第 4 章 日本の食品安全管理の経験と教訓
第 3 節 消費者組織・業界団体などの役割
日本では、消費者側もさまざまな活動を通じて、行政と食品業者に働き掛ける と同時に、食品安全に対して社会監視の目を光らせている。
1.
消費者団体の役割1950
年代後半から1970
年代の初めまでの高度成長期に、日本は大量生産・大 量販売・大量消費の時代が到来するともに、急速な産業・経済の発展も成し遂げ183
た。企業では、大量生産・大量販売のための設備投資に対する管理が間に合わず、
食品への有毒・有害物質の混入や欠陥商品問題や、深刻な公害問題が頻発するよ うになっていた。森永ヒ素粉ミルク事件、水俣病、カネミ油中毒事件、サリドマ イド被害、スモン病、発がん性がある食品添加物の使用など、消費者の生命・健 康が損なわれ、大量の被害者が出る深刻な食品・薬品傷害事件が繰り返し起こっ て、大きな社会問題となった。
そこで、消費者は悲惨な被害、物資の不足、経済的困窮、商品品質問題などに 悩まされた結果、自ら消費者団体を結成し、主に生活協同組合型、情報提供型、
告発型という
3
種類の消費者運動を展開していった 456。その中には、森永ヒ素ミ ルク中毒の子供を守る会、全国消費者団体連絡会、全国地域婦人団体連絡協議会、主婦連合会、消費者科学連合会、日本消費者連盟、日本消費者協会、生活協同組 合などの消費者団体がある。ほかにも、日本弁護士連合会、有識者、弁護士など も消費者運動に加わっている。それらの消費者運動は巨大企業の不正行為に一般 消費者が対抗する方途の
1
つとなった。消費者権利の擁護と実現において、消費者団体が食品安全分野におけるそれぞ れ果たせる役割について、下記の表にまとめた(表
4-16
参照)。表4-16 消費者団体が消費者の権利の擁護において果たせる役割
消費者の権利 消費者団体の役割
食品安全と直 接な関連性の
有無
①
消費生活における 基本的な需要が満 たされる権利
ⅰ 買い占め等円滑な供給を妨げる事業者への働きかけ
ⅱ 適正な供給確保のための行政への働きかけ 〇
ⅲ 共同購入等の仕組みの活用・改善 〇
② 健全な生活環境が 確保される権利
ⅰ 環境破壊企業への働きかけ
ⅱ 環境保全・回復に向けた行政への働きかけ
ⅲ 環境配慮型行動の推進
③ 消費者の安全が確 保される権利
ⅰ 危険商品(リコール製品等)の生活環境・市場からの 排除
〇
ⅱ 商品テスト・事故調査の実施や行政・企業への実施・
改善要望
〇
ⅲ 危害情報の収集と周知 〇
④
自主的・合理的な 選択の機会が確保 される権利
ⅰ 広告・計量などの適正チェック 〇
ⅱ 消費者トラブル情報の収集 〇
ⅲ 消費者啓発・消費者教育の推進 〇
ⅳ 市場独占についての市場調査
ⅴ 問題企業への是正要望 〇
ⅵ 地域連携の推進(見守りネットワークの構築等) 〇
ⅶ 差止め請求(適格消費者団体が中心) 〇
⑤ 必要な情報が提供される権利
ⅰ 消費者関連情報の収集・整理 〇
ⅱ 消費者ニーズに合った情報発信方法の活用 〇
ⅲ 地域連携の推進(見守りネットワークの構築等) 〇
456 丸山千賀子「世界の消費者運動の流れ」
(http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201612_10.pdf 2019年3月1日アクセス)
184
⑥ 教育の機会が提供される権利
ⅰ 消費者教育の実践 〇
ⅱ 消費者教育の担い手育成
ⅲ 地域連携の推進(見守りネットワークの構築等) 〇
⑦
消費者の意見が消 費生活に反映され る権利
ⅰ 各分野における専門性の向上 〇
ⅱ 審議会等への人材供給
ⅲ 行政・立法等への働きかけ 〇
ⅳ 消費者意見の収集・集約 〇
ⅴ 消費者の組織化 〇
⑧
被害者が適切・迅 速に救済される権 利
ⅰ 消費者トラブル情報の収集 〇
ⅱ 紛争解決機関・専門家への橋渡し 〇
ⅲ 地域連携の推進(見守りネットワークの構築等) 〇
ⅳ 訴訟を通じた権利回復(特定適格消費者団体が中心) 〇
( 出 所 ) 拝 師 徳 彦 「 消 費 者 団 体 の 役 割 と 活 動 」『 国 民 生 活 』 2016 年 6 月
(http://www.kokusen.go.jp/wko/data/bn-sundokonjaku.html 2019年3月1日アクセス)により 筆者加筆作成。
戦後から
1980
年代半ばまでは、消費者団体の活動はデモ、不買運動、署名運動、商品テストなどの抵抗型の運動が多かった457。
1990
年代以後、消費者団体による意見表明、政策提案などの法律や制度の創設・改正のための取り組みも活発になっている。『製造物責任法』『食品安全基本法』
などの制定、消費者庁・消費者委員会の設置、公益通報者保護制度、消費者団体 訴訟制度などの成立を促した。
近年は、消費者組織が消費者行政を監視すると同時に、適格消費者団体が各地に 設立されている。それらの団体は消費者の代わりに事業者への訴訟を起こすこと を通じて、事業者の違法行為の停止を求める差止請求、および被害の救済という 適格消費者団体としての特有の活動も行っている 458(表
4-17
参照)。表4-17 戦後日本における食品安全をめぐる消費者運動
時 期 消 費 者 問 題/消 費 者 運 動 法 整 備 や 行 政 へ の 働 き か け
1945年 10月、大 阪 鴻 池 新 田 の 主 婦15人 が 米 穀 配 給 公 団 に 風 呂 敷 を 持 っ て 押 し 掛 け ・ 遅 配 ・ 欠 配 分 の 米 を 要 求 し た 「 米 よ こ せ 事 件 」 発 生
1946年 に 東 京 都 世 田 谷 区 で 「 米 よ こ せ 大 会 」 が 開 催 、 同 年5月19日 に 皇 居 前 広 場 で 労 働 者 や 主 婦 ら 約25万 人 が 集 結 し た「 飯 米 獲 得 人 民 大 会 」( 通 称「 食 糧 メ ー デ ー 」)
の 開 催 、 食 糧 事 情 の 現 状 を 訴 え た が 、 翌 日 の マ ッ カ ー サ ー の 「 暴 民 デ モ 許 さ ず 」 と の 声 明 で 鎮 静 化 し た 。 1948年 牛 肉 価 格 の 高 騰 に 対 し て 大 阪 主 婦 の 会 が 牛 肉 不 買 運
動 を 行 い 、 農 協 か ら 仕 入 れ た 牛 肉 を 安 く 売 っ た 。 10月 、 主 婦 連 合 会 結 成
1950年 主 婦 連 合 会 が 有 害 色 素 オ ー ラ ミ ン の 試 買 テ ス ト を 実 施
厚 生 省 人 口 着 色 料 オ ー ラ ミ ン 使 用 禁 止 (1953年 ) 1951年 3月 、 日 本 生 活 協 同 組 合 連 合 会 設 立
1952年 輸 入 外 米 に 黄 変 米 を 発 見
7月 、 全 国 地 域 婦 人 団 体 連 絡 協 議 会 ( 地 婦 連 ) 結 成 1954年 7月 、政 府 の 黄 変 米 配 給 に 反 対 運 動( 主 婦 連 、日 本 生
協 連 、 婦 人 有 権 者 同 盟 な ど が 陳 情 ・ 抗 議 活 動 )
黄 変 米 の 配 給 禁 止
1955年 森 永 ヒ 素 ミ ル ク 事 件 の 発 生
そ の 事 件 の 被 害 児 の 親 た ち な ど は 相 次 い で 「 被 災 者 家 族 中 毒 対 策 同 盟 」 、 「 森 永 ミ ル ク 被 災 者 同 盟 全 国
製 造 物 責 任 法 が 施 行 さ れ る 前 で 、 過 失 責 任 主 義 で あ っ た た め 一 審 で は 森 永 に 無 罪 判 決 が 出 さ れ た が 、1973年 に な っ て 有 罪 判 決 と な っ た 。
457 音好宏、莫广瑩、鄭秀、金廷恩「メディアに描かれた消費者運動・団体」『コミュニケーショ
ン研究』2007年、101-132頁。
458 拝師徳彦「消費者運動の昔・今・これから 消費者団体の役割と活動」『国民生活』2016年6 期(http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201606_10.pdf 2019年3月12日アクセス);全国消 費者団体連合会HP 「消費者運動と全国消団連の歩み」
(http://www.shodanren.gr.jp/about/history.php 2019年3月12日アクセス)
185
行 議 会 」 、 「 森 永 ミ ル ク 中 毒 の 子 供 を 守 る 会 」 を 結 成 し 、 行 政 ・ 業 者 を 対 象 に 損 害 賠 償 を め ぐ る 交 渉 や 裁 判 を 起 こ し 、 森 永 製 品 不 買 運 動 を 行 な っ た 。
1973年12月 、守 る 会 、厚 生 省( 国 )、森 永 乳 業 に よ り 、 よ う や く 「 三 者 会 談 確 認 書 」 が 締 結 さ れ 、 被 害 者 を 恒 久 救 済 す る こ と で 合 意 し 、 森 永 乳 業 は 救 済 資 金 を 拠 出 す る こ と を 約 束 し た 。 こ の 合 意 に 基 づ い て 被 害 者 恒 久 救 済 の た め の 「 ひ か り 協 会 」 ( 現 、 公 益 財 団 法 人 ひ か り 協 会 ) が1974年4月 に 設 立 さ れ た 。
1956年 熊 本 県 水 俣 病 発 生 、 被 害 者 は 訴 訟 で 賠 償 を も と め る 12月 、 全 国 消 費 者 団 体 連 絡 会 ( 全 国 消 団 連 ) 結 成 消 費 者 団 体 に よ る 連 携 が 全 国 に 広 が り 、 そ の
ネ ッ ト ワ ー ク は 大 き な 社 会 発 信 力 を 持 っ た
1968年 、 国 は チ ッ ソ の 工 場 排 水 が 水 俣 病 の 原 因 と 認 め 、 チ ッ ソ は 原 因 と な っ た ア セ ト ア ル デ ヒ ド の 製 造 を 中 止 し た 。
患 者 の 救 済 に 関 し て 、 国 が 定 め た 水 俣 病 認 定 基 準 を 巡 る 訴 訟 が 続 い た 。 政 府 か ら も 解 決 策 が 出 さ れ 、 ま た 、 最 高 裁 判 所 が 国 の 認 定 基 準 よ り 幅 広 い 救 済 を 認 め る 判 決 を 出 し た 。2009年 に は 水 俣 病 被 害 者 の 救 済 及 び 水 俣 病 問 題 の 解 決 に 関 す る 特 別 措 置 法 が 成 立 し た 。
1957年 (1964年 ) 粉 末 ジ ュ ー ス の 表 示 不 正 に 対 す る 主 婦 連 合 会 に よ る 不 良 ジ ュ ー ス 追 放 運 動
2月、第 1 回 全 国 消 費 者 大 会 開 催「 消 費 者 宣 言 」採 択
こ の 表 示 を め ぐ り 裁 判 に も 発 展 し 、 最 高 裁 で は 公 正 競 争 規 約 の 表 示 に 対 し て 消 費 者 に は 不 服 申 し 立 て の 権 利 が な い と 敗 訴 判 決 を 受 け た 。 し か し 、 裁 判 中 に 公 正 取 引 委 員 会 が 業 者 に 対 し て 無 果 汁 と 表 示 を す る よ う に 告 示 を し た の で 、 実 質 的 に は ジ ュ ー ス の 表 示 に つ い て 適 正 化 が 図 ら れ た 。
1960年 8月 、 国 際 消 費 者 機 構 (IOCU) 結 成
9月 、偽 牛 缶 の 発 覚 、主 婦 連 合 会 な ど 消 費 者 の 批 判 が 高 ま っ た
表 示 の 適 正 化 が 求 め ら れ 、1962年 に は 景 品 表 示 法 が 制 定 さ れ た 。
1962年 5月 、 サ リ ド マ イ ド 事 件
5月 、ケ ネ デ ィ 米 大 統 領「 消 費 者 の 4 つ 権 利 」宣 言( ア メ リ カ )
1966年 8月 、主 婦 連 、ユ リ ア 樹 脂 製 食 器 か ら ホ ル マ リ ン 検 出 8月 、 通 産 省 、 ユ リ ア 樹 脂 製 食 器 でJIS以 外 は 販 売 禁 止 を 勧 告
10月 、厚 生 省 、プ ラ ス チ ッ ク 製 食 器 の 新 し い 衛 生 基 準 を 告 示
1967年 5月 、 ポ ッ カ レ モ ン の 不 当 表 示 事 件 に 対 し て 、 消 費 者 の 批 判 高 ま る
1967年6月 、公 正 取 引 委 員 会 、レ モ ン 飲 料7社 に 排 除 命 令
1973年3月 、公 正 取 引 委 員 会 、「 無 果 汁 の 清 涼 飲 料 水 な ど に つ い て の 表 示 」 を 指 定 ( 告 示 )
1968年 カ ネ ミ 油 (PCB) 中 毒 事 件 サ リ ド マ イ ド 事 件 (1962年 ) や カ ネ ミ 油 症 事 件 (1968 年 ) な ど の 大 量 生 産 品 に よ る 健 康 被 害 の 増 大 も 深 刻 化 。 消 費 者 問 題 が 多 発 す る よ う に な り 、 兵 庫 県 が1965年 に 生 活 科 学 セ ン タ ー を 設 立 し 、 こ れ が モ デ ル と な っ て 全 国 に 行 政 の 支 援 に よ る 消 費 生 活 セ ン タ ー が 設 立 さ れ る よ う に な っ た 。
ま た 、 初 め て の 国 に よ る 被 害 者 に 対 す る 公 的 救 済 と し て 2012年 に「 カ ネ ミ 油 症 患 者 に 関 す る 施 策 の 総 合 的 な 推 進 に 関 す る 法 律 」 が 成 立 し た 。
1969年 ・ 牛 乳 のPCB汚 染 問 題 化
・ 人 工 甘 味 料 チ ク ロ の 発 が ん 性 問 題
11月、経 済 協 力 開 発 機 構(OECD)に 消 費 者 政 策 委 員 会
(CCP) 設 置 1970年 ・業 者 の 合 成 甘 味 料 の チ ク ロ の 使 用 に 対 し 、消 費 者5
団 体 、 「 チ ク ロ 追 放 消 費 者 大 会 」 で 合 成 甘 味 料 の チ ク ロ 入 り 食 品 不 買 を 決 定
・ 農 村 女 性 の 母 乳 か らBHC・DDT検 出 さ れ る
厚 生 省 人 工 甘 味 料 ズ ル チ ン ・ チ ク ロ の 使 用 禁 止 消 費 生 活 セ ン タ ー 設 立
1971年 4月 、主 婦 連 は「 果 実 飲 料 な ど の 表 示 に 関 す る 厚 生 競 争 規 約 」 に 不 服 申 し 立 て
5月 、日 本 消 費 者 連 盟 、乳 児 用 粉 ミ ル ク に つ い て 薬 事 法 違 反 等 で 大 手 乳 業 メ ー カ ー を 告 発
12月 、 農 林 省 、BHCとDDTの 全 面 禁 止 (1971年 )
1972年 4月 、 魚 類 のPCB汚 染 問 題 化 に 対 し 、 全 国 消 団 連 が
「PCB追 放 大 会 」 開 催
5月 、日 本 消 費 者 連 盟 、ヤ シ 油 入 り 牛 乳 密 造 の 明 治 乳 業 を 追 及
1973年 6月 、 全 国 消 団 連 がPCB汚 染 魚 の 追 放 を 水 産 庁 に 申 し 入 れ
6月 、「 食 品 衛 生 法 」 改 正 1973年 1月 、 消 費 者 団 体 と 消 費 者 連 盟 、「 石 油 タ ン パ ク 検 討
会 」 で 飼 料 化 反 対 を 申 合 せ
4月 、千 葉 ニ ッ コ ー 株 式 会 社 製 造 の 食 用 油 に 熱 媒 体 ビ フ ェ ニ ル が 混 入 し た 事 件
3月 、 公 取 委 、「 無 果 汁 の 清 涼 飲 料 水 等 に つ い て の 表 示 」 を 指 定 ( 告 示 )
1974年 豆 腐 や ね り 製 品 な ど の 殺 菌 剤 と し て 使 わ れ て い た AF2が 強 力 な 突 然 変 異 誘 起 物 質 で あ る と 学 者 グ ル ー プ が 発 表 。
7月 、 消 費 者34団 体 ( 地 域 の 草 の 根 グ ル ー プ か ら 全 国 的 な 消 費 者 団 体 ま で ) が 食 品 添 加 物 のAF2を 追 放 す る 総 決 起 大 会 開 催 、 追 放 運 動 を 展 開 す る
食 品 メ ー カ ー 使 用 中 止 回 答 、 地 方 議 会 の 採 択 。 つ い に8 月 に 厚 生 省 は 発 ガ ン 性 認 め 、AF2を 全 面 禁 止 に 。