第 4 章 Sb 照射 GaAs バッファ層上の高密度 InAs 量子ドットの coarsening 過程
4.3 結果と考察
4.3.2 高密度 InAs 量子ドット成長におけるドット構造の飽和過程
Sb照射GaAsバッファ層上のInAs量子ドット成長において,InAs成長量が3 ML以上になると,
Sb照射量に依存せずドット密度は飽和した.本項では,この飽和領域におけるドット密度および ドットサイズに対するSbの導入効果について検討した.
図4.10は,Sb照射GaAsバッファ層上の条件A ~ DにおけるInAs量子ドットの平均高さのInAs 成長量依存性である.成長量が2 ~ 3 MLでは,多いSb照射量(高いドット密度)の条件ほど低 いドット高さを示し,3 ML以降ではドット高さは次第に飽和していく傾向を示した.さらに4 ML 以降では,ドット高さはSb照射量にかかわらずほぼ同程度の高さに飽和することが分かった.こ のドット高さが飽和する成長量領域では,ほぼ同時にドット密度も飽和現象(図4.3)を示した.
以下では,このドットサイズの飽和現象について詳しく調べた.
図4.11(a)には,条件Aにおけるドットのラテラルサイズと高さの分布のInAs成長量依存性を
示す.また図4.11(b), 4.11(c)には,InAs成長量2.4 MLおよび4.0 MLにおけるRHEEDパターンを 示す.電子線の入射方向は<130>方向と<100>方向である.InAs成長量2.1 MLおよび2.4 MLでは,
ドットはほぼ一定のアスペクト比(0.26程度)を維持し,ラテラルサイズと高さが徐々に増大し た.この成長量領域では,<130>入射方向におけるRHEEDパターンは{136}シェブロンパターン を示し(図4.11(b)),{136}ファセット面に囲まれた形状をもつことが分かった.3.1 ML 付近では,
ラテラルサイズは約25 nm付近で飽和し,ドットの高さは急激に増大した(図4.11(a)).成長量が
0 2 4 6 8 10 12 14
1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5 5 5.5
条件A 条件B 条件C
条件D
Av era g ed do t he ig ht (nm)
InAs coverage (ML)
Sb照射量増加
図4.10 Sb照射GaAsバッファ層上のInAs量子ドットの平均ドット高さと
InAs成長量の関係.
(条件A(■),条件B(●),条件C(◆),条件D(▲)).
0 2 4 6 8 10 12 14
0 5 10 15 20 25 30 35 40
InAs 2.1 ML InAs 2.4 ML InAs 3.1 ML InAs 4.0 ML InAs 4.4 ML
Do t he ig ht ( n m )
Dot lateral size (nm)
(a)
(b)
InAs 2.4 ML
(c)
InAs 4.0 ML
<130> 入射 <100>入射
図4.11 InAs量子ドットのラテラルサイズ分布と高さ分布のInAs成長量依存性(a).
InAs成長量2.4 MLにおけるRHEEDパターン(b),
InAs成長量4.0 MLにおけるRHEEDパターン(c)(条件A).
4.0 ML以上では高いアスペクト比(0.40程度)のドットが多く観察され,そのドット高さとラテ ラルサイズは共に一定値に飽和した.このとき,<130>入射方向における{136}シェブロンパター ンだけでなく,<100>入射方向において{101}シェブロンパターンも観察され,ドットは{136}面と
{101}面によって囲まれたマルチファセット形状を呈していることが分かった(図4.11(c)).GaAs
バッファ層上のInAs量子ドット成長条件における条件F(条件AのSb照射をしない場合の成長 条件)では,{101}ファセット面に覆われることによりドットサイズが制限されて高均一化した(図
4.2(a))[7].Sb照射GaAsバッファ層上のInAs量子ドット成長における条件Aでは,成長量4 ML
以降において{101}ファセット面が形成され,サイズの自己制限効果が生じた.
以上の結果より,Sb照射GaAsバッファ層上のInAs量子ドットの成長過程をまとめると以下の ようになる.Sb照射量が比較的多い場合の高密度InAs量子ドット成長では,成長量が2.1 ML付 近まではドットサイズの増大と共にドット密度は急激に増加するが,約2.1 MLから3 ML付近ま では,ライプニング過程によるcoarsening過程が起こり,{136}面が支配的な構造から{136}面と
{101}面から成るマルチファセット構造を示した.成長量が3 ML以上では,安定な{101}面の支配
性によって形状変化を起こし,ドットサイズは飽和傾向を示し,ドット密度は飽和した.この飽 和したサイズと密度は,Sb照射量にはあまり依存せず一定値に収束する傾向を示した.このドッ ト構造の自己制限領域では,コアレッセンスによるドットの巨大化が発生しやすくなることが分 かった.
次に,ドットの飽和密度と飽和サイズの関係について調べた.図4.12(a)は,GaAsバッファ層 上のInAs量子ドット成長における条件F ~ Iの場合のコヒーレントドット密度と巨大ドット密度 およびドット高さのInAs成長量依存性である.基板温度はそれぞれ500 ℃(F), 480 ℃(G), 470 ℃(H) で,いずれも低成長速度(0.035 ML/s)とした.条件Iは基板温度495 ℃で高い成長速度(0.080 ML/s)
の条件である.基板温度の低下につれてドット密度は高密度化したが,比較的高い基板温度にお いても高い成長速度ではドットは高密度化した.これらの現象は,一般にIn原子の表面マイグレ ーションの抑制効果によって説明される.Sb原子の導入がないために巨大ドットの抑制効果は働 かず,それほど高くないコヒーレントドット密度(7×1010 cm-2)においても巨大ドットが多数形
1 10
10
710
810
910
1010
11Coher ent dot densit y ( × 10
10cm
-2) Gia n t do t de n sity ( cm
-2)
40 30 20
5
Coherent dots
Giant dots 条件F
条件H 条件G 条件I
0 2 4 6 8 10 12 14
1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5
Averaged dot height (nm)
InAs coverage (ML) 条件F
条件G 条件H 条件I
(a)
(b)
図4.12 GaAsバッファ層上の様々なInAs成長条件におけるInAs量子ドットの
ドット密度(a)および平均ドット高さ(b)のInAs成長量依存性.
(条件F(●, ○),条件G(▲, △),条件H(■, □),条件I(◆, ◇))
成されたが,高密度ドットの形成条件H, Iでは,Sb照射GaAsバッファ層上と同様のライプニン グ過程によるドット密度の減少も観察された.ドット密度の飽和現象は条件F, G, Iにおいて比較 的明確に観察され,飽和ドット密度および飽和ドット高さはSK成長条件によって大きく異なる ことが分かった.図4.12(b)は条件F ~ Iの平均ドット高さのInAs成長量依存性である.飽和ドッ ト高さは,条件Eでは2.4 ~ 2.5 MLの成長量で約10 nm,条件Fでは3.6 MLで約9 nm,条件G
では4.1 MLで約8 nm,そして条件Hでは3.3 MLで約6 nmとなった.
Sb照射GaAsバッファ層上およびGaAsバッファ層上のInAs量子ドット成長における飽和ドッ ト密度と飽和ドット高さの関係を図4.13にまとめて示す.Sb照射GaAsバッファ層上とGaAsバ ッファ層上の両方において,飽和ドット密度が高くなると飽和ドット高さは低くなる傾向が得ら れた.4.3.1で議論したように,ライプニング過程は近接したドット間の基板面内で受ける歪みの 相互作用を主な要因とし,ドット密度が高いほど,またはドットサイズが大きいほどドット間に おける歪みの影響は大きくなる.したがって,ドットの飽和密度が高くなるほど飽和サイズが小 さくなる関係は,ドット間の歪みの相互作用と関係して飽和ドットサイズと飽和密度がバランス していることを示唆している.また,同程度の飽和ドット高さにおいて,Sb照射GaAsバッファ 層上の飽和ドット密度はGaAsバッファ層上に比べて高く,また同程度の飽和密度の場合には,
Sb照射GaAsバッファ層上の飽和高さは高くなることが分かった.この要因として,InAs量子ド ットが受ける面内の圧縮歪みの違いによる影響が考えられる.そこで,Sb照射GaAsバッファ層 上とGaAsバッファ層上におけるInAs量子ドットが受ける面内の圧縮歪みについて以下に検討を 加えた.
図4.14(a), 4.14(b)には,同程度の飽和高さを示すドットの体積分布を示す.両バッファ層共にド
ット形状は円錐状とし,AFM像で測定された横方向サイズを基にドット体積を計算した.ドット の平均体積は,Sb照射GaAsバッファ層上で1308 nm3,GaAsバッファ層上で1398 nm3と6 %程 度のわずかな差であり,面内の圧縮歪みのドット体積の違いによる影響は無視できるものと考え られる.また,Sb照射GaAsバッファ層上のInAs量子ドットの成長の場合,ドットへのSb原子 の取り込みによる歪みへの影響も懸念される.InAs量子ドット内部のSb組成を調べるために,
図4.13 Sb照射GaAsバッファ層上およびGaAsバッファ層上へのInAs量子ドット成長に おける飽和ドット高さと飽和ドット密度の関係.
Sb照射GaAsバッファ層上
(条件A(■),条件B(●),条件C(◆),条件D(▲),条件E(▼)),
GaAsバッファ層上(条件F(○),条件G(△),条件H(□),条件I(◇)).
条件Gはドット密度の飽和が明確でないため,括弧を付した.
0 5 10 15 20
4 5 6 7 8 9 10 20 30
条件E 条件F 条件G 条件H
条件I
Av era g ed d o t h ei g ht (nm )
Saturated coherent dot density ( × 10
10cm
-2)
条件A
Sb照射量増加 条件B
条件C 条件D
( )
Sb照射GaAsバッファ層上
GaAsバッファ層上
図4.14 Sb照射GaAsバッファ層上((a),(条件D))および
GaAsバッファ層上((b),(条件F))のInAs量子ドット成長における 飽和ドット体積分布.
0 2 4 6 8 10 12
0 500 1000 1500 2000 2500
Number
Dot volume (nm3)
0 5 10 15 20 25
0 500 1000 1500 2000 2500
Number
Dot volume (nm3)
(b) (a)
Sb照射GaAsバッファ層上 GaAs バッファ層上
XRD実験においてSb原子による異常分散について調べた結果,Sb原子の混入はほとんど検出さ れなかった[8].以上より,Sb照射GaAsバッファ層上とGaAsバッファ層上のドットについて,
ほぼ同様のドット構造とみなすことができる.したがって,図4.13に示したように,Sb照射GaAs バッファ層上のInAs量子ドットの飽和密度および飽和高さがGaAsバッファ層上に比べて高くな るのは,Sb導入GaAsバッファ層によってドットが受ける圧縮歪みが低下していることが要因と して考えられる.そこで,ドット同士が近接した場合における歪み分布の計算を以下に検討した.
図4.15は,Sb照射GaAsバッファ層上((a), (b))とGaAsバッファ層上((c), (d))において,
同じサイズと形状のInAs成長島が近接したモデルにおける分子の最安定位置および歪みエネル ギー分布の計算結果である.計算方法については図4.8の場合と同様である.Sb照射GaAsバッ ファ層上のInAs島内部における歪みエネルギーからGaAsバッファ層上の島内部の歪みエネルギ ーを減算した値の分布を図4.15(e)に示す.ここで,Sb照射GaAsバッファ層上の歪みエネルギー が高いほど濃い赤で示し,低いほど濃い青で示した.Sb照射GaAsバッファ層の表面層はGaAsSb 混晶化し,GaAsバッファ層の場合に比べてInAs島の下地層の格子定数増大のために,歪みエネ ルギーは大きくなっている(赤色部).しかし,Sb照射GaAsバッファ層上のInAs島内部では,
GaAsバッファ層上に比べて歪みエネルギーは低下しているのが分かる(青色部).したがって,
図4.13で示したように,Sb照射GaAsバッファ層上のInAs量子ドットの方がGaAsバッファ層上 よりも飽和ドット密度が高く,また飽和ドットサイズが大きくなるのは,Sb照射GaAsバッファ 層上のInAs量子ドットへの圧縮歪みが下地のGaAsSb混晶層によって緩和されることで説明され る.