第 4 章 日本の食品安全管理の経験と教訓
第 1 節 食品安全管理体制における日本の経験と教訓
1.
日本の消費者行政の位置づけ消費者の権利を保護する姿勢が不十分な中国にとって、今後、消費者権利を保 護するには、消費者行政の位置づけと具体的な仕組み作りの検討などは避けて通 れない課題である。その課題の改善策として、日本の消費者行政を参考にして、
消費者行政の地位を引き上げていく必要がある。
明治以来、日本の行政が各府省庁縦割りの仕組みの下で、それぞれの領域で事 業者の保護育成を通した国民経済の発展を図ってきたことがある。その結果、消 費者の保護があくまで産業振興の間接的、派生的テーマとして扱われ、しかも縦 割りで行われてきた 388。
そのため、そもそも日本の消費者行政は、法律基盤が『消費者保護基準法』(1968 年公布・施行、のちに2004年に『消費者基本法』に改正)にあり、経済企画庁国民生活局(1965 年6月1日設置、中央省庁再編で2001年1月6日より内閣府国民生活局)が消費者政策の策定 をし、国民生活センター(1970年10月1日特殊法人として発足、2003年10月1日独立行政 法人に移行)と消費生活センター(1965 年以降、兵庫県を始め各地方公共団体が順次設置)が 情報提供などの消費者対応をする、という枠組みで構築・推進されてきた 389。
梶川千賀子が指摘しているように、そのような消費者行政の枠組みの下で、当 時、食品安全問題や消費者事故などの対応はやはり消費・サービス分野ごとに関 係する各産業の所轄官庁によって処理されてきた 390。そのような消費者行政の縦 割りは食品安全を含む消費者被害を防ぐ上で有効な役割を果たすことができなか った。
2000
年以後、雪印乳業食中毒(2000年、14780人中毒)、BSE
などの輸入食品安全 問題(2001年)、雪印食品の牛肉偽装(2001年)、不二家(2006年)や船場吉兆(2007 年)や赤福(2007年)などの使い回し、ミートホープの食肉偽造(2007
年)、石屋 製菓の賞味期限の改ざん(2007 年)、事故米殻の不正流通問題(2008年)、一連の食 品偽装表示などの国民生活の安全・安心を脅かす問題が次々と起こって、大きな 社会問題となった。それによって、消費者の安全意識が高まり、従来の業者優先 の視点で行なわれた消極的な消費者行政、農林水産省と厚生労働省の縦割り行政 の弊害、省庁間の協調不足、行政の不透明などの行政の責任が厳しく指摘されて いた。そこで、日本政府は業者寄りの行政のあり方から消費者サイドに立った行388 日本消費者庁HP 「消費者庁パンフレット2014年6月作成」、2頁
(http://www.caa.go.jp/about_us/about/caa_pamphlet/pdf/pamphlet_all.pdf 2018年12月30日ア クセス)
389 梶川千賀子『食品安全問題と法律・制度』農林統計出版、2012年、217頁。
390 同上。
152
政への改革を進めてきた。
2003
年、消費者の立場に立った『食品安全基本法』(2005年施行)が策定された。2005
年7
月、食品のリスク評価(食品健康影響評価)機関として、食品安全委員会が 内閣府に新設された。それと対応して、食品安全管理の所轄官庁としての農林水 産省と厚生労働省のリスク管理体制を見直すこと、既存組織のリスク管理部門を 産業振興部門から分離することが求められた。2009
年9
月1
日、『消費者庁およ び消費者委員会設置法』(2009年6月5日法律第 48号)に基づき、各省庁の間で縦割 りになっている消費者行政を統一化・一元化し、強力な権限を持つ新組織として の消費者委員会と消費者庁が設置された。それを土台として、消費者庁を司令塔 とする食品安全行政も見直されてきた(図4-2
参照)。消費者委員会は内閣府内に設置され、民間人からなる独立した第三者機関とし て、消費者行政を監視する任務が割り当てられた。
消費者庁は内閣府の外局として、「消費者の利益の擁護および増進」に関する諸 事項を取り扱う組織である。消費者事故を防ぐ、悪徳商法・偽装表示から守る、
消費生活の現場を支える、制度を担うという四つの役割が課される。
中国の消費者協会が実質的な行政権限を有していないのに対し、日本の場合、
消費者庁関連
3
法 391のうち、『消費者安全法』(2009年6月5日法律第50号)は、消 費者事故などの情報収集と消費者被害の発生防止を目的として、消費者施策と関 連措置の実施を規定し、消費者庁に実質的な行政権限を与えている。また、消費 者庁の所管法律は35
本(消費者庁全部所管、他省庁との共管や一部専管を含む)に及んで いる。そのうち、食品安全と消費者権利にかかわる法規は主に13
本ある(下記参 照)。消費者庁が扱う主な法律
<食品安全に関する法律>
・食品表示法=厚生労働省・農林水産省・財務省(酒類)と共管 ・米殻等の取引等に係る情報の記録及び産地情報の伝達に関する法律
=農林水産省と共管
・日本農林物質の規格化等に関する法律(JAS法)=農林水産省と共管
・食品衛生法=厚生労働省と共管
・食品安全基本法=内閣府食品安全委員会と共管
・健康増進法=厚生労働省・農林水産省と共管
・景品表示法=公正取引委員会から移管
・不正競争防止法=経済産業省と共管
391 2009年に成立された「消費者庁設置法」、「消費者庁設置法の施行に伴う関係法律の整備に関す
る法律」、「消費者安全法」。
153
<消費者権利に関する法規>
・公益通報者保護法=厚生労働省と共管
・製造物責任法=内閣府から移管 ・消費者基本法
・消費者団体訴訟制度
<その他>
・消費者教育の推進に関する法律=文部科学省と共管 ・消費者安全法
・個人情報保護法=内閣府から移管
(出所)日本消費者庁HP「法律一覧」(http://www.caa.go.jp/law/laws/act/ 2018年12月29日ア クセス)及び各省庁のホームページにより筆者整理。
消費者庁が所管する(独立行政法人)国民生活センターは一般消費者からの直 接・間接(地方自治体の消費生活センターを通じて)の消費生活に関する相談の受付、危 害情報の収集、情報提供、商品テスト、及び調査研究を行うとともに、重要な消 費者紛争について法による解決のための手続き(裁判外紛争解決手続、ADR)などの業 務を実施している 392。
食品安全委員会は、科学的知見に基づいて、食品健康影響評価を行っている。
その結果に基づき、厚生労働省、農林水産省などが規制措置を実施している。
農林水産省は農林水産物の一次生産から流通までを所管し、食料の安定供給、
生産過程の安全性(農薬管理、肥料管理、牛肉のトレーサビリティ管理)、家畜衛生、輸出 入の検疫についての調査・監視・指導などの業務を担っている。
厚生労働省は、食品の加工、流通、輸入を管理し、食品、添加物、残留農薬な どの企画や基準の策定、また、その基準が守られているかの監視などを行ってい る。このリスク管理は、厚生労働省が、本省・地方厚生局・検疫所において監視 指導を担うほか、地方事自体との総合連携により実施している 393。
ほかの省庁、環境省は水環境の保全に向けた総合的な施策、有害物質による土 壌や地下水の汚染の防止や、農薬の安全評価、土壌・地盤環境の再生などに取り 組んでいる 394。
地方レベルでは、都道府県が設置する衛生局や保健所などの関係機関では、食品
392 独立行政法人国民生活センターHP 「業務案内」(http://www.kokusen.go.jp/hello/work.html 2018年12月29日アクセス)
393 日本厚生労働省医薬食品局食品安全部「食品の完全確保に向けた取組」
(http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/ 2017年12月30日アク セス)
394 日本環境省HP 「水・土壌・地盤・海洋環境の保全」(http://www.env.go.jp/water/index.html 2018 年12月30日アクセス)
154
衛生法のもとで、食品安全に取り組んでいる 395。
395 前掲『食品安全問題と法律・制度』、219頁。
155 都道府県、保健所
設置市、特別区 消費者委員会
(消費者政策の独立監督)
食品安全の独立調査・審議、首 相・省庁への提言、省庁の食品安 全リスク管理への監督、経営者・
消費者への安全提示
消費者庁
(消費者行政一元化の司令塔)
食品安全情報の収集・分析・発表、農産物・食品表 示の監督管理、食品消費の安全指導、公衆の食品安 全教育
食品安全委員会
リスク評価
厚生労働省
食品・添加物、器具・容器包装、輸入食品、
総合衛生管理製造過程の安全管理
農林水産省
農林水産物の生産過程の安全管理、農 薬・肥料の管理、牛肉トレーサビリティ の管理、病虫害防除、家畜衛生、輸出入 検疫
地方厚生局
総合衛生管理製造過程の 承認等、検査機関の登 録・指定・監査・指導
保健所
営業許可、立入検査・監 視指導、収去検査、検査 命令、食品中毒等調査、
苦情等の相談窓口、食品 衛生の普及啓発
食肉衛生 検査所
屠畜場 食鳥処理場
食品関係 営業施設
総合衛生管理製 造過程承認施設
輸入商品等 食品等事業者
検疫所
輸入食品の 監視指導
動物検疫所 植物防疫所 地方農政局
家畜保健衛生所
(都道府県設置)
病虫害防除所
(都道府県設置)
病害虫の防疫、農薬の安 全使用指導
地方農政事務所
品質表示基準、牛の個体識 別情報、農薬・肥料・飼料 等の調査・監視・指導
(独)農林水産消費安全 技術センター
食品表示の監視・立入検査 登録認定機関の調査・指導 農薬登録検査
肥料・農薬・飼料・土壌改良資 材の立入検査
GMO拡散防止のための立ち入 り検査
(独)家畜改良センター
牛肉トレーサビリティ業務 GMO拡散防止のための立ち入り検査
農林水産業の事業者、農林関係事業 者(製造者、販売者、輸入者)等 登録検
査機関
都道府県(主管課)
設置許可等
食肉検査 検査依頼
相談申請指導 報告 承認・更新・立入検査・承認(取消) 承認・更新・変更申請 登録(取消)監督指導・
意見聴取・連携・協議
相談・届出 申 請 防疫協力国内動物 防疫協力国内植物
証明書の交付 諮問
答申 建議等
諮問 答申
諮問 答申
の検疫・監視輸出入・動植物
検査指示・要請 結果報告
指示 報告
立入・収去調査 相談等
注:1)日本の食品安全行政と消費者行政に関する中心的な行政機構に絞った。
2)図中の組織名等について、赤が国、青が地方自治体、緑が民間、と区分して示している。矢印は、組織間の業務の流れを示している。矢印傍の漢字は、主な業務内容である。
(出所)①梶川千賀子『食品安全問題と法律・制度』農林統計出版、2012年、22-23頁;②日本内閣府ホームページ;③消費者庁「消費者行政の役割・体制」
(https://www.cao.go.jp/consumer/iinkai/other/meeting1/doc/20151212odawara_shiryou3.pdf 2019年6月20日アクセス);④厚生労働省HP(https://www.mhlw.go.jp/ content/
11130500/000394984.pdf 2018年12月30日アクセス);⑤李東坡・南石晃明「中国における食品安全行政の新局面及びその課題」『九州大学大学院農学研究員学芸雑誌』2013年9月、
第68巻2号により筆者が整理作成。
内閣府
消費者・食品安全担当大臣
図
4-2
日本の消費者行政と食品安全行政の概要監督・管理
検査命令
納品
農林水産品の納品
消 費 者
独立行政法人国民生活セ ンター(中核的な実施機関)
支援相談、研修、商品テスト、情報 の収集・分析・提供、広報、ADR等
地方自治体
消費生活 センター
食品の供給
苦情・相談 支 援 助言・啓発・あっせん 情報
情報 公表・注意喚起
情 報
勧告等
措置要求・勧告等
連携
苦情・相談所管 情 報 勧告・命令・指導啓発等 措置要求・
情 報
適格消費者団 体・特定適格消 費者団体
協力情報提供
苦情・相談・情報
差止め請求・被害回復
認 定 情報
勧告・命令・指導啓発等
農林水産品の供給
情報