第3節(2)でも述べられているように、大正・昭和初期の四高は、北條時敬と並んで 名校長の誉れ高い溝淵進馬が第7代校長に就任し、四高の歴史の中で文武両道にわたって 最も充実した黄金期を迎える。この時期の四高の教育実態を論じる上で、まず特筆すべき は1918(大正7)年12月6日に公布された「高等学校令」であり、これによって新高等 学校規定や四高の学則も改正され、カリキュラム編成にも大きな影響を与えた。
この新しい高等学校令と高等学校規定には、実はその雛形と言える法令が存在した。そ れは1911年に公布され、1913年4月より実施される予定であった「高等中学校令」と
「高等中学校規定」である。これは1894年に高等中学校から昇格した高等学校をもう一度、
高等中学校に戻し、さらに修業年限を2年6カ月に短縮するというものであったが、結局 施行されずに1918年まで従前の制度が続く。
「高等中学校令」は、学校の名称や修業年限、私立の学校を認めていないという点で、
1918年の高等学校令とは異なる点もあるが、従来の高等学校令で高等学校が「高等学校 ハ専門学科ヲ教授スル所トス但シ帝国大学ニ入学スル者ノ為メ予科ヲ設クルコトヲ得」(第 2条)と規定されていたのに対して、高等普通教育を施すことを目的として掲げており、
その考え方は新高等学校令に受け継がれ、その第1条で「高等学校ハ男子ノ普通高等教育 ヲ完成スルヲ以テ目的トシ、特ニ国民道徳ノ充実ニ力ムヘキモノトス」と規定し、高等学 校が必ずしも大学の予科的性格をもつものではなく、高等普通教育の完成を目指す独立の 教育機関であることが謳われている。このほか、従来、高等学校の大学予科の生徒を1 部・2部・3部に分けていたのを、文科と理科とに大別すること(第8条)とし、1学級 の生徒定数を40人以内(第14条)とした条項は、「高等中学校令」のそれを踏襲したもの である。また、新高等学校令は、長年の懸案となっていた高等教育機関増設計画と深い関 わりがあり、この計画にそって1919年から1924年度までの6カ年間に官立の高等学校だ けでなく、高等専門学校や私立の高校が多数設立されるのにあわせて、「高等学校ハ官立、
公立又ハ私立トス」(第2条)として、特定の条件を満たす財団法人には私立の高等学校を 経営することを認めた。
また、高等学校令の改正にともなって1919年4月に新しい「高等学校規定」が出され、
四高の学則も改正されたが、この新規定も「高等中学校規定」を全面的に襲ったものであ り、それぞれの学科について、その教育目標をきちんと明記している点に旧規定とは違う 大きな特徴がある。煩瑣を厭わず次に引用してみる。
第4条 高等科文科ノ学科目ハ修身、国語及漢文、第一外国語、第二外国語、歴史、地理、
哲学概説、心理及論理、法制及経済、数学、自然科学、体育トス。高等科理科ノ学科目ハ修 身、国語及漢文、第一外国語、第二外国語、数学、物理、化学、植物及動物、鉱物及地質、
心理、法制及経済、図画、体操トス。外国語ハ英語、独語又ハ仏語トス。第二外国語ハ随意 科目トス。
第5条 修身ハ教育ニ関スル勅語ノ趣旨ニ基キ道徳上ノ思想及情操ヲ養成シ実践窮行ヲ勧奨 スルヲ以テ要旨トス。修身ハ道徳ノ要領ヲ授ケ国家、社会、家族ニ対スル責務並人格修養ニ 関シ必要ナル事項ヲ知ラシメ特ニ我国民道徳ヲ会得シ其ノ実行ニ努メシムヘシ。
第6条 国語及漢文ハ言語文章ヲ了解シ正確且自由ニ思想ヲ表ハスノ能力ヲ得シメ智徳ヲ啓 発シ文学上ノ趣味ヲ養フヲ以テ要旨トス。国語及漢文ハ文科ニ在リテハ近世、近古及中古ノ 国文ヲ授ケ進ミテ上古文ノ一般ニ及ホシ又普通ノ漢文ヲ講読セシメ国語文法及国文学史ノ大 要ヲ授ケ作文ニ習熟セシムヘシ。理科ニ在リテハ近世及近古ノ国文並普通ノ漢文ヲ授ケ作文 ニ習熟セシムヘシ。
第7条 外国語ハ英語、独語又ハ仏語ヲ了解シ且之ニ依リテ思想ヲ表ハスノ能力ヲ得シメ兼 テ智徳ノ増進ニ資スルヲ以テ要旨トス。外国語ハ発音、綴字、読方、訳解、話方、作文、書 取及文法ヲ授クヘシ。
第8条 歴史ハ重要ナル古今ノ事蹟ヲ知ラシメ邦国ノ盛衰文化ノ発達ヲ理会セシメ特ニ我国 運発達ノ由来、国体ノ特異ナル所以ヲ明ニシ国民性格ノ養成ニ資スルヲ以テ要旨トス。歴史 ハ日本歴史、東洋歴史及西洋歴史ヲ授クヘシ。
第9条 地理ハ我国及重ナル世界各国ノ現状ヲ知ラシムルヲ以テ要旨トス。地理ハ我国及諸 外国ノ政治、経済等ニ関スル地理上ノ知識ヲ授クヘシ。
第10条 哲学概要ハ思想界ニ関スル知識ヲ与ヘ哲学ノ概念ヲ会得セシムルヲ以テ要旨トス。
哲学概要ハ東洋及西洋ノ哲学、宗教等ニ就キテ其ノ大要ヲ授クヘシ。
第11条 心理及論理ハ心意ニ関スル知識ヲ得シメ思考ヲ鍛錬セシムルヲ以テ要旨トス。心理 及論理ハ各種ノ精神作用、思考ノ原則及其ノ大要ヲ授クヘシ。
第12条 数学ハ数理ヲ会得セシメ計算応用ニ熟セシメ思考ヲ精確ナラシムルヲ以テ要旨ト ス。数学ハ文科ニ在リテハ数学緒論ノ大要ヲ授ケ理科ニ在リテハ代数立体幾何、三角法、初 等解析幾何、初等微分積分及初等力学ヲ授クヘシ。
第13条 自然科学ハ天然物及自然ノ現象ニ関スル知識ヲ与ヘ其ノ法則ヲ理会セシムルヲ以テ 要旨トス。自然科学ハ生物、地質、物理、化学等ニ関スル主要ナル事項ヲ授クヘシ。
第14条 物理、化学ハ自然ノ現象ニ関スル知識ヲ与ヘ其ノ法則ヲ理会セシムルタメ之カ応用 ヲ示シ兼テ観察工夫ノ力ヲ養フヲ以テ要旨トス。物理ハ力学、物性、音響、熱、光、磁気、
電気ヲ授ケ又主要ナル実験ヲ課スヘシ。化学ハ無機化学及有機化学ヲ授ケ又主要ナル実験ヲ 課スヘシ。
第15条 植物及動物、鉱物及地質ハ天然物ニ関スル知識ヲ与ヘ之カ応用ヲ示シ兼テ観察ヲ精
確ナラシムルヲ以テ要旨トス。植物及動物ハ生物ノ形態、生理、分類、進化ニ関スル知識ヲ 授ケ又主要ナル実験ヲ課スヘシ。鉱物及地質ハ鉱物ノ産状、性質、用途、地球ノ構成及其ノ 変遷ニ関スル知識ヲ授ケ又便宜主要ナル実験ヲ課スヘシ。
第16条 法制及経済ハ法制及経済ニ関スル事項ニ就キ国民生活ニ必要ナル知識ヲ得シムルヲ 以テ要旨トス。法制及経済ハ帝国憲法ノ大要及日常ノ生活ニ適切ナル法制上及経済財政上ノ 事項ヲ授クヘシ。
第17条 図画ハ形体ヲ正確且自由ニ画クノ能力ヲ得シメ意匠ヲ煉リ思考ヲ精確ナラシムルヲ 以テ要旨トス。図画ハ自在画、平面幾何画、立体幾何画ヲ授クヘシ。
第18条 体操ハ身体ヲ健全ニシ動作ヲ敏活ナラシメ剛健ノ精神ト規律ヲ守リ協同ヲ尚フノ習 慣トヲ養フヲ以テ要旨トス。体操ハ教練及体操ヲ授クヘシ又剣道及柔道ヲ加フルコトヲ得。
また、文科と理科の毎週の授業時間数についても新規定で定められているが、学則には 授業内容までより細かく定められた表があるので、そちらの方を次に掲げることにする。
明治の旧規定と比較してみると、そう極端に授業時間数や学科目名などが変わっている わけではないが、いくつか意識的に変更されたと思われる点が見受けられる。
学 科 目 第1学年 第2学年 第3学年
課 程 甲類 乙類 課 程 甲類 乙類 課 程 甲類 乙類
修 身 実践道徳 1 1 国民道徳 1 1 倫理学 1 1
国語及漢文 講読( ) 6 6 講読( ) 5 5 講読( ) 5 5
国語文法、作文 国文学史、作文 国文学史、作文
英 語 読方、訳解、話方、 9 読方、訳解、 8 同左 8
作文、書取、文法 作文、文法
読方 3 同左 3 同左 3
訳解
独 語 発音、綴字、読方、訳解、 4 読方、訳解、作文、 4 読方 4
話方、作文、書取、文法 書取、文法 訳解
発音、綴字、読方、訳解、 11 読方、訳解、話方、 10 読方、訳解、 10 話方、作文、書取、文法 作文、書取、文法 話方、作文
歴 史 日本史 3 3 東洋史 5 5 西洋史 4 4
西洋史 地 理 主ナル世界各国ノ現状 2 2
哲 学 概 説 東洋及西洋ノ哲 3 3
学宗教等ノ大要
心理及論理 論理 2 2 心理 2 2
法制及経済 法制 2 2 経済 2 2
数 学 緒論ノ大要 3 3
自 然 科 学 生物及地質 2 2 物理及化学 3 3
体 操 兵式体操 3 3 同左 3 3 同左 3 3
計 29 31 29 31 28 30
33 34 33 34 32 33
表1−10 1921年度の授業時間表(文科)
注)『第四高等学校一覧』1921〜1922年から。ただし、横組みし、旧字体は新字体に直してある。
近世及近古国文 普通漢文
中古国文 普通漢文
上古国文 普通漢文
まず目につくのは、道徳教育を重視する姿勢である。四高では1894年の規定では学科 に修身はなく倫理という学科名があったが、1900年の文部省令(高等学校大学予科学科 規定)改正時の樺山文相の訓令を受けて「修身」とした。その肝心の教育の中身について は、第5条に「修身ハ教育ニ関スル勅語ノ旨趣ニ基キ」とあり、四高のカリキュラムでは、
文理ともに第1学年で実践道徳、第2学年で国民道徳、第3学年で倫理学を学ぶことにな っている。倫理について割かれる時間は従来の3分の1であり、東洋・西洋の哲学・思想 について教授する学科の「哲学概説」が修身とは別にたてられたことからすると、修身は もっぱら道徳規範を教授するために設けられた新しい学科と考えてよいであろう。
次に顕著なのは、従来は文科のクラスには理数系の学科が課せられなかったのが、新規 定ではこの偏りが若干修正され、バランスのとれた教養教育を指向している点である。こ れは第1条にある「高等普通教育ヲ完成スル」という理念を具体化したものであろう。少
学 科 目 第1学年 第2学年 第3学年
課 程 甲類 乙類 課 程 甲類 乙類 課 程 甲類 乙類
修 身 実践道徳 1 1 国民道徳 1 1 倫理学 1 1
国語及漢文 講読( ) 4 4 講読( ) 2 2
作文 作文
英 語 読方、訳解、話方、 8 読方、訳解、 6 同左 6
作文、書取、文法 作文、文法
読方 3 同左 3 同左 3
訳解
独 語 発音、綴字、読方、訳解、 4 読方、訳解、作文、 4 読方 4
話方、作文、書取、文法 書取、文法 訳解
発音、綴字、読方、訳解、 10 読方、訳解、話方、 9 読方、訳解、 9 話方、作文、書取、文法 作文、書取、文法 話方、作文
数 学 代数、三角法、 4 4 代数、 4 4 微積分 4 4
立体幾何 初等解析幾何 初等力学 (2)(2)
物 理 力学、物性、 3 3 光、磁気、電気 3 3
音響、熱 実験 2 2
化 学 無機化学 3 3 有機化学 3 3
実験 2 2
植物及動物
植物 形態、生理、 2 2
動物 形態、生理、 2 講義 (2)(2)
分類、進化 分類、進化 2 実験 (2)(2)
鉱物及地質 鉱物ノ産状、性質、用途、 2 2 地球ノ構成及其ノ変遷
心 理 2 2
法制及経済 2 2
図 画 自在画 2 2 立体幾何画 2 2 立体幾何画 (2)(2)
平面幾何画
体 操 兵式体操 3 3 同左 3 3 同左 3 3
計 28 30 28 31 28 31
32 33 32 34 32 34
表1−11 1921年度の授業時間表(理科)
近世及近古文国
普通漢文 近世及近古国文
注)『第四高等学校一覧』1921〜1922年から。ただし、横組みし、旧字体は新字体に直してある。