における創造説
Br.hadUp 1.2.1–412には、創造説が説かれるが、その始まりは次のように説かれる。
naiveha kim. can¯agra ¯as¯ıt. mr.tyunaivedam ¯avr.tam ¯as¯ıt, a´san¯ayay¯a, a´san¯ay¯a hi mr.tyuh.;
tan mano ’kuruta, ¯atmanv¯ı sy¯am iti. ... Br.hadUp 1.2.1
最初にここには何もなかった。これ(世界)は、まさに死によって覆われていた。
すなわち、飢えによってである。なぜなら、死は飢え(=餓死)であるから。彼に 意欲(マナス)が起こった。「私は私自身かも知れない」と。」(以下省略)
世界は、何もないところから始まる。Buitenenは、「死は終わりではなく始まり」であり、
この何もないということは「もうないではなくまだない」と説明する13。さらに、続けて、
このあとの展開を3種類に分けて分析している14。以下では、その論を簡潔に紹介する。
Account I(Br.hadUp 1.2.1–2)
「彼は、詠唱することに取りかかった。彼の詠唱により、水は存在するために来た。(彼 は言った。)『私がちょうど詠唱したとき、kam(水)が来た。』これはarka(歌、太陽)の 神秘的な意味である。つまり、arkaの神秘的な意味を知っている彼(死)に、kam(水)
が生じた。arka(歌)は水と等しい。水面のアシであったもの、それは、丸く固まって、
大地になった。それの上で、彼は彼自身を消耗させた。彼の彼自身を消耗させ、熱する行 為により、本質であるtejasが現れる、それが火である。」
12Br.hadUpは、Ch¯andUpなど共にウパニシャッド文献の最古層をなし、仏教成立以前に著されたとされる
[Radhakrishnan 1953: p. 22]。この書は『白ヤジュル・ヴェーダ』に所属する『シャタパタ・ブラーフマナ』
の終わりの部分を形成している。3つのセクション(k¯an.d.a)から成り、6つのアディヤーヤ(adhiy¯aya) に分かれる。
13[van Buitenen 1957b: p. 90]
14[van Buitenen 1957b: pp. 90–91]
ここでは、雨乞いと関連付けられている。餓死が雨を作るまで増え続け、そして、彼の 呪文から、雨が降ったということである。呪文(arka)が働き雨になるので、呪文は雨で ある。そして、雨は川を増大させ、下流へ運ばれたアシの浮遊物は水に浮く大地を形作 る。また、この大地の上で、創造者は、自身を疲れさせ、そして、火を生み出すのである。
これは、3つの季節を連想させるものである。雨は新しい命を作ることが可能であり、雨 がなければ餓死がある。それ故、餓死は雨を作ることによって創造を始め、作物を生み出 し、命を維持するのである。
Account II(Br.hadUp 1.2.3)
創造者は自身を、彼自身、太陽、風の3つに分割する。「このpr¯an.aは3つにされる」と いう同じ箇所で同様の3分割もなされた。そこでは、¯atman=pr¯an.aであり、「一つの生 物を作るもの」である。また、原人(Cosmic Person)が彼の体の異なるパーツで世界を構 成するという、異なる創造神話、3分割のパターンの中に埋め込まれているが、整合性に かける。そして、その終わりで、Account Iへのリターンがある。「彼は水の中で安定して いる(堅固にある)」と説かれる。
Account III(Br.hadUp 1.2.4)
「私は私自身かも知れない」と考え、さらに続けて、「私自身に対して、もう一つ(2番 目)の自身があれ」と彼(死)は望んだ。この意欲を通じて、彼はV¯acと性交し、そして、
彼の精液は年になった。彼は1年もの間それを生んだ。その長い1年の後で、彼はそれを 流出した。それが生まれたとき、彼はそれに向かって彼の口を開けた。そして、彼はbh¯an.
という音を発し、その音はV¯acとなった。そして彼は「私が私の意志をそれに使った(意 志的に考えた)なら、私は少しの食物を作るだろう。」と考えた。V¯acと交わって彼はあ らゆるものを生んだが、彼が創造したものは何でも、彼は飲み込み始めた。いわば、創造 者は、食物を取り、そしてそれによって、創造の命をスタートさせたということである。
これらは、3つの過程による、食物の創造である。そして、インドの人々の生命の現実 を現実的に描写したものである。つまり、夏の荒々しいきざし=餓死から、肥沃にする雨 期=雨を通過して、収穫期=大地へという3つの段階である。以上のように、Buitenenは 説明する。そして、この3段階が次節で述べるCh¯andUpの3つの形態に繋がるものであ るという。
第 2.2 節 Ch ¯andogya Upanis.ad における 3 つの形態およびアハンカーラ
Ch¯andUp 615には、3段階がより顕著に現れている。
まず、最初に有があり、そこから創造が始まる。
tad aiks.ata, bahu sy¯am praj¯ayeyeti, tat tejo ’sr.jata: tat teja aiks.ata, bahu sy¯am praj¯ayeyeti, tad apo ’sr.jata, tasm¯ad yatra kva ca ´socati svedate v¯a purus.ah., tejasa eva tad adhy ¯apo j¯ayante. Ch¯andUp 6.2.3
それは考えた。「私は多くありたい、私は生み出したい」と。それは熱(tejas)を 流出した。その熱は考えた。「わたしは多くありたい、わたしは生み出したい」と。
それは水を流出した。それ故、人は泣くか汗をかくときはいつでも、まさに熱から その水が生まれる。
t¯a ¯apa aiks.anta, bahvyah. sy¯ama, praj¯ayemah¯ıti, t¯a annam asr.janta, tasm¯ad yatra kva ca vars.ati, tad eva bh¯uyis.t.ham annam bhavati, adbhya eva tad adhy ann¯adyam. j¯ayate.
Ch¯andUp 6.2.4
その水は考えた。「私は多くありたい、私は生み出したい」と。それは食物を流出 した。それ故、雨が降る所はどこでも、食物は非常に多くなる。まさに水からその 食物が生まれる。
有から熱(tejas)が生まれ、熱から水(¯apas)が生まれ、水から食物(annam)が生まれ るのである。これら熱(tejas)・水(¯apas)・食物(annam)は、3つの形態(r¯upa)と言わ れ、それぞれ、夏期・雨期・収穫期に対応させることができる16。さらにこれらは、3色 にも対応している。
yad agne rohitam. r¯upam tejasas tad r¯upam, yac chuklam. tad ap¯am, yat kr.s.n.am. tad annasya ap¯ag¯ad agner agnitvam, v¯ac¯arambhan.am. vik¯aro n¯ama-dheyam, tr¯ın.i r¯up¯an.¯ıty eva satyam. Ch¯andUp 6.4.1
火における赤の形態が、熱の形態である。白の〔形態〕が、水の〔形態〕である。
黒の〔形態〕が、食物の〔形態〕である。火から火性が消えた。変異は、言葉によ る把握であり、命名である。3つの形態というもののみが真実である。
このように、熱は赤色、水は白色、食物は黒色とされる。この色の順番で、´SvetUpにも 現れる。
15Ch¯andUpはBr.hadUpと並び、ウパニシャッド文献の最古層に位置する。『サーマ・ヴェーダ』に所属し、
全部で8つの章(adhy¯aya)から構成されている。
16[van Buitenen 1957b: pp. 91–92]
この3つの形態が3種のグナのプロトタイプとされるが、3つの形態が最初から宇宙 発生の起源と関連付けられていたのと異なり、3種のグナはその関連性は希薄であるとい う17。
さて、サーンキヤ思想において重要な概念であるアハンカーラは、このCh¯andUpにお いてすでに説かれている。
sa ev¯adhast¯at, sa uparis.t.¯at, sa pa´sc¯at, sa purast¯at, sa daksin.atah., sa uttaratah., sa evedam.
sarvam iti, ath¯ato ’ham. k¯ar¯ade´sa eva, aham ev¯adhast¯at, aham uparis.t.¯at, aham pa´sc¯at, aham purast¯at, aham. daksinatah., aham uttaratah., aham evedam. sarvam iti. ChUp. 7.
25. 1
実に、それは下にある、それは上にある、それは西(後)にある、それは東(前)に ある、それは南(右)にある、それは北(左)にある。まさにそれはこの一切であ るという。さて、次に、アハンカーラについての教示がある。つまり、私は下にい る、私は上にいる、私は西(後ろ)にいる、私は東(前)にいる、私は南(右)に いる、私は北(左)にいる。まさに私はこの一切であるという。
以上のように、アハンカーラが自己に関連させるものとして登場する。
第 2.3 節 K ¯at.haka Upanis.ad における原理展開
KathUp18は、サーンキヤに関連する説がまとまった形で説かれている最古の文献と考
えられている19。このKathUp 1.3.10–11には、サーンキヤに繋がるであろう原理の展開 が説かれている。
indriyebhyah. par¯a hy arth¯a, arthebhya´s ca param manah.,
17[van Buitenen 1957b: pp. 92–93]
さらにBuitenenは3つの形態と3種のグナの関係について次のように論じている。ラジャスは本来「中
空間」を意味し、雨を降らせ、川を増大させる雨雲であるから、水の領域である。そのため、水(¯apas)と 対応する。タマスと食物(annam)は直接には結びつかない。本来、食物(annam)と黒色は関係がないか らである。ポピュラーだった赤・白・黒という色の組み合わせに、3つの形態を当てはめた時、熱(tejas) は赤色、水(¯apas)は白色は容易に結び付けられる。そこで、残りの黒色を単に食物(annam)に当ては めただけである。一方、ラジャスは白色ではなく、執着(r¯aga)という意味から赤色と結び付けられるよ うになった。そして、一般的に光と関係している、抽象的なグナは、白として言われるようになったとい うのである[van Buitenen 1957b: pp. 93–94]。
18この書は、「ナチケータス物語」という本来的な部分(ヴァリー、1–2)と、後世の追加である(ヴァリー、
3–6)の2編からなるとされる[湯田2000: pp. 439–440]。
19中村氏は、KathUpがサーンキヤ説がまとまった形で記載されている最古の文献であり、それ以前のウパ ニシャッドにはサーンキヤ説が登場しないというGarbeの説に基づき、このウパニシャッドの年代設定 が、学派成立に関して重要な意味を持つと述べる。そして、おそらくは、その成立は釈尊の生存期の周辺 と結論づける[中村1982: p. 109]。