第 5 章 霊石県方言の内部差異と言語伝播の可能性
5.2 霊石県における果摂一等韻母前舌化の段階的地理分布
5.2.1 霊石県周辺における果摂開口一等韻母の内部差異形成過程
107
になっているものが多い。108
非低母音、
b.
前舌性あり、c.
開口韻母が二重母音」という点で、(1)
については「a.
非低母音」という点で中古音の
[*-ɑ, *-uɑ]
と異なっている。また、
(2)
~(5)
も一枚岩ではなく、(4)
と(5)
はd.
開合口のいずれも前舌性を持ち、e.
声母が 精組・見組の場合は狭母音先行の二重母音、それ以外の場合は狭母音後続の二重母音である が、(4)
の主母音は高めの半高母音、(5)
の主母音は半高母音である。(3)
はd.
開口と合口の一 部(両唇声母に後続するとき)のみ前舌性を持ち、e.
前舌性を持つ韻母は、声母が精組・見 組の場合は狭母音先行の二重母音、それ以外の場合は狭母音先行の二重母音の前にわたり音 が挿入される。(2)
はd.
開口のみ前舌性を持ち、e.
前舌性を持つ韻母は狭母音先行の二重母 音である。では、このような内部差異はどのように形成されたのだろうか?
王
(1980)
は、各時代の文献資料を元に、先秦・隋唐・宋元・明清・現代北京方言の果摂一等韻母の音価を以下のように再構しており、果摂一等韻母の主母音は、低母音から次第に高母 音化していったと考えている。
果摂一等韻母の歴史的音韻変化(王
(1980)
):先秦
西漢 隋唐 宋元
明清 現代北京 果摂開口一等
*[ai] *[ɑ] *[ɑ] *[ɔ] *[o] *[uo]
果摂合口一等
*[uai] *[uɑ] *[uɑ] *[uɔ] *[uo] *[uo]
喬
(2008)
は、晋方言における果摂一等韻母の変化には3
つの方向があるとし、その変化プロセスを次のように再構している:「『切韻』の後舌低母音から、半狭・狭母音に至るまで変化 し、狭母音から「推鏈式 11」に複合母音となり、最後に単母音・複合母音が後舌母音から中 舌・前舌母音に変化した。」下図は、その変化プロセスを図示したものである(喬
(2008:304)
より引用)。山西方言における果摂開口一等韻母の変化(喬
(2008)
):11 喬
(2008)
では「推鏈式」(押し出し連鎖式)複合母音化についての具体的説明は行われていないが、これは西晋~北朝初期に漢語に起こった「第一次長元音鏈移式高化」(長母音の連鎖 的高母音化)(朱
(2006:421-431)
)、すなわち「歌部*ai
→a
、魚部* a
→o
、侯部*o
→u
、幽部*u
→
ou
」の「侯部*o
→u
、幽部*u
→ou
」という部分に見られるように、「ある母音の高母音化に よって、それと衝突する高母音が複合母音化する」という変化を意図していると考えられる。109
孫
(2006)
は、山西方言における果摂一等韻母を、開口韻母の音価に基づきi.
上古層[ai], [æ]
、ii.
中古層[a]
類、iii.
近代層[o]
類、[u] / [ɯ]
類、[ie], [əɪ]
類の3
つに分け、各類型ごとに山西方 言における果摂開口一等韻母の変化を再構している。山西方言全体の変化をまとめると、下 図のようになる。山西方言における果摂開口一等韻母の変化(孫
(2006)
):また、佐藤
(1998:35)
は、*-ɑ, *-uɑ
に対応する韻母が前舌性を持つ孝義方言、介休方言、文 水方言について、「孝義ではɑ>ə>ᴇ
、介休ではɑ>ə>ᴇ>iᴇ
、文水ではɑ>ə>e>əi…
のように 音韻変化したと仮定したい。」と述べ、(1)
非低母音化→(2)
前舌化と再構している。喬
(2008)
、孫(2006)
、佐藤(1998)
に基づけば、果摂一等韻母が前舌性を持つ方言は、単純母音のまま非低母音化してから前舌化したということになる。
しかし、必ずしも単純母音の段階を想定しなくても、果摂一等韻母の変化を説明すること は可能である。本論文では、前舌タイプと非前舌タイプの間に前後関係を想定せず、それぞ
れが直接
*-ɑ, *-uɑ
から変化したものと推定する。ただし、「(2)
前舌化の動機」で後述するように、前舌タイプにおいても、音価としては非前舌タイプに近い
*[, u]
となった後、それと音 価が近い宕摂舒声韻母白読音との合流を避けるため前舌化した可能性がある。霊石県における果摂一等韻母の変化:
(1)
非低母音化の動機果摂一等韻母は、霊石県諸方言の祖型においても
*-ɑ, *-uɑ
のような音価を持っていたと推 定されるが、現在の霊石県諸方言では、いずれも非低母音となっている。本研究では、非低 母音化の動機を「低母音の後舌性の有無という対立の消失」であると推定する。王(1980)
は、先秦における果摂一等韻母の音形を開口
*[ai]
、合口*[uai]
とし、母音韻尾i
の脱落を経て中古漢語の
*[ɑ]
、*[uɑ]
となったと再構している。果摂一等韻母は後舌低母音であるが、中古漢語にはそれと対立する非後舌低母音のグルー プ、假摂二等韻母
*[a]
、*[ua]
が存在した。しかし、後に「後舌性の有無」の対立の消失が起こ ったと考えられる。これは中古漢語の果摂一等韻母*[ɑ]
、*[uɑ]
に属する一部の形態素が、現110
在の山西方言における假摂二等韻母
*[a]
、*[ua]
と合流していることから裏付けられる。しかし、この
2
つのグループは完全には合流しておらず、山西方言においては、果摂一等韻母の主母 音が非低母音化している場合、果摂一等韻母は假摂二等韻母と対立を保っている。つまり、「低母音の後舌性の有無」という対立が、「主母音の開口度の対立」に転化されたと言うこと ができる。
表 5-3 山西方言における果摂一等韻母と假摂二等韻母の対立
朱
(2006:424)
は、中古漢語の果摂一等韻母(歌韻)の非低母音化を、次のような「母音推移」の一端と考えている。
麻韻
*ra >
歌韻*a >
模韻*o >
侯韻*u >
豪韻*ou > *au
Labov(1994)
は3
つの母音推移通則(general principles
)を提案しているが、単純母音である果摂一等韻母を一種の長母音と考えると、果摂一等韻母は「長母音の高母音化」という通則 に従っているように思われる。
(2)
前舌化の動機前舌タイプの方言においては、果摂一等韻母と宕摂一等韻母(舒声白読音)が合流してい ないのに対し、非前舌タイプの方言においては、両者が合流している。このことから、宕摂 一等韻母との対立維持が、果摂一等韻母前舌化の動機になった可能性が示唆される。果摂一 等韻母の変化が混合タイプである欒崖底方言は、果摂一等韻母と宕摂一等韻母の合流におい ても混合的な特徴を持っている。すなわち、この地域の方言では、果摂一等韻母が前舌化し ているならば、宕摂一等韻母は
[uo]
など後舌性を持つ韻母となっており、2
つの音類は対立を 保っているが、果摂一等韻母が前舌化していないならば、果摂一等韻母は宕摂一等韻母と合 流している。しかし、欒崖底については、果摂一等韻母(開口)が前舌化しているが、宕摂 一等韻母と合流している。つまり欒崖底方言は「前舌化」という点では、「前舌タイプ」と共 通しているが、「音類の合流」という点では、「非前舌タイプ」と共通している。果摂一等開口 果摂一等合口 假摂二等開口 假摂二等合口 多
*[tɑ]
和
*[ɣuɑ]
马
*[ma]
瓜
*[kua]
方山(晋方言) tɒ̃ xu mᴀ kuᴀ
陽曲(晋方言) t xu ma kua
汾西(中原官話) tɯ xu mɑ kuɑ
清徐(晋方言) tɯ xuɯ mɒ kuɒ
介休(晋方言) tiᴇ xuᴇ ma kua
霊石(晋方言) tei xuei ma kua
代表字・
再構音 地点(方言区)
111
前舌果摂一等韻母と宕摂一等韻母の変化
(3)
主母音のさらなる高母音化の動機桑平峪方言のように果摂一等韻母音が
[iɪ, yɪ]
の方言においては、主母音が介音-i-,-y-
からの 同化によって、半狭母音からさらに高母音化したと考えられる。ただし、これは音声的な相 違に過ぎず、音素から見れば果摂一等韻母音が[ie, ye]
の方言と同じである。(4)
わたり音挿入の動機木瓜曲、段純においては、開口
[-eie
~-
ie]
、合口(幇組)[-eie
~-
ie]
のように、声母が 中古音の精・見組以外、すなわち方言音の歯茎硬口蓋・硬口蓋声母以外の場合、[-ie]
の前にわ たり音が挿入される。霊石県方言において、中古音の精組と見組は、果摂以外の前舌性を持 つ韻母に先行する場合も口蓋化が広く観察され、口蓋化が起こりやすい音類であると考えら れる。それ以外の音類に[-ie]
が後続するときには、声母の口蓋化が起こりにくいため、逆に声 母と-i-
の間にわたり音が挿入されていると推定される。(5)
開合口における前舌化の非対称性の原因開口
[-iɪ]
、合口(幇組)[-iɪ]
、合口(その他)[-yɪ]
(桑平峪)開口
[-ei, -ie]
、合口(幇組)[-ei]
、合口(その他)[-uei, -ye]
(城関など)これらの方言では、開合口のいずれも前舌化が起こっているが、
開口
[-eie
~-
ie]
、合口(幇組)[-eie
~-
ie]
、合口(その他)[-uo]
(木瓜曲、段純など)開口
[-ie]
、合口(幇組)[-]
、合口(その他)[-uo]
(欒崖底)これらの方言では、開合口の間で前舌化の状況が非対称となっており、合口では開口よりも 前舌化している形態素の割合が低くなっている。
合口韻母は、中古音においても現在の山西方言でも、介音
-u-
を持っている。-u-
は後舌母音 であり、「前舌」とは逆の性質を持っているため、合口韻母では前舌化が起こりにくいと考え られる。両唇音声母を持つ韻母については、分類上は「合口」となっているが、実際には両 唇音声母の後では開口・合口の対立(介音-u-
の有無の対立)が存在しない。しかし、両唇音 声母も介音-u-
と同様に一種の唇音であり、他の声母に比べて両唇音声母の後では韻母の前舌 化が起こりにくい可能性がある。晋方言において果摂一等韻母の非低母音化が始まった時期については、喬