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灘地方

釀造家

小賣商

︵卸小賣   含ム︶ 酒問屋︵十店︶

酒屋問屋︵十店︶

更新會︵十一店︶

甲東會︵八店

釀 造 家 出 張 店

︵約十店︶

50日になったと思われる。これは,表4

19の呉服における買掛債務回転期間が1.2ヶ月(≒36 日)であることから推測できよう。また同表で,呉服の棚卸資産回転期間が7.7ヶ月にも及ぶ事 実は,商品が店内で長期間滞留していることを意味しているが,このような商品特性も上記のよ うな流通過程で長い決済条件を引き起こす理由であった。以上の結果として,図4

6のように呉 服の運転資金回転期間が6.9ヶ月にも達することとなったのである。

組織であり,仲次人とは酒造家より桶買いしてそれを中央市場で販売する商人のことである。

ただしこれらの『商取引調査』の説明は,かならずしも実態を正確に反映してものではない点 に中止すべきだ。なぜなら酒問屋組合と酒類問屋組合は,震災手形の処理等のために1923年3 月に合併して中央酒類問屋連盟会が設立されており,両組織は存在していないからだ(232)。しか しこの新団体によっても,取引改善が進まないまま従来の流通経路が維持されたため,この理由 から図4

19にもとづき説明されたと推測される。なおこれらの問屋組合のほか,小売商に関し ては1917年11月に東京酒類仲買小売商同業組合が結成されたが,それが1926年4月には東京 酒類商同業組合に名称を変更している事実もあげておこう。これら小売商団体も本来は重視すべ きかもしれないが,ここでは煩雑となるためあえて言及しない。

取引方法は,酒造家と問屋との場合には問屋から酒造家に対して電報または書面で注文し,1 週間以内に送荷する。その仕切方法は,酒造家が指値(指定値段)を決めて,その値段で問屋が 小売商に販売することで,酒造家が問屋に一定の口銭(7分)を支払う場合と,酒造家がだいた いの成行値段で問屋に販売する場合の2通りがある。前者の方法は酒類問屋組合員との取引に多 く,後者の方法は酒問屋組合員との取引に多いため,全体としては成行値段での取引が大半を占 めている。受渡方法は,成行値段のときは問屋の庭先渡としている。一方,問屋と小売商との取

ききざけ

引では,問屋が小売商に対する売掛金の集金の際に注文を受けるほか,問屋で唎酒したうえで注 文することがある。その受渡方法は,おおむね小売商の希望する時期に問屋側が配達する。

代金決済方法は,問屋が酒造家に対して着荷の翌々月に決済金額の8割を送致し,残額2割は 翌年の5月までに支払うことを平均としている。ただし経済低迷や関東大震災の影響により,着 荷3・4ヶ月後に6・7割,残額は翌年6・7月に支払う場合があったほか,その決済手段も現金 以外に手形の場合があるなど,統一されていない。なお『問屋取引調査』では,「日本酒問屋ニ 於テハ商慣習トシテ醸造家ヨリ着荷後直ニ送金ノ請求ヲ受クルヲ常トシ,其割合ハ見込価格ノ七 割乃至八割ニ該当スル」が,「(酒問屋は酒の)入荷毎ニ内金ヲ送付スルハ之(=薪炭問屋)ト同 様ナルモ其仕切書ハ一々之ヲ作ラズシテ年二回ニ取纏メ送付スルヲ例トスルナリ,東京酒問屋組 合定款ニハ,残金ノ仕切ハ「毎年四月一日ヨリ九月三十日迄ニ輸入ノ分ハ翌年三月三十一日限リ トシ十月一日ヨリ翌年三月卅一日迄ニ輸入ノ分ハ同年九月卅日限リ完結スベキモノトス」ト規定

セリ」(233)と記述している(丸カッコ内は筆者の補足)。

これらの内容から判断すると,問屋は引き続き委託販売を実施していたものの,内金を入荷直 後から翌々月に支払うように変更されているため,問屋の資金繰りを緩和するように変更され た。ただしその一方で,残金を支払うのが翌年9月末から同年5月に繰り上がっているため,こ の点ではむしろ支払いが早まり資金繰りをタイトにさせている。このため酒造家が問屋に対して いかなる影響を与えたのか一概に判断が付きにくいが,後者の東京酒問屋組合の定款による早ま りはあくまで努力目標の可能性もあるから,やはり前者のような内金の支払いが翌々月に繰り下 がった点に注目すべきであろう。

次に小売商が問屋に対して支払う際は,表4

26のように原則として毎月20日締め月末現金支 払いであるが,実際にはこれが守られることはまれである。ただし現金支払いのみであり,手形 支払いはない。ちなみに『問屋取引調査』での決済方法をみておくと,「酒問屋ガ毎月七八,十 三十四,廿廿一,及月末二日ニ(集金人を派遣して)集金スル」(234)としていたため,当調査の 時期にはだいぶ緩やかになったことがわかる。このため1920年代半ばまでは,酒類商は「年に 二回か三回の勘定だ,少くとも酒なんといふものは年四回に亘って(酒造家が)酒造税を納めま すが,此の税金の度に(酒類商が)酒屋(=酒造家)に勘定を払へばいゝのだといふやうな非常 に漫然たる取引が行はれて居つたのであります。」(235)(丸カッコ内は筆者)という状態であっ た。それゆえ消費者が酒類商に対して支払う際にも,月末までの掛売が多くなっていた。

ただし1930年代半ばからは,先行して醤油・ビールで手形取引が浸透したことにともない,

清酒でもこれらと同様に手形で支払うことを強いられるようになった。ちなみに『商取引調査』

と同時期に実施された『小売業経営調査』によると,仕入に関して酒類では小経営(売上高1万 円未満)でさえ「商品ト引換ニ何日期限手!!!」と回答した店が22店あり,小経営の総店舗数 25店の9割弱に達していたから,統計上からも酒類で手形導入がかなり進んでいたことが確認 できる。そしてこのような傾向は,他業種では白米・雑穀・薪炭で各1店,呉服(大経営)で5 店,家具・洋品で2店,その他は0店にすぎないため,酒類がきわめて突出した状況であったこ とがわかる。そしてこのような手形の導入が進められたことと引き換えに,表4

19の回転期間 で確認したように運転資金がほとんど発生しない状況を獲得できた。しかも表4

19によると,

買掛債務回転期間が他業種よりかなり高いから,他業種の買掛金よりもかなり長期の手形サイト であった。経営戦略上では,買掛債務に限ってみると問屋との間で有利な交渉を進めていたのか もしれない。

なお第3節で扱った鳥取県旧赤碕町の事例では,経営の苦しい中小酒造家でも支払いにあたっ て手形が普及していたため,そのような川上での動きがのちに都市部の小売商に波及する先行事 例であった,と位置付けることができるかもしれない。もちろん地域,流通過程,対象時期がい ずれも異なっているため,このような関係性を持ち出すことには慎重であるべきだが,同一商品 に限ってみるとその傾向を把握することができよう。

もっとも手形導入にともなって,以下のような話が伝わっている。「漫然と取引をして居つた 時代には(中略)年の三回四回の決算時には,必ず無尽会社とか或は貯蓄会社などのカネの融通 を受けまして,支払を済まして参つたのでありますが,此の凡ゆる商品が手形取引になりまして からそれまで借りのありました無尽なり銀行なりの借りは返さなければならぬ。それから新規に もう取引は出来なくなつたといふことで,酒屋(=酒造家)以外から金融を受けることは困難に なつて来た」(236)。手形の導入で金融取引に関する規律が厳しくなってきた事実が指摘されてい る。

この背景には,小売商・酒造家の自覚,通信交通機関の整備等が影響して事業環境が厳しくな

り,これによって問屋間の販売競争が激烈となったことがあげられる。当調査では,「現在経済 界ニ於テ(中略)酒類ノ販売競争ノ如ク甚ダシキモノハ稀ナルベシ」(237)と,その状況を指摘し ている。表4

24のように『問屋取引調査』の日本酒では口銭が7歩(分)であったが(238),昭 和初期にはこれを受け取ることができず,まれには4分程度にとどまることもあり,それらが実 質的に価格割引の原資となっていた。販売競争の激化によって,問屋の経営がかなり厳しくなっ ていたことがわかる。小売商の販売競争を具体的にみると,すでに『問屋取引調査』において

「或ハ割引販売ヲナスモノ,景品付販売ヲマスモノ,或ハ囮商策(中略)等ヲ生ズ」(239)といった 方法が記述されている。そして昭和初期には,ブランド化した樽詰清酒が小売商にとって恰好の 囮商品になっていた(240)

以上のように,1920年代末でも問屋・小売商間の取引の実態は業種によって大きく異なって いた。いま,1910年代半ばと1930年代初頭の決済条件を,『問屋取引調査』,『商取引調査』及 び他の情報を加味して比べると,①畳表では基本的に掛け取引。支払回数が月2回から1回に減 少したが,延滞利息を徴収する方針に変更,②醤油では野田醤油の系列で,1930年より期限35 日の手形取引を導入,③木炭では零細経営で銀行側が手形導入を認めない。支払回数は月2回か ら1回に減っている,④綿糸では(綿糸商と機業家を除き)現金払いを原則とし,支払期間は実 質的に変更がない,⑤漆器では掛け取引である。支払いは月1回から2回に支払回数を増やして いるが,実際には不定期である,⑥砂糖(精白糖)は概ね現金取引で取引条件に変化はない,⑦ 綿織物は掛け取引。支払いはかつて1ヶ月以内に代金の完済がおこなわれていたが,それが40

〜50日に延長された,⑧絹織物は現金や掛け取引が中心。支払いは完済まで相変わらず1ヶ月 を超えている,⑨清酒はかつて現金支払いが中心であったが,1930年代半ばから手形支払に変 更。支払期間は年3・4回で変わらず。

これらの変化から,おおむね小売商過多にともなう競争激化の影響で,小売商の決済回数が減 少しているほか,掛けのサイトが長期化しているといえよう。あるいは問屋側の抵抗によって,

漆器のように1回から2回に回数を増やしている場合もあるが,その場合でもこの原則がほとん ど守られず実質は不定期であるなど,やはり小売商の業況悪化が全般的に進み,問屋側もその状 況を勘案せざるをえなかった。しかしこの状況に対して問屋側のなかには,畳表のように延滞利 息を徴収するようになった事例も若干確認される。この事実の背後では,おそらく各業種とも従 来型の買掛金に代表される問屋金融が縮小していったことがあるのではなかろうか。あるいは表 4

3で示した2次処理が従来以上に強力に実施されるようになったことも考えられよう。

さらに手形導入に限ってみると,1930年代半ばでも(問屋までは多用されていたが)小売商 では導入済みは一部の業種に限られていた。そして導入の有無は,産業と商品の特性によって以 下の3種類に分類できる。:(a)在来型大量商品(醤油・清酒)では手形導入が進む,(b)近代 型大量商品(綿糸・砂糖)では少数の大規模問屋(代理店・特約店)を経たうえの信用取引で手

ドキュメント内 小売商は事業資金をいかに調達したのか? ― (ページ 136-147)