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3. 3.手形利用の実態

問屋金融の多くは,小売商が買掛金で処理することを許可する事例であるが,なかには手形に 変更して債権の保全を図りつつ,引き続き信用供与をおこなう場合がある。産地織物業の買継商 が,機業家や集散地問屋との代金決済にあたって手形支払いや手形割引を活用していた事実も,

手形の重要性を象徴するものである。ただし先行研究の検討により,手形の普及が進んでいた産 地織物業でさえ,その普及度合いは地域によって大きく異なっていたことを確認したが,あくま でその情報は産地織物業という特定の業種の話であるため,それを当時の一般的な利用状況に結 び付けることはできない。これらの手形決済については,かならずしも情報が多くはないが,昭 和初期に小売商で手形がどの程度普及していたのかを,その扱い事務の実態等から検討しておく 必要がある。そこで以下では,まず手形がいかに利用されてきたかを先進事例で紹介したうえ で,そのあとに山陰地方の一地方都市で使用された実際の手形を分析することで,手形利用の実 態に迫ることとしたい。

手形またはそれに類似した決済方法は,すでに前近代から普及していたが,近代には日銀当座 勘定の決済による東京手形交換所が1891年4月から,大阪手形交換所が1896年4月から開始さ れ,本格的な手形決済網が形成された(87)。!見誠良の研究によると,日清戦争後に阪神紡績手 形の割引市場が形成されて商業金融が形成されたほか,その後は綿業無担保手形,織物関係無担 保手形,非繊維関係無担保手形,砂糖手形,貿易手形等も現れていたという。このあと手形金融 が経済史上で脚光を浴びるのは,銀行引受貿易手形,輸出スタンプ手形といわれる手形制度があ げられる(88)。この背景には,第1次大戦中に為替銀行のみが供給していた貿易資金の調達が著 しく不便となったため,市中の大手普通銀行でもその資金を活用できるようにするために考案さ れた制度であった。まず銀行引受貿易手形とは,1919年5月より開始された日銀がおこなった,

銀行引受貿易手形の再割引制度であり,輸出スタンプ手形とは,1919年8月より開始された日 銀がおこなった,日銀承認為替銀行売出手形(輸出スタンプ手形)の再割引制度のことである。

このほか第1次大戦後には,株式長期清算取引のために株式取引所で使用される「早渡手形」

も登場した。この手形は当初,長期取引の短期化に向けて資金の証券化・証券の資金化を促すこ とを目的として導入されたものである。具体的には「(前略)長期取引に於て売付約定をなした るときに其の受渡期日前に売約証券を取引所に提供したる者に対し受渡日翌日附の約束手形を交 付する早渡手形制度を創設し,大正13年6月東京株式取引所に於て実施することとなり,続き

ママ

て東京の例に做ひ大正14年4月より大阪株式取引所に於ても亦行はれることとなった。」(89)。し かし導入してみると,大半は投機を目的として取引員のみに限られていたため,市場の公正を保 持するためには制度を撤廃すべきとの意見もあった(90)

ただしこれらは,いずれも先進地の事例であり,各地域の事業者にどの程度手形が浸透してい たかについては,かならずしも明確になっていない。おそらく1920年代初頭でも,都市部の一 部の大企業以外には手形の普及が遅れていたと考えるべきである。この理由として,1919年代 末において研究者が手形に関して,次のような見方を持っていたことを指摘しておこう。「次ニ 内国金融市場ニ於テ手形引受業務ヲ発達セシムルニハ如何ナル条件ヲ要スルヤト云フニ,予ハ何 ヨリモ先ヅ一店一行主義ノ慣習ヲ樹立シテ銀行ト其取引者トノ関係ヲ密ニシ,取引者ハ銀行ニ対 シテ自己ノ財産状態ヲ開放スルコトガ最モ必要デアルト思ウ。」(91)。この文では,銀行側が手形 持込者に対して信用調査をしっかりとおこなうべきと指摘しているが,この主張の背景には当時 の銀行で信用調査が疎かになっていた実情を示唆するものであろう。このような状況であったが ゆえに,一般の中小事業者では銀行側の抵抗によって手形が普及せず,有名な震災手形は比較的 規模の大きな企業を中心として構成されていたことが知られている。

ところで1910〜30年代にかけて,銀行による手形貸付は「手形割引」と呼ばれていたことに 注目しておきたい。例えば,太田哲三『銀行之実務と会計』進文館,1917年は,銀行での手形 業務の概要のうち手形交換関連の業務内容が詳しく書かれているが,その第2章第2節の貸出に は,手形貸付という意味で「手形割引」が解説されている。ただし吉田良三『四訂,銀行簿記教 科書』同文舘,1940年になると,第2章「勘定科目」で割引手形勘定のなかの商業手形勘定と 貸付金勘定のなかの手形貸付勘定が明確に分かれ,手形割引と手形貸付が使い分けられている。

とくに後者の本では,「手形貸付は後述の証書貸付に比し(1)利息を前取りし(2)不渡の際権 利行使に簡便であり(3)金融に便利である等,銀行にとって利益が多いから,貸付の大部分は この形式で行われ,殊に動産担保の短期貸付についてさうである。」(92)と記述されるなど,ほぼ 現在の一般的な解釈がなされている。この変化の背景には,上記の2人(いずれも東京商科大学 の教員)も委員に加わった財務管理委員会が,1934年に商工省財務諸表準則を公表したことが 大きく影響しているだろう(93)。簿記上では,1930年代半ばが大きな転換点であった。

手形貸付がかつて手形割引に含まれていた事実は,銀行の決算書でも確認することができる。

例えば,滋賀銀行の前身である百卅三銀行の大正期における決算書のうち貸出金の科目をみる と,表4

4のように1915年までは手形関連の科目は圧倒的に割引手形が多かったが,1916年に 銀行条例施行細則が改正されたことによって,割引手形から手形貸付が分離独立していった(94)。 いま,貸出金に占める手形関連(手形貸付+割引手形)の割合をみると,大正前期には70% 台 にあったが,後半にはやや低下してきたことが確認される。このため銀行業界内では遅くとも 1910年代後半から手形貸付という用語が定着してきたが,その他の業界では手形貸付も手形割 引と呼んでいた可能性がある。このように銀行業界で手形貸付が明確化してきた背景には,第1 次大戦後の不況下で営業資金需要が低迷して,手形貸付を積極的におこなうようになったことが 影響していたと推測される。

このような経緯のほかに,戦前期には長いこと手形貸付で使用する単名手形を「融通手形」と

呼んでいた点にも注意しなければならない。このような使用例として,先述の吉田『四訂 銀行 簿記教科書』のなかで,「商取引の結果成立した手形は約束手形たると為替手形たるとを問はず 商業手形と称し,その割引をこの勘定(つまり商業手形勘定)で処理する。商業手形は融!!!! と異なり,商取引を背景としてゐるから,(以下省略)」(95)(カッコ内と傍点は筆者)といった説 明がなされている。この文脈で考えると,支払代行としての手形を商業手形,手形貸付の手形を 融通手形と使い分けていることがわかる。このため後世の研究者も,この使用法を疑いもなく踏 襲してきた。例えば,後藤新一『日本短期金融市場発達史』のなかでは,以下のような文章が確 認できる(なお傍点はいずれも筆者)。

「(前略)『横浜正金銀行全史』第2巻によると,日本に割引市場を成立させるための必須条件 は,つぎのとおりである。(中略)これに比して,銀行が信用または担保付で得意先のために引 受けた融!!!!は劣る。」(96)

また同書では,以下のような文章も提示されている。

「明石照男は「手形割引市場に就て」(昭和2年7月)で,「今日我国に於て手形の割引は行わ るるも,手形割引市場は存在しない。而も手形割引とても所謂融!!!!,即ち借金証文の代りに

表 4―4 百卅三銀行の貸出金科目の内訳の推移

(単位:千円,%)

貸出金残高

科 目 別 内 訳 (参 考)

証書貸付 手形貸付 当座預金

貸越 割引手形 銀行引受 手形

荷付為替 手形

手形貸付

+割引手

貸出金に 占める手 形の割合

(%)

1912(A) 2,271 137 571 1,562 1,699 74. 1913 2,498 116 675 1,668 39 1,784 71. 1914 2,417 134 602 1,676 1,810 74. 1915 2,883 133 801 1,934 15 2,067 71. 1916(C) 3,367 157 2,529 662 14 2,534 75. 1917 3,225 170 2,261 767 20 2,268 70. 1918 3,793 156 2,570 1,029 32 2,576 67. 1919 5,949 192 4,034 1,666 50 4,084 68. 1920 7,715 389 4,855 1,717 716 38 5,571 72. 1921 9,098 440 6,100 2,491 55 12 6,155 67. 1922 9,540 418 6,350 2,190 530 52 6,880 72. 1923 10,528 386 6,323 2,508 160 1,100 41 6,483 61. 1924 11,604 380 6,057 3,123 113 1,875 56 6,170 53. 1925 11,539 346 7,745 3,272 67 109 7,812 67. 1926(B) 13,622 348 8,800 4,212 196 66 8,996 66. 構成比 1912年 100. 6. 25. 68. 0. 74.

(%) 1926年 100. 2. 64. 30. 1. 0. 66.

(B)/(A) 599. 6,386. 737. 12. 10,991. 529.

(B)/(C) 599. 221. 347. 636. 4,193. 481. 355.

(注) 1.銀行条例施行細則の改正により,大正5年以降割引手形に含まれていた貸付の多くが,手形貸付の科目に移さ れた。

2.コールローンを除く。

3.構成比率および指数は,円単位の金額により算出している。

4.貸出金に占める手形の割合は,(手形貸付+割引手形)÷貸出金残高で計算している。

(資料) 滋賀銀行五十年史編纂室編『滋賀銀行五十年史』同行,1985年の294頁の表1―153を一部谷沢が修正した。