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3.2.福州音系資料・漳州音系資料との相違点

ドキュメント内 Microsoft Word - 論文 (ページ 81-85)

3.2.1.知母・徹母・澄母字の発音[t]・[t‘]

現代中国語の方言区画では福州音と漳州音は共に閩語に属している。詹伯慧著・樋口靖 訳(1983)の「第十一章 閩方言」の項では、閩語の音声特徴について次のように述べて いる。

知,徹,澄声母の字を t-, t‘-に読む。いわゆる「舌上」は「舌頭」に帰す,であ る。

現代閩語では舌上音知母[ȶ]・徹母[ȶ‘]・澄母[ȡ]は、舌頭音端母[t]・透母[t‘]のよ うに発音するということである。

〔表4〕「分紐分韻表」によると、仮摂麻韻開口2等澄母字「7茶」・効摂宵韻開口3等澄

母字「78兆」・梗摂陌韻開口2等澄母字「153宅」・通摂東韻合口3等知母字「165中」など は、舌上音知母・澄母の用例である。

「7茶」は『大清文典』に「ザア」、福州音系資料の『麁幼略記』の「福州音」に「タア」

と表記される。

「78兆」は『大清文典』に「ヂヤウ」、福州音系資料の『麁幼略記』の「福州音」に「テ ヤウ」と表記される。

「153 宅」は『大清文典』に「ヅエ」、福州音系資料の『麁幼略記』の「福州音」に「テ ク」と表記される。

「165中」は『大清文典』に「チヨン」、福州音系資料の『麁幼略記』の「福州音」に「テ ヨン」と表記される。

上のように、『大清文典』は「チ」・「ヂ」・「ザ」・「ヅ」で舌上音知母・澄母を表記してい るが、福州音系資料の『麁幼略記』の「福州音」は「テ」・「タ」で表記している。「チ」・「ヂ」・

「ザ」・「ヅ」は摩擦のある音だが、「テ」・「タ」は破裂音である。

このように、福州音系資料は知母・澄母を破裂音で表記するということは、知母・徹母・

澄母字の発音が[t]・[t‘]であったことを物語っているのではないかと思われる。

以上の特徴から見ると、『大清文典』は福州音系資料とは異なるものと考えられる。

3.2.2.声母の相違点

中国語諸方言において、閩語は漢民族共通語との差が最も大きな方言の一つである。「知 母・徹母・澄母字の発音[t]・[t‘]」以外に、声母には幾つかの相違点が挙げられる。

蟹摂灰韻合口 1 等溪母字「37 」は『大清文典』では「クワイ」であるが、福州音系資 料の『麁幼略記』の「福州音」では「トイ」である。

止摂脂韻開口3等日母字「49贰」は『大清文典』では「ルー」であるが、福州音系資料 の『麁幼略記』の「福州音」では「ニイ」である。

止摂脂韻合口3等審母字「63水」は『大清文典』では「シユイ」であるが、福州音系資 料の『麁幼略記』の「福州音」では「ツイ」である。

山摂月韻合口3等疑母字「111月」は『大清文典』では「イユヱ」であるが、福州音系資 料の『麁幼略記』の「福州音」では「グヲツ」である。

宕摂陽韻開口3等来母字「131涼」は『大清文典』では「リヤン」であるが、漳州音系資 料の「長崎通事唐話会」の「漳州音」では「ヌン」である。

宕摂陽韻合口3等微母字「135忘」は『大清文典』では「ウワン」であるが、福州音系資 料の『麁幼略記』の「福州音」では「マン」である。

上記の相違点が生じる原因を明らかにするため、現代閩語の音声と比較していきたい。

声母別で分類すると、次の〔表5〕となる。

〔表5〕『大清文典』と福州音系資料・漳州音系資料との相違点(声母)

微母字・「135忘」は現代の潮州・福州・建甌において、声母が[m-]である。そのため、

福州音系資料にマ行で表記されたのである。

大清文典 閩語資料 閩語の音声(『漢語方音字彙』より)

声母 福州音系 漳州音系 厦門 潮州 福州 建甌

微 135 ウワン(アヤワ行) 網マン(マ行) [m-] [m-] [m-]

来 131 リヤン(ラ行) 両ヌン(ナ行) [n-] [n-] [n-]

63 シユイ(サ行) ツイ(タ行破擦音) ts- ts- ts-

49 ル―(ラ行) ニイ(ナ行) n- n- n- 溪 37 クワイ(カ行) 塊トイ(タ行破裂音) [t-] [t-] [t-]

疑 111 イユヱ(アヤワ行) グヲツ(ガ行) [g-] [g-] [ŋ-] [ŋ-]

来母字・「131 涼」は現代の厦門・潮州・建甌において、声母が[n-]である。そのた め、福州音系資料にナ行で表記されたのである。

母字・「63水」は現代の厦門・潮州・福州において、声母が[ts-]である。そのため、

福州音系資料にタ行破擦音で表記されたのである。

日母字・「49贰」は現代の潮州・福州・建甌において、声母が[n-]である。そのため、

福州音系資料にナ行で表記されたのである。

溪母字・「37魁」は現代の厦門・福州・建甌において、声母が[t-]である。そのため、

福州音系資料にタ行破裂音で表記されたのである。

疑母字・「111 月」は現代の厦門・潮州においてその声母が[g-]であり、福州・建甌に おいてその音声が[ŋ-]である。そのため、福州音系資料にガで表記されたのである。

以上のように声母の相違点を列挙した。それらの相違点からみると、『大清文典』は福州 音系資料・漳州音系資料とは異なっていると思われる。

3.2.3.韻母の相違点

〔表5〕では声母の相違点を纏めた。次に韻母の相違点を挙げていきたい。

仮摂麻韻開口3等喩母字「13夜」は『大清文典』では「エー」である。福州音系資料の

『麁幼略記』の「福州音」では「ヤア」、「長崎通事唐話会」の「福州音」では「ヤツ」で ある。漳州音系資料の「長崎通事唐話会」の「漳州音」では「ヤ」である。

遇摂虞韻合口 3等見母字「25句」は『大清文典』では「キユイ」であるが、漳州音系資 料の「長崎通事唐話会」の「漳州音」では「クウ」である。

山摂黠韻開口2等幇母字「100八」は『大清文典』では「パ」であるが、福州音系資料の

『麁幼略記』の「福州音」では「ペツ」である。

山摂元韻合口3等喩母字「110遠」は『大清文典』では「イユヱン」であるが、漳州音 系資料の「長崎通事唐話会」の「漳州音」では「ワン」である。

梗摂陌韻開口2等並母字「151白」は『大清文典』では「ベ」であるが、福州音系資料の

『麁幼略記』の「福州音」では「バア」である。

梗摂清韻開口3等来母字「157令」は『大清文典』では「リン」であるが、漳州音系資料 の「長崎通事唐話会」の「漳州音」では「レン」である。

上記の相違点が生じる原因を明らかにするため、現代閩語の音声と比較していきたい。

韻母別で分類すると、次の〔表6〕となる。

〔表6〕『大清文典』と福州音系資料・漳州音系資料との相違点(韻母)

開三韻・「13夜」は現代の厦門・潮州・福州・建甌において、韻母が[-a]である。その ため、福州音系資料・漳州音系資料に「○」で表記されたのである。

合三韻・「25句」は現代の厦門・潮州において、韻母が[-u]である。そのため、漳州音 系資料に「○ウ」で表記されたのである。

開二韻・「100 八」は韻母が現代の福州において[-aiʔ]であり、建甌において[-ai]で ある。音声的に[ai]は「エ」に聞こえるので、福州音系資料に「○」で表記されたのであ る。

合三韻・「110遠」は現代の厦門・福州においてゼロ声母の音節である。そして韻頭は

[-u-]である。そのため、福州音系資料にワ行で表記されたのである。

開二韻・「151白」は韻母が現代の福州において[-aʔ]であり、建甌において[-a]で ある。そのため、福州音系資料に「○」で表記されたのである。

開三韻・「157令」は韻母が現代の潮州において[-eŋ]であり、福州・建甌において[-eiŋ]

である。そのため、漳州音系資料に「○ン」で表記されたのである。

以上のように、韻母の相違点を列挙した。相違点からみると、『大清文典』は福州音系資

大清文典 閩語資料 閩語の音声(『漢語方音字彙』より)

韻母 福州音系 漳州音系 厦門 潮州 福州 建甌

開三 13 エ―(○ ヤア・ヤツ(○ ヤ(○ -a -a -a -a 合三 25 キユイ(○ユイ) クウ(○ウ) -u -u

開二 100 パ(○ ペツ(○ [-aiʔ] [-ai]

合三 110 イユヱン(介音[-y-] ワン(韻頭[-u-] [-u-] [-u-]

開二 151 ベ(○ パア(○ -aʔ -a 開三 157 リン(○ン) レン(○エン) -eŋ -eiŋ -eiŋ

料・漳州音系資料とは異なっていると思われる。

以上、「知母・徹母・澄母字の発音[t]・[t‘]」・「声母の相違点」・「韻母の相違点」の 3 点から見た結果、『大清文典』の性格は福州音系資料・漳州音系資料とは異なっていると考 えられる。

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