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2.3.『朝野雑記』「唐通事唐話会」と『麁幼略記』

ドキュメント内 Microsoft Word - 論文 (ページ 72-75)

杭州音が呉音の様な存在であると言えよう(以下、「清濁の区別がある・ない」と いう場合は、中国原音に於て、「濁声母が清声母に合流してしまっていない・いる」

ということを意味する)。ただ、漢音に於ては次濁音の非鼻音化により、泥母明母 がダ行バ行で表われることが有るが、近世唐音の官音にはそれが無い。つまり、

近世唐音の官音で、濁音として書き表されることになるのは、非鼻音で定着した 日母と、日本語が対応する鼻音を持たぬ為に呉音に於てもガ行で写されていた疑 母だけ、というのが原則である。一方、杭州音は、奉母匣母がアヤワ行で表われ るのを除く全濁声母が濁音で表記され、他に呉音とは違って日母がザ行で写され るのが原則である。つまり濁点の付されていない資料でも、匣母奉母がアヤワ行 音で表わされていれば杭州音系の資料とみなすことが出来るわけである。

岡島昭浩(1992)は文雄『三音正譌』や有坂秀世(1938)の指摘に基づき、同じく近世 唐音資料を2種類に大きく分けている。そして、「官話(南京音)」系資料の特徴について、

次濁声母の日母と疑母を除き、声母は原則として清音カナで写されると指摘している。ま た「杭州音(浙江音・俗音)」系資料の特徴について、原則として全濁声母の奉母・匣母は アヤワ行、その他全濁声母は濁音カナで写されることも指摘している。

「官話(南京音)」系資料」と「杭州音(浙江音・俗音)」系資料の構成を以下のように 提示している。

有坂氏も、杭州音の資料と、官音の資料を分けて示しておられるが、今、有坂氏 の示したものに加えて、近世唐音資料を分類してみると次の様になろう。

《清濁の区別ある資料(俗語~浙江音系)》

心越所傳の唐音・四書唐音辨の浙江音・唐音和解・唐話纂要・唐詩選唐音・南山 俗語考・忠義水滸傳解・遊焉社常談・佛遺教經・兩國譯通・麿光韻鏡、三音正譌 の杭州音・正字類音集覧・魏氏楽譜・華學圏套・静嘉堂文庫本日本館譯語に付さ れた唐音・八僊卓燕式記・唐人問書・唐話為文箋・崎港聞見録・俗語解

《清濁の区別のない資料(官話系)》

唐譯便覧・唐音雅俗語類・唐語便用・唐音學庸・唐音三體詩譯讀・新鐫詩牌譜・

四書唐音辨の南京音・多くの黄檗宗資料・麿光韻鏡、三音正譌の官音・關帝眞經・

唐音世語・麁幼略記の南京音

以上のように、有坂秀世(1938)・高松政雄(1985)・湯沢質幸(1987)・岡島昭浩(1992)

の指摘によると、近世訳官系唐音資料は南京官話系資料と杭州音系資料の 2 種類に大きく 分けられる。

2.1 節「近世日本に伝わった中国語の種類」で述べたように、篠崎東海『朝野雑記』「唐 通事唐話会」は享保元年(1716)11月22日「福州話」・「漳州話」・「南京話」による長崎唐 通事の唐話稽古会である。

「唐通事唐話会」は一問一答の形であり、「福州話」・「漳州話」による唐話稽古会を1例 挙げると次のとおりである。(本論文で取り扱った篠崎東海『朝野雑記』「唐通事唐話会」

は国立国会図書館マイクロフィルムの紙焼き写真による)

「福州話」

問 先スエンザンホンモウスウン船裏リイ。 上シヨンキヨウ去了ラウユウ。 河間幸太郎 答 従チンライモイツヱンシヨンキヨウ去看カン。 彭城八右衛門 「漳州話」

問 只チイヌンジエル日大トツエヽクワチエン冷。令レントントンラブホク。有ニイキイチン。問ムンへウエムシエル食起キイ居。尔ルウテウハウソン。 呉藤次郎 (筆者注:「居」のルビは「キウ」である)

答 多トヲシヤウ謝只チイチムギヤン言。母へウエントヲツ大如ズウ天。豈キイコウハウリン。父ベウツアイ在不ポルワンイウ。遊イウペエル必有イウホン。我クワ

キイ

テエル

。此ヌンクウエンウイハンエルツヲル出門ムンジエン然数ソウアンカアへウスエ。 陽市郎兵衛 (筆者注:「天」

のルビは「テイ」である)

上記、カタカナは「福州話」・「漳州話」を表記している。

2.1 節「近世日本に伝わった中国語の種類」で述べたように、『麁幼略記』は唐船輸入の こまごました貨物を二十一類に大別し、右に南京音、左に福州音、下に訳語を注したもの である。

本論文で取り扱った『麁幼略記』は『唐話辞書類集』(第16集)による。『麁幼略記』に ついて、『唐話辞書類集』(第16集)「解題」は次のように述べている。

他書とは少し毛色の變つたもの。唐船輸入のこまごました貨物を二十一類に大別 し、右に南京音、左に福州音、下に譯語を注したもの。四分の三は織物に關する 語。福州音を加へたことは珍しい。

底本は昨年、一枚約千兩の重價を以て購入した明和頃の寫本に、以下の諸本によ る校語を加へたもの。

管見によると、傳本は少なく、陽明文庫に豫楽院近衞家煕手鈔本、名古屋市立鶴 舞圖書館に河村秀頴舊蔵本、同蓬左文庫に小寺玉晁手寫本がある。今、三本と底 本とを對校してみると、小寺本は、河村本に末葉の前の一葉分を脱したのをその まゝ傳寫してゐる、今、玉晁の「續學舎叢書」の第二十三冊の中に入つてゐるも の。そして、河村本は、目録は全部あるが、織物關係以外の末の五類を全く缺い てゐる。傳寫者に必要がなかつた爲であらう。(筆者注:中略)

今、底本を他本で校合するに當り、明白な誤脱(一語脱)は、墨筆で補訂した。

兩本の文字を旁注するとき、字面が複雜となることを恐れ、豫楽院本は「予」と 略注し、河村本は、鶴舞本・河村本と明記したところもあるが、多くは、畫數の 少い「名(名古屋の略)」一字を以てした。又、半濁音と濁音との差を「パ(バ)」

としたところもある。この「パ」は豫楽院本、「バ」は河村本である。

『唐話辞書類集』に収録された『麁幼略記』は、明和頃の写本を底本にして、他の 3 本 と対校したものである。他の3本との差は底本のそばに書かれている。

底本としての明和頃の写本を利用して、記された「福州音」は次のようになっている。

テウ

トウイフアテウトウイテウニイテヨン重 重テヨンテウテヨンフアテウテヨンテウキインツヲン荘 小シヤウフアテウシヤウテウパン

シイ

サアンクヲン裙 軽キインテウテウキヤア仔 北ボクテウバアテウソウテウトワイソウテウウヲンテウロウテウテヤウテウ

上記、カタカナは「福州音」を表記している。

以上、篠崎東海『朝野雑記』「唐通事唐話会」と『麁幼略記』を検討した。「唐通事唐話 会」はカナ表記で具体的に「福州音」と「漳州音」を記している。『麁幼略記』はカナ表記 で具体的に「福州音」を記している。

2.4.まとめ

ケンペル『日本誌』・西川如見『増補華夷通商考』・新井白石『東音譜』・朝岡春睡『四書 唐音弁』などの記述によると、近世日本に伝わった中国語は種類が多く、「南京」・「官話」・

「杭州」・「浙江」・「福州」・「漳州」・「泉州」などの別がある。

また、具体的に方音差を示した資料、いわゆる近世唐音資料について、有坂秀世(1938)・

高松政雄(1985)・湯沢質幸(1987)・岡島昭浩(1992)などが詳しく論述している。先行 研究の指摘によると、近世訳官系唐音資料は南京官話系資料と杭州音系資料の 2 種類に大 きく分けられる。

なお、篠崎東海『朝野雑記』「長崎通事唐話会」はカナ表記で具体的に「福州話」・「漳州 話」を記している。『麁幼略記』はカナ表記で具体的に「福州音」を記している。

したがって、上述のように近世訳官系唐音資料は南京官話系資料・杭州音系資料・福州 音系資料・漳州音系資料の4種類が挙げられるのではないかと考えられる。

3 .『大清文典』と近世訳官系唐音資料との比較

2節「近世訳官系唐音資料の種類」で述べたように、長崎唐通事の中国語を反映する資料 は近世訳官系唐音資料である。近世訳官系唐音資料は南京官話系資料・杭州音系資料・福 州音系資料・漳州音系資料の4種類が挙げられる。4種類の唐音資料はいずれも「南音」で あり、『大清文典』「例言」の「今施ス所、一ニ南‐音ニ従ヲマ マ」と一致している。そこで、

頴川重寛によって付けられた『大清文典』の中国語カナ表記は4種類のどれに一致するか、

一文字ずつ比較していきたい。

ドキュメント内 Microsoft Word - 論文 (ページ 72-75)