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第 7 章 まとめと今後の課題

② 技術吸収力に焦点を当てた技術普及分析

技術吸収力など技術受信側の属性に基づいて技術普及分析を行うためには、企業・事業 所データを活用していく必要がある。アジア地域における対内直接投資を経由した技術普 及の中で、技術普及を促進、もしくは阻害するか についての要因分析で、Gorg and Greenaway(2004)は、競争圧力の高まり以外にも、人材不足などで多国籍企業の技術を吸 収する地場企業の能力の低さ、つまり、地場企業の貧弱な技術吸収力を指摘している。仮 に海外から流れ込む研究開発ストックが増大しても、地場企業の技術吸収力が貧弱であれ ば、技術普及は限定的で全要素生産性はほとんど上昇しない。

技術吸収力を表す指標について、先行研究から技術格差と人的資本と研究開発支出に関 連する能力に整理される。まず技術格差について当該国・産業が最先端の技術を持つ国・

産業と技術格差が小さいほど、より高い技術吸収力を持っていることになる。Girma(2005)

は 1989~99 年までの企業データを使って対内直接投資と技術吸収力について分析してい

る。その中で、ある時点の企業の技術吸収力について、一時点前の当該企業の全要素生産 性を当該企業が属する産業の中で一番生産性が高い企業の全要素生産性で除することで算 出している。彼は、技術吸収力変数を対内直接投資企業との交差項の中で採用しており、

企業は技術吸収力が高まるにつれて、対内直接投資からの技術普及効果も増大する。しか し、技術吸収力には最低水準の閾値が存在しており、企業の技術吸収力が最低水準の閾値 を充たさない場合、対内直接投資が増加したとしても、対内直接投資からの技術普及効果 を得ることはできない。一方、Haskel, Pereira and Slaughter(2007)は、技術吸収力を定 義するのではなく、1973~1992年までの英国企業データサンプルを属する産業内で雇用創 出数、全要素生産性水準、技能集約度の三基準でレベル別に企業サンプルを 3 分割して技 術普及について対内直接投資の効果を実証分析した。彼らは、上の三基準で見て一番劣っ た企業サンプルにおいて対内直接投資の技術普及効果を有意に確認できることを述べてい

69 企業・事業所データを用いて集計バイアスの問題は回避できても、例えば、多国籍企業からの技術普及 を受けて地場企業の生産性が上昇するのか、生産性の高い地場企業が多国籍企業と取引を行うのか識別で きないという内生性の問題が残されている。現在では、資本や労働などの投入を外生的に捉えず、全要素 生産性と同時に決定されるとみなして、Olley and Pakes(1996)やLevinsohn and Petrin(2003)によって開 発された新たな推計方法が存在している。

70 企業・事業所データなどミクロ・データを使って経路を対内直接投資に絞って技術普及分析を行ったと ころ、対内直接投資の影響がマイナスという分析結果が多い。その代表的な分析はAitken and

Harrison(1999)である。彼らはベネズエラの事業所データを用いて対内直接投資の技術普及に及ぼす影響 を分析したが、対内直接投資の生産性に及ぼす影響はマイナスとの結果を得ている。Gorg and

Greenaway(2004)は、水平的な対内直接投資の技術普及分析40事例を集めたが、そのうち対内直接投資

変数が正で有意となったのはわずか8事例にすぎず、それも先進国向け直接投資であったことを明らかに した。

対内直接投資変数が正で有意でない理由として、Aitken and Harrison(1999)は外資系企業の参入によっ て競争圧力が高まり、地場企業の規模の経済性が損なわれて生産性が低下することを挙げている。実際、

外資系企業による市場侵食効果をコントロールするために、企業の市場シェアや企業レベルや産業レベル でのマークアップの大きさなどを説明変数として加えたHaskel, Pereira and Slaughter(2007)の英国企業 データを使った実証分析やKeller and Yeaple(2009)の米国企業データを使った実証分析では、対内直接投 資が企業の生産性に及ぼす影響はプラスとなっている。また、輸出目的の対内直接投資の場合、国内市場 獲得目的と異なって、地場企業の競争環境に比較的影響を与えないと考えられることから、対内直接投資 を目的によって分けて技術普及についての分析を行ったものもある(Girma, Gorg and Pisu(2008))。同分 析結果によると、対内直接投資が輸出目的の場合、プラスの産業内スピルオーバーがあることを示してい る。

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る。また1988~1996年までのインドネシアの事業所データを用いて対内直接投資の技術普

及効果を分析したBlalock and Gertler(2009)は、当該企業の技術格差について、当該企業 の当初 3 年間の全要素生産性の平均と海外企業のメディアン企業の同生産性との差分を海 外企業の同生産性の平均で除したものとして定義し、技術格差をレベル別に三分割したダ ミー変数と対内直接投資との交差項を説明変数として入れた。その結果、技術格差ランク で第 3 分位に位置する技術の劣った企業への対内直接投資の生産性上昇効果は技術が平均 的に優れた企業に比べて 10.1%も引き上げることを発見している。つまり、技術格差を技 術吸収力としてみなした実証分析では、技術吸収力が高い方が技術普及による生産性上昇 効果を得られやすいのか、それとも技術吸収力が低い方が同効果を得られやすいのか、定 かではない。

次に人的資本について、Barro and Leeが1950-2010年まで146カ国の15歳以上の人口 に占める初等教育、中等教育、高等教育履歴を保有するシェアのデータを整備しており、

技術普及と人的資本に関する研究ではこのデータセットを説明変数として用いているもの

が多い。Engelbrecht(1997)は、Coe and Helpman(1995)モデルに人的資本変数及びキャッ

チアップ変数としての実質GDP、そしてその交差項を追加して実証分析している。分析結 果は、人的資本変数だけでなく、人的資本変数とキャッチアップ変数の交差項の係数に対 する推定値まで正かつ有意となっており、人的資本がイノベーションを生み出すだけでな く、生産性のキャッチアッププロセスにおいても重要であることを明らかにしている。ま

たXu(2000)が中等教育を受けた年数ごとに米国多国籍企業活動を起点とする技術普及の実

証分析を行い、同教育が一定年数(1.9年)に達していない場合、同企業活動が技術普及を 通じた生産性の上昇につながっていないことを明らかにしており、ほとんどの途上国は一 定年数に達していないため、技術普及が確認されていなかった。先述の Blalock and Gertler(2009)は、雇用者に占める大学卒のシェアを人的資本としてみなし、人的資本と対 内直接投資の交差項を説明変数に加えたところ、係数に対する推定値は正かつ有意となっ ており、対内直接投資からの技術普及に人的資本の蓄積が関係していることを明らかにし た。

最後に研究開発支出について Kinoshita(2001)はチェコの企業データを使って技術普及 に関する実証分析を行っており、外資系企業のプレゼンスと地場企業の生産高に占める同 研究開発シェアの交差項の係数に対する推定値が正で有意となった。この結果は、研究集 約的な地場企業ほど外資系企業の活動による技術普及の恩恵を受けていることを表してい る。先述のBlalock and Gertler(2009)は、企業の研究開発ダミーと対内直接投資の交差項 を説明変数に加えたところ、係数に対する推定値は正かつ有意となっており、対内直接投 資のインドネシア事業所の生産性に及ぼす効果は企業が研究開発を行うかどうかで有意に 異なることがわかる71 72

71 Griffith, Redding, and Van Reenan(2003、2004)の先進国製造業種別データの分析やMadsen, Islam

and Ang(2010)の55カ国のカントリーデータの分析では、依拠する理論モデルが異なることもあって、

Girma(2005)のように生産性格差そのものを技術吸収力として扱わず、それと人的資本もしくは研究集約 性との交差項を技術吸収力として位置付けて実証分析している。分析結果は、Griffith et al.(2003、2004) の場合、非説明変数である全要素生産性の伸びに対して技術吸収力の係数の推定値は正で有意な結果を得 ている一方、Madsen et al.(2010)は概ね否定的な結果となった。

72 NIEsASEANに特化した技術吸収力に関する実証分析についてBlalock and Gertler(2009)以外では、

Takii(2005)、Todo and Miyamoto(2006)、Suyanto, Salim and Bloch(2009)、がある。Takii(2005)は1990 年から95年までのインドネシアの事業所データを用いて、外資系企業からの産業内技術普及を有意に確認 している。また、産業内における外資系企業のシェアや外資系企業と地場企業の技術ギャップに注目して 技術普及の関係を分析したところ、これらのシェアやギャップが大きくても、外資系企業から地場企業へ の技術普及が高まらないことを示している。Todo and Miyamoto(2006)は1994年から97年までのインド ネシア事業所データを使って外資系企業の研究開発活動が労働市場の流動性等を通じて地場企業の技術吸 収力を高めるとの仮説に立ち、実証分析を行ったところ、仮説を肯定する結果を得ている。Suyanto, Salim

and Bloch(2009)は1988~2000年までの化学と医薬品の企業の事業所データに限定してストキャスティッ

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Javorcik(2008)が指摘するように、対内直接投資の技術普及の分析の関心は、同技術普及 の存在の可否よりも、どのような条件において同技術普及が発生して生産性が上昇するの かに移っている。なかでも技術普及発生の条件として、受入国の技術吸収力に焦点を絞っ て研究が進められていくと考えられる。今後はアジア地域において複数国にわたる信頼性 のおける企業・事業所データなどミクロ・データに基づき、技術普及をもたらす技術吸収 力についての包括的な実証分析が進むことが期待される。

(4)産業連関表を活用した中間財貿易と技術普及についての包括的な分析

近年、OECD やWTO が中心となって最終財の付加価値額の起源に基づいて測定した輸 出額、つまり付加価値輸出が注目を集めている。世界的に工程間分業が進展しており、一 つの最終財が複数国の生産工程を経て完成する事例が増えている。その場合、取引額で測 った輸出額は付加価値額で測った輸出額よりも過大になってしまい、付加価値の源泉があ いまいになる。

そこで国際産業連関表を用いて各国の産業の生産の付加価値額の源泉を国・産業レベル で割り振ることで付加価値輸出額を算出する取り組みが行われている。国際産業連関表に よって各産業で用いられている国内・輸入中間財の規模が明らかとなり、その差額から付 加価値額を明らかにすることができる。世界産業連関表データベース(WIOD)では、世界 40ヵ国の国際産業連関表が利用できる73

技術普及の観点から付加価値貿易を見ると、付加価値貿易の裏側である中間財貿易の動 向をとらえることできる。技術情報やノウハウが詰まった中間財貿易が技術普及に影響を 及ぼしていることは第 5 章で明らかにした。とりわけ産業連関表から算出した中間財デー タの方が正確で、技術普及力を的確にとらえることできることを考慮すると、付加価値貿 易の統計整備は、世界的な観点から中間財貿易の技術普及に果たしている役割を正確に分 析することが可能になるだろう。

(5)域内技術普及の研究蓄積

第 6 章で域内技術普及の存在を有意に確認した。このことは技術普及による生産性上昇 という恩恵を享受するには、先進国との貿易が不可欠というわけではなく、近隣の中進国 との貿易でもその恩恵を享受できる可能性を示唆している。特に、先進国との距離がかな りある南半球の途上国にとって朗報ではないだろうか。

ただし、域内技術普及についてその存在を確認するどころか、域内技術普及を扱った実 証分析そのものがほとんど存在しない状況のため、例えばどのような条件を満たした場合、

域内技術普及が発生するのかなど詳細について全く不明なままである。今後は域内技術普 及についての実証分析を蓄積していく必要がある。

クフロンティアモデルをベースとした技術普及分析を行い、産業内技術普及を有意に確認している。さら に、競争度と技術吸収力としての地場企業の研究開発と外資系企業からの技術普及の関係について実証分 析を行い、競争度が低いほど、また技術吸収力が高いほど技術普及の恩恵を受けやすいことを示している。

73 WIODにより世界各国の付加価値貿易が算出されており、いくつかの事実が明らかとなっている。まず、

世界の付加価値輸出額は、1970年代や80年代では実際の輸出額の85%であったが、現在では70~75%

程度まで低下していることがある。輸出の付加価値率の低下は製造業の貿易シェア拡大が大きい途上国で 著しく、また地域貿易協定を締結している国においても顕著である。