吉岡 斉 4.1 緊急時原子力防災とは何か
原子力防災は、原子力事故による被害を最小限に抑えるための活動を指す。それには(1)原子力施 設の安全確保のための活動、(2)原子力事故が発生した場合に用いる手段(ハード、ソフト)の整備、
(3)原子力事故が実際に発生してからの防災活動、の3つが含まれる。この章では技術面よりも体制面 に力点をおいて、日本の原子力防災体制が緊急時に果たして有効に機能しうるかを検討する。
なお、緊急時原子力防災体制は、3つのレベルに分けて議論することができる。
第1は、原子力災害対策本部(首相が本部長をつとめる)を頂点とする「中央政府の防災体制」であ る。
第2は、内閣府副大臣(福島原発事故までは経済産業副大臣)を本部長とする現地対策本部を中心と する「地方の防災体制」であり、事故を起こした原子力施設近くのオフサイトセンターに指揮管制中枢 が設置される。オフサイト防災体制と呼んでもよい。
第3は、原子力施設の所長を本部長とし、敷地内に設置される対策本部(発電所対策本部)を中心と する「核施設内の防災体制」であり、オンサイト防災体制に当たる。
この3つのいずれもが、福島原発事故において機能障害を起こした。その教訓を踏まえ、再び過酷事 故が起きた場合でも、この三者のいずれも重大な機能障害を起こさぬよう、抜本的な見直しをはかるべ きである。果たしてそれが実現されているかどうかを、幾つかの論点に絞って検討したい。
4.2 中央政府の防災体制の見直し
2011 年 3 月 11 日に始まった福島原発事故に際し、日本の原子力防災体制は深刻な機能障害に陥っ た。すでに述べたように原子力防災体制は大きく3つの要素からなる。第1は中央政府の防災体制、第 2は地方の防災体制、第3は核施設内の防災体制である。まず第1の中央政府の防災体制について検討 する。
中央政府の防災体制は事故後最初の数日、深刻な機能障害に陥った。3 月 15 日に東京電力地階に事故 対策統合本部が立ち上げられるまで、官邸対策本部は極度の情報不足に悩まされ、事故対処活動に支障 を来した。その最も重要な原因は、官邸対策本部の分室に相当する緊急時対応センター(ERC)を担う原 子力安全・保安院が、官邸本部に対して詳しい事故情報や事故対処助言を提供できなかったことにあ る。
直接の事故対処判断については、基本的に、原子力事業者の緊急時対策所(原子力事業所)、およびそ れをバックアップする原子力施設事態即応センター(原子力事業者本店)の判断を追認するとしても、重 要な意思決定が必要な場合は最終的に官邸対策本部が判断しなければならない。そのために官邸対策本 部はリアルタイムで事故情報を入手・分析する能力を保持しなければならない。福島原発事故ではそれ が全くできなかった。
福島原発事故後、原子力安全・保安院は解体され、ERC は原子力規制庁が担うこととなった。原子力
規制庁は、原子力安全・保安院の失敗を反面教師として、事故情報や事故対処助言などの専門的・技術 的知見をいかなる非常時においても提供しなければならない。ところが原子力規制庁において原子力防 災を担当するのは長官官房にある放射線防護グループの原子力災害対策・核物質防護課だけである。そ の職務も原子力災害対策指針の策定などに限られており、非常時における事故対応には役立たない。原 子力規制庁は本質的に電気保安協会的な、機械設備とその取扱規則をチェックする組織であって、そう した性格を、大半の人材の供給源である原子力安全・保安院とその傘下の原子力安全基盤機構(JNES)か ら引き継いでいる。緊急事態への対応能力はきわめて低いままである。
また官邸事故対策本部において事務局機能を担うのは内閣府であり、事務局長をつとめるのは内閣府 政策統括官(原子力防災担当)である。その上には内閣府特命担当大臣(原子力防災)、内閣府副大臣(原 子力防災)、内閣府大臣政務官(原子力防災)が置かれているが、形だけのものである。事務組織は3名 の参事官のもとに 60 名の職員を擁するに過ぎず、その大半は他省からの出向組であり、原子力に関する 専門的・技術的能力は低い。その任務も官邸対策本部の意思決定サポートの中核を担うのではなく連絡 調整係にとどまる。また職員の多くが緊急時にはさまざまの組織の部署に分散配置され、それぞれの部 署の活動の補佐に回るとみられる。要するに専門性の低い烏合の衆である。
このように過酷事故が発生した際の中央政府の指揮命令能力はわずかしか強化されておらず、緊急事 態に効果的に機能するか疑わしい。原子力事故に対処する政府中央の危機管理体制を一元化し、高い専 門性を備えた強力な事務局を構築する必要がある。省庁割拠型の現行システムは迅速な決定に馴染ま ず、また省庁間の責任の押し付け合いを招く。原子力規制委員会のもとに新たに専門性の高い〈原子力 防災庁〉(仮称、以下、原子力市民委員会が設置を提唱する組織等を〈〉付きで示す)を設置し、権限・
予算・人員の充実をはかり、それを緊急時の政府対策本部の事務局とするのは、ひとつの有力な方法で ある。
また原子力災害は日本では多くの場合、複合災害となることが予想される。首相官邸に2つの災害対 策本部(災害対策基本法にもとづく緊急災害対策本部と、原子力災害特別措置法にもとづく原子力災害 対策本部)が並立することは指揮命令系統の二重化を招くので、一元化の方向で見直す必要がある。そ れを担う組織として、アメリカの緊急事態管理庁(FEMA = Federal Emergency Management Agency,
1979 年発足)はひとつのモデルとなる。日本版 FEMA が設置されれば、そのもとで原子力防災庁は独自 の専門的役割を果すことが期待される。
4.3 地方の原子力防災体制の見直し
福島原発事故に際して、地方の危機管理体制の司令部となることとなっていた緊急事態応急対策拠点 施設(オフサイトセンター)はほとんど機能しなかった。オフサイトセンターは大熊町に置かれていた が、東北地方太平洋沖地震により道路が寸断されたため、メンバーがほとんど集まらなかった。しかも 福島第一原発からわずか5キロしか離れていなかったため、放射能の襲来によりほどなく福島市への撤 退を余儀なくされた。福島市に移転してからもほとんど機能を果さなかった。オフサイトセンターが機 能を喪失したために、政府、福島県、福島県内市町村、防災行政組織の間の連絡・調整は、個別の組織 ごとに行われた。
オフサイトセンター設置を規定した原子力災害対策特別措置法(原災法)は、1999 年 9 月の JCO の ウラン加工工場臨界事故を踏まえ同年 12 月に成立したものである。原災法における事故想定はあまり にも小さく、8~10 キロ圏の防災を考えればよいと考えられていた。それは国際原子力事象評価尺度
(INES)でレベル5の米国スリーマイル島原発2号機事故(1979 年)を、制度設計の下敷きとしたもの だった。ソ連チェルノブイリ4号機事故(1986 年)は考慮外だった。大熊町のオフサイトセンターが早 期に機能を失ったのは必然である。
ここで、そもそもオフサイトセンターが必要なのかどうかを、考え直す必要がある。通常の自然災害 においては、地方自治体が地方の防災の中核として位置づけられている。なぜ原子力災害の場合にのみ オフサイトセンターを設置するよう原災法で決められたかの経緯は明らかでないが、地方自治体にとっ て原子力災害への対処は荷が重すぎるとして、政府が官邸本部と都道府県本部との中間組織として設定 したものと推定される。しかし指揮系統の複雑化は避けるべきであり、オフサイトセンターの機能は現 地における関係諸機関の間の情報共有・連絡調整に限定し、対処方針の決定権限は官邸対策本部と都道 府県の対策本部に集中した方がよい。
オフサイトセンターの設置場所については、過酷事故にともなう放射能によって避難を余儀なくされ る可能性のあるような核施設の近隣に設置する必要はない。むしろ核施設から少し離れ、災害時でも周 辺各地から交通手段(ヘリコプターを含む)を確保できる場所が望ましい。また被害が広域に及ぶと見 込まれる場合、隣接都道府県の自治体などの関係者も比較的容易に招集できるような仕組みを、オフサ イトセンターの法令面および施設面で整備しておく必要がある。日本の都道府県は一般に面積が小さ く、原発事故の影響は簡単に境界を超えるからである。オフサイトセンターを特定の立地都道府県と対 応づける必要はない。たとえば玄海原発についてはオフサイトセンターを福岡市に設置し、佐賀県・福 岡県・長崎県の3県での統合運用を念頭におくべきである。にもかかわらず政府は、オフサイトセンタ ーについて地震・停電・放射能への対策を少々強化したものの、抜本的な見直しを行っていない。
4.4 地方の原子力防災計画に対する法令にもとづく厳しい審査
地方自治体が制定する原子力防災計画の最大の欠陥は、それが原発の建設・運転を許可する際の法律 上の要件となっていないことである。地域防災計画の策定・実施については、自治体(都道府県、市町 村)が直接的な責任を負うことになっている。本来は自治体が原子力事業者と協議したうえで計画を策 定し、規制委に申請し審査を受けるべきだが、規制委が合否の判定を行う法令上の仕組みがない。
現状では、規制委は地域防災計画作成のための簡単な「原子力災害対策指針」とそれにもとづく「原 子力災害対策マニュアル」を公表し、自治体に具体的計画の作成を丸投げしているだけである。さらに 福島原発事故後の原子炉再稼働については、政府の原子力防災会議(専門的な評価機能をもたない)が、
自治体の防災計画を追認する手続きをとっている。これにより自治体の首長は、防災・避難計画の実効 性確認の責任を政府に転嫁している。(☞ 5.2.1)
このような曖昧な手続きを根本的にあらため、原子力規制行政として防災・避難計画を検証すること を、原発の建設・運転等の許認可に際しての法律上の要件とする必要がある。規制委は新たに〈原子力 防災基準〉(仮称)を定め、それに基づく〈原子力防災審査〉(仮称)に合格することを、原子力施設運