第 6 章 MR 流体中の超音波伝播物性と内部構造解析 - 磁性流体との比較 115
6.3 MR 流体中の超音波伝播特性測定方法
MR流体中の超音波伝播速度の計測も磁性流体に記した方法に準拠して行った。しかしながら,
図3.4に示した磁性流体の波形に比べて,減衰や散乱が原因となり,受信波が微弱なうえ,波形は 大きく乱れていた。本研究ではオシロスコープの感度を上げて波形を表示し,受信波形から磁場 印加によるわずかな伝播時間変化を捉える計算することで,超音波伝播特性の測定を行った。
6.3.1 MR流体中の超音波受信波形
磁性流体の受信波形図3.4と同様に,MR流体中の超音波受信波形の一例を図6.1に示す。図 に示されるようにMR流体中の超音波受信波形は,大きく乱れていることが分かる。この受信波 形の問題点は次の点にある。
1.受信波形が乱れている 2.受信位置の特定が難しい
3.受信波が用いている周波数の周期を持っていない
このような問題から磁性流体と同様の方法で伝播速度を測定するのは難しい。しかしながら,
磁場の印加により,受信波形がシフト(伝播時間が変化)することが捉えられたので,次に記す方 法によって,超音波伝播時間を決め,音速変化率を求めることにした。
図6.1: Wave form of ultrasound in MR fluid
6.3.2 測定方法
実験装置,テストセルは第3章で記した図3.1,図3.2をそのまま用いている。また,テスト セルの超音波伝播距離Lは,3.6.2節で決定したものを用いた。次に,超音波伝播時間決定方法を 記す。
図6.2に受信波形の超音波受信時間近傍の波形を示す。超音波受信時刻は図に示されるReceiving
ultrasoundの点のτmr1を読み取ればよい。しかしながら,時間軸と明確に交わっていないため,
τmr1の特定は困難である。磁性流体ではこれに対して,1周期後の交差点を読み取り超音波の周 期を差し引くという方法を用いたが,MR流体においては,波形が乱れているためにこの方法は 用いることはできない。そこで,時間軸との交差点であるZero cross point 2,3を用いて,超音 波伝播時間を特定した。
図6.2: Wave form of ultrasound in MR fluid 2
1.無磁場下の状態で,誤差は大きいもののτmr1を概ね読み取る。
2. Zero cross point2,3の時刻τmr2,τmr3を読み取る。これらの時刻は,完全に時間軸と交差 するため,読み取りによる誤差は生じない。
3.求めたτmr1,τmr2,τmr3から∆τmr1−2 =τmr2−τmr1,∆τmr1−3 =τmr3−τmr1を計算し,受 信位置からのずれ時間∆τmr1−2,∆τmr1−3を求める。
このずれ時間を無磁場下の25℃のMR流体において計測する。これが,磁性流体における超 音波の周期に相当する値である。この値を磁場印加時の測定において使用することで,磁場印加
そこで磁場印加の計測において,磁場印加時のZero cross pointをτmr′ 2,τmr′ 3とすると,無磁 場の状態で求めた∆τmr1−2,∆τmr1−3を使用して,磁場印加時のMR流体中の超音波伝播時間T は,次のように決定できる。
T =τmr′ 2−∆τmr1−2−Ta (6.1) である。τmr′ 3についても同様である。このようにして,受信時刻は2通り得ることができるので,
この受信時刻を用いて超音波伝播速度を計算し伝播速度を求め平均する。以上で求めた伝播速度 を音速変化率として評価することで磁場印加による伝播速度変化を評価した。
6.3.3 誤差の検討
図6.2において,τmr1を読み取り時に誤差が生じる。そこで,この誤差の検討として,実測波 形の超音波受信時刻付近をさらに拡大したものを図6.3に示す。図中に示しす2µsの時間幅から判 断すると,τmr1の読みとりには,±1µs程度の誤差は生じると判断できる。
この誤差を実際の超音波伝播速度に直して計算すると,±30m/sほどであり,前述の方法によっ て実際に求めたMR流体の伝播速度は950m/s程度であったので,誤差割合は±3%程であると考 えられる。以上から,MR流体中の超音波伝播速度を絶対評価として用いることは不的確である。
本研究において,MR流体に関しては超音波伝播速度の絶対値を求めることが本位ではないので 伝播速度の値に関しては言及しないものとする。
図6.3: Examination of error
6.3.4 繰り返し性による検討
磁性流体においては,受信波形が明確に捕らえられるので,超音波伝播時間の測定における誤 差はほとんど生じない。しかしながら,MR流体では,前述の通り波形が乱れているので,測定 毎の繰り返し性が取れなければ,波形の乱れに起因する測定誤差が存在すると考えらる。そこで,
次のように繰り返し性の確認実験を行った。
まず,同じMR流体を3試料(Sample A,Sample B,Sample C)を用意する。各MR流体に 磁場を印加し増磁過程における伝播速度変化を上記の方法で測定する。なお,磁場は,Sample A は約13mT毎,Sample Bは約26mT毎,Sample Cは約52mT毎に増磁した。測定では,超音波 の周波数は1MHzで,φ= 0◦である。
実験結果を図6.4に示す。図に示される通り,どの試料による測定においてもほぼ同様の結果 が示されており,磁場印加方法を変えたとしても繰り返し性があると考えられる。よって,本測 定では,波形の乱れに起因する測定誤差はほとんど生じておらず,この方法によるMR流体中の 超音波伝播速度の評価は妥当であるといえる。
図6.4: Re-creation of measurement of MR fluid