ビジネス交渉人材育成プログラム
ケーススタディー Ⅳ
出資交渉
「シェフズ・デリ・ジャパン」
参加者用ケース情報
ダイコクヤ常務取締役「山城(やましろ)」用
《秘密資料》
1
① あなた(山城)の立場
あなたは首都圏を中心に高級食品スーパーを展開しているダイコクヤの常務取締役、山城(やま しろ)67 歳である。あなたはダイコクヤの創業者である故海野新之助が社長の時代に入社し、現在 の社長である海野太郎が平社員の時代から 50 年近くも支えつづけて来た。いわばダイコクヤの大 番頭として、社長ほか役員、古株の社員からの信望も厚い存在である。あなたは現在、いずれやっ てくる副社長(社長の子供)の社長就任に向けて、事業承継の基盤を固めたいと切に願っている。
あなたは現在、常務取締役として会社全体の経営に責任を負うと同時に、既存店舗の売上確保、
収益向上に責任を負っている。新し物好きな副社長が次々と持ってくる新規事業や事業開発の話は、
下手をすると会社の基盤を損なうものと考えており、あまり積極的にはなれないでいる。最近も副 社長が入れ込んでいるアメリカの HMR(ホームミール・リプレースメント)企業、シェフズ・デリ 社の話に対し、少し懐疑的に考えている。斬新なコンセプトで全米を席捲したというシェフズ・デ リの戦略は、ダイコクヤの戦略と似ている面も確かにあり、会社の理念や価値観にも共通する点が 多々あるようではある。しかしながら自社でも惣菜部門は持っており、しかもあまりうまくいって いない現状を考えると、必ずしもデリがビジネスとして成功する保証はないし、資金だけ捨てる結 果にならなければよいが、と考えている。
あなたはせっかく副社長が乗り気になっている事業に対し、できればあまりケチをつけたくない し、成功するように支援したいという気持ちももちろんあるが、ビジネスライクに条件をしっかり と提示して、こちらに有利に交渉を持っていけないのであれば提携話は無かったことにするよう進 言するつもりでいる。
② あなたのバックグラウンド(職歴)
あなたが物心ついた頃は、戦後の混乱期で満足に食糧も買えない時代であった。学校の教師をし ていた父親の稼ぐお金だけでは、兄弟の多いあなたの一家は満足に生活することもできず、年長の あなたは働ける年齢になるとすぐに働きに出た。中学校もろくに出られなかったあなたを雇い、社 員に引き立ててくれたのは先代の社長、故海野新之助であった。当時すでに 50 歳を超えていた新 之助社長は、戦争で亡くした子にあなたが似ているという理由もあり、まるで本当の子供のように あなたを可愛がってくれた。あなたは新之助を恩人と思い、新之助社長が亡くなり現在の太郎社長 が就任してからも、ずっとダイコクヤ一筋に生きてきた人間である。
あなたが入社した頃のダイコクヤは、田園調布に 1 店舗を構えるだけの小さなスーパーマーケッ トであった。当時はスーパーマーケットという呼び名すらなく、「高級食品の店 大黒屋」として 当時は珍しかった輸入食品やコーヒーなど、主にお金持ち相手の食品を売る商売をしていた。あな たは店頭での販売はもちろん、陳列や棚の整理、裏方の掃除など店に関わる仕事はすべてやってき た。仕入れも 20 年近く担当し、現在人気のあるワインやチーズの仕入先はほとんどが現社長とあ なたとで開拓してきたものである。
その後ダイコクヤは社名も変更し、首都圏を中心に大きく発展して有名企業の仲間入りを果たし たが、あなたは会社が小さかった頃の原点を忘れずに、商売の基本を忠実に伝えつづけることが自
2
分の使命だと考えている。あなたは 5 年以内と予想される現社長の引退が自分の潮時と心得ており、
それまでの間に副社長を経営者として成長させ、万全の体制でダイコクヤが次世代に引き継がれる よう全力を尽くすことが、自分を可愛がり、商売人として育ててくれた故新之助への恩返しだと信 じている。
③ 現在の会社の状況
堅実かつ大胆な出店戦略が効を奏し、会社は業績好調である。大手スーパーが軒並み業績を降下 させ、営業利益率が業界平均と言われていた2%どころか1%を切るような企業が続出する中、ダ イコクヤだけは営業利益率4%台を誇っている。高付加価値型の食品に特化した結果、より高品質 で安全な食品を求める消費者は、低価格路線の他店に流れることもなく、むしろ平均来店客数は一 貫して上昇している。
しかしながら、全国の高額所得者数には限りがあり、高級住宅街や高客単価が狙える商業施設の 数にも限りがある。ダイコクヤの成功を見て高級路線の競合スーパーも増加しつつあり、将来は決 して安泰ではない。成長を維持しようとすれば、いずれ必ず低価格路線のスーパーと競合すること は目に見えており、キャッシュフローが潤沢な今のうちにお客様へのサービスを充実させ、他店に 決して真似のできないサービスを実現し、日本最高の高級食品スーパーマーケットを実現すること が重要だとあなたは考えている。
新しい事業ももちろん検討する価値があるものは検討するつもりがある。特に今後ますます増え ていく高齢者を対象とするサービスは、必ずいつか実を結ぶとあなたは信じている。現在は特に高 齢者向けのサービスには手をつけていないが、高額所得者層を狙った食品のカタログ通信販売ビジ ネスは、惣菜や調理済食品の高齢者向け宅配など、新しいビジネスにつながる可能性を秘めている と考えている。
あなたの基本姿勢は、会社の形は多少変わっても創業の信念や理想を守ることである。従って単 に儲かるかどうか、という軸で事業を判断するのは間違っているとあなたは確信している。フラン チャイズ方式での拡大など、あなたの目の黒いうちは絶対に認めるつもりはない。幸い、副社長も 少なくともその点だけは共有してくれているようである。
④ 交渉目的
あなたはダイコクヤの新規事業としてデリを検討する余地はあると思っている。しかしシェフ ズ・デリ社とパートナーシップを組むことが本当に良いかどうかは慎重に検討すべきだと考えてい る。自社店舗にも惣菜部門があるが、残った食材を処理するといった程度の意味合いが強く、売上 的にもそれほど大きなウエイトを占めておらず、ビジネスの可能性としては未知数と考える。しか し、もしシェフズ・デリ社が競合他社と組むようなことになれば、客層が重なるだけに、近い将来 大きなダメージを被る可能性があることも理解している。交渉の第一目的としては、副社長が暴走 して不利な条件で提携をまとめてしまわないように目を光らせ、同時にもし有望な事業と分かった ら何らかの形で敵対関係にある企業と組ませないよう、話を運ぶことである。
3
もし提携するのであれば、中途半端な形ではなく、過 半数のシェア(持分比率)を取り、経営権 を完全に握るべきと考えている。仮にそれが無理だとしても総会決議への拒否権が生じる 33.4%を 下回るようであれば、出資は意味がなく、すべきでないと考えている。もし 50%を握れないのであ れば、必ずダイコクヤから出向という形で人材を送り込み、実際の運営面でも影響力を行使するこ とが不可欠だと主張するつもりである。
⑤ 交渉相手
新しく設立された日本法人の社長だと聞いているが、どのような人物かは全く情報がないらしい。
ただ、副社長が以前面識のある人物が交渉の場に同席するとのことなので、比較的ざっくばらんに 話しやすい環境だと考えられる。
⑥ その他
今回の交渉の主導者は、副社長である。あなたはいわばお目付け役として自社に不利な契約にな らないように監督し、副社長に助言を与えるつもりでいる。もちろん役職上は副社長の方が上でも あるし、社長の子なので最後は副社長の意向のとおりに物事が決まることは分かっている。ただし 先代から営々脈々と築き上げてきたダイコクヤの信頼を損なうような契約になるのであれば、体を 張ってでも止めるつもりでいる。そのためにも、先方の出方を慎重にうかがい、何としてもこちら に有利に契約を運ぼうとあなたは決心している。
さて、いよいよ今日の午後、シェフズ・デリ・ジャパン社との交渉が始まる。今日の朝になって、
突然「もう 1 社パートナー企業の候補が現れたので、場合によっては 2 社と交渉することになる」
とシェフズ・デリ社から通告があったらしい。そのもう 1 社とは有名総合商社の越後屋商事と聞い た。越後屋とは全く取引がないので今のところ利害関係は無いが、これで交渉がより複雑になって しまったとあなたは考えている。副社長とよく相談し、話をどう運ぶか、あなたは作戦を練ること にした。
【課題】:出資候補企業との会合に向け、交渉の戦略を作り上げること。
当ケースは、「ビジネス交渉人材」の育成を目的として独自に開発されたものです。ケース中に登場するいかなる固有名詞(企業・
団体・組織・個人名等)も架空であり、現実に存在する企業・団体・組織・個人名と一切関連はありません。ケース中に登場する 状況、名称等と現実とのいかなる類似も、意図的なものではありません。またケース中に登場するいかなる状況設定も、特定の企 業・団体・組織・個人の活動を支援・推薦・助長あるいは非難・批判・攻撃する意図を持っていません。あくまでも架空の設定に 基づき、受講者が交渉のスキルを学ぶことを目的として設計されたケースです。