第 5 章 青銅器様式から見た「初期遊牧民文化」と動物紋出現の意義
第 3 節 青銅器様式と動物表現
第
1
章で述べたように、動物表現は「初期遊牧民文化」の起源を論じる際など、ユーラシア草 原地帯の研究では重要な位置を占めてきた。本節では、モンゴリア青銅器様式からポストカラス ク青銅器様式に至る青銅器と鹿石では各種動物表現がどのように現れるのかを検討する。(1)青銅器における動物表現
モンゴリア青銅器様式でみられる動物表現は「目鼻の突出した獣頭」(図
6-4-1~3)にほぼ限ら
図6-3 刀子Bc類における金属成分比の比較(縦:砒素 横:鉛)
0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5 5
0 2 4 6 8 10 12
B3c類(古)
B3c類(新)
青銅器では、鉛の比率 において比較的低い値
(1%以下)が得られ て い る
(Гришин
1960)。第 4
章の成分 分 析 を 併 せ て 考 え る と、ミヌシンスクにお いて鉛比率が相対的に 低いことは、これ以前 の段階から続く、当該 地域の地域性と評価で きよう。本来、Bc
類は- 103 -
れる。剣、刀子などの柄頭に獣頭形が単体であらわされ、体全体が表現されることはない。第
4
章で論じたように、「目鼻の突出した獣頭」の変異は多いが、大きくは二種が知られる。一つは、目鼻の孔が窪んで比較的細かい部分まで精緻に現されるもの(図
6-4-1~2)
、もう一つは目と鼻を 玉状で表すのみのものである(図6-4-3)
。前者は剣A2
類、刀子C
類に見られ、顎部の内側が空 洞になるなど、両形式で想定した蝋型に類する鋳造技法での製作が想定される。後者は刀子A
類 に付され、石製の双范でも十分に製作可能である。モンゴリア青銅器様式では他に、蛇首匕の柄 頭において蛇表現が知られるが、数量的にわずかであり、地域も山西、陝西省北部にほぼ限られ る。また、上記獣頭以外に器物上に鋳込まれる紋様としての動物表現はなく、「目鼻の突出した獣 頭」の紋様も知られない。前期カラスク青銅器様式では「目鼻の突出した獣頭」がわずかに知られる(刀子
C
類)他は、青銅器における動物表現は知られない。
図6-4 各青銅器様式に典型の動物紋(縮尺は非統一)
- 104 -
後期カラスク青銅器様式では長城地帯において「口を大きく開けたネコ科の動物像」(図
6-4-4)
「鳥頭」(図
6-4-5)
「馬頭」(図6-4-6)の柄頭が存在する。いずれも1点ないし数点であり、青銅
器様式全体として動物像は稀である。器上に表される動物紋様も存在しない。なお、後期カラス ク青銅器様式には、モンゴリア青銅器様式に見られた「目鼻の突出した獣頭」の退化したものと 思われる柄頭(図
6-4-7)が存在する。これらは「目鼻の突出」という主たる特徴を既に失いつつ
あり、モンゴリア青銅器様式の衰退を示している。なお、以上のものは全てモンゴリアにおいて 見られ、ミヌシンスクにおいては、青銅器の動物表現は知られない。「口を大きく開けたネコ科の 動物像」が青銅器に現れるのはモンゴリアが最初であるが、この像に類似したものが、ミヌシン スクのカラスク文化に先行するオクネフ文化の岩刻画で多数確認されている(図6-5)
。これは、後期カラスク青銅器様式がミヌシンスクで発生したことを考えわせると非常に興味深い。
ポストカラスク青銅器様式の長城地帯においては、剣
B3a、B3b
類を中心に、後期カラスク青 銅器様式に存在した「口を大きく開けたネコ科の動物」像(図6-4-9)の以外に、蛇(図 6-1-12)
を象った柄頭がみられる。さらに、紋様では列状動物紋(鹿、馬、鳥、猪)が多く出現する(図
6-4-10~11、6-2-右)。これらはモンゴリア青銅器様式に見られたような獣頭のみではなく、動物
の全身の表現である。ミヌシンスクではポストカラスク青銅器様式(剣B1e
類)以降、剣の柄頭 において猪(図6-4-8)
、が多くみられ、刀子では列状動物紋が確認できる。ポストカラスク青銅 器様式で見られる以上の動物意匠は従来、「初期遊牧民文化」要素の代表とされた「スキト・シベ リア動物紋様」である。以上のように、従来カラスク期の所産とされてきた動物紋の大部分は、モンゴリア青銅器様式 で盛行した「目鼻の突出した獣頭」で占められているが、これらは後期カラスク青銅器様式以降 衰退することが判明した。また「初期遊牧民文化」のスキト・シベリア動物紋は後期カラスク青 銅器様式において「口を大きく開けたネコ科の動物像」のみが僅かに出現し、ポストカラスク青 銅器様式になってそれに加え、列状動物紋が大量に出てくることがわかる。
図
図6-5 オクネフ文化の岩刻画に見られる虎像 図6-6 オーシギーン・ウブル15号鹿石
- 105 -
(2)鹿石における動物表現との関係
鹿石Ⅰ、Ⅱ類と青銅器様式
Ⅰ類の鹿石には、剣
A
類(曲柄剣)(図6-6)
、剣B1、B2
類の早いもの(カラスク式短剣)(図6-8)とそれに続く剣が表現される(図 6-9)
。図6-8
などは鍔状の切れ込みがみられ、典型的なカラスク式短剣(本論文の剣
B1c'、B2c
類以前の型式)を表現した可能性があるが、鍔部がとび出 るだけの単純な表現(図6-9)もあり、それらが剣 B、 C
類内のどの型式にあたるかについて特定図6-7 ジャルガラント・ソム13号鹿石
図6-8 シルスト・ソム2号鹿石
第
1
章で述べたように、鹿石には、嘴をもつ抽象的 な鹿文様を持つもの(Ⅰ 類)(図
6-6、 6-7、 6-8、 6-9)
、 写実的な列状の動物紋(鹿 を含む)を持つもの(Ⅱ類)(図
6-10)
、動物紋を持たないもの(Ⅲ類)の区分が 一般的である。本論でもこ の区分に従いつつ、鹿石と 青銅器様式を比較する。こ の場合、鹿石に刻まれた武 器表現による必要があり、
大雑把な形態上の特徴か ら形式を推定するほかな い。
- 106 -
は困難である。分布はモンゴル北部、バイカル、新疆の北部におよび、モンゴリア青銅器様式、
後期カラスク青銅器様式、ポストカラスク青銅器様式の一部の地域(モンゴリアの北側)に存在 したといえる。Ⅱ類の武器表現では、剣
A
類、B類がみられない。分布はサヤン・アルタイが中 心であり、Ⅰ類の分布域より西に偏る(Новгородова1989)。各青銅器様式中における鹿石動物紋の位置づけ
モンゴリア青銅器様式では鹿石Ⅰ類における鹿表現(様式化された鹿)と、青銅器における「目 鼻の突出した獣頭」がみられる。鹿石Ⅰ類に見られる鹿の形態は、同鹿石上にある武器表現に非 常に類似している場合がある。図
6-7
は鹿石下部の帯の上から短い線が引かれ、帯と水平に一体 の鹿が表現される。この鹿が鞘状のものに入っていること、さらに多くの武器表現は鹿石の帯の 付近にあることから考えて、この鹿は武器の表現と同様であるとできよう。同じ表現は図6-6
で もみられる。ここから類推するならば、モンゴリア青銅器様式の「目鼻の突出した獣頭」を持つ 剣A
類や刀子C
類は、器形全体で鹿石Ⅰ類の様式化された鹿を現している可能性がある(図6-4
上段)。つまり、モンゴリア青銅器様式の鹿石分布圏においては、鹿石の主要表現と青銅器の表現 が一致しているのである。一方でわずかながら、Ⅰ類においてもスキト・シベリア動物紋の「口 を大きく開けたネコ科の動物」像や、列状動物紋(馬)といったものが存在する。ただし、これ らはいずれも、様式化された鹿の周囲を充てんするように小さく描かれることが殆どである(図6-6、6-7、6-8)
。仮に、典型的なⅡ類がこの時期にあり得たとしても、様式化された鹿がその他の動物紋の間を埋めるようにして表現されることは鹿石全体においてない。従って、様式化され た鹿以外の動物紋は、モンゴリア青銅器様式の段階では、青銅器にも現れず、鹿石においても副 次的な扱われ方であることが理解される。
図6-9 シルスト・ソム3号鹿石
図6-10 モドティン・アム鹿石
- 107 -
後期カラスク青銅器様式では、鹿石Ⅰ類における様式化された鹿に対応すると考えた「目鼻の 突出した獣頭」が青銅器にはない。青銅器に現れる「口を大きく開けたネコ科の動物」像は、鹿 石Ⅰ類に見られるが、主文様の鹿に対して客体的でしかない(図
6-6、 6-7)
(図6-4
中段)。また、これ以外の動物紋も副次的扱いである。つまり、後期カラスク青銅器様式では、様式化された鹿 が青銅器からは姿を消し、前様式とは逆に、鹿石の主要表現と青銅器の表現が一致しないことが 指摘出来る。一方で「口を大きく開けたネコ科の動物」が青銅器に現れ始めるが、その数は限ら れており、鹿石においても副次的な扱いであることに前段階と変化はない。他の動物紋も青銅器 には現れず、鹿石においては「口を大きく開けたネコ科の動物」と同じ位置づけである。
ポストカラスク青銅器様式では、鹿石Ⅰ類が存続しているとすれば、後期カラスク青銅器様式 同様、鹿石の主要表現と青銅器の表現が一致しない。ポストカラスク青銅器様式以降に出現する
Ⅱ類の鹿石には列状動物紋が主体で刻まれ、多くの青銅器の表現と一致している(図
6-4
下段)。以上、青銅器様式内の動物紋の変遷を鹿石とともに検討した。動物紋における青銅器と鹿石の 関係性という点でまとめると、「目鼻の突出した獣頭=様式化された鹿」と、それ以外の副次的な 動物紋というモンゴリア青銅器様式で確認された特徴的な主従関係が、後期カラスク青銅器様式 では主に鹿石上で続くが、ポストカラスク青銅器様式に至って崩れていくという変化を示してい る。ただし、上の主従関係が完全に逆転する現象(様式化された鹿が、他の動物紋の副次的要素 となる場合)は、Ⅰ、Ⅱ類の存続期間にかかわらずほぼあり得ない。