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鹿児島地裁「川内原発仮処分却下」決定における事実誤認

第5章  規制組織の振る舞い

5.3 不明瞭な安全目標と鹿児島地裁の事実誤認

5.3.2 鹿児島地裁「川内原発仮処分却下」決定における事実誤認

上記の①~④について、不正確あるいは事実に反する認識が含まれていることを以下に指摘する。

①の中に「安全目標専門部会で検討された安全目標案を基礎とし、」とあるが、5.3.1.2 で述べたとおり 規制委員会資料によると「(安全目標専門部会の)検討結果は安全目標を議論する上に十分な議論の基礎 となるものと考えられる」ことを決めたのであって、議論の結果として炉心損傷頻度と格納容器機能喪 失頻度の各値を安全目標専門部会の提示値通りに決めたわけではない。裁判所の認識は規制委員会資料 と齟齬をきたしていて不正確である。

②の中で裁判所は「セシウム 137 の放出量に関する安全目標が達成される場合には、健康被害につな がる程度の放射性物質の放出を伴うような危険性を社会通念上無視し得る程度に小さなものに保つこ とができる」と解しているが、これは科学的事実に反している認識である。その理由は、周辺住民の放 射線被ばくによる健康被害については、放射性の希ガスやよう素も重大な影響を及ぼすおそれがあり、

これらの放出量をセシウム 137 の放出量で代表させることはできないからである。具体例として、過酷 事故時にフィルターベントにより格納容器からのセシウム 137 の放出を相当量抑制できる場合でも、気 体である希ガスはフィルタを素通りするのでその放出量の抑制は不可能である。原子炉内に存在した希 ガスが環境に大量放出されると、それを含んだ放射性雲が通過する地域の周辺住民はガンマ線による外 部被ばくにより深刻な健康被害を受けることになる。具体的な被ばく線量の試算例201では、通常運転中 に原子炉内に蓄積された希ガスの全量が放出された場合、原発敷地境界近くの住民は急性放射線障害が 生じるおそれのある数千~数万mSv の範囲(敷地条件、気象条件などに依存)の全身被ばく線量を受け る。

③における「新規制基準の内容や各種審査基準の整備も、この安全目標を踏まえたものであると解さ れる。」との記述は事実に反した認識である。その理由は、時期的に新規制基準及び各種審査基準が実質 的に策定された後に、安全目標についての検討が開始されているからである。

時系列で説明すると、2012 年 10 月 25 日に規制委員会のもとに専門有識者を委員にした「新規制基 準に関する検討チーム」が発足して新規制基準の議論が開始され、「基準骨子案」が 2013 年 1 月 21 日 にとりまとめられて 2 月 8 日に意見公募にかけられた。この「基準骨子案」が新規制基準を実質的に形 づくるものとなった。規制委員会が新規制基準を決定したのは同年 6 月 19 日であるが、その内容は「基 準骨子案」をもとにして行政機関の規則としての様式の整えと文章、用語など一部の手直しをしただけ である。一方、安全目標に関しては規制委員会の場で 2013 年 2 月 20 日から検討が開始され、同年 4 月 10 日に議論の基礎となる事項が合意、決定されたのである。新規制基準策定において安全目標を踏まえ ることはなく、事実として、新規制基準に関する検討チームの会合の中で安全目標を踏まえた論議は何 らなされていない。また、2013 年 7 月 8 日から開始された新規制基準適合性審査においても安全目標 を踏まえた審議は何もなされていない。安全目標は 5.3.1.3 で引用した規制委の「規制基準の考え方」に 明記されているように、定期検査終了後 6 ケ月以内に実施される「安全性の向上のための評価」の参考 として位置づけられている。従って、「新規制基準の内容や各種審査基準の整備も、この安全目標を踏ま えたものであると解される。」とする裁判所の見解は事実に反している。

④の中で裁判所は「厳しい重大事故を想定しても環境に放出されるセシウム 137 の放出量が7日間で

201滝谷紘一(2013)「立地評価をしない原子力規制の新基準 ─ 公衆被ばく線量を公知せず立地不適格を避けているの ではないか」『科学』83(6) pp.615-619

約 5.6TBq(事故後 100 日間で約 6.3TBq)にとどまることなどを考えると、安全目標が求める安全性の 値を考慮しても、本件原子炉に係る基準地震動 Ss の策定及び耐震安全性の評価に不合理な点があると は認められない。」と記述していることにも、事実に反する認識が含まれている。それは、九州電力が川 内原発1・2号機の設置変更許可申請書の中の「格納容器破損防止対策の有効性評価」で示しているセ シウム 137 の放出量の評価値(7 日間で約 5.6TBq)を、安全目標が求める安全性の値と関連付けて裁判 所が考えていることである。安全目標に追加すべき項目として規制委員会が決めた「セシウム 137 の放 出量が 100TBq を超えるような事故の発生頻度は、100 万炉年に1回程度を超えないこと」では、発生 頻度を問題にしているのであり、九州電力は新規制基準適合性審査において 100TBq を超えるような事 故の発生頻度については何も示していない。従って、7 日間で約 5.6TBq という放出量値は、安全目標が 求める安全性の値(100TBq を超えるような事故の発生頻度)とは何の関係もない。それにもかかわらず、

裁判所がこの放出量値を安全目標に関係づけて考えて、「本件原子炉に係る基準地震動 Ss の策定及び耐 震安全性の評価に不合理な点があるとは認められない。」としていることは、論理的妥当性のない判断で ある。

付言すれば、炉心が溶融し、格納容器が破損してセシウム 137 の放出量が 100TBq を超えるような過 酷事故の発生頻度については、設計基準を超える巨大地震を含む外部事象の寄与が支配的になる可能性 がある。川内原発1・2号機では、基準地震動の年超過確率を 10-4~10-5程度202としており、これは 100 万炉年に1回(10-6/年)程度を 10~100 倍ほど上回っていることから明らかなように、安全目標を達 成しているかどうかの判断には、設計基準を超える地震動に着目したリスク評価を踏まえることが不可 欠である。

202原子力規制委員会「九州電力株式会社川内原子力発電所の発電用原子炉設置変更許可申請書(1号及び2号発電用原 子炉施設の変更)に関する審査書」 2014年9月10日