第 6 章 NIEs は NIEs・ASEAN における技術発信源となりうるか
2. 韓国、台湾、シンガポールの技術普及分析の先行研究について
韓国、台湾、シンガポールで増加が顕著な製造業種別研究開発ストックに注目して、そ れぞれの国内・域内、そしてNIEs・ASEAN域内での技術普及についての先行研究をまと める。
(1)韓国、台湾、シンガポールの国内での技術普及
カントリーデータではアジア諸国の研究開発ストックを説明変数に入れた技術普及の先
63 Brahmbhatt and Hu(2010)は、東アジア7カ国・地域の特許の被引用国を調べたところ、日米からの
引用が圧倒的に多いことに加えて、水準は低いものの域内からの引用、特に韓国と台湾からの引用が増え ていることを示した。
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行研究は存在する。Madden and Savage(2000)は1980~1995年までのアジア諸国(韓国、
シンガポール、インド、インドネシア、タイ)の国内研究開発ストックを算出して説明変 数として加えて技術普及分析を行った。同分析での有意な推定値に基づき算出したアジア 各国の全要素生産性の内外研究開発ストックに対する弾力性は、国内の同弾力性は 0.2725
~0.2940であるのに対して、海外の同弾力性は0.0106~0.0739とかなり小さい。ただし、
元となる海外研究開発ストックの係数がアジア各国同一をとるとして算出されているため、
各国別に算出された同弾力性が過小評価されている恐れがある。Madden, Savage and Bloxham(2001)も同期間のアジア諸国(台湾、韓国、シンガポール、インド、インドネシ ア、タイ)の国内外研究開発ストックを説明変数として入れた技術普及分析である。国内 研究開発ストックの係数に対する推定値は有意で0.302~0.303であるのに対して、海外研 究開発ストックのそれは各国別に算出されており、韓国、シンガポール、インドは有意で なかったが、台湾は 1.987~1.992、インドネシアは 1.950~1.987、タイは 2.124~2.128 と国内の係数に対する推定値を上回って有意となっている。Luh and Shih(2006)は1978~
1992年までの日韓台のカントリーデータを扱っており、韓国の国内研究開発ストックの係 数に対する推定値は有意で 0.36~0.45であるのに対して、海外のそれは有意でかつ 1.888
~2.011と国内のそれよりも大きい。一方、台湾の国内研究開発ストックの係数に対する推 定値は有意であるが0.08と韓国より大きく下回る一方で、海外のそれはマイナスとなって いて海外からの技術普及が確認されなかった。1955~2006年までのアジア6カ国・地域を 分析対象としたAng and Madsen(2013)は国内研究開発ストックの係数に対する推定値は
有意で0.142~0.235であるのに対して、輸入経由の海外研究開発ストックのそれは有意だ
が 0.082~0.131 と 国内 の そ れ を や や 下 回 る。 た だ し 、 こ の 推 定 値も Madden and Savage(2000)と同様に係数がアジア各国同一であるという前提に立って算出されているた め、過小評価されている恐れはある。
次に韓国と台湾で業種別データや企業データ等を使った技術普及分析を見ていく。まず 韓国では、Kim and Park(2003)は、1970~96年までの製造業9業種データを使った技術 普及分析で、国内研究開発ストックの係数に対する推定値は有意で0.034~0.100であるの に対して、海外の同係数に対する推定値は有意でかつ0.076~0.182と国内のそれを上回る。
一方、Kwon(2003)は 1987~96 年までの製造業 15 業種を使って技術普及分析を行い、国 内研究開発支出シェアの係数に対する推定値が有意で0.259~0.329を示しているのに対し て、海外のそれは有意でない結果となった。ただし、その後の韓国の技術普及研究を見る と、国内よりも海外研究開発ストックの技術普及力の方が大きいものが多い。Kim and
Park(2006)は上記の2003年に行った研究で扱ったデータをもとにして2003年の分析とは
異なる指数に基づいて計測した生産性データに切り替えて技術普及分析を行った。その結 果、国内研究開発ストックの係数に対する推定値は有意で0.55~0.75であったのに対して、
海外のそれは有意でかつ0.105~0.122と国内のそれを上回っている。Singh(2006)は1970
~2000 年までの製造業 28 業種データを扱っており、国内研究開発ストックの係数に対す る推定値は有意で 0.016~0.095であったが、海外のそれは有意かつ 0.077~0.103 と国内 のそれを上回っている。1981~1999 年までの製造業 13 業種のデータを使った Kim,
Maskus and Oh(2009)では、国内研究開発ストックの係数に対する推定値は有意で0.051
であるのに対して、海外のそれは有意かつ0.261と国内を上回る。
韓国の先行研究の中には、国内の当該産業以外の他産業の研究開発ストックからの技術 普及に注目して産業連関表の投入産出指数をウェイトにして国内他産業の研究開発ストッ クを積み上げて作成したものを説明変数として投入している。同変数の係数に対する推定 値はKim and Park(2003)では0.076~0.137、同(2006)では0.063~0.090、Singh(2006) では0.032~0.033、Kim, Maskus and Oh(2009)では0.117(FMOLSでは0.032)となっ ており(いずれも有意)、概ね国内の当該産業の研究開発ストックのそれよりも大きいが、
海外の同ストックより小さい結果となった。
台湾では、Cheng and Yang(2006)は1990~97年までの上場企業79企業のデータを使っ
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て技術普及分析を行っている。自社の研究開発ストックの係数に対する推定値は有意で
0.020~0.022であるのに対して、海外研究開発ストックのそれは有意だが0.018~0.034と
なっており、自社の同推定値を上回るわけではない。ただ説明・被説明変数の成長率で実 証分析すると、自社の研究開発ストックの係数に対する推定値(0.011、有意)よりも海外 研究開発ストックのそれ(0.012~0.021、有意)の方が大きい結果となる。一方、Branstetter
and Chen(2006)は、1986~1995年までの事業所2,636ヶ所、1990~1997年までの上場企
業 279 企業のデータを使って行った分析結果によると、国内研究開発支出の係数に対する 推定値は有意でそれぞれ0.012~0.034(事業所)、0.039~0.040(企業)であるのに対して、
技術輸入額のそれは有意だが、それぞれ0.006~0.013(事業所)、0.010~0.011(企業)と
なった。Cheng , Hsiao and Yang(2008)は1980~90年代の4時点の産業連関表データを使
った技術普及分析を行い、輸入を経由した技術普及は有意に存在するものの、その影響力 は国内産業間の技術普及より小さいことを明らかにした。1990~2003 年までの電機企業 219企業データを使ったTseng(2008)では、国内の研究開発ストックの係数に対する推定値
は有意で0.1299~0.3370であるのに対して、技術輸入額を用いて算出した海外知識ストッ
クのそれは有意でなかった。また最近ではHsu and Chuang(2014)では2003~07年までの ハイテク企業334企業のデータを使った技術普及分析を行った64。国内研究開発ストックの 係数に対する推定値は有意で0.514~1.254であるのに対して、海外のそれは有意だが0.141
~0.713に過ぎない結果となった。
先行研究をまとめると、韓国、台湾、シンガポールなどアジア地域において国内研究開 発ストックを説明変数として追加した場合、同係数に対する推定値はプラスで有意となっ た。海外研究開発ストックの係数に対する推定値と比べると、韓国の場合、有意な差があ るとは言えないものの、概ね国内の研究開発ストックよりも海外の同ストックの方が技術 普及の影響力が大きいと言える(Kim and Park(2003)、Kim and Park(2006)、Singh(2006)、
Kim, Maskus and Oh(2009))。一方、台湾の場合、海外研究開発ストックの算出方法に問
題は残るものの65、内外どちらの研究開発ストックの方が技術普及の影響力が大きいかはっ き り と 言 え な い (Luh and Shih(2006)、Cheng and Yang(2006)、Branstetter and Chen(2006)、Tseng(2008)、Hsu and Chuang(2014))。
(2)韓国、台湾、シンガポールからNIEs・ASEANへの技術普及
韓国、台湾、シンガポールにおける業種別研究開発ストックの増大は国内のみならず、
国外、とりわけNIEs・ASEANにも域内貿易の拡大を通じて技術普及の影響を及ぼしてい ると考えられる。
途上国間の技術普及についてはWang(2007)の研究が挙げられる。Wangは1976~98年 までの途上国25カ国の製造業16業種ないし12業種それぞれの生産性について南北貿易関 連研究開発ストックに加えて、南南貿易関連研究開発ストックを説明変数とした技術普及 分析を行っている66。分析結果によると、南南貿易同ストックの係数に対する推定値は有意
だが0.049となり、南北貿易のそれ(0.274、有意)と比較すると、技術普及の影響力は2
割以下に過ぎない。業種別に見ると、南南貿易関連研究開発ストックの係数に対する推定 値が有意である業種は3業種に限られ、紙・紙製品・印刷(同推定値は0.091)、金属製品
(同0.176)、窯業土石(同0.131)と研究集約的でない業種となっている。
NIEs・ASEANに特化した分析として、Park(2004)、Ang and Madsen(2013)が挙げら
れる。Park(2004)は1980~1995年までの先進国14 カ国とアジアNIEs3カ国・地域(韓
64 Hsu and Chuang(2014)で扱った被説明変数は、これまでの先行研究で用いられてきた生産性指数では
なく、特許ストックであることに注意が必要である。
65 台湾に関する先行研究では、海外の説明変数として海外への特許使用料等の支払い額などフローデータ を用いているものが多いため、同変数の係数に対する推定値が過小評価されている可能性がある。
66 ただし、これまでのモデルと異なって、非線形モデルをベースとしているため、ブートストラップ法に よる推計を行っている。
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国、台湾、シンガポール)の2産業(製造業と非製造業)データを用いて、技術普及分析を行 っている。まず先進国とNIEsの2地域において技術普及に差があるかどうか説明変数(製 造業・非製造業国内研究開発ストックRmd、Rod、製造業・非製造業海外先進国研究開発ス トックRmfg、Rofg、製造業・非製造業海外アジアNIEs研究開発ストックRmfh、Rofh)に加 えてそれぞれの説明変数にアジア NIEs ダミーを掛け合わせたものを説明変数として追加 し、その追加変数の係数に対する推定値がゼロかどうか F 検定を行った。検定結果は、い ずれの推定値も1%有意水準で棄却できず、先進国とNIEsの2地域において技術普及に差 が生じているとは言えなかった。次に、海外研究開発ストックについて先進国の場合には 先進国研究開発ストック、アジアNIEsの場合にはアジアNIEs研究開発ストックを適用す る製造業・非製造業海外研究開発ストック Rmfp、Rofpを説明変数とする分析を行い、製造 業・非製造業海外先進国研究開発ストックRmfg、Rofgを説明変数とする分析と比較した。そ の結果、係数に対する推定値は両分析において不変であり、前者のモデルの説明力が後者 に比べて著しく改善したわけでもなかった。したがって、上の二分析の結果、NIEs域内の 間で技術普及が生じていることを確認できなかった。
Ang and Madsen(2013)は1955~2006年までのアジア6カ国・地域(中国、インド、日
本、韓国、シンガポール、台湾)を対象とした技術普及分析を行った。その際、海外研究 開発ストックをOECD20カ国のものとアジア6カ国・地域だけのものに分けて、それぞれ パネル共和分分析及びダイナミックOLS(DOLS)による推計を行った。海外研究開発ストッ
クが OECD20 カ国の場合、全要素生産性と研究開発ストックはパネル共和分関係にあり、
国内研究開発ストックも海外研究開発ストックのDOLSによる係数に対する推定値はそれ
ぞれ0.266、0.088と有意となった。その一方、海外研究開発ストックがアジア6カ国・地
域に限定した場合、全要素生産性と海外研究開発ストックはパネル共和分関係にあること が実証できず、DOLS による海外研究開発ストックの係数に対する推定値は有意とならな かった。したがって、Ang and Madsen(2013)の分析でも、アジア6カ国・地域の間におい て域内技術普及が生じていることを確認できなかった。
まとめると、一般論として途上国間においても先進国・途上国間とは異なる技術普及の 形態が存在している(Wang(2007))と言えるものの、アジア地域に限定した分析では、現 在のところ域内技術普及を確認することはできない(Park(2004)、Ang and Madsen(2013))。 3. データ及び実証モデル選択
(1)データ
実証分析に用いるデータとして、これまでの章で扱ってきたデータに加えて、韓国、台 湾、シンガポールの製造業種別研究開発ストックを用いる。
これらの 3 カ国・地域の研究開発ストックの算出方法は、先進国の場合と同じ手法を用 いる。すなわち、恒久棚卸法を用いて研究開発投資を積み上げて算出するが、その際、減 価償却率は先進国の研究開発ストックの算出と同様の 10%とした。ただ、研究開発投資の 入手時期が韓国は1979年、台湾は1983年、シンガポールは1994年と異なるため、研究 開発ストックの開始時点も3カ国・地域によって異なる。
表6-1は韓国、台湾、シンガポールの業種別研究開発ストックの二時点比較である。参考 のため、日米欧の研究開発ストックの二時点比較も掲載した。製造業全体のストックは韓
国では2006年時点で9,879万PPP百万ドル、台湾では同4,264万PPP百万ドル、シンガ
ポールでは764万PPP百万ドルとなっている。これらは、日米欧の先進国の中で一番小さ いストックを持つ日本と比較して21%、9%、2%に過ぎない水準である。しかし、研究開 発ストックの成長率は韓国、台湾、シンガポールそれぞれ年率で19%、14%、12%を記録 しており、先進国の同成長率(年率2~5%)を凌駕している。
また、韓国、台湾、シンガポールの研究開発ストックを製造業種別にみると、特定の業 種に偏りが見られる。韓国、台湾では研究開発ストック全体の5割が、シンガポールでは