B1c
類がミヌシンスクを中心に分布する一方、B1c’、B2c 類は長城地帯に主に集中する。長城 地帯内では遼西から甘粛省東部までその分布域が知られる。B1c’類の分布に関してはこれがB1a
からB1c
類への変化の傾向とは異なる、派生形であることと一致する。(4)小結
以上の分布の検討により、全期を通じたおおまかな地域的差異が明らかとなった。すなわち、
南シベリア(ミヌシンスク、クラスノヤルスク)およびモンゴリア(長城地帯、モンゴル、バイ カル地方)である。トゥバと新疆に関しては評価が難しい。
剣第
1
期にはA1、A2
類がモンゴリアで盛行する。これらは従来の曲柄剣にあたり、この中では朱開溝の剣が最も時期的に遡るものである。この剣に型式として比較できるものは、モンゴリ ア以西には存在しない。このことは、A1、A2類が、前段階に
EAMP
やセイマ・トルビノ青銅器 群の影響が顕著であった新疆や長城地帯西部(甘粛)で見つからないこととも関連すると考えら表5-15 各地域の型式数
期 型式 ミヌシンス
ク
クラスノヤル
スク トゥバ 新疆 バイカル
地方 モンゴ ル 長城地帯 合計
↓ 図5-14
の表記 Minusinsk Krasnoyarsk Tuva Xinjiang Baikal Mongolia the Great wall region
1 A1 類 14 14
A2 類 1 3 2 20 26
2 B1 a類 5 2 1 1 1 10
B1 b類 7 7 14
B1 c 類 5 1 1 7
B1 c ' 類 1 4 1 6
3 B2 a類 3 3 6
B2 b類 1 10 11
B2 c 類 3 3
図5-15 主要地域における型式割合
0% 20% 40% 60% 80% 100%
B2c類 B1c'類 B1c類 B2b類 B2a類 B1b類 B1a類 A2類 A1類
ミヌシンスク クラスノヤル スク 長城地帯
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れる。初期青銅器の両刃の刀子は第
3
章でみたとおり、鍔を持たない点、脊の形態などから言っ ても、A1、A2
類の直接の祖形とすることはできない。A1、 A2
類はモンゴリアで生まれた独特の 型式とできよう。ただし、最古である朱開溝の剣にはA1、A2
類でよく見られる獣頭や鋸歯紋、波状紋などは見られず、型式全体としての起源地を朱開溝付近(内蒙古鄂爾多斯)に特定しうる かどうかは、現段階では判断しがたいところである。
剣第
2
期は、系譜関係および分布から考えると、B1、B2類の発生と拡散の2
時期に細分でき よう。B1、B2類が従来カラスク式短剣と呼ばれてきた一群である。剣第2
期前半において、ま ずB1a
類はその分布の中心であるミヌシンスクでA2
類から発生したと考えられる。B2a類も同 様にクラスノヤルスクで発生したと考えられる。しかし、B1a、B2a 類の祖型であるA2
類は型 式として両地域には存在しない。従って、A2
類を有するモンゴリアからの大きな影響は見込めな い。B1a、B2a 類の発生はむしろ、南シベリアの両地域におけるモンゴリア的要素の受容の結果 とみなせる。こうしてB1、B2
類は成立した後、剣第2
期後半においてモンゴリアへ拡散したと 考えられる。B1a、B2a 類は長城地帯に型式として存在するので、この場合の南シベリアからモ ンゴリアへの影響は、前のB1a、B2a
類発生時における南シベリアへの影響とは異なることが考 えられる。以上からわかるように、長城地帯を中心としたモンゴリアのみでは剣の形式変化は説 明できないのである。また、拡散したB1、B2
類は従来のモンゴリアに固有であったA1、A2
類 を駆逐する形で南下していったと考えられる。このことは、北京市昌平白浮墓葬において数多く のB1
類のなかに、異様に変形したA2
類がB1
類との折衷要素を持たずに存在している事実が如 実に示していよう。他では、当該段階の剣の分布域が、剣第1
期に比して西へ拡大していること も興味深い。B1、B2 類が南シベリアで発生したとすれば、新疆や長城地帯西部で見つかるこれ らについても、モンゴリアを介した流入経路よりも、南シベリアからの直接のルートを含めたさ らにひろいコンテクストで考える必要がある。以上のように、モンゴリアにおいて独自に発生した
A1、A2
類(曲柄剣)は、その分布域の外である南シベリアにおいてB1、B2
類(カラスク式短剣)の祖形となったのであるが、その次の段階において、南下した
B1、B2
類に席巻され姿を 消すことになったのである。なお、剣第2
期における以上のような諸変化の年代が、中原におけ る克殷の時期と凡そ同じであることは興味深い。剣第
3
期にはミヌシンスクでB1c
類がB1b
類より発生する。一方、B1c’類とB2c
類はその分 布の中心である長城地帯で主に発生したと考えられる。逆に、B1c’、B2c 類は南シベリアでは稀 で、B1c類もモンゴリアには殆どない。このような地域性は剣第2
期とは異なる様相である。剣 第3
期では剣第2
期のような南シベリアからモンゴリアへの影響は見られず、モンゴリアは固有 の型式をもつに至ったと考えられる。第 2 節 刀子の検討
(1)分類 形式分類
組列の抽出が目的であり、時間的変化が比較的起きにくい製作技法に関わる属性に注目する。
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ここでいう製作技法とは鋳型作成の段階で想定されるものである。まず、以下の通り属性を抽出 した。
1)柄断面形態(図
5-16)
a:断面工字形のうち、上下の端部は平坦でなく、山状であるもの。窪みは深いものが多い。
a2:a
を半切した形態のもの。
b:工字形ではあるが、上下の端部は平坦であるもの。窪みの浅いものが多く、中には文様区
画の為と思われるほど極めて浅いものもある。
b2:b
と同じく上下の端部は平坦であるが、片面のみ窪むもの。
c:窪みを持たず扁平なもの。各厚みの変異は多様である。上下の端部は平坦である。
d:a
に近いが、窪み部の厚さが比較的一定で、上下端部が平坦なもの。類例は僅かである。
e:断面楕円形のもの。
その他:柄全体に大きな透かし彫りが入るもの(2例)、筒状の柄(1例)がある。
2)背部形態(図
5-17)
刀子の刃部を下にして背部を俯瞰した時の形態。
Ⅰ:全体がカーブを描くもの。柄と刃の境界位置に相当する背部あたりで最も厚くなるもの が最もよく見られる。この変異では、背から柄頭に移行する際に、境界附近で僅かに窪 む特徴がある。また、背の輪郭全体的にみても、直線的でなくデコボコしているものが 多い。
Ⅱ:全体が直線的なもの。幅がほぼ一定のものもあれば、柄頭に向かって開いていくものも ある。Bで は背と柄頭の背はほぼスムースに移行する。
Ⅲ1:身と柄の境界附近に明瞭な段があるもの。
Ⅲ2:身と柄の境界附近に不明瞭な段や屈曲があるもの。Ⅰと類似するものもあるが、Ⅲ1、
2
の段は柄刃境界線の厚みにより直接生じていること、外形が直線的であることにおいてA
と異なる。図5-16 柄断面形態の変異 図5-17 背部形態の変異
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3)紋様(図5-18)
紋様のある資料のみに適用できる属性である。紋様自体より、その鋳出す方法に注目する3。 凸:刀子表面のうち、刃から連続する面より突出する形で紋様が鋳出されるもの。
凹:上とは逆に、刃から連続する面より下に紋様が入るもの。
見かけ上は「上」に類似するが、紋様面が刃から連続する面と同レベルかそれ以下に あるものがあり注意を要する(図
5-18
下)。4)范線の明瞭性
この属性に関しては摩滅による変化が考えられ、副次的に用いる。
明瞭:側面において、二つの鋳型での鋳造による、范の合わせ目が明瞭に残されたもの。
不明瞭:側面に范の合わせ目が認められ、二つの鋳型による鋳造と判断できるものの、合 わせ目がそれほど顕著に認められないもの。
なし:側面に鋳造文様が入っており、范線が当初からなかったことがわかるもの。
(表
5-17)
。比較的安定していた断面a,a2/背部Ⅰグループでは、紋様では凸、范線は明瞭なも
のが多くを占める。断面
a,a2
を持つ製品の場合、石製の鋳型に器物の輪郭線を彫りこんだ後、そ の内部を薄く削ることで鋳型は完成する。紋様凸は、本体の形成後に鋳型をさらに彫り窪めるこ とで形成できる。このグループは石などの鋳型の素材を直接彫り窪めて形成するのに一番適した 属性変異を含んでいる。さらに、范線が明瞭であることや、背部形態の縁がデコボコしているも のが多いこと4も、次のグループと対照的であり、石製鋳型の使用を強く示唆するものである。な お、実際にこの組み合わせを持つ石製鋳型が存在する。以上により、断面a,a2/背部Ⅰグループ
をA
類とする。3 起伏のある紋様については、「陽」「陰」の表現(それぞれrelief 、incisedに対応)があるが、これは主に出来 上がった紋様自体に注目したものである。本稿では紋様自体の起伏よりも、製作技法的な視点(刃部表面からの 上下)が判断の基準となるので、以下のような表現にした。
4 輪郭のデコボコの原因として、石製鋳型における湯の凝固の温度差による可能性が挙げられる。
図5-18 紋様の変異
柄断面形態(以下、断面)と背部 形態(以下、背部)の相関を見たも のが表
5-16
である。両属性間に相 関が認められ、断面a,a2/背部Ⅰ附
近に一まとまり、また断面b,b2,c,d
/背部Ⅱ,Ⅲ2附近に一まとまり、さ らに数少ないが断面