第 4 章 磁性流体中の超音波伝播特性と内部構造解析 - 伝播速度によるアプローチ 44
4.16 伝播速度の異方性の検討
4.16.1 一般的検討
図4.25~図4.27に伝播速度の異方性を議論するために,HC-50の異方性を取り上げた。各磁 場において,充分に磁場を印加し鎖状クラスターを成長させた状態で測定している。φ= 0◦から φを増加させていく過程で測定の後,φ= 90◦から戻す過程でも測定を行った。結果に示されるよ うに,φの増加過程でも減少過程でもヒステリシスはなく,ほぼ同様の伝播速度が測定された。こ れにより,テストセルの回転に起因する,内部に形成された鎖状クラスターの崩壊は起こってい ないことが確認できた。これらの結果を元にして3Dの図にすると,図4.28に示される通り,非
常に滑らかな変化が測定でき,実験方法の信頼性も確認することができた。
図4.29~図4.32から,磁性流体中の伝播速度の変化には,異方性が存在し,全ての磁性流体に おいて,φ= 0◦の時に伝播速度が最大となっており,φ= 90◦の時伝播速度が最小となっている。
鎖状クラスターは印加磁場方向に形成されるため,φ= 0◦の時,超音波は鎖状クラスターと平行 に伝播するため,鎖状クラスターによる伝播の妨害が小さいと考えられ伝播速度が最小となって いる。逆に,φ = 90◦の時,超音波が鎖状クラスターと垂直に伝播するため,伝播速度が最大と なっていると感覚的には理解ができるであろう。そこで,実際に鎖状クラスターがどのように伝播 速度に影響を与えているかを考える。第5章で示す減衰率であれば,超音波が鎖状クラスターに 物理的に衝突することで障壁となり影響を受けていると理解できるが,伝播速度については,説 明が不十分である。
そこで,テストセル内部に形成される鎖状クラスターの概略図を図4.55に示す。印加磁場下に おいて,鎖状クラスターは概略図のように磁場方向に形成されていると考えられる。超音波が鎖 状クラスターを伝播するとき,どのような領域を伝播するかが問題となる。φ= 0◦では鎖状クラ スター領域中を主に伝播していると考えられ,φ= 90◦の時は,超音波は鎖状クラスターと溶媒 の2つの領域を伝播すると考えることができる。鎖状クラスターが一様に分散していると仮定す ると,鎖状クラスターは溶媒に比べて,体積弾性率が大きいので,鎖状クラスター中のみを伝播 するφ= 0◦の方が伝播速度が大きくなったものと考えられるし,鎖状クラスターの形成によって 伝播領域の密度がφ= 0◦では,相対的に高くなるため伝播速度も最大となったと考えることもで きる。逆に溶媒域では伝播速度は小さいため,溶媒域とクラスター域の両方を伝播するφ= 90◦ において,伝播速度が最小になったと考えられる。本計測システムでは,クラスター域と溶媒域 を伝播する超音波を重ね合わせのうえ,平均することで受信波形を表示するシステムとなってお り,クラスター域,溶媒域を伝播した超音波は分けて検出することはできない。
図 4.55: Ultrasonic propagation in chain-like cluster
さらに,式(2.14)のc =K/ρを考えると,鎖状クラスターの形成は,磁性流体の体積弾性 率に影響を及ぼしていると考えられる。しかしながら,体積弾性率は異方性を持たないため,異 方性の存在を考えるに,鎖状クラスターの形成により鎖状クラスター方向と垂直方向の弾性率が はなっていると考えることができる。伝播速度から考えると,鎖状クラスター方向では伝播速度 が大きいためその弾性率も大きく,逆に垂直方向では弾性率は小さいものと考えられる。これは,
鎖状クラスターの形成を概念的に理解するうえで一つの参考となる。しかしながら,鎖状クラス ターの形成は,クラスター域と溶媒域が複雑に絡み合っており,実際に伝播速度から弾性率を見 積もることで,磁性流体どうしで鎖状クラスターの状態を比較することは困難である。
4.16.2 磁性流体の種類による比較
HC-50,EXP04019,EXP01052(炭化水素ベース)における異方性はW-40(水ベース)と比較し て異方性の傾向が類似している。これは図4.1に示される磁性流体の粒子構造が影響していると考 えられ,炭化水素ベースの磁性流体では内部粒子は単分子吸着構造であるが,水ベースでは2分 子吸着構造となっている。一般的に単分子吸着構造の方が磁場印加に対して安定した挙動を示す ことが確認されており,このため炭化水素ベースの磁性流体の方が伝播速度の変化,結局は鎖状 クラスターの形成が類似しているものと考えられる。
さらに,磁場印加による伝播速度変化の大きさは水ベースであるW-40の方が比較的大きい。
これは,水ベース磁性流体では,炭化水素ベースの磁性流体に比較して鎖状クラスターが大きく 成長したためであると考えられる。鎖状クラスターの成長の違いは,前述の通り,粒子構造の違 いに起因するといわれている。水ベースでは,炭化水素ベースに比べて,鎖状クラスターが顕著 に観測される。この鎖状クラスターの大きさの違いは,Appendix A.2で示す可視化実験によって も確認された。
4.16.3 他の研究者との比較
異方性の研究に関しては,理論,実験ともに比較的多くなされており,ここで本研究の測定結 果と他の研究者の研究結果との比較を行う。
Sokolov-Tolmachevの理論との比較
4.5.2節にSokolov-Tolmachevの理論[59]を記した。この理論と実験結果を比較する。
Sokolov-Tolmachevは,磁性流体中の超音波伝播速度の異方性を式(4.9)の通り理論付け,未知のパラメー
タに適当な値を見積もることで,異方性の理論図を作成した。この理論計算に用いたのは,ケロ シンベース磁性流体であり,印加磁場強さは200mTであった。そこで,本研究のこの条件にお
けるの結果とSokolov-Tolmachevの理論計算結果をあわせて図4.56に示す。図4.56 によると,
Sokolov-Tolmachevの理論計算と実験結果では,定性的な傾向は一致しているが,定量的には一
致していない。各物性値が違うため,当然の結果であるが,音速変化率のオーダーと傾向が同じ だということは注目すべき点である。
図 4.56: Comparison with the theory of Sokolov
その他の研究者との比較
Parsonsは式(4.2)のような理論式を導いて,超音波伝播速度は,無磁場下の伝播速度を基準と
してsin2φに依存すると理論付けたが,この結果は後になされた他の研究者の実験との一致は見ら れない。本計測においても全く異なる傾向であった。これは,Parsonsは磁場印加時の磁性流体を 液晶として計算しており,鎖状クラスターの形成を考慮に入れていないためであると考えられる。
Mehta-Patel[64]は異方性への磁性流体温度の依存性を計測したが,結果には,非常にばらつき
が多く,信頼性のある結果ということはできない。Skumielら[67]の計測は,磁場は50mT程度 でしか計測を行っておらず,ごく小さい異方性しか計測できていないが,磁場依存性の計測と同 様,本研究と一致している部分が多い。