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(6)工学部の施設整備

ドキュメント内 施設の整備施設の整備 (ページ 92-96)

工学部校舎の整備

工学部の校舎は、前身の金沢高等工業学校の開校に際し、1918(大正7)〜1923年に かけて建築されたものと戦時中に増築されたものが大半であった。これらの建物は、いず れも木造で、しかもその経過年数は、木造建物5,562坪のうち20〜30年を経過したもの 1,268坪、30〜40年を経過したもの1,140坪、40年以上経過しているもの1,531坪と古 く、比較的新しい建物でも戦時中に建築されたもので、戦時中の物資不足と粗悪な建築資 材の使用により校舎全体に老朽化を来していた。このため、工学部ではこれまでも施設整 備計画の検討を進めてきたが、文部省の方針が専ら戦災地の校舎の復旧に向けられていた ため、非戦災地である金沢大学の整備は進展をみなかった。

しかし、1957(昭和32)年11月に中央教育審議会は、時代の要請によって科学技術教 育の振興方策を答申し、これに沿って文部省も理工系学生の増員を決定した。このときの 工学部長は、これを千載一遇の機会と捉えて、国の増員要請に応えるとともに、工学部校

舎の改築を一気に推進すべきであるとし、これに賛同する教授らの積極的意見を取り入れ て思い切った大増員を行うことにした。このとき文部省から工学部に対して1957年度に 25名を、1958年度に55名の学生定員増の要請があり、加えて1960年度には精密工学科 が、1962年度には電子工学科がそれぞれ新設(いずれも学生定員40名)されるなど、こ の短い期間に160名もの学生の定員増が実現した。工学部ではこの増員を敢行すれば必然 的に校舎は狭隘になり、また実験室なども不足することになるので、整備計画の緻密な青 写真を作り、文部省へ校舎の増改築を要請することにした。

金沢大学開学以来の念願であった工学部の近代化計画は、開学10年目の1959年度にな ってようやく動き出すことになり、その第一段階として、危険な化学薬品を多用する実験 の関係などから防火上最も危険が多いと思われる工業化学科実験棟が改築されることにな った。この建物の整備計画は、鉄筋コンクリート3階建3,090m2で、このうち第1期工事 分として1,135m2が着工されることになり、1959年9月9日に起工式が行われ、近代化 への第一歩を歩みだした。この工業化学科棟の第1期工事は、1960年3月にグラウンド の北側に竣工、外装を淡いピンクとグレーの明るいツートンカラーで仕上げられたスマー トな装いで完成、引き続いて第2期工事に入り、これも1961年に完成した。

工学部近代化10カ年計画は、このほか土木工学科、機械工学科、化学機械科、電気工学 科をはじめ新設が予定されている精密工学科、電子工学科など各学科ごとに鉄筋コンクリ ート3階建ないし4階建の校舎を建築し、整備しようとするものであった。

この後、1962年に精密工学科、1963年に電子工学科、1965及び1966年に電気工学科、

土木工学科及び化学工学科、1967年には機械工学科、1968年に機械工学第二学科、工作 センターが、1967〜68年にかけて講義棟が相次いで竣工した。そして、10カ年整備計画 の最後の建物として、1969年12月に4階建の中央管理棟が完工したほか、2階建の管理 棟分棟が福利厚生施設として完成、1階には食堂、売店、理髪室が、2階にはホール、喫 茶室、自治会室、集会室を備えて学生たちの憩いの場となった。

このようにして、工学部の10カ年整備計画の諸工事はすべて完成(環境整備を除く)し、

同年12月23日に、中川学長、若島工学部長ら大学関係者、文部省技術参事官、名古屋工 事事務所長らが参列し盛大に竣工式が挙行された。工学部校舎の近代化が完成したときの 情景について、『金沢大学工学部五十年史』の中で「新校舎の屋上からは、東には戸室、医 王の連山を一望にする美しい景観があり、西には兼六園から片町周辺の市街地を、南には 野田山から団地のアパート群が、そして北には緑に映える卯辰山と、四囲をすばらしい眺 望に包まれた学園環境が実現した。」と記されており、そのときの景観が目に浮かぶようで ある。

この後、1975年に建設工学科の新設に伴い建設工学科の校舎鉄筋コンクリート3階建 2,242m2が完成、引き続き若干の新増築が行われたが、1980年11月に角間キャンパスへ の総合移転が決定したことにより、建物の新築はもとより増築もできなくなり、学科の改 組による大講座制への移行、大学院学生(修士課程)や総合大学院自然科学研究科の新設

などによる組織の変革あるいは大幅な学生増などにより工学部キャンパスの施設は狭隘を 極めているが、総合移転第 II 期計画事業が着工されたことにより新しい構想による施設の 完成が待たれている。

秀峯会館の新築─創立50周年記念会館

1920(大正9)年に工学部の前身校である金沢高等工業学校が設置されて以来、1970

(昭和45)年には創立50周年にあたることから、「工学部創立50周年記念事業会」が発足 し、創立50周年記念事業として、①材料工学研究所の設置、②工学部50年史の刊行、③ 創立50周年記念式典と永年勤続職員及び功労者の表彰があげられた。また、その事業資金 として本年度から4カ年計画で全国の卒業生から2億円の募金を行い、募金額2億円のう ちの1億8千万円は材料工学研究所の建設と研究設備に充てられ、残りの2千万円で50年 史の刊行及び記念式典を行うことが計画された。ところが当初の事業計画の目玉であった 材料工学研究所の設置計画は、研究所を新設する場合は文部省が必要に応じて政府予算で 設置することになったため、記念事業会が発足したときとは異なった状況になった。そこ で当初の事業計画を変更し、材料工学研究所の代わりに学術講演、金沢工業会や学内諸行 事などの集会ができる「創立50周年記念会館」を建設することになった。

この創立50周年記念会館は、1972年9月5日に着工され、1階に大小の会議室、ホー ル、機械・電気室、2階に450名収容の集会室が置かれ、ホール、バルコニー、映写室、

ステージなどを付設した鉄筋コンクリート2階建延床面積1,483m2の新しい記念会館が 1973年3月20日に完成した。記念会館の名称は、金沢高等工業学校校歌の一節「いざ立 て健児この春に 雪を頂く白山の 秀峯はずみね高くうち仰ぎ 学と理想にいそしまん」から「秀 峯」の語をとり「秀峯しゅうほう会館」と命名された。

電子計算機センター棟の新築

これまで理学部内に設置されていた小型計算機の利用が過密状態になったため、新しい 電子計算機の導入を計画していたが、1970年度に設置が決定し、電子計算機センターの 建物が1971年に完成(1975年に一部増築)し、1995(平成7)年角間キャンパス内に 総合情報処理センター棟が稼動するまでの間、今日教育研究をはじめとするあらゆる分野 に欠くことのできない情報ネットワークシステムの開発や運用面での支援が行われてきた。

環境保全センター棟の新築

1971(昭和46)年4月に石川行政監察局及び金沢市から、宝町キャンパスや源太郎川 流域にある諸機関から生ずる雑排水が、浅野川にいたる源太郎川に放流されていたことか ら、悪臭を放つなど源太郎川の汚濁の大きな原因になっているので、早急に改善するよう 勧告を受けた。他方、大手堀周辺の住民から、城内キャンパスから大手堀に放流されてい る雑排水などにより大手堀がひどい悪臭を放っているとして改善を求める声が高まった。

なお、医学部附属病院構内には、既にし尿浄化槽が設けられていたものの、設置後10年以 上を経ており機能の低下、さらには有効容量の不足などもあって十分に機能していなかっ たことから汚水が流出していたようである。

そこで、金沢大学では石川行政監察局の勧告や文部省の指導があったことから、同年5 月に「金沢大学環境汚染対策委員会」を設置し、専門的な実態調査を行い抜本的な改善策 を講ずることになった。環境汚染対策委員会では、諸調査を行い「廃棄物の処理に関する 規程」を制定するなどして金沢大学の環境保全対策に動きだすとともに、城内キャンパス からの排水処理を改善し、医学部附属病院構内に実験廃液を含む排水処理プラントを設置 するための必要経費を文部省へ予算要求することになった。

城内キャンパスの排水処理の改善は、同年中に学生会館などから排水される雑排水など を浄化槽や下水道を新設して金沢市内の下水溝へ放流し、大手堀へは雨水だけが流れ込む よう改善された。一方、医学部附属病院構内の廃水処理は、1973年4月に九州大学とと もに国立大学では最初の全学共用の実験廃液を含む廃液処理プラントを宝町キャンパス内 に設置し、金沢大学内の公害防止に当たった。しかしながら、1980年ごろには、環境問 題の重要性がますます高くなり、加えて既設排水処理プラントの機能面の著しい陳腐化や 老朽化が進んだことから、小立野キャンパス(工学部)内に環境保全センターを新設し、

要員及び新しい処理装置と機器を整備し、1981年10月に新しい廃液処理施設が正式に稼 動したことから、宝町キャンパスの旧施設は稼動を停止するとともに、同センターが金沢 大学の公害防止の基幹的な任務を担うこととなった。新しい環境保全センターの施設は、

鉄骨造平屋建302m2で、無機系廃液処理室、有機系廃液処理室、監視室、分析室、管理室、

スラッジ庫、収集運搬車用車庫がある。

図10−10 木造時代の工学部キャンパス配置図

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