• 検索結果がありません。

4. 3.『中小商業金融実地調査』

最後に,国政研究会の実施した『東京市に於ける中小商業金融実地調査』(以下,『金融実地調 査』と略記)を説明する。ちなみに国政研究会とは,中島飛行機創業者・中島知久平(1884〜

1949年)が,1931年に政治家としての識見を高めるため設立した私的研究会であり,1940年に 時局の要請で廃止されるまでの間,国内外から多くの資料を収集したり独自調査を実施したりし

(163)。当時はこの種の政策志向の強い私的研究会がいくつか設立され,その代表的なものは昭

和研究会であったが,国政研究会もその1つと考えて差し支えなかろう。

い たに

当調査は,同研究会の調査活動の一環として猪谷善一(東京商大),荒木光太郎・東畑精一

(いずれも東大農学部)とその研究室に所属した学生らによって,1936年3月に東京市35区内 の個人商店465店を対象に実施された(164)。これらの大学関係者がいかなる経緯で国政研究会の 活動に参加したのかは不明であるが,少なくとも実施時期が『小売業経営調査』よりも2ヶ月遅 かったにすぎない。この調査報告書の本文「説明」で,「東京市に於ける中小商工業金融調査の 一部として,商業者中の小売業に関する金融事情を明らかにし,以て現在の中小商業金融問題に 一の研究資料を提供せんとするに在る。」(165)と記述しているように,もともと工業部門の調査も 実施する予定であったようだ。しかし工業部門が別途,調査・集計されたという情報は,筆者と してはいまのところ入手していない。

調査店舗の内訳は,小売専業381店(全体の82%)と卸売り兼業の小売業84店(18%)であ り,調査数では先行調査よりかなり少ない(166)。それでも「実地調査」という名称が付けられた 背景には,すでに政府では1924年の『労働統計実地調査』より使用していたが,当調査はこれ ら公的調査と同様に,現場の小売商情報を収集する趣旨を強く意識して使われたと推測され

(167)。また使用された調査票は,図4

7を参照してほしい。この調査票は,「中小商工業金融

調査用紙」という名称が付けられているが,基本的な調査フォームは『小売業経営調査』の金融 部分を踏襲しているため,同調査の結果と比較するには都合がよい。すなわち調査項目は,店舗

概要,収入及支出,公租及公課,代金決済方法,借入金,最近の金融傾向,金融上の希望の7ブ ロックで構成されている。

ところで我々は,すでに『小売業経営調査』の調査結果を検討して,そこでは「金融調査」と いう名称が付随していたにもかかわらず,不詳部分が大きな割合を占める統計表が多数あったこ とを確認した。この事実から推測すると,『小売業経営調査』の金融部分については調査担当者 の間で不十分であり,それを別の調査で再検討する必要性があるという認識があったのではなか ろうか。そのために調査対象数を抑えても,とにかく早く『小売業経営調査』と同様の統計様式 の調査を実施する必要があった。そのような状況のなかなんらかの事情のもとで,国政調査会が 当調査を実施することになった。しかしまったく同一の統計様式で実施すると,記入の不完全な 調査票が多数発生する危険性があるため,今回は思い切って金融関連に限定し,調査店舗数も抑 制した調査にせざるをえなかった。当調査が実施された背景には,おそらく以上のような事情が あったものと推測される。

調査票の内容を検討していこう。まず資金調達内訳である「10.現在借入金」をみると,集計 対象は『小売業経営調査』と同じ借入債務となっている。ただし『小売業経営調査』の調査票

(裏面)第一表と比較すると,①信託会社,工業組合が追加されたこと,②質屋に関して『小売 業経営調査』では補足説明がなかったが,当調査では「公益質屋ノ場合ハソノコトヲ書イテ置イ テ下サイ」という注書きが追加されたこと,が異なっている。このうち①の工業組合は,1931 年4月に重要輸出品工業組合法の改正法として公布された工業組合法にもとづく共同組合組織で あり,従来の輸出向けの重要工産品業者のみならず,国内向けの重要品業者も含めていた。そし て同組合の事業に金融業務を加えていたが,統計表では小売商のみを対象としているためまった く登場していない。このほか『小売業経営調査』の市町村は,市に変更された。いずれにしても 実態に合わせて,引き続き『小売業経営調査』の項目を修正していた。

ただしこの調査は2つの大きな問題を抱えている。それは,①問屋との買掛金・借入金以外の 問屋金融に関連した項目が集計されていないこと,②財務諸表に関する個別データが調査されて いないことである。つまり資金調達以外の項目はほとんど調査されていない。さらに①の関連で は,買掛金の決済条件,手形の支払い内容等が「9.代金決済方法」という項目で以下のとおり 調査されているにもかかわらず,集計されていない(原資料では,図4

7のようにいずれも縦書 きであるが,位置関係を維持したまま横書きにしている。以下同様)。

「現金支払

!

全体ノ 割,手形支払

"

# $

割,掛 払

"

# $

日, 日」

もっともこの設問は,『小売業経営調査』よりも洗練された形式となったにもかかわらず,最 終報告書では集計されなかった。残念なことであるが,この理由として回答者が少なかったこと が予想される。また②について,『小売業経営調査』ではその名称が示すように経営に関連した 財務諸表数字,具体的には家業部門におけるP/L,B/Sの各データを記入させているが,

『金融実地調査』ではそれらの大半が調査されていない。わずかに「7.総収入及支出」という大 項目で,以下のような収支項目が設定されているにすぎない。

「総収入

!

"

#

約 円

総支出

!

"

#

約 円

(内営業収入 約 円) (内家計費 約 円)」

これでは,家業部門と家計部門を内訳まで遡って厳密に分析することができないほか,B/S の項目を利用する運転資金も計算不能である。これらの問題点があるために,我々の分析では場 合によっては『小売業経営調査』の個別情報を重視せざるをえないことになる。これらの事情ゆ えに,戦前から戦後に至るまで研究者のみならず政策担当者にさえ,当調査は注目されることが なかったのだろう。

その代わり当調査の長所は,その調査名から明らかなように,最終報告書に多数の集計表が掲 図 4―7 「中小商工業金融調査用紙」の概要

(資料) 国政研究会編『昭和十一年 東京市に於ける中小商業金融実地調査』1937年4月の末尾。

載されていることである。調査項目数でみると『小売業経営調査』より大幅に減少しているもの の,集計を担当したゼミ生の人力に依存しつつ,金融部分に限ってみると『小売業経営調査』よ りも多くの集計表が,場合によっては実数(金額)ベースで公表されているため,我々の議論に とって重要な情報を提供してくれる。例えば,事業資金の総額に占める,銀行,問屋等の構成比 といった基本的な数字は,この調査によって初めて入手できた。むしろ『小売業経営調査』で データの欠落した項目であっても,この調査の数字で代用することが可能なこともある。もちろ ん『小売業経営調査』のような調査票が残っているわけではないが,多様な集計データの多さは それを補完する情報である。

さらに当調査の集計にあたって,事業規模を資!!!規模別に7分類(1,000円未満,3,000円 未満,5,000円未満,1万円未満,3万円未満,5万円未満,5万円以上)している点も,分析に

あたって便利である。ただし個人商店を対象としているにもかかわらず,資本金という用語が使 われていることに奇異に感じるかもしれない。しかし調査票の「6 資本金」という項目では,

「営業上ニ投ジタモノゝ中デ昭和十一年三月末ニ於テ資本トシテ現存スルモノニ付キ御記入下サ イ。」という注書きがあるほか,その具体的な記入項目として固定資本,運転資本,資本総額と いう3項目がある。この「資本トシテ現存スルモノ」という表現から判断すれば,ここでいう資 本金とは現在の用語でいう総資産のことである。ちなみに『商業調査書』でも,まったく同一の 表現の注記があるため,同調査の概念が踏襲されたことがわかる。

このような資産規模別の詳細な集計は,『小売業経営調査』ではおこなわれていないため,同 一の調査項目であったとしても当調査のほうがさらに詳しく分析することができる。ちなみに両 調査における総資産額別の店舗分布を比べると,表4

13のように『商業調査書』で全体の4割 弱を占める1,000円未満が,当調査ではわずかに4%(13店)にすぎないため,同階層を抜き出 して議論することはやや無理がある。そこで本稿では3,000円を基準として,それ未満の「零細 規模」128店とそれ以上の「中小規模」387店の2階層に分けて集計することにした。この階層 区分であれば,零細規模が全体の3割弱を占めており,規模間格差を比較しても問題がなかろ う。ただし細かな話をすると,13店で総資産額が不詳であるため,この分類では除外されてお り,それゆえ合計の数字と規模別の数字の整合性がとれない場合があることに注意してほし い(168)

まず借入債務の内訳を,表4

20でみてみる。当調査はもともと『小売業経営調査』と同様に 具体的な情報を収集しているが,『小売業経営調査』では残念ながら実数・口数とも公表されな かった。このため調査で,ようやく事業資金の調達状況(特に問屋金融)を実額ベースで正確に 把握できるようになった。

この表によると,1店当り借入金の口数は2件程度であり,(参考1)の2階層別でもさほど大 きな差はない。ただし7階層別にみると,5万円未満が3.3件でピークであるが,5万円以上は 1.8件に大きく減少している。そして機関別にみると,銀行は規模が大きくなるほど構成比が大 きくなっており,問屋(掛買金)も5万円以上を除いてその傾向がある。反対に,親戚友人は

(やはり5万円以上を除いて)規模が大きくなるほど小さくなっている。ただし口数とは,「借入 一口毎ニ別々ニ御記入下サイ」という注書きがあるため,厳密に考えれば問屋では同時期に取引 された商品群の支払代金を1件と考えるべきであろうが,実際に問屋では店ごとに1件とみなし ているのかもしれない。この口数の多さは,取扱商品が増えることにより,取引している問屋も 増えていることを示唆している。

1店当り借入債務は,平均で4,652円であったが,銀行1,582円,問屋(掛買金)1,167円の 2つが他を大きく引き離していた。金額の構成比でみると,銀行が34%,問屋(掛買金)が 25% を占めている。なお『小売業経営調査』の個票データのうち,第二表の(15)「借入金」と