第 4 章 NIEs・ASEAN における技術普及と生産性
5. 輸出増大と技術普及について
NIEs・ASEAN では、その発展初期において産業・貿易政策として輸入代替政策を採用
していた。輸入代替政策とは、輸入価格を輸出価格に比べて人為的に割高にして海外との 競争から隔離して輸入代替品生産の拡大を図り、工業化を促進する政策である。しかし、
NIEs・ASEANの国内市場が狭く、輸入代替品の生産拡大に限界があったことや同政策で
表4-8 先進国からの技術普及分析(機械業種別)
一般機械 (1)
一般機械 (2)
電気機械・情 報通信機械
(3)
電気機械・情 報通信機械
(4)
輸送機械 (5)
輸送機械 (6)
精密機械 (7)
精密機械 (8)
-0.151 0.063 -0.049 -0.049
0.138 0.157 0.068 0.124
-0.807 0.436 -0.595 0.983
0.245 0.215 0.405 0.315
*** ** ***
R2 (overall) 0.537 0.561 0.666 0.674 0.565 0.569 0.635 0.654
N 213 213 213 213 213 213 213 213
注:固定効果モデルか変量効果モデルかの選択についてハウスマン検定により、(5)を除き変量効果モデルを選択した。
(5)はハウスマン検定統計量が負となってしまったため、選択できない。推定量の一致性を考慮して固定効果モデルで分析したが、変量効果モデル の分析でも推定値に差はなかった。変量効果モデルには、国、産業、期間ダミーを入れて推計。機械産業は、⑬一般機械、⑬電気機械・情報通信機械、
⑮輸送機械、⑯精密機械を含む。下段は標準誤差。 ***は1%有意水準、**は5%有意水準、*は10%有意水準。
出所:筆者作成
先進13カ国研究開発ストック
先進国からの輸入シェア*先 進国同ストック
図4-1 NIEs輸出の推移
(出所)RIETI-TIDデータベース 0
100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000
1980 1983 1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010
香港 シンガポール 韓国 台湾 (1990=100)
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育成された製造業は海外との競争にさらされていないため、国際競争力がないなどの問題 を抱えていた。さらにこれらの政策を実施したために財政支出が拡大して累積財政赤字を 抱えてしまい、同政策の継続が困難になる状況に陥ったのである。
そこでNIEs・ASEANは割高な輸入価格を是正するなど輸出促進を目的とした貿易自由
化に舵を切っている。NIEsでは1950年代から1960年代にかけて、ASEANにおいては 1970年代から80年代にかけて輸入代替から輸出促進に貿易政策の重心をシフトしている。
こうした政策転換を受けて、香港を除き、NIEs・ASEAN の輸出が飛躍的に増大してい る(図4-1、4-2)。1990年の輸出水準から、香港を除くNIEsについて2006年時点で3倍 から6倍近く伸びている50。同じくASEANは1990年時点から2006年にかけて4倍から 7倍超にまで拡大している51。
輸出促進政策採用による輸出増大が生産性を向上させる理由として、①輸出そのものの 拡大が規模の利益を生むこと、②輸入代替政策時に採用していた価格政策の歪みが輸出促 進策に切り替えることで解消され、市場メカニズムが機能する、つまり、海外との競争に 勝ち抜くために生産性を上昇させるインセンティブが生まれる、そして、③外国の取引先 から新しい技術やマネジメント手法等を導入することが可能となる、などがある。一方、
生産性の上昇が輸出増加をもたらすという逆の因果関係を示す考え方もあり、因果関係に ついては慎重に扱う必要がある。
本節では、NIEs・ASEAN で採用された輸出促進政策による輸出の増大が実際、生産性 にどのような影響を与えたのか、技術普及と輸出増大のどちらがNIEs・ASEANの生産性
50 1990年時点の香港、シンガポール、韓国、台湾の輸出水準を100とすると、2006年時点にはそれぞれ
134、422、586、316まで拡大する。
51 1990年時点のタイ、マレーシア、インドネシア、フィリピンの輸出水準を100とすると、2006年時点 にはそれぞれ607、582、424、735まで拡大する。
図4-2 ASEAN輸出の推移
(出所)RIETI-TIDデータベース 0
100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000
1980 1983 1986 1989 1992 1995 1998 2001 2004 2007 2010
インドネシア マレーシア フィリピン タイ (1990=100)
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上昇に影響を及ぼしたのかについて実証的に分析する。
実証分析用のモデルについては、前節までの輸入規模を調整した基本モデル(4-2)に、
NIEs・ASEANの当該産業の輸出額を説明変数として追加する。
expcit:NIEs・ASEANの業種別輸出額(自然対数、一期間ラグ)
輸出変数の係数に対する推定値βx^と技術普及の係数に対する推定値βMf^について、① いずれもプラスで有意となるケース、つまり、技術普及と輸出増いずれも生産性上昇に影 響を与える、②βx^のみプラスで有意のケース、つまり輸出増のみ生産性上昇に影響を与 える、③βMf^のみプラスで有意のケース、つまり、技術普及のみ生産性上昇に影響を与え る、④いずれ(βx^、βMf^)もプラスでもなく有意でないケースが考えられる。
なお、生産性上昇が輸出増をもたらすといった逆の因果関係をコントロールするために、
NIEs・ASEAN の業種別輸出額について一期間ラグをおいたものを説明変数として採用す
る。
NIEs・ASEAN の 業 種 別 輸 出 額 デ ー タ は 2004 年 ま で は A. Nicita and M.
Olarreaga(2006)の Trade, Production and Protection 1976-2004データベースから入手 し、2005年と2006年については国連のCOMTRADEデータベースから入手した。
分析結果は表4-9の通りである。(4)の NIEsのサンプルについて業種別輸出額変数の係 数に対する推定値はプラスで有意、(6)のASEANのサンプルでは同係数に対する推定値は
表4-9 NIEs・ASEANの輸出促進政策と先進国からの技術普及分析 (1) 8ヵ国・地域全体及びNIEs・ASEAN別
8カ国・地域 (1)
8カ国・地域 (2)
NIEs (3)
NIEs (4)
ASEAN4 (5)
ASEAN4 (6) 0.046 0.048 0.034 0.030 0.019 0.026
0.017 0.017 0.015 0.015 0.054 0.054
*** *** ** **
-0.012 0.027 -0.013
0.005 0.008 0.008
** *** *
R2 0.263 0.264 0.491 0.482 0.144 0.144
N 3450 3450 1818 1818 1632 1632
注:固定効果モデルか変量効果モデルかの選択についてハウスマン検定等により(2)(4)(6)は変量効果モデルを選択した。
(1)(3)(5)については比較のため、変量効果モデルで分析した。変量効果モデルには、産業、期間、国ダミーを入れて なお、変量モデルとプーリングモデルには、産業、期間ダミーを入れて推計した。下段は標準偏差。
***は1%有意水準、**は5%有意水準、*は10%有意水準。
出所:筆者作成
(2) 国・地域別
韓国 (1)
台湾 (2)
シンガポール (3)
香港 (4)
タイ (5)
マレーシア (6)
インドネシア (7)
フィリピン (8) 4.560 1.432 -0.615 0.792 1.223 -0.130 0.589 0.730
0.510 0.911 0.205 0.113 1.793 0.281 0.487 0.693
*** *** ***
-0.038 0.102 0.069 0.057 -0.014 -0.037 0.020 -0.060 0.009 0.026 0.021 0.028 0.051 0.015 0.013 0.018
*** *** *** ** ** ***
R2 0.861 0.574 0.548 0.078 0.002 0.060 0.333 0.501
N 510 357 510 441 203 493 477 459
注:固定効果モデルか変量効果モデルかの選択についてハウスマン検定等により(1)(2)(3)(7)(8)は変量効果モデルを選択した。
(4)(5)(6)についてはハウスマン検定統計量が負のため、選択できない。推定量の一致性を考慮して固定効果モデルで分析したが、変量効果モデルの 分析でも推定値に差はなかった。変量効果モデルとプーリングモデルには、産業、期間、国ダミーを入れて推計した。下段は標準偏差。
***は1%有意水準、**は5%有意水準、*は10%有意水準。
出所:筆者作成
先進国からの輸入シェア*先 進国同ストック
当該国・業種の輸出
先進国からの輸入シェア*先 進国同ストック
当該国・業種の輸出
cit t i c f cit ci Mf cit X cit
cit M S D D D
F
exp
log
log69
マイナスとなった。次にNIEs・ASEAN の国・地域別分析をみても、NIEsにおいては韓 国を除く3カ国・地域で業種別輸出額変数が生産性上昇に有意に効いている一方で、ASEAN ではどの国においてもプラスに効いていなかった(表4-9(2))。したがって、輸出促進政策に よる輸出増加が生産性上昇に与える効果は、NIEs、とりわけ台湾、香港、シンガポールに おいて見られる。台湾、香港、シンガポールにおいて輸出増加が生産性上昇につなげるこ とができたのは、これらの国・地域では腐敗が少ないなど統治能力が高く、市場メカニズ ムが効きやすい環境にあったことが大きい。そのため、輸出促進策採用(およびその結果 としての輸出増大)により生産性上昇を果たすことができたと考えられる。
一方、技術普及変数の係数に対する推定値は、業種別輸出額変数を入れても大きく変動 しなかった52。つまり貿易政策の転換にもかかわらず、先進国からの輸入を経由する技術普 及はNIEsの一部を中心に依然として存在していることが明らかである。