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6. 2.個別業種の動向

ドキュメント内 小売商は事業資金をいかに調達したのか? ― (ページ 147-200)

<畳表>

以下では,『問屋取引調査』と『商取引調査』の両方に掲載されていた9商品に限って,個別 の記事をみていく。

まず畳表に関連した記事は,新聞紙上でほとんど取り上げられることはない。表4

28による と,1910〜38年まででわずかに6点の記事が集められたにすぎない。1919年9月には物価高騰 に影響されて,畳表の価格も前年比で2割も増えていたが(19年9月28日),関東大震災後に は各地から大量の商品が供給され軟調となったため,大問屋でも例年の4分の1程度しか出荷さ れていない(23年11月24日)。さらに不況が加わり,当業界でも価格カルテルの動きが現れて きた。また震災前には注目されなかった静岡産の畳表が,震災後には品薄のなか安物を中心に注 文が殺到するという現象もおこっている。このため同県産の畳表は,普通物の価格も70〜80銭 から1円近くに高騰した(23年11月13日)が,震災特需は一時的なものであり各地から急激 に供給されたため,同年11月末には震災前7月の値段に下がっている(23年11月24日)。

その後も需要の低迷が続いているため,価格維持のため価格協定の締結も議論されている。一 般的に価格協定の作成のためには,以下の6条件を備えていることが望ましいという記事も現れ た(34年3月3日)。この記事は,基本的には先述の1933年11月に発せられた商工次官通牒を 受けて作成されたものと推測される。①原価算定が容易であること(つまり商品の質がほぼ均等 であること),②一般的な需要が確保できること(日常生活で直接使用される生活必需品である こと),③価格変動が緩やかであること(朝夕で価格の変動する野菜や鮮魚のような生物でない こと),④規格の統一された大量生産品であること(砂糖や有名化粧品,売薬等のようなもの),

⑤協定違反者に対する送荷停止ができること(製造業者や卸商との間に諒解が成立して,いざと いう場合に違反者に罰則を課しえること),⑥市設小売市場で価格を協定できること(市設小売 市場に準拠しているといった監督当局として価格の目安が容易であること),の6条件が整って いることを挙げている。

このうち⑥の条件は,絶対というわけではなく,市設小売市場で扱われていない畳は業者のま とまりもよく,同業組合を作っていればすぐにでも価格協定が締結できる。ただし実態は,なか なか協定締結に踏み切れないなど,価格協定を実行することは容易ではないという,興味深い記 事である。

このほか不況が続くなか,粗製乱造が増えて商品の品質が低下していたため,神田区神保町畳 製造同業組合では1935年4月より,厳重な商品検査を実施することを計画していた(35年1月 5日)。粗製乱造問題は,明治期の糸・布・織物業界の話のように考えがちだが,昭和初期の日 用品でもいまだ発生していたことに驚かされる。手工業品ゆえに価格動向にともない,いつの時 代でも発生する問題なのかもしれない。

表 4―28 畳表問屋・小売商関連の主要動向(1910〜1938 年)

年月日 見出しと主要内容 新聞名 神戸大

新聞記事 掲載面

(頁)

1917年10月11日 ●物価旧に復す 物によりては二三割 高ければ奸商と見よ 法外なのは労力 だけ=東京府の物価しらべ

東京朝日

・畳表は,組合が義侠的に結束して市価よりもむしろ下げた位。しかし畳の心

(藁)がないので到底,罹災家屋すべてには行き渡らず。

1919年 9 月 28 日 ●障子紙と畳表 美濃でも土佐でも昨冬より二割方も騰貴してゐる 畳は工賃 だけでも大変

東京朝日

・本場物では,並みで縁付が1円10銭から1円30銭へ上がる。

・最近の工賃は1枚50銭内外。

1923年11月13日 ●畳表註文殺到 安物旺盛 読 売

・震災前には注目されなかった静岡県産の畳表が,震災後は安物の注文が殺到 している。

・このため価格は20〜30銭方騰貴しており,上物は1円10銭が1円340銭,

普通物は70〜80銭が90銭乃至1円となった。

1923年11月24日 ●「けふのお値段」畳表下がる 東京朝日

・畳表は8・9月が張り替え時だが,震災で消失した分が各地から集められた。

・このため品物が豊富になった処に売行き不振が加わり,大問屋でも4分の1 しか出ない。

・現在の小売価格は,7月ごろの値段に下がった。

1934 年 3 月 3 日 ●価格協定 実施出来る商品は 商人の生命線 中外商業

・価格協定ができるためには,以下の6条件が必要。①原価算定が容易である こと,②一般的需要があること,③価格変動が緩やかであること,④規格の 統一された大量生産品であること,⑤協定違反者に対して送荷停止ができる こと,⑥市設小売市場で価格を指定できるもの。

・畳表は,市設小売市場で扱っていないため,価格協定が容易である。

1935 年 1 月 5 日 ●四つの問合せ(一) 中外商業

・神田区神保町畳製造同業組合の事業計画:近年の不況で粗製乱造がふえ製品 の信用が低下しているため,4月より厳重な検査を開始した。

(注) 1.●は見出し,・は内容の要約を示す。

2.神戸大新聞記事は神戸大学附属図書館新聞記事文庫の略称である。

(資料)朝日新聞『聞蔵Ⅱビジュアル』,神戸大学附属図書館『新聞記事文庫』等より谷沢が作成。

<醤油>

醤油は日常で欠かせない調味料であるが,当時は防腐剤がなく腐敗しやすかったほか,店頭で の小分け販売であったため,庶民はその動向に敏感に反応し,しばしば新聞で取り上げられた。

そこでは,物価動向のほか業界内のトラブル,労働争議等も紙面を賑わしている。表4

29のよ うに全部で32この主要記事を収集したが,このうち価格と何らかの関連がある記事が18こと過 半を占めている。

価格関連の大半は価格騰貴に絡んだ話だが,唯一,1920年恐慌時には醤油の大暴落が発生し た。すなわち同年4月に1樽12円程度であったが,5月には7円台に大幅下落したため,生産 調整を実施したことが目を引く(20年5月7日)。その他は,いずれも価格騰貴に関するものだ が,このうち1921年10月に東京市商工課が日常品に関して消費者が購入する際の目安とすべ く,個別に標準価格を設定してそれを公表した対策があげられる(21年10月5日)。これに合 わせて東京府は,同月に同業組合が定款にもとづき標準価格を設定している場合には,それを撤 去するように指導した(21年10月8日)。もちろん同業組合による標準価格とはカルテル価格 のことであり,上記の商工課による価格のことではない。

この政策対象として槍玉にあがった商品は,醤油のほか,白米,酒,売肉(精肉?),洋服等,

広範囲の日常品に及んた。この件では,組合の役職に就いている大手商店が,高止まりのカルテ ル価格を撤去することにより,むしろ低く販売できて売上を伸ばせると喜んでいたことも注目さ れる(21年10月12日)。同一商品でも,店舗の事業規模によってカルテル行動の影響が異なる ことを示唆しており,興味深い話である。同様の対策として,東京市と東京酒類仲買小売商同業 組合が,優良な醤油の審査をおこなった。そのなかに亀甲万商品が入っていなかったことから

「銘柄や値段の高いものが必ず優良とは限らない」という文書を掲示したため,市中で大いに話 題となったという(23年7月?日)。

翌22年9月には,東京府・市・警視庁・東京商業会議所・東京実業連合会が物価調査会を結 成し,とりあえず米・味噌・醤油・砂糖・蕎麦の5品の卸値と小売値をそれぞれ調査したほか,

後で家賃も追加するとした。持ち帰った価格から 適当な 標準価格を決定して,各組合に対し て同価格に修正するように指導するという。しかしこの価格指導に対して,味噌醤油の問屋は値 下げの余地はまったくないと主張し,むしろ醤油1樽8円にすべきところ7円に抑えているとい う(22年9月22日)。また同会は,中堅企業に対して価格の引き下げを要請したが,組合所属 の各社は「問屋側が横暴を極めているため,値下げで万が一(商品仕入を)ボイコットでもされ たら我々の営業が立ち行かなくなる」(丸カッコ内は筆者)と主張した(22年11月3日)。この ように同業組合の目的は本来,製品検査,粗製乱造の防止等であるはずだが,醤油・白米・砂糖 等の組合では価格協定を結び,安売りをした店に対して種々の制裁を加えることが中心となって いた(23年3月4日)。

このような組合による価格の下支えも,1920年代後半になると事情が異なってきた。すなわ

表 4―29 醤油問屋・小売商関連の主要動向(1910〜1938 年)

年月日 見出しと主要内容 新聞名 神戸大

新聞記事 掲載面

(頁)

1910年1月16 日 ●日本醤油の破産申請 東京朝日

・第百十銀と鴻池銀は,東京地裁に日本醤油の破産申請をおこなった。

・同社は,資本金1000万円(払込350万円)のうち,ほぼ全額を建物,器械 等に流用して,原料の買入資金は鴻池銀等から借入ていた。

1910年 2 月 5 日 ●醤油販売悶着 東京朝日

・茨城県澤山村の小林商店が,特約販売の関係のない水戸市の臼井醸造の醤油 を1割以上割引いて売りだすとの広告をおこなった。

・このため目下,悶着中。

1917年 8 月 5 日 ●醤油と米―何故高い =醤油は未だ未だ騰る 米の方は天候が順調に行けば 六升ぐらゐに成かも知れない

東京朝日

・醤油が暴騰して1樽4円半まで達しているが,原料の小麦が以前の1斗分が 現在は5升8合になり,大豆は以前の1斗2升分が現在の6升3合になり,

石炭は1万斤で33円であったが,今は130円に暴騰している。

・また満洲から輸入した大豆が来なくなったことも暴騰の原因だ。

1918年 2 月 2 日 ●[衣食住]醤油の値段が又騰る =小売店の不正手段 東京朝日

・現在,亀甲万1樽が4円70・80銭であるが,いずれ5円になるだろう。

・小売店のなかには,亀甲万1樽を2つに分けてそれらに二流三流の粗品を加 えて販売するものがいる。酒でも同様のことが行われている。

1918年 4 月 23 日 ●米国醤油制限 東京朝日

・醤油は,米国輸入制限品目第77・野菜類中に含まれている。

1918年 5 月 14 日 ●米国醤油関税値上 東京朝日

・日本醤油の関税を,従来の従価1割5分から2割5分へ引き上げることにす る。

1919年 4 月 29 日 ●鉄道貨物運賃割引 東京朝日

・鉄道院は,6月1日より貨物運賃として石炭,塩,肥料,新聞用紙,野菜,

味噌醤油,国定教科書等の運賃を1割引きにすることを決定した。

1920年 5 月 7 日 ●大暴落で醤油の醸造休止 東京出荷を見合せて 復旧を待つ野田銚子 東京朝日

・先月1樽11円70銭〜12円であったが,現在は7円50・60銭に低下してい るため,野田銚子の工場では1500余名に醸造作業を休止するように指示し た。

・気温が上昇すれば,品物が腐敗して新たな需要も出てくるから,製造中止の 下で値段が上昇してこよう。

1921年 10 月 5 日 ●商工課発表の価格表 決定標準価格を詳細に印刷 東京朝日

・東京市商工課では,一般物資の標準価格を定めた価格表を4日に発表した。 (夕)

・醤油については,亀甲万1樽8円50銭,山サ印8円50銭,ヒゲタ印8円 40銭。

1921年 10 月 8 日 ●解散を命ずる前提に 同業組合へ突如厳命 米屋,醤油屋,牛乳商其他に対 し標準価格の設定を禁ず 暴利屋遂に破綻せん 特に大狼狽は牛乳商組合

東京朝日

・東京府は7日,同業組合に対し定款でおこなっている標準価格の設定を禁止 した。

・醤油,酒,売肉,洋服等の組合に対して,現在,標準価格を定めている場合 にはこれを撤去しろと命令した。

1921年10月12日 ●立所に効いたお上の厳命 標準相場の撤廃で羽を伸ばした大店 諸物価続々 下らん 先月分の懸念まで割引

東京朝日

・味噌醤油の大店では,標準価格の撤廃を意外に喜んでいる。これは,大店が 値段を安くして販売額を増やしたいと思うが,組合役員等に就いているた め,それができなかったためだ。

1921年 12 月 7 日 ●(広告)醤油切手の発売 東京朝日

・年末年始の御贈答用には便利なヒゲタ醤油の商品切手を御薦めします。 (夕)

1922年 1 月 5 日 ●お正月早々 悪商人征伐 品質や桝目をごま化す醤油屋 府の商工課が活動 東京朝日

・東京府商工課は新年早々,店ごとに品質や内容量の不正を調査し,それが発 覚したときは公表する予定である。

(夕)

・消費者のなかには,大店から亀甲万を購入していたが,客人から亀甲万でな いことを指摘された。

・醤油店のなかには,当初は亀甲万を売っていても,徐々に質を悪くしていく のが常套手段であるという。

1922年 9 月 5 日 ●けふ実物を買込んで値下げを組合に厳談 物価調査会の方針決定す 先づ米 醤油其他の五品

東京朝日

・東京府・市・警視庁・東京商業会議所・実業連合会によって結成された物価 調査会が物価引下策を検討した結果,初めに物価調査を実施することに決定 した。

ドキュメント内 小売商は事業資金をいかに調達したのか? ― (ページ 147-200)