第 3 章 食品安全管理における消費者サイドからの視点
第 4 節 企業の CSR への取組みと消費者権利擁護の現状
CSR
(Corporate Social Responsibility
)は、企業の社会的責任と訳される。CSR
は、法令遵守に加えて、製品・サービスの安全確保、地球環境・廃棄物リサ イクル対策を含めた環境保護、労働環境改善、人材育成、人権尊重、公正な競争、地域貢献、地域投資、メセナ活動、フィランソロピーなど、さまざまな責任に及 んでいる。
既述の
1960
年代から1970
年代にかけてのアメリカの弁護士のラルフ・ネーダ ーによる一連の告発活動をきっかけにして、企業が倫理的に利益を稼ぐためにど うすればよいのかという企業の社会的責任を問いはじめるような考え方が世界に 広がっていった。CSR
は、国や地域の価値観、文化、経済、社会事情、企業業態などに応じて、その意義は異なる。国際標準化機構は、
2010
年11
月、組織(企業に限らない)の 社 会 的 責 任 を め ぐ る ガ イ ド ラ イ ン 規 格 (
ISO26000
) を 発 行 し て い る 。 そ のISO26000
には、7
つの原則(
説明責任、透明性、倫理的な行動、ステークホルダ ーの利害の尊重、法の支配の尊重、国際行動規範の尊重、人権の尊重)
253、7
つの 中核主題(組織のガバナンス、人権、労働慣行、環境、公正な事業慣行、消費者 への対応、コミュニティ―
への参画及びコミュニティの発展)の下に、さらに37
項主題、217
の手引きを規定している。中国においても、『公司法』(
2005
年)の第5
条、『食品安全法』(2009
年)の 第3
条において、公司または食品生産経営業者は、社会的責任を持たなければな253 ①説明責任:組織の活動によって外部に与える影響を説明する。②透明性:組織の意思決定や
活動の透明性を保つ。③倫理的な行動:公平性や誠実であることなど倫理観に基づいて行動する。
④ステークホルダー2の利害の尊重:様々なステークホルダーへ配慮して対応する。⑤法の支配の 尊重:各国の法令を尊重し順守する。⑥国際行動規範の尊重:法律だけでなく、国際的に通用して いる規範を尊重する。⑦人権の尊重:重要かつ普遍的な概念である人権を尊重する。
108
らないと規定している。近年、多くの食品企業は、『食品安全法』及び国家基準
GB/T 36000-2015
『社会的責任の手引き』に基づき、ISO26000
規格を参考にした 上で、CSR
についての企業方針を立てたり、CSR
への取り組み実績をアピールし たりするようになった。1.
中国における食品企業のCSR
の取組み食品企業の
CSR
については、表3-13
のようにまとめられる。人命と健康を維 持する食品は、一般商品とは違って、重大な社会公共の安全にかかわるものであ る。したがって、食品企業・業者にとって、もっとも重要な社会的責任は消費者 の安全と健康を保障することにある。表3-13 食品企業・業者のCSRの概念
消費者に対す る責任
1.製品の安全確保 2.食品による健康推進 3.品質管理体制の強化 4.価格問題
5.情報開示
6.食 品 安 全 と 健 康 事 故 が 起 こ っ た 場 合 の 賠 償責任とリコール責任 など
株主・投資家 に対する責任
1.利潤の獲得と配当 2.情報開示
3.コーポレート・ガバナンス 4.内部統制
5.リスクマネジメント など 従業員に対す
る責任
1.人材育成の充実 2.健全な労使環境 3.コンプライアンス 4.労働災害の防止 など
地 域 社 会 ・ 環 境 に 対 す る 責 任
1.地域振興、地域貢献 2.公益活動
3.環境マネジメント 4.省エネルギー活動の推進 5.産業廃棄物の削減 6.生物多様性の保全 など
(出所)①梶川千賀子『食品安全問題と法律・制度』農林統計出版、2012年、213-244頁;②焦娟 妮、谭雯「我国食品行业企业社会责任研究」『中国集体経済』2012年21期、69-70頁;③伊藤忠食 品HPのCSR方針(https://www.itochu-shokuhin.com/csr/theme.html 2018年10月29日アクセ ス);④日清食品HPのCSR方針(https://www.nissin.com/jp/about/csr/ 2018年10月29日アク セス);⑤三菱食品 HPのCSR方針(https://www.mitsubishi-shokuhin.com/csr/ 2018年10月29 日アクセス)に基づき筆者整理作成。
第
1
章第3
節で述べたように、中国の食品業界には「多、小、散、乱、低」と いう産業的特徴があり、企業によって具体的なCSR
の取組みが異なっている。数 多くの食品企業・業者の全数を対象に、CSR
の重視度や取組みを直接に統計・研 究するのは不可能に近い。本稿では、既存の研究結果を利用し、間接的に食品業 界のCSR
の重視度や取組みについて検討してみたい。109
2009
年から2010
年までの間、中国でCSR
報告を持続的に開示した上場食品企 業はわずか2
社しかなかった。しかも、その2
社は、累計7
部の社会的責任につ いての報告を公開しただけである 254。他の業界と比べ、食品飲料業界は社会的責 任についての報告の開示数がはるかに少ない。このことからCSR
をあまり重視し てこなかったことが読み取れる。2011
年には7
社に増えたが、食品業界の上場企 業では、80
%以上の企業は3
年連続して単独のCSR
報告を発表してこなかったの も事実である 255。食品安全事故が起こった後、食品企業が講じた措置や
CSR
活動の内容を統計・分析した上で、食品企業の
CSR
取組みの実績を検証・評価した研究もある。王春 婭(2017
)は2009
年から2014
年の間、農夫山泉、聖元粉ミルク、双匯、光明、蒙牛、酒鬼酒、福喜、ウォルマート、華聯スーパー、マクドナルド、ケンタッキ ーなどの大手企業が起こした重大な食の不祥事、計
57
件を対象に、食品安全事件 後の企業のCSR
行動を詳しく分析した。王春婭の研究によると、食の不祥事が起 こった後、食品企業が取ったCSR
行動のランキングは慈善・寄付などの地域社会 への貢献責任(58.7
%)、消費者への責任(22.4
%)、環境保護の責任(11.2
%)の 順であった 256。食品企業の
CSR
の基盤は、消費者や地域社会に安全・安心の製品・サービスを 提供することである。食品安全事件・事故が起こった場合、食品企業がもっとも 実行すべきCSR
活動は消費者の安全と健康のための行動である。一刻も早く問題 製品のリコール・廃棄、被害消費者の損害賠償、品質管理体制の強化である。し かし、王春婭の研究結果からすれば、消費者への責任を果たしたのは調査した企 業のうち、わずか1/5
でしかない。食品企業と
CSR
の関係について、次の二つの結論を導くことができる。1つは、食品業界では、
CSR
の意義について、認識が偏っている企業が少なくない。『人民 日報』の社説が指摘しているように、多くの企業は「CSR
活動=危機広報活動・利潤獲得後の寄付」だと誤解している 257。品質の悪い、あるいは有毒有害な食品 の生産・販売を通じて巨額の利益を得た食品企業がその利潤の一部を崇高な名目 で社会に報いたとしても、それは真相を知らない市民の拍手喝采を得ようとした ポーズにすぎない。不祥事が起こった後、直ちに誠心誠意の態度で消費者を救済 したり、品質安全の生産体制を徹底的に構築したりすることこそ、消費者への責
254 商道縦横『中央企業CSR報告実質性分析』2018年1月、4頁
(http://www.syntao.com/syntao/public/uploads/20180206/cdb1ed5d8d23d8a00ec075e91e4d814 c.pdf 2018年10月31日アクセス)
255 王成春「我国食品行業社会責任報告評価研究」陕西科技大学2013年修士論文、26頁。
256 王春婭「食品行业品牌丑闻后CSR行为特征研究」『山西農業大学学報(社会科学版)』2017年 16巻2期、68-76頁。
257 「企业大了,更别忘社会担当」『人民日报』2012年5月4日
(http://opinion.people.com.cn/GB/17804175.html 2018年10月30日アクセス)
110
任を果たすことである。ところが、真っ先に自社の損失を計算した上で、一連の 危機広報活動を巧みに利用し、経営危機をごまかして乗り越えようとする。この ような行動は今後さらなる危険をもたらすに違いない 258。
もう
1
つは、王春婭の研究対象は、あくまでも食品企業の大手である。大手企 業は、中小企業に比べれば、相対的に企業文化の構築に積極的に取り組んでいる。しかし、「多、小、散、乱、低」という食品産業の現実をみれば、食品業界には、
小さい資本規模という限界と経営存続の圧力がある。そのため、多くの中小の食 品企業や零細業者は、
CSR
の重要性をいまだに正確に認識しておらず、CSR
の実 践も行なっていない。それらの業者が利益追求の企業文化をCSR
重視の企業文化 へと転換するには相当の時間がかかるだろう。他方、消費者が食品企業に最も取り組んでほしい
CSR
活動は企業側の理解とは だいぶ異なっている。郭紅玲 259の研究によると、消費者が望むのは、法的責任・経済的責任・倫理的責任・フィランソロピー的責任(慈善・寄付)の順である。
王静ほか 260の研究では、倫理的責任・法的責任・経済的責任・フィランソロピー 的責任の順である。郭と王の研究は
2008
年の「三鹿事件」を挟んで、結論は少し ずれている。ところが、食品企業がCSR
の中で最も重視しているのは、法律遵守 や企業のモラルではなく、フィランソロピー的責任である。これらの研究の結論 からして、CSR
について、企業側の理解・取組みは消費者側の期待とは相当にか け離れているといえるだろう。明らかに、食品業界の
CSR
に対する認識は、消費者への責任をあまり重視して いない。商品・サービスの取引において、消費者は一番重要なステークホルダー である。しかし、企業利益を優先し、食品安全法をないがしろにする市場環境の 下で、食品安全事件が相次いでおり、消費者軽視の企業行動が多く見られている。中国消費者協会が
2017
年の消費者のクレームを統計した結果によると、食品に 対するクレーム件数は合計13551
件であり、商品別トップ5
に入っている(図3-14
参照)261。258 「危机公关异化为"表演"只能引来大危机」『人民日报』2011年4月12日
(http://opinion.people.com.cn/GB/14362975.html 2018年11月2日アクセス)
259 郭紅玲「消费者视野中的企业社会责任-关于企业社会责任的消费者调研」『生態経済』2006年第 2期、74頁。
260 王静・万鵬「企业社会责任要素的消费者认知分析—基于卡罗尔CSR金字塔结构的对比」『中国 集体経済』2009年第30期、23-24頁。
261 中国消費者権益保護網HP「中消协公布2017年全国消协组织受理投诉情况」
(http://www.gov.cn/xinwen/2018-01/31/content_5262466.htm 2018年11月2日アクセス)