第4章 中古日本語の音韻構造
4.1.4 音素分布
『源氏物語』における和語名詞の音素分布表を出現位置別に作成した。語頭〈音素表
4.1-1〉
,語末〈音素表4.1-2〉
,語全体〈音素表4.1-3〉の音素表をそれぞれ作成し,表は
別紙資料として稿末にあげる。稿末別紙資料〈音素表
4.1-1〉は,語頭における音素分布である。子音音素,母音音素,
拍の出現率を【表
4.1.2】
【表4.1.3】
【表4.1.4】にまとめる。上段は度数,下段は子音総
数,母音総数,拍総数を分母とする百分率である。37
【表
4.1.2】
『源氏物語』和語名詞の語頭における子音の音素分布X x k g s z t d n h b m r
768 388 613 1 326 1 383 2 208 484 3 393 0
21.5 10.9 17.2 0.0 9.1 0.0 10.7 0.1 5.8 13.6 0.1 11.0 0.0
N M G Q 合計
0 0 0 0 3570
0.0 0.0 0.0 0.0 100.
【表
4.1.3】
『源氏物語』和語名詞の語頭における母音の音素分布a i u e o
Ø
計1254 750 664 107 795 0 3570 35.1 21.0 18.6 3.0 22.3 0.0 100.0
【表
4.1.4】
『源氏物語』和語名詞の語頭多頻度拍拍 /ka/ /Xa/ /ko/ /hi/ /Xo/ /Xi/ /Xu/ /ha/ /mi/ /ta/
度数 254 246 199 198 182 171 165 144 139 135 百分率 7.1 6.9 5.6 5.5 5.1 4.8 4.6 4.0 3.9 3.8
子音音素で,最も多く出現するのは,/X/(単独母音拍の子音部)
21.5%であり,続い
て/k/の17.2%,/h/の 13.6%と続く。
『万葉集』と大きく変わらない結果である。母 音音素では,語頭において最も多く現れるのは/a/の35.1%で,
その次は/o/の22.3%,
/i/の
21.0%と続く。/e/の出現率は 3.0%とやはり低い。拍では,ア行は/Xe/以外
は,すべて上位に入っている。『万葉集』では,/Xa/が
9.5%で最も多く,次が/ka/の 7.0%であった。和語名詞の語頭において/Xa//ka/はよく使用される拍である。
稿末別紙資料〈音素表
4.1-2〉は,語末における音素分布である。子音音素,母音音素,
拍の出現率を【表
4.1.5】
【表4.1.6】
【表4.1.7】にまとめる。上段は度数,下段は子音総
数,母音総数,拍総数を分母とする百分率である。【表
4.1.5】
『源氏物語』和語名詞の語末における子音の音素分布X x k g s z t d n h b m r
16 194 334 117 465 57 448 142 243 320 121 499 611 0.4 5.4 9.4 3.3 13.0 1.6 12.5 4.0 6.8 9.0 3.4 14.0 17.1
38
N M G Q 合計
0 3 0 0 3570
0.0 0.1 0.0 0.0 100.0
【表
4.1.6】
『源氏物語』和語名詞の語末における母音の音素分布a i u e o
Ø
計926 1289 146 569 637 3 3570 25.9 36.1 4.1 15.9 17.8 0.1 100.0
【表
4.1.7】
『源氏物語』和語名詞の語末多頻度拍拍 /ri/ /sa/ /mi/ /ki/ /to/ /hi/ /si/ /ma/ /ro/ /ra/
度数 268 259 207 188 184 166 150 138 138 119 百分率 7.5 7.3 5.8 5.3 5.2 4.6 4.2 3.9 3.9 3.3
子音音素では,語頭において,最も多く出現した/X/はほとんど出現しない。母音が語 中や語末に来るのを嫌ったことがまだ継続している。最も多いのは/r/の
17.1%,次い
で/m/の14.0%,/s/の 13.0%,/t/の 12.5%と続く。
『万葉集』における名詞の調 査結果とは,少し異なる。『万葉集』においては,/r/と/m/の順位が異なり,/h/が 3番目であった。名詞の数としては,260語,増えただけであるが,/r/の出現率が上が り,歯茎音/s//t/が,両唇音であった/h/を上回っている。歯茎音の出現率が高くな っている。母音音素では,語末においては,/u/の出現率が低い。最も多い母音は,/i/の
36.1%
で,/a/の
25.9%がこれに次ぐ。
『万葉集』と比較すると,/u/の出現率が低いのは同 じだが,甲乙の区別をしないとしたら,『万葉集』では,32.1%であるから, 4.0
ポイント,/i/の出現率が高くなっている。
拍では,語末においては,母音/i/の出現率が高いこともあり,上位
10
のうち,半数 が/i/を伴う拍である。『万葉集』では,/ri/は,2番目に多く出現し,5.9%であった
から,1.6ポイント増え,最も多く出現する拍となった。/sa/が
7.3%も使用されていることについて,簡単に触れる。語末に「さ」を持つ語
は,「朝」/Xa sa/,「笠」/ka sa/,「草」/ku sa/や,これらの語を後項に持つ複合 語が考えられるが,『万葉集』から,それほど「さ」を語末に持つ名詞が増えるとは思われ39
ない。語末に「さ」を持つ語のほとんどは,「あさましさ」「おぼつかなさ」のように,形 容詞の語幹に接辞の「さ」がついて名詞となった語である。『万葉集』にも「楽しさ」「苦 しさ」など,形容詞から派生した名詞もあるが,多くは,「草」「笠」を後項に持つ複合語 である。出現位置別の多頻度拍の成分を調べることによって,拍の文法性9を見ることがで きると言えよう。『万葉集』では,際立って多くなかった拍が,『源氏物語』で多く使用さ れ,その後,どのような歴史をたどるかを見ることによって,形容詞の派生名詞の特性の 歴史の一端,言い換えるならば,名詞の語構成の歴史が見えるかもしれない。あるいは,
それは,作品の特徴を捉えていることになるのかもしれない。本研究では,詳しく言及し ていないので,可能性の示唆にとどめる。
稿末別紙資料〈音素表
4.1-3〉は,語全体における音素分布である。子音音素,母音音
素,拍の出現率を【表4.1.8】
【表4.1.9】
【表4.1.10】にまとめる。上段は度数,下段は
子音総数,母音総数,拍総数を分母とする百分率である。なお,半母音は計算する際,考 慮に入れていない。【表
4.1.8】
『源氏物語』和語名詞の語全体における子音の音素分布X x k g s z t d n h b m r
1059 918 1914 715 1446 226 1786 568 878 1327 423 1556 1266 7.5 6.5 13.5 5.1 10.2 1.6 12.6 4.0 6.2 9.4 3.0 11.0 9.0
N M G Q 合計
4 50 0 0 14136
0.0 0.4 0.0 0.0 100.0
【表
4.1.9】
『源氏物語』和語名詞の語全体における母音の音素分布a i u e o
Ø
計4561 3373 1930 1045 3173 54 14136 32.3 23.9 13.7 7.4 22.4 0.4 100.0
【表
4.1.10】
『源氏物語』和語名詞の多頻度拍拍 /ka/ /si/ /to/ /ta/ /sa/ /ma/ /ko/ /mi/ /hi/ /ki/
度数 656 584 581 518 499 496 495 480 466 407 百分率 4.6 4.1 4.1 3.7 3.5 3.5 3.5 3.4 3.3 2.9
40
語全体において,子音音素では,/k/の
13.5%が最も多く,次いで,/t/の 12.6%,
/m/の
11.0%,/s/の 10.2%と続く。まだハ行転呼音を起こしていないと設定している
ので,/h/はその次の
9.4%である。
『万葉集』と比較すると,ほぼ同様の結果であるが,『万葉集』においては,/m/,/x/(単独半母音拍の子音部)の出現率が,やや高い。
母音音素で最も多いのは,/a/の
32.3%,次に/i/の 23.9%,/o/22.4%と続く。和
語名詞が調査対象なので,特殊拍はほとんど出現しない。撥音で出現するのは,ほとんど が,マ行が音便化した/M/である。/M/
「朝臣(あそん)」「髪挿(かんざし)」「上達部(かんだちめ)」「西東(にしひんがし)」
「御息所(みやすんどころ)」「女(をんな)」など。
/N/4例のみ
「仮名(かんな)」「北の政所(まんどころ)」「政所(まんどころ)」「真名(まんな)」