第 2 章 技術普及と生産性に関する理論的含意と先行研究
3. 技術普及に関する業種別実証分析
次に、業種別データを使った技術普及の実証分析を見ていきたい。工程間分業の進展で技術普 及は業種によって異なっているため、業種別に分析を行う必要があるが、業種別データを使った 分析は少数にとどまっている。具体的にはAcharya and Keller(2009)の先進国を対象とした実証 分析とSchiff and Wang(2006)やNishioka and Ripoll(2012)の途上国まで対象とした分析がある。
11 上記の研究は研究開発ストックとして研究開発投資額から算出しているが、特許データを用いて算出されたも のもある。特許データは経済的価値を示していないものの、研究開発投資データよりも幅広く長期にわたって入 手しやすい。Connoly(2003)は世界35カ国の1970~89年までの特許データとハイテク輸入データを用いて技術 普及分析を行っており、Madsen(2007)はOECD16か国の1870~2005年までの特許データを用いた技術普及分 析を行っている。いずれの分析結果も海外からの技術普及を有意に確認している。また、これまでの実証分析は、
直接的な貿易関係をベースとしていたが、貿易財は複数の国をまたがって取引されることがあり、経由した複数 国の研究開発ストックを考慮した、いわば間接的な貿易をベースとした技術普及についての実証分析もある
(Lumenga-Neso, Olarreaga, and Schiff(2005))。同分析結果によると、間接的な貿易を経由した技術普及の影響 も直接的な貿易関係のそれに負けず劣らず重要であることを示している。
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(1)Acharya and Keller(2009)の先進国製造業を対象とした分析
Acharya and Keller(2009)は、1973~2002 年までの17 先進国製造業22業種の業種別データ を使って技術普及についての実証分析を包括的に行っている12。実証モデルの基本式は以下のと おりである。
:t時点のc国i産業の付加価値 :t時点のc国i産業の資本ストック :t時点のc国i産業の労働投入量 :t時点のc国i産業の研究開発ストック :その他の説明変数(海外研究開発ストック)
彼らは全要素生産性を被説明変数にするだけでなく、付加価値を被説明変数とした生産関数の推 計を行っており、その際、内生性を考慮してGMMやOlley and Pakes(1995)が開発した手法に よる分析も併せて行っている。
分析結果は、日米独仏英加など主要先進国6カ国の研究開発投資は、当該国内だけでなく、国 外の付加価値創出に影響を与えており、その影響力は国内産業が行う研究開発投資に比べて 3倍 以上となる。期間別に見ると、1980年代よりも 1990年代の方が主要6カ国の研究開発投資の、
国外に及ぼす技術普及の影響力が強まっている。また業種によって主要 6カ国の研究開発投資の 影響は異なる。例えば米国の研究開発投資の国外への影響について、食品業種のように負の影響 をもたらすものから、ラジオ、テレビなど通信機械業種のように正の強い影響を与えるものまで さまざまだが、概して米国の研究開発投資は国外のハイテク産業にプラスの影響をもたらしてい る(表2-1)。また二国間の距離の長短は技術普及に強い影響を与えており、カナダを取り上げる と、同国の全要素生産性の動向は米国の研究開発投資の強い影響下にある。一方、距離だけでは 技術普及全体を説明できるわけでもなく、例えばアイルランドの場合、近接する英国よりも、米 国からのハイテク製品の輸入もあって同国から技術普及の影響を強く受けている。技術普及の経 路について、輸入とそれ以外に分けて分析すると、技術発信国によって経路の重要性は異なって おり、独、仏、英を技術発信源とする場合、彼らからの輸入経路が技術普及において重要である 一方で、米、日、カナダを技術発信源とする場合、輸入以外の経路の方が重要である。ちなみに 米国からの技術普及では輸入経路の寄与は35%程度に対して、日本からの技術普及では輸入経路
の寄与は5%未満となっている13。
12 これ以前にも、Kellerは業種別データを使った実証分析を二点行っている。Keller(2002a)は1970~1995年ま での14先進国12製造業のデータを使って、二国間距離と技術普及についての分析を行っており、同距離が長く なるにつれて技術普及力が弱まることを明らかにしている。またKeller(2002b)は1970~1991年までの8先進国 13製造業の産業連関表等のデータを使って内外の研究開発ストックの全要素生産性に対する影響を分析したとこ ろ、各産業の全要素生産性の半分を当該産業の研究開発ストック、その30%を国内他産業の同ストック、そして 20%を海外からの研究開発ストックからの技術普及で説明されるとした。いずれの分析も非線形モデルに基づい ており、Acharya and Keller(2009)のモデルとは異なる。
13 Bitzer and Goerg(2009)は1973~2001年までのOECD17ヵ国製造業10業種について技術普及分析を行って いるが、基本モデルはAchrya and Kellerのモデルに対内・外直接投資ストック変数を加えたものである。彼ら の分析では、対内直接投資の生産性に対する有意な正の影響を明らかにしている。
cit cit
cit l cit k
cit
k l r
y
0
X r l k y
cit cit cit cit
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表2-1 製造業種別技術普及分析
(出所)Acharya and Keller(2009)表10Aから抜粋
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(2)Schiff and Wang(2006)、Wang(2007)の先進国・途上国製造業を対象とした分析
Schiff and Wang(2006)は、1976~1998年までのOECD15カ国に、途上国24カ国を加えた
39カ国製造業16業種のデータを用いてモデル(2-30)に基づいたモデル(ただし、国内研究開発ス トックはデータ制約のため外す)で技術普及の実証分析を行っている。その際、c国i業種の海外 研究開発ストックSfについて、製造業種別輸入を、各業種の内需で除したものをウェイトとして 積み上げ、さらに輸入先の産出投入係数を掛け合わせて算出している(下式)。
:(c国i業種の)海外研究開発ストック
:c国i業種の産出投入係数(j業種からの)
:輸入先(j業種)から得られるc国i業種の海外研究開発ストック :c国j業種のk国からの輸入
:c国j業種の生産高 :c国j業種の輸入総額 :c国j業種の輸出総額
:輸入先k国j業種の研究開発ストック
Schiff and Wang(2006)は海外研究開発ストックの積み上げにおいて、産出投入係数ωを最終的に 掛け合わせている。ωは、c国i産業のj業種からの中間財投入比率を示すことから、海外研究開 発ストックSfは、中間財輸入を経由する海外研究開発ストックを表す。なお、海外研究開発スト ックSfについて、先進国輸入に限定して積み上げた業種別研究開発ストック(NRD)、途上国輸 入に限定して積み上げた業種別海外研究開発ストック(SRD)、そして輸入先の研究開発活動では なく、輸入先の輸入国の研究開発活動の影響を考慮した間接的な業種別海外研究開発ストック(先 進国輸入限定の同ストック(INRD)、途上国輸入限定の同ストック(ISRD))を説明変数として 作成している。
彼らの分析結果によると、先進国からの輸入を経路とした海外研究開発ストック NRD の係数 に対する推定値は0.16と正で有意となった。途上国からの業種別研究開発ストックSRDはNRD と比較すると技術普及の影響力は小さく、さらにSRDからの技術普及にはタイムラグが伴う。そ して、他の先進国・途上国経由の間接的な業種別研究開発ストック(INRD、ISRD)の影響につ いては、NRDやSRDに比べて大きくないことが判明した。
その後、共著者の一人のWangは技術普及における業種別特徴を分析するために、1976~1998 年までの25 途上国の製造業16業種ないし12業種それぞれの全要素生産性について南北貿易を 経由する先進国関連研究開発ストックと南南貿易を経由する同研究開発ストックを説明変数とし た実証分析を行っている(Wang(2007))14。先進国関連研究開発ストックは途上国の同生産性に プラスの影響を及ぼしており、南南貿易を経由する同研究開発ストックも途上国の同生産性に影 響を及ぼすものの先進国関連同ストックほど大きくない。業種別に見ると、南北貿易を経由する 先進国関連研究開発ストックの技術普及力は 7 業種において確認され、特に研究開発集約的な4 業種(化学、一般機械・コンピューター、電気機械・通信機械、輸送機械)において技術普及の 影響力が大きい。また、南南貿易を経由する同研究開発ストックの技術普及が有意に確認された のは、紙・紙製品・印刷、金属製品、窯業土石と研究集約的でない3業種だけであった。また、
14 ただし、これまでのモデルと異なって、非線形モデルをベースとしているため、ブートストラップ法による推 計を行っている。
j kj
k cj q cqj q cqj
ckj cij
j cij cij
f
X RD M
Output M RD
S
ckj cij cij f
M RD S
kj cqj
q cqj
cj
RD X M Output
q
:
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技術吸収力を表す人的資本は技術普及において非常に重要な役割を果たしていることが明らかと なった。
(3)Nishioka and Ripoll(2012)の先進国・途上国製造業を対象とした分析
32 カ国の先進国・途上国の製造業 13 業種の技術普及分析を行ったのが Nishioka and Ripoll(2012)である。研究開発ストックに含まれる知識が中間財の取引を通じて伝わっていくとし て、産業連関表を用いてある業種に投入された研究開発成分を抽出した説明変数Fを作成してい る。Fは産業生産一単位に不可欠な研究開発ストック額Dと中間財生産高を掛け合わせることで 算出される。
Dは以下の通りに定義される。
D D D
hD
N D
h D
hD
hD
hjD
hG
D
1 2 ,
1 2
ちなみにDhjはh国j産業の生産一単位に不可欠な研究開発ストック額である。D は産業レベル の研究開発ストックSと最終財生産高Qの間で以下のような関係となることから算出される。
S S S
GS S S
GS S
hjS
NG
S SQ D
1 21 22 2 3112 11 1
NG hj
G
Q Q
Q Q Q Q
Q
0 0 0
0 0 0
0 0
0 0
0 0
0 0
0 0 0
0 0
0 0 0
21 1 12 11
Shjはh国j産業の研究開発ストック、Qhjはh国j産業の最終財生産高である。
一方、中間財の生産高は最終財生産高Qに産出投入係数Bをかけあわせることで算出される。
ただ、中間財を生産するのに、その中間財が必要であり、さらにその中間財を生産するのに、同 じく中間財が必要とする。それら全てを積み上げた中間財生産高は以下の通りとなる。
BQ B
I BQ B BQ
B BQ
n n n
n 1
0 1
) (
) ( )
(
したがって、各製造業種の生産に投入される研究開発ストックFは以下のように算出される。
彼らは、分析対象を製造業13業種全体だけでなく、高研究開発産業(化学、電機、光学機器、
輸送機器)と低研究開発産業(食品、繊維、木材、紙製品、ゴム、樹脂、窯業・土石製品、鉄鋼・
非鉄金属・金属製品、一般機械)のサンプルに分けて分析している。13業種全てを対象とした分