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150 社長も同席した。

ドキュメント内 Microsoft Word - 【セット】Ⅳ章(1219).doc (ページ 74-79)

このとき、菅総理は、吉田所長から、現場作業が困難を極めていることなど について状況説明を受け、吉田所長に対し、原子炉格納容器ベントの実施作業 を急いで進めるように言った。これに対し、吉田所長は、「現在、原子炉格納 容器ベントの実施に向けて準備中であり、9 時頃を目途に実施したい。」旨答 えた。同日

8

4

分頃、菅総理は、福島第一原発を後にした。

(5)

1

号機の原子炉格納容器ベント実施状況 a 吉田所長の原子炉格納容器ベント実施指示

3

12

8

3

分頃、吉田所長は、免震重要棟

2

階の会議室を出たところ で菅総理と別れ、発電所対策本部のある緊急時対策室に戻り、同日

9

時を目標 として、原子炉格納容器ベントの実施に向けた作業を実施するように指示し た。

また、原子炉格納容器ベントに必要な弁を開けるためには、放射線量上昇の ため入域禁止となっている

1

号機

R/B

内に立ち入らなければならなかったの で、吉田所長は、発電所対策本部発電班を通じて、当直に対し、相当程度の被 ばくのおそれがあるものの、現場に行って手動で開操作を実施してもらいたい 旨要請した。これに対し、当直も、これを引き受けた。

② 当直は、

1/2

号中央制御室において、全面マスク及び

C

装備を着用したまま、

被ばく量を抑えるために

2

号機側に身を寄せていたが、発電所対策本部からの 要請に応じ、原子炉格納容器ベントの実施に向け、

1

号機

R/B

内に立ち入って 原子炉格納容器ベント弁(

MO

弁)及び

S/C

ベント弁(

AO

弁)小弁を開操作 することにした。これらの現場作業については、1号機

R/B

内が電源喪失のた め照明がなく一人では作業が困難であること、

1

号機

R/B

内の作業現場では高 線量が予測されること、余震で

1

号機

R/B

から引き返すこともあり得ることを 考慮して、2名

1

組の

3

班体制とした。現場作業に当たっては、相当量の被ば くが予想されたため、若手の当直を除外し、それぞれの班は、当直長及び副長 クラスの運転員で構成された。

③ ところで、

3

12

5

44

分頃、菅総理は、福島第一原発から半径

10km

圏内の住民に避難指示を出していたが、地方自治体や地域住民への連絡調整が

151

遅れ、混乱を来していた。そして、同日

8

27

分頃になってもなお、大熊町 の一部住民の避難が完了しておらず、発電所対策本部もその情報を把握してい た。その後、同日

8

37

分頃、発電所対策本部は、福島県に対し、同日

9

時 頃の原子炉格納容器ベント実施作業開始に向けて準備していることを連絡し たが、福島県の要請により、避難が完了してから原子炉格納容器ベント実施作 業を開始することで調整がなされた。

b 原子炉格納容器ベントの実施状況

3

12

9

2

分頃、発電所対策本部は、大熊町役場との間の電話連絡を 通じて、まだ避難が済んでいなかった大熊町内の住民の避難が全て完了したと 認識し、1/2 号中央制御室の当直長に対し、原子炉格納容器ベントの操作をす るように指示した。もっとも、この時点で、大熊町内で避難が完了したのは一 部住民のみであったが、発電所対策本部は、大熊町役場との間の十分な意思疎 通を図ることができず、避難状況について誤って把握していた。

同日

9

4

分頃、当直

2

名(第

1

班)は、

1

号機の原子炉格納容器ベントの 実施に向けた現場作業(

1

号機の原子炉格納容器ベントラインにつき、資料

-17

参照。)を行うため、耐火服を着用し、セルフエアセット、

APD

及び懐 中電灯を装備して、

1

号機

R/B

内に入った。このとき、当直は、

PHS

などの移 動通信手段を失っていたので、三つの班がそれぞれの現場に同時に行ってしま えば、

1/2

号中央制御室との間で、操作手順に従った着手・終了に関する連絡 を取れなくなるため、一班ずつ現場に行き、一班が作業終了後に中央制御室に 戻ってから、次の班が出発することとした。

同日

9

5

分頃、東京電力は、ベント実施に関するプレス発表を行った。

② 当直

2

名(第

1

班)は、懐中電灯の明かりを頼りに、

1

号機

R/B2

階の原子 炉格納容器ベント弁(MO弁)のある現場まで行き、3月

12

9

15

分頃、

あらかじめ定められた操作手順に従い、同弁を手動で

25%開にして、1/2

号中 央制御室に戻った

50

(図Ⅳ

-3

参照)。

次いで、同日

9

24

分頃、別の当直

2

名(第

2

班)が、

S/C

ベント弁(

AO

50

このときの当直の被ばく量は、十数分の作業時間で約

25mSv

であった。

152

弁)小弁を手動で開操作するため、

1/2

号中央制御室を出発し、

1

R/B

地下

1

階のトーラス室に行った。しかし、この当直

2

名は、トーラス室内の

S/C

ベン ト弁(

AO

弁)小弁の位置に向かう途中、線量限度

100mSv

を超える可能性が 生じたため、

S/C

ベント弁(

AO

弁)小弁の開操作を断念し、同日

9

30

分頃、

1/2

号中央制御室に引き返した(図Ⅳ-4参照)。

そして、当直長は、第

2

班からの報告を受け、トーラス室内の放射線量が非 常に高いため立ち入りは不可能と判断し、第

3

班による作業を断念した。

③ 発電所対策本部は、当直から、

1

号機

R/B

内の放射線量が高く、トーラス室 に行って

S/C

ベント弁(

AO

弁)小弁を手動で開操作できなかったとの報告を 受け、手動で同弁を開操作するのを断念した。

S/C

ベント弁(AO 弁)には、小弁のほかにも大弁があったが、大弁を開操 作するには、大弁駆動用の空気圧を送る計装用圧縮空気系(IA系)配管にある 電磁弁を励磁して開とした上、

IA

系配管から空気圧を送る必要があった(資料

-18

参照)。

しかし、本来、

S/C

ベント弁(

AO

弁)大弁の駆動源となる空気圧を、

IA

系 配管を通じて供給するため、既設の大型コンプレッサーが備え付けられていた

図Ⅳ

-3 MO

弁の位置

東京電力「東北地方太平洋沖地震発生当初の福島第一原子力発電所における対応状況について」

(平成

23

6

月)を基に作成

図Ⅳ-4

AO

弁の位置

153

ものの、電源喪失のため使用不能であった。また、

IA

系配管には空気ボンベも 備え付けられていたが、

1

号機

R/B

内に立ち入って開栓しなければならず、放 射線量が高かったため、操作することができなかった。

そこで、発電所対策本部は、

1/2

号中央制御室において仮設照明用小型発電 機を用いて電磁弁を励磁して開けるとともに、可搬式コンプレッサーを

IA

系 配管に接続して空気圧を供給し、S/C ベント弁(AO 弁)大弁の開操作を実施 することを決めた。

もっとも、福島第一原発では、

S/C

ベント弁(

AO

弁)大弁を開けるのに十 分な空気圧を確保するため必要な可搬式コンプレッサー及びこれを

IA

系配管 に接続するアダプターを非常用に備蓄していなかった。そこで、発電所対策本 部は、協力企業の協力も得て、構内外の協力企業事務所に可搬式コンプレッ サーやアダプターがないか探した。

さらに、発電所対策本部復旧班が中心となって、可搬式コンプレッサー接続 箇所の検討を開始した。

④ 他方、

3

12

10

17

分頃以降、当直は、

1/2

号中央制御室において、電 源喪失により既設のコンプレッサーを操作できないことを分かってはいたが、

IA

系配管内に残っている空気圧によって

S/C

ベント弁(

AO

弁)小弁を開けら れる可能性が全くないわけではないと考え、同弁を開ける操作を

3

度試みた。

すると、同日

10

40

分頃、福島第一原発正門及びモニタリングポスト付近 の放射線量が上昇していることが確認された。そのため、発電所対策本部では、

S/C

ベント弁(

AO

弁)小弁が開き、ラプチャーディスクが破れて原子炉格納 容器ベントにより放射性物質が放出された可能性が高いと一旦判断した。

しかし、これについては、原子炉格納容器ベントによる影響ではなく、単に 原子炉格納容器外に大量の放射線が発散されたことが原因であるとも考えら れた。現に、同日

11

15

分頃には、再び放射線量が下がっており、発電所対 策本部は、原子炉格納容器ベントが十分効いていない可能性があると判断を改 めた。

1

号機のラプチャーディスク作動圧は、

0.448MPa gage

=0.549MPa abs

) であり、同日

10

38

分頃の

S/C

圧力は、

S/C

圧力計によれば、

0.740MPa abs

であった。そうすると、原子炉格納容器ベントに必要な弁が開いてこれらと同

154

程度の圧力が加われば、理論上は、ラプチャーディスクが破れてもおかしくな い状況であった。しかし、その後も

D/W

及び

S/C

圧力計が示す数値がほぼ横 ばいであったことからすると、この時点では、ラプチャーディスクは破れてい なかった可能性が高く、その原因として、

S/C

ベント弁(

AO

弁)小弁を開状 態のまま維持することが困難であったと考えられる。

3

12

12

30

分頃、発電所対策本部復旧班は、発電所構内の協力企業 事務所に可搬式コンプレッサーがあることを把握し、同事務所に行って、可搬 式コンプレッサーを入手した。さらに、同事務所内には、可搬式コンプレッサー を

IA

系配管に接続するために使えそうな治具があったので、協力企業社員が、

接続口の加工を施し、この治具をアダプターとして用いることとした。

また、仮設コンプレッサーの配置・接続作業やその後の燃料補給作業が困難 とならないようにするためには、放射線量が低い場所に仮設コンプレッサーを 配置することが好ましかった。さらに、

S/C

ベント弁(

AO

弁)大弁に供給す る空気圧を十分確保するには、できる限り

S/C

ベント弁(

AO

弁)大弁に近い 場所に可搬式コンプレッサーを配置することが好ましかった。そのため、発電 所対策本部復旧班は、配管計装線図を用いながら、適当な仮設コンプレッサー の配置・接続場所を検討して、

1

号機

R/B

大物搬入口に可搬式コンプレッサー を配置することを決めた。

さらに、発電所対策本部復旧班は、あらかじめ

1

号機

R/B

大物搬入口に行き、

配置・接続予定箇所の写真撮影を実施した。その際、

1

号機

R/B

大物搬入口内 の放射線量が想像以上に高かったため、発電所対策本部復旧班は、

1

号機

R/B

大物搬入口外側に可搬式コンプレッサーを配置し、大物搬入口外側の液体窒素 ガス供給盤の計器ラック内にある

IA

系の銅管ヘッダーに可搬式コンプレッ サーを接続することにした。

そして、発電所対策本部復旧班は、可搬式コンプレッサーの配置やアダプ ターの接続作業の具体的手順を検討した上、協力企業事務所において、4t ユ ニック車に、可搬式コンプレッサーやアダプター用治具を積載し、

1

号機

R/B

大物搬入口まで運搬した。さらに、発電所対策本部復旧班は、

1

号機

R/B

大物 搬入口付近に可搬式コンプレッサーを配置し、

IA

系の銅管ヘッダーに接続し て、同日

14

時頃、可搬式コンプレッサーを起動させ、

IA

系配管に空気を供給

ドキュメント内 Microsoft Word - 【セット】Ⅳ章(1219).doc (ページ 74-79)