第5章 規制組織の振る舞い
5.1 原子力規制委員会の判断基準、行政機関としての振る舞い
滝谷 紘一・筒井 哲郎
原子力規制委員会設置法にもとづいて規制委が発足したのは 2012 年 9 月、それから 5 年近くが経過 した。同設置法の目的の中に、「原子力利用における事故の発生を常に想定し、その防止に最善かつ最大 の努力をしなければならないという認識に立って、確立された国際的な基準を踏まえて原子力利用にお ける安全の確保を図るため必要な施策を策定し、又は実施する事務を一元的につかさどるとともに、そ の委員長及び委員が専門的知見に基づき中立公正な立場で独立して職権を行使する原子力規制委員会 を設置し、もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資すること を目的とする。」とある。この記述を踏まえながら、規制委の行政組織としてのあり方を検証する。
5.1.1 原発再稼働を可能にする新規制基準の策定と適合性審査
規制委は設置法にあるように「原子力利用における安全の確保を図ること。そのためには中立公正な 立場で独立して職権を行使すること」が最大の使命である。しかし、実態としては、以下に述べるよう に、新規制基準の策定にあたっても(5.1.1.1)、適用にあたっても(5.1.1.2)、「安全の確保」が最優先に されておらず、また中立公正な立場が貫かれてはいない。現存の原発の再稼働を可能とするような恣意 が規制委・規制庁に働いていると言わざるをえない。
5.1.1.1 新規制基準の策定における問題点
策定された新規制基準に含まれている主要な問題点を列挙すると、
a. 立地審査指針の不採用 (☞ 3.2)
b. 不確実さに満ちた過酷事故対策 (☞ 1.4)
・追設される設備には自動作動を求めず、運転員、作業員の判断、操作への依拠を容認
・追設される設備の動的機器には多重性を要求しない
・可搬式設備の容認
・水蒸気爆発リスクを伴う原子炉格納容器下部への注水設備の容認
・水蒸気爆発の防止とガス(水素)爆発の防止に関する労働安全衛生規則違反及び一般産業界の 常識を無視する対策の容認(溶融炉心の水中冷却・貯留方式と電気式水素燃焼器)(☞ 3.4) 過酷事故を想定し、その対策にあたって、これらはいずれも住民の安全確保を第一とするものではな くて、a は既存原発が過酷事故を想定した立地評価で不可とならないように、b は過酷事故対策の追加工 事の費用と期間が電力会社の経営上まかなえる範囲に収まるように、周到に配慮されたものといえる。
5.1.1.2 適合性審査における問題点
新規制基準適合性審査における主要な問題点を撤去すると、以下のようになる。
a. 地震、津波、火山など自然現象に関して、事象の規模や影響を過小評価して、対応が可能とする 電力会社の説明を容認(☞ 1.1、1.2)
b. 過酷事故対策に関して、次のような一連の問題( ☞ 1.4、1.8)
・設備の故障、人的過誤の想定を排除
・運転員対応時間の楽観的な想定を容認
・重大事故等対策の有効性評価で、電力会社の解析コードの検証漏れの見逃し
・電力会社の解析シミュレーション結果を、クロスチェック解析による精査をせずに容認
これらの問題点の存在は、規制委による適合性審査が、あるべき厳正な審査からかけ離れていること を示している。公開された適合性審査会合の議事録、会議映像および関連資料を見ると、審査の過程で 規制委・規制庁と電力会社の間でかなり細部にわたる質疑応答がなされたことは認められるが、最終的 には電力会社による重大事故等対策の説明および事故シナリオとその解析シミュレーション結果を受 け入れる審査結果になっている。現状の知見では様々な不明点、問題点があるにもかかわらず、旧原子 力安全委員会当時の安全審査で導入されていた宿題付き設置変更許可(重要な問題に関して、運転開始 までに詳細な調査検討あるいは実証試験で電力会社の主張を立証することを前提にした許可)は皆無で ある。
また、審査段階で中立的あるいは批判的な専門家の意見を聴取して反映する方式もとられておらず、
中立公平な審査にはなっていない。審査案に対してパブリックコメントの募集は行われてきたが、寄せ られた意見に対する「規制委員会の考え方」は、論点外しを行ったり、根拠を明確に示すことなく自ら の判断を正当化する一方的回答に終始し、真摯に意見提出者との間で双方向的に科学的論議を深める態 度をとっていない。
5.1.2 原子力規制委員会の構成メンバーの偏り
脱原子力政策大綱(2014 年版)において、最初の原子力規制委員会委員 5 人のうち3人が原子力事業 に深く関わってきたメンバーから選ばれていることを指摘した179。
その後 4 年半余の間に委員 3 人の交替が行われ、2017 年 8 月現在の 5 人の委員は、田中俊一、更田 豊志、田中知、石渡明、伴信彦の人達である。このうち、田中俊一氏は日本原子力研究所東海研究所所 長、更田氏は日本原子力研究開発機構副部門長を務めた経歴があり、いわゆる原子力村出身である。田 中知氏は東京大学大学院工学系研究科教授(システム量子工学専攻、原子力国際専攻)当時に、日本原子力 学会会長、日本原子力産業協会理事(非常勤)などを務めるなど、同じく原子力村出身である。就任前直近 の 3 年間に原子力事業者からの奨学寄付金も受けている。石渡氏は東北大学教授(基礎研究部門地球化 学研究分野)、伴氏は東京医療保健大学教授を務め、両氏は原子力事業との深い関わりはなかったと言え よう。従って、委員 5 人のうち、3 人が原子力事業に深く関わったメンバーであることは規制委員会設 立当時と変わっていない。委員任命は国会の承認事項であるが、その推薦をする政府の意向が色濃く反 映されている。原子力事業推進にこだわらない中立公正な判断が保証されるように委員任命がなされる べきである。
179前掲 『原発ゼロ社会への道』(2014)、4-9 「原子力規制組織および運営の実態」(pp.169-175)参照。あわせて
『原発ゼロ社会への道 2017』(2017)、6.2.2「原子力複合体の抵抗」(pp.281-283)も参照されたい。
なお 2017 年 9 月に、5 年の任期を満了する田中俊一氏は退任し、新しい委員に山中伸介氏(大阪大 学副学長)の就任が決定している。山中氏は自己申告によると直近 3 年間に核燃料加工関連の 2 社から 委託、共同研究として約 400 万円を受け取っており、中立公正な姿勢が貫かれるかどうか懸念される。
5.1.3 市民への情報公開と独自の調査
規制委員会設立当初は情報公開に配慮がなされていたが、次第に原発推進側の意向に近くなり、開示 資料もテロ対策や商業機密を口実に多くの図面が「白抜き」「黒塗り」になり、市民や外部の科学者・技 術者などが規制審査の内容を検証することができなくなった。
2016 年に日本鋳鍛鋼製の原子炉圧力容器における炭素偏析問題でフランスの原発が多数稼働停止し て出荷時の検査成績書の検証作業を行ったが、日本の原発に適用された同種の製品の検証作業におい て、製造業者の報告をそのまま受け入れるだけで、深く調査する姿勢に欠けていた。次第に、「規制者が 虜になる」(国会事故調査委員会)状態に逆行しつつある。
5.1.4 「新規制基準の考え方」の発行
規制委員会は、2016 年 6 月に「実用発電用原子炉に係る新規制基準の考え方について」という文書を 策定し、その後、2 回の改訂が行われている180。その内容は、全国各地の住民が起こした原発運転差止、
あるいは設置変更許可取消の訴訟において新規制基準についての争点になっている深層防護、共通要因 故障の考え方、重大事故等対処施設、電源確保対策や使用済み燃料の貯蔵施設に関する要求事項、自然 現象関係、立地審査指針などについて Q&A 形式で記載したものである。原子力規制庁はこの「考え方」
についての説明資料の「本資料の活用等」という項目において、「国を当事者とする訴訟等においても必 要に応じて活用していくこととしたい」と記している181。実際に、本文書発行以後の訴訟の場にこの文 書を証拠書類として被告(電力会社)や国が提出するケースが頻繁に見受けられるようになった。
そもそも国の規制当局が国や事業者のために訴訟用の「虎の巻」を公然と提供すること自体が異常な 行為である。行政機関は国民の信託を受けて公共サービスを行っているという精神そのものを逸脱して いる。その内容においても、既設の原発の改善を最小限の範囲にとどめて再稼働を許容する判断基準を 提示する結果になっている。
国民の負託に耳をふさいで、特定の民間企業の利益を擁護する一行政機関として働くことを宣言した に等しい文書である。
180原子力規制委員会「実用発電用原子炉に係る新規制基準の考え方について」(2016年6月29日策定、2016年8月24 日、2017年11月8日改訂) www.nsr.go.jp/data/000155788.pdf
181原子力規制庁「実用発電用原子炉に係る新規制基準の考え方に関する資料の作成について(その2)」 2016年8月 24日 同日の規制委員会配布資料6-1 www.nsr.go.jp/data/000161481.pdf