• 検索結果がありません。

市場経済期の食品安全問題の頻発

第 2 章 地方の現場における食品安全管理の実態

第 3 節 市場経済期の食品安全問題の頻発

前述したように、市場経済期に入って以来、中国の食品安全問題はいっそう深刻にな ってきた。市民の食品安全に対する関心も高まっているため、中央政府はその問題に対 処するため、食品安全管理体制の改革を幾度も行った。しかし、食品安全問題の頻発を 食い止めることはできなかった。

その理由は、世界各国に共通する諸要因のほかに、中国独自の要因も作用しているか らである。それらの要因は複雑に絡み合いながら、中国の食品安全を脅かしている。以 下では、主に行政管理上の要因、経済的要因、社会的要因、消費文化の要因の

4

つに分 けて検討する。

1.

行政管理の要因

食品安全の行政管理を支えるには、法規体系、監督体系、基準・検査管理体系、社会 的信用体系、という

4

つの体系が欠かせない。

1

)法規体系

中国では食品安全管理に関する法令がまだ整備されておらず、そのために行政管理の 失敗を招いていることについて、すでに第

2

節で触れた。そのような事例はまたある。

食品の生産・販売の市場参入基準について、多くの関連法規は存在するものの、その 内容は荒けずりで、実行性に欠けている。たとえば、重金属に汚染された土壌に農産 物を栽培することを強制的に禁止する法規がないことは、「カドミウム米汚染米」

の市場流通を防ぐことができなかった。農産物の生産過程において、肥料の乱用 を制限する法律がない。生体豚の屠殺処理に関する規定はあるが、犬・猫などの 動物の屠殺・検疫に関する法規はない。スーパーと百貨店などで売られる量り売りの 食品に対し、『分散包装食品管理弁法』(衛生部発布)を適用しているが、農貿市場と 飲食店の量り売りの食品に対しては、明確な規定がない。

そのほかに、不合格食品のリコール、廃棄食品の回収処理について、『食品安全法』

は一般原則を規定しているが、日本の『食品リサイクル法』のような食品回収処分 に関する具体的な法規は存在しない。そのことは、「地溝油」などの食品安全事件 が発生する一因になった。

事前予防や罰則に関する法整備が不十分であるため、違法行為に対する規制が

130 同上、368頁。

63

できていない。ほとんどの食品安全事件は摘発・報道されてからはじめて、関係 行政部門が慌てて「亡羊补牢(羊に逃げられてから檻の修繕をする)」の措置を講じてい る。これでは、消費者の被害を防ぐことはできない。

2

)監督体系

行政管理・監督のシステムにおいて、行政的な縦割り管理や部門利益の追求の弊害が 依然として残っている。各部門の間に、監督職責の間隙が生じたり、重複があったりす る。結局、利権にかかわる分野には、各関連部門は一斉に関与したがるが、利益がない 分野であったり、重大な事故が発生したりした場合には、互いにたらいまわしにしたり、

責任逃れをしたりすることがよく起こる。

2001

年、生産許可証の認定費や罰金などの収入をめぐって、鄭州市の市レベルの「饅 頭(中国式の蒸しパン)弁公室」と各区レベルの「饅頭弁公室」はマントー生産業者に対 する管轄権の「争奪戦」を行った131

その上、各地方市場の分断や各地方政府の

GDP

指標の追求は地方保護主義を招く傾 向にあるが、地方保護主義が食品安全管理の障害となることも少なくない。

また、深刻化・複雑化する違法行為と旧来型の監督方式との齟齬、食品安全保 障に関連する技術や機器の欠如、現場における監督の不徹底なども食品安全管理 があまり機能していないことの理由として挙げられる。

3

)基準・検査管理体系

食品安全管理は科学的な検査基準を基に実行されなければならない。地方では、長い 間、部局ごとに独自の食品安全管理の基準を設定していた。それらのバラバラの基準で は、重複したり、欠落部分があったり、相互に矛盾したりするなどの問題が発生してい る。それに加えて、検査方法についての基準もしばしば欠けているところがあり、食品 安全の管理に多大な支障をもたらしている。

農産品の基準を例として説明する。

2015

年の統計によると、農産品基準の

5000

項目の中に、農産品加工類の基準はわずか

701

項目だけで、全体の

14

%しか占め ていなかった 132。そのうち、汎用性のある食用農産品加工に関する基準は全体の

3.6

%に過ぎなかった 133

131 捜狐HP 2001313日記事「郑州市、区两级馒头办上演馒头大战

http://news.sohu.com/62/74/news144327462.shtml 2019325日アクセス)

132 中国農業部HP 2013627日に発布した「农业部办公厅关于印发『20142018年农产品 加工(农业行业)标准体系建设规划』的通知」

http://jiuban.moa.gov.cn/zwllm/ghjh/201306/t20130627_3505314.htm 2018217日アク セス)

133 尹世久・呉林海・王暁莉・瀋輝峰など著『中国食品安全発展報告2016』北京大学出版社、2016 年、52頁。

64

そのほかにも、農業の基準には、体系性に欠ける(特に農産品の一時加工基準の欠如)、 基準の科学性と適用可能性が不十分である、規制対象が明確にされていない、根 拠が不十分である、業界発展水準と国際基準とが合致していない、農産品の生産・

ランク付け・加工・貯蔵などに関する別々の基準がない、実施の効果が低いなど の欠点がある 134

農薬基準の管理でも、中国は先進諸国より遅れている。

600

種類以上の農薬原薬、

22000

種類以上の農薬製剤はすでに登録されているが、そのうち、

378

種類の農薬につ

いては

12

大類の食品に使用する際の最大残留制限基準MRLs)

2650

項目しか決め られていない。その項目数は

CAC

3338

項目、米国の

11000

以上の項目、日本の

51600

以上の項目、

EU

145000

項目よりはるかに少ない135。その

378

種類の農薬のうち、

検査方法がすでに決まっているのは

228

種類でしかない136

食品の生産段階の品質検査基準は

3000

項目以上あるが、流通段階の基準はわず か

100

余りの項目しかない。生産段階の品質を保証できても、流通段階の品質は 保証されていない 137

前述したように、検査設備の不足や検査能力の低いレベルも食品安全管理、特に、行 政管理の末端レベルにおける現場の業務の効力を制限している。

たとえば、無公害肉類の検査項目は約

40

項あり、全数検査する場合数日かかる だけではなく、

10000

元の費用も企業にとって、多大な経済負担になっている 138。 主要な農産品卸売市場に備えつけられている残留農薬の快速検査設備で野菜を検 査した場合、速くとも

30

分ぐらいかかる。結果が出る前に、野菜がすでに売られ てしまっているため、タイムリーかつ有効な食品流通管理とは言いがたい。

検査技術レベルの遅れは食品安全管理の現実の需要に追い付いていない。

2011

9

月から、国家衛生部は専門科学技術者を組織して、「地溝油」の検出検測技術の研究に 取り組み始めたが、今に至っても、実効性のある検測技術はまだ開発されていない139

4

)社会的信用体系

中国では、すでに

2013

年から中国人民銀行信用調査センターによって企業や個 人に関する信用情報基礎データベースを構築している。

2015

年から民間の信用調 査機関の「芝麻(ヂーマー/ゴマ)信用」と情報共有を始めた。違約時の罰則や遵守時

134 中国農業部HP 2013627日に発布した「农业部办公厅关于印发『20142018年农产品 加工(农业行业)标准体系建设规划』的通知」

http://jiuban.moa.gov.cn/zwllm/ghjh/201306/t20130627_3505314.htm 2018217日アク セス)

135 旭日幹・厖国芳主編『中国食品安全现状,问题及对策战略研究』科学出版社、2016年、64頁。

136 同上。

137 前掲『大国粮食问题:中国粮食政策演变与食品安全监管』、149頁。

138 同上、145頁。

139 中国検験検疫科学研究院、戴華・彭涛主編『国内外重大食品安全事件応急処置与案例分析』中 国質検出版社・中国基準出版社、2015年、128頁。

65

の奨励策を社会的に広めようとしている。

食品安全の管理において、元の国家食品薬品監督管理局は

2004

年に「国家食品 薬品監督管理局が食品安全信用体系を構築することに関する試行工作方案」を発 布し、食品企業の信用監督を試みている。各地方の食品安全監督管理部門も食品 業者を対象に食品安全信用情報監督体系の構築を進めている。

2017

年までに、

5000

社の企業からなる食品安全信用管理体系が構築されている 140

しかし、市場におけるインセンティブと淘汰のメカニズムはまだ完全とはいえ ない。信用を失墜した経営者に対する罰則がまだ軽いし、中小企業への規制効果 がまだ限られているため、消費者権益を侵害する行為は頻繁に発生している。消 費者にとってまだ安心・安全にはほど遠い現状が続いている 141

零細・中小業者の数が圧倒的に多い食品市場では、業者の信用体系は未だ期待 される役割を果たしていない。

2.

経済的要因

中国で食品安全問題が頻発する経済的要因として、次の

3

点が挙げられる。

1

に、食品市場では日々、新しい商品・技術・取引関係の変化が起こってい る。

改革前、食品の品種は少なく、供給も不足していた。食品安全の管理は相対的 に容易であった。しかし、現在、食品工業はすでに

4

大種類、

22

中種類、

57

小種 類、

1

万以上の種類に及んでいる 142

2011

年の全国の肉類、ミルクの消費量はそ れぞれ

1980

年の

7

倍、

30

倍に増加している。食品品目の種類と数量の増加は食 品安全リスクと食品安全管理の難しさを増幅している。

2

に、第

1

章第

3

節の

2

で述べたように、改革開放後、食品市場において「多、

小、散、乱、低」の産業組織構造が形成された。そのような産業構造の下で、食品安全 リスクは高まる一方である。

先進国では、ほぼ

100

%の肉類と

95

%以上の野菜・果物の流通はコールドチェ

ーンCold Chain Logisticsという方式を採用し、周辺環境から食品安全を保障して

いる。中国では、

80

%以上の生鮮食品は常温条件下の保存・流通・粗加工が行わ れており、洗浄・選別・包装もされていない。また、冷蔵・冷凍などの保存設備

140 「张崇和对食品行业组织和食品行业企业发展提四点建议」『中国食品報』20181130

http://www.ce.cn/xwzx/gnsz/gdxw/201811/30/t20181130_30910845.shtml 2019325日ア クセス)

141「中消协报告:消费信心较充足信用建设需加强」『法制日報』2019318

https://www.creditchina.gov.cn/hangyexinyong_824/zonghedongtai/hangyexiehuishanghui/20 1903/t20190318_150079.html 2019325日アクセス);信用中国HP 2018424日「食 品安全信用監管制度的建設与挑戦」

https://www.creditchina.gov.cn/home/zhuantizhuanlan/aWeek/xinyongxingui/201804/t201804 24_113963.html 2019325日アクセス)

142 前掲『中国食品安全風険治理体系与治理能力考察報告』、217頁。