第 3 章 食品安全管理における消費者サイドからの視点
第 3 節 業者寄りの行政管理
国内産業を保護育成することは、政府の役割であるが、消費者の権利を保護し、
食品安全を保障することは、政府の責任である。食品安全の行政管理には、不備 や欠陥があるため、食品安全行政が消費者の権利を守る立場より企業の論理を代 弁する傾向にあることは否定できない。そのため、食品安全が損なわれたことに よるすべての損害は、弱い立場にある消費者個人に負わせてしまうことになる。
1.
行政の縦割りと業者寄りの姿勢食品安全管理部門に求められるのは、
1
つの食品安全事件が発生したり、食品安 全リスクが発覚したりした場合、再発防止の措置を講じると同時に、他の地域・分野・商品に同じ懸念やリスクがないかをチェックし、防止対策を取り入れると いう行動である。しかし、
2018
年までの分段式管理体制には、監督部局の縦割り と属地管理原則による地方の横割りという二重の弊害が存在する。その弊害は、多くの違法業者にとっての抜け穴になり、違法業者の存続や野放しにつながって いる。責任の所在も明確ではなく、部署間の連携が取れず、食品安全管理・監督 に空白が生じ、管理業務のたらい回しや、責任のなすり合いなどの官僚主義的な 行為が起こっており、結果的に食品安全管理の失敗を招いている。
ここでは、属地管理(地方の分断)による横割りの弊害が暴露された事例を紹 介する。
第
1
は、2003
年の安徽省阜陽市の粗悪粉ミルク事件である。粗悪粉ミルクの多 くは、他の地方から阜陽市の市場に流入してきたが、属地管理の原則があるため、阜陽市の工商管理部門は、それらの不合格粉ミルクの包装の表示に従って、メー カー所在地の工商部門に通報するしか対応できなかった。だが、その表示に書か れたメーカーに関する情報は架空のものであったため、手がかりはそこで断たれ てしまった 203。
粗悪粉ミルク事件が発覚した後、阜陽市の食品安全当局は地元市場に流通して いる粉ミルクを対象に専門検査と取締りを行い、三鹿粉ミルクを含んだ不合格の 粉ミルクのブラックリストを発表している 204。
2006
年、ミルクステーションを 経営している蒋衛鎖は、乳業業界に広がっている「造假掺假(偽物作り)」の違法行 為を告発した。2007
年3
月、国家品質検査総局はアメリカ向けの中国輸出ペット食品の中にメ203 張暁涛、王揚『大国粮食问题:中国粮食政策演变与食品安全』経済管理出版社、2009年、134頁。
204 捜狐HP 2013年10月24日記事「追访安徽大头娃娃命运变迁:劣质奶粉留证十年」
(http://baobao.sohu.com/20131024/n388854111_1.shtml 2018年11月11日アクセス)
88
ラミンが混入するという違法添加問題に対処するため、直ちに食品品質の専門検 査を行った。しかし、粉ミルク、液体ミルクなどの
12
種類の食品からメラミンは 検出されなかった。その後、国家品質検査総局はメラミンを輸出食品の法定検査 対象の1つに指定したが、国内販売の食品の法定検査対象には指定しなかった。また、国家品質検査総局は、
2008
年6
月30
日と7
月24
日のサイトに、三鹿の粉 ミルクについて湖南省で被害を受けた子供の親と徐州市児童医院の泌尿器外科医、馮東川医師とが別々に寄せたクレームに注意を払わなかった 205。
結局、
2008
年9
月11
日、「三鹿事件」という国内の乳製品産業を一時的に壊滅 に追い込むほど重大な食品安全事件が発生した 206。当時、各行政部門が早い段階で業務連携を取り合って、抜本的な対策を講じて いたら、その後の「三鹿事件」や
2009
年の陝西省金橋乳業有限公司、上海パンダ 乳品有限公司の廃棄すべきメラミン入り粉ミルクの再販売 207(3
項で後述する)などの新たな被害が発生しなくて済んだはずである。ところが、食品安全管理部 門は、消費者権利を軽視し、手をこまぬいて対策を怠り、摘発のチャンスを何回 も見逃していた。
第
2
は、深圳市の市場で販売される農畜水産品に関する事件である。深圳市の 農畜水産品の95
%は他の地方から移入してくるので、それらの食品安全の違法行 為の源は周辺または他の地方にある。深圳市食品薬品監督管理部局は、
2013
年と2014
年、市内の市場で販売された 食用の魚から「孔雀石緑(malachite green
)」を検出した。そこで、有毒食品販 売の罪で容疑者を検挙し、公安部門と検察院に移送し、最終的に刑事罰に処した。しかし、処罰を受けたのは販売者だけで、最も責任の重い養殖段階の生産者は何 の処分も受けなかったため、深圳市場での「孔雀石緑魚」の販売は跡を絶たなか った 208。深圳市食品薬品監督管理局の責任者は「深圳市の市場では、時々食用魚 に『孔雀石緑』を検出することがある。まぎれもなくそれらの魚は周辺都市から 流入してきたものだと知りながらも、周辺地方へ行って取り締まることはできな い。私たちは市内販売の段階の違法行為を取り締まる権限があるだけで、養殖生 産段階の違法問題に対しては、産地の食品安全監督部門に通報することができる
205 中国網絡テレビ局HP 2010年12月14日記事「十年法治人物照片与文字资料」
(http://news.cntv.cn/special/fazhirenwutuixuan01/20101204/108260_8.shtml 2018年11月11 日アクセス)
206 捜狐HP 2008年9月28日記事「食品免检制度被正式废止还有多少质监潜规则」
(http://news.sohu.com/20080928/n259803563.shtml 2018年10月22日アクセス)
207 食品科技網HP 2009年12月10日記事「三聚氰胺奶粉死灰复燃陕西金桥乳业被查处」
(https://www.tech-food.com/news/detail/n0325346.htm 2018年11月11日アクセス);騰迅HP 2010年1月4日「上海熊猫乳品涉三聚氰胺被查营业执照被吊销」
(https://news.qq.com/a/20100104/000199.htm 2018年11月11日アクセス)
208 中国肉類協会HP 2014年10月9日記事「食品安全的源头监管层层移交该谁负责」
(http://www.chinameat.org/detail_64.html 2018年10月20日アクセス)
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だけである。産地の食品監督部門がその後本当に調査・取締りをしたかどうか、
我々はそれを確かめるすべがない」と、悩みを吐露している 209。
第
3
は、すでに述べたことのある「鴻茅薬酒」事件である。「鴻茅薬酒」の広告 は、25
地域の食品薬品監督管理局から延べ2630
回にわたって、虚偽または誇大 広告として違法通告を受けていた。他にも、商品の販売停止を何十回も通告され ていたが、実際には、放置されたままであった。広告管理のあり方に抜け穴が存 在していることと関係していたが、属地管理の原則に基づいて、「鴻茅薬酒」の広 告は、内モンゴル食品薬品監督管理局が管理することになっていた。他の地域の 監督管理部門は、広告が違法だったからといって、新たに申請された広告の審査 を却下することはできない。鴻茅公司は、その点を巧みに利用し、広告に手直し を加えて「新しい広告」として申請した 210。2.
地方の保護主義による違法業者の庇護李善同などが行なった全国各省・市の地方保護主義問題についての調査 211によ ると、タバコ・食品・医薬の
3
つの業界で地方保護主義の影響が最も深刻である ことが判明した。また、王彩霞は、地方保護主義が地方政府の食品安全の管理・監督の失敗を招く理由として、次の
2
つを挙げている 212。1
つは、「委託代理」、「虜理論」(
capture theory
)によるものである。地方政府は、食品安全を監督・管理する際、規制すべき食品企業に籠絡され易い。地方の企業利益を最大化しよ うとするからである。
1994
年の分税制改革 213の後、地方政府は、一方では税収 の減少を強いられ、他方では教育・医療・養老・国有企業のリストラ人員の再就 職などの民生関係の支出が増えている。そのため、地方の財政収入や雇用のため に、当地に進出している企業、特に大手企業に依存するようになった。また、地 方間のGDP
競争や地方官僚の個人業績の評価・昇進も、地元の経済・企業の発展 と大きくかかわっているので、一部の大手食品企業は地元経済にとって大黒柱的 な存在である。それ故、地方政府は、税収と雇用の確保のため、食品業者に対し、209 同上。
210 騰迅HP 2018年4月18日記事「鸿茅药酒们“违规广告”为何屡禁不止」
(https://js.qq.com/a/20180418/017073.htm 2018年10月20日アクセス)
211 李善同・候永志・劉雲中・陳波「中国国内地方保护问题的调查与分析」『経済研究』2004年第 11期、78-95頁;「中国食品安全監管地方保護主義最厳重」『法制日報』2011年10月12日
(http://news.sohu.com/20111012/n321892956.shtml 2018年8月18日アクセス)
212 王彩霞『地方政府扰動下的中国食品安全規制問題研究』経済科学出版社、2012年、45-62頁、
86-130頁。
213 1994年に、税を中央政府と地方政府に分ける分税制改革が実行された。中央と地方の支出面に
関する役割分担が明確化される。また、税金を中央政府の取り分である国税(関税・奢侈品税、中 央政府管轄国有企業法人税等)と地方政府の取り分である地方税(個人所得税、地方政府管轄国有 企業法人税等)、および中央政府と地方政府がシェアする共有税に区分する。従来、地方政府の税 収であった「増値税」を共有税としてその税率を17%としたうえで、増値税収入のうち75%を中 央政府、残り25%を地方政府の収入とする。この分税制改革により、中央の財政収入比重は一挙に 上昇し、地方の財政収入比重は低くなる。