第 5 章 青銅器様式から見た「初期遊牧民文化」と動物紋出現の意義
第1節 剣の検討
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よび、切れ込みが広がりつつ消失し、鍔部が刃と垂直方向に区画されていく変化と捉えることが 出来る。柄頭も
B1c、B1e
類両方の要素を持つ。なお、B1c類⇒B1d類⇒B1e類では柄に平行線 以外の紋様が入るものは認められない。B1c'類および B2c
類カラスク式短剣の型式である。
B1c'類は剣身基部を切り込むような形で鍔が形成されるが、鍔は
細く柱状になる(図6-1-7)。鍔は柄に対して斜めにつき、柄の外形線が鍔の基部を通っている。
B1c
類とは異なり、B1c'類は鍔が前型式(B1b 類)に比して小さくなる。また、B1c'類は基部が 太く先端が細い脊が入る。柄頭には環、鈴が付属するものが多く、柄の紋様は綾杉紋に限られる。B2c
類も柄が扁平になる以外はB1c'と同様の傾向を持つ(図 6-1-8、6-1-9)
。B3a
類1突出する鍔が非常に小さいか、鍔を形成しないもの(図
6-1-10~13)。鍔あるいは剣身基部の
外形線は、柄に対して斜めであり、B1c'類における鍔の退化がさらに進んだものと理解できる。脊は持たないものが多い。B1c'類であるスウェーデン東アジア博物館所蔵資料(図
6-1-10)を見
ると、脊が極めて細くなっているので、脊も同時に退化したと考えられる。この資料では退化し た鍔が剣身基部に接するようになっており、B3a類の若干の例において基部が数ミリ幅の文様等 で区別されていることも、この資料がB1c'、B3a
類の中間にくることを示している。なお、内蒙 古東部に特徴的な銎柄の剣はB1c'類に見られる脊を残しており、 B3a
類出現と同時かそれ以前にB1c'類より派生した可能性が高い。柄頭は棒状になったものが多いが、 B1d、 B1e
類とは異なり、多くの棒はその下に孔を持つ。柄全体が筒状になったものも存在し、柄全体がネコ科の動物像を なす場合もある(図
6-1-13)。柄の紋様は綾杉紋を中心とするが、列状動物紋も現れている。柄に
表現されたネコ科の動物像全体に入る斜線も綾杉紋の一種とみなせる。B3a、B3b 類における虎 像や列状動物紋は従来、「初期遊牧民文化」における「スキト・シベリア動物紋」として重視され てきたものである。B3b
類鍔が剣身から離れて柄の途中に形成されるもの(図
6-1-14~16)。これらの鍔は剣身、柄に対
してほぼ垂直についていることから考えても、B3a 類で既に退化した鍔とは異なるものである。剣身基部は斜めであり、B3a類とは異なる新たな鍔を別に付加したと考えられる。柄には列をな した動物紋を持つものが多い。柄頭は棒状が多数を占める。以上のように、B1c'/B2c 類⇒B3a 類⇒B3b類は鍔が完全に退化、消失したのち新たに付加される変化である。柄頭や紋様も推移的 に異なったものを持つようになる。
1 B3はB1b⇒B1c’やB2d⇒B2cに後続する型式である。Bの後にくる数字はB内部の系譜を示しているので、本来ならばB1d’
かつB2dとすべきであるが、煩雑なのでB3とする。
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(2)編年
B1c'、B2c
類は、第4
章で検討の通り、北京市昌平白浮墓や甘粛の寺窪文化(西周中期~後期併行)で見つかっている。
B3a、 B3b
類は南山根101
号墓(西周後期~春秋初期併行)(図6-1-11、
6-1-12)
、小黒石溝98AⅢM5(図 6-1-16)や、同 92AⅡM5
に(図6-1-15)
、B1e類はトゥバのア ルジャン古墳(前9~8
世紀)(図6-1-6)に見られる。
(3)分布
B1d
類はミヌシンスク、B1e類はミヌシンスク、トゥバに存在する。Ba、B3b類の出土品は内 蒙古東部に知られるが、採集品も含めればその分布は内蒙古中部付近(鄂爾多斯)にまで分布が 拡大する可能性が高い。以上のように、剣はカラスク式短剣でみられた形式ごとにそれぞれ異なる分布地を持ち、直前 の段階(剣第
3
期、p78)からの傾向がより顕著になったものと理解される。図6-1 カラスク式短剣に後続する剣の変遷
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ドキュメント内
ユーラシア草原地帯東部における青銅器文化の研究
(ページ 109-112)