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霊石県周辺における地理分布状況

ドキュメント内 著者 中野 尚美 (ページ 119-126)

第 5 章 霊石県方言の内部差異と言語伝播の可能性

5.4 霊石高地における果摂開口一等韻母前舌化の言語伝播推定

5.4.1 霊石県周辺における地理分布状況

117

ることも可能となる。

前述のように、人間の交流は人間の移動と接触であることから、人間の移動の利便性を表 す

v

と、人間の接触機会の多さを表す

d

を掛け合わせることで、交流機会の多さを交流度

C

として数値化することができる。交流度は、「一つの村に到達するたびに

1

㎢範囲の人と交流 すると仮定したとき、中心地の人が

1

日に接触できる平均人数」と理解してもよい。

つまり、

v

の数値が大きい地域ほど伝播の起点から短時間で行くことができ、一定時間内 に到達できる回数を考えれば、

v

の数値が大きい地域ほど到達できる回数が多い。

d

の数値が 大きい地域ほど人口密度が高く、当該地域に

1

回到達するごとに

1

㎢範囲内の人と交流でき ると仮定すれば、

d

の数値が大きいほど

1

回到達するごとに交流できる人数が多い。交流度 は

v

d

の数値を相乗したものなので、

v

の数値が同じ(すなわち伝播の起点からの所要時 間が同じ)

2

つの地域があったとすれば、伝播の起点から出発した人が一定時間内に到達で きる回数はどちらの地域も同じになり、

1

回到達するごとに交流できる人数が多い方の地域、

すなわち

d

の数値が大きい(人口密度が高い)地域の方が伝播の起点との交流度が高いとい うことになる。

118

5-3

山西省における中古音果摂一等韻母*-ɑ, *-uɑ(白読音)の前舌化の地理分布

5-3

の左半分は、「果摂一等韻母(白読音)の前舌化」の山西省における地理分布を示し、

右半分は同じ図の霊石県周辺部分を拡大表示したものである。図中の記号の位置は山西省各 県市の政府所在地を示し、

×

印は果摂一等韻母が非前舌母音の白読音を持たない地点、黒い丸 印は果摂一等韻母が非前舌母音の白読音を持つ地点、灰色の菱形は果摂一等韻母の一部が非 前舌母音の白読音を持つ地点を表している。図

5-3

から分かるように、山西省の多くの地域 では果摂一等韻母が非前舌母音の白読音を持たない。果摂一等韻母が非前舌母音の白読音を 持つ地点は、嵐県・忻州を除き、晋中盆地南部に集中している。

霊石高地は、地形上は晋中盆地の南端であり、「果摂一等韻母(白読音)の前舌化」の地理 分布上は前舌化が見られる地域と前舌化が見られない地域の境界となっている。

前舌化が起こっている方言と起こっていない方言の間に前後関係はないと考えると、「果摂 一等韻母(白読音)」の前舌形式は晋中盆地南部(平遥・孝義・介休など)から南へ、また非 前舌形式は臨汾盆地から北へ伝播してきたと考えられる。

つまり、非低母音化に伴う

2

タイプの変化が、霊石高地で衝突していると推定される。

5.4.1.1

霊石県における音韻変化の地理分布と伝播方向

以下では、「果摂一等韻母(白読音)の前舌化」の霊石高地における行政村ごとの地理分布 を示す。

まず、霊石県について、筆者の行った

21

地点の調査と

3

地点の補足調査に基づき、果摂一 等韻母(白読音)の各類型の境界を示す。

(≒270km) (90km)

119

5-4

霊石県内の方言区分

21

の調査地点(赤丸で囲んだ地点)での方言境界の調査結果から、霊石県内の方言境界は 図

5-4

のようになることが明らかになった。単音節形態素の調査結果から見ると、この中で、

城関話区(業楽・軍営坊・城関・索洲・堡子上・西頭)と東郷話区(静昇)、東南郷話区(東 許・仁義)、西郷話区の東部(前壇)、介休混合方言区(南)、秋牧周辺、閣老窊周辺、馬家庄 は、果摂一等韻母に関してはほぼ同じ発音となっている。介休混合方言区(北)は、音素配 列から見れば城関話区と同じであるが、主母音の音価が異なる。また、西郷話区(段純、岩 村)と孝義混合方言区(木瓜曲)も果摂一等韻母の発音がほぼ同じである。南郷話区(南関・

道美・後背掌)、石柜混合方言区(石柜)と王禹も、果摂一等韻母の発音が同じである。

方言境界の調査結果から、果摂一等韻母の発音が同じ方言区を統合すると、霊石県内の果 摂一等韻母の類型の境界線は、下図の赤線のようになった。

5-5

霊石県における果摂一等韻母類型の境界線

120

同志社大学の沈力教授を代表とする共同研究「

GIS

を用いた混合方言の形成要因の解明

山西省中部の方言接触地域を中心に

」を通じて収集されたデータに基づけば、汾西県と霍 州市の全域が非前舌化タイプに属している。

霊石高地全体の調査結果をまとめると表

5-5

及び図

5-6

のようになる。人口の大半を外部か らの移民が占める

14

村を分析対象から除外すると、霊石高地における「果摂一等韻母(白読 音)の前舌化」の状況は大きく

4

つの区分に分けられる。各区分に属する村の地理分布は連 続的であるため、以下ではこの

4

つの区分に対応する地理的区域を「方言区」と呼ぶ。

5-5

霊石高地における中古音果摂一等韻母

*-ɑ, *-uɑ

(白読音)の前舌化の区分と村数

方言区分 果摂一等韻母の前舌化 分布地域 村数

方言区① 非前舌 霊石高地南部

(霍州市・汾西県全域、霊石県南部)

369

方言区② *-ɑ前舌, *-uɑ非前舌 霊石県西端 8

方言区③ *-ɑ前舌, *-uɑ一部前舌 霊石県西部 61

方言区④ 前舌 霊石県東部 170

除外 移民村 霊石県 14

図 5-6 果摂一等韻母(白読音)の前舌化状況に基づく4つの方言区

5-6

は、霊石高地の行政村を上記の

4

つの方言区に分類して示したものである。

×

印で示 した「方言区①」は、果摂一等韻母が非前舌母音の白読音を持たない地点、白い三角印で示

121

した「方言区②」は、果摂開口一等韻母のみが前舌母音の白読音を持つ地点、灰色の菱形で 示した「方言区③」は果摂開口一等韻母と果摂合口一等韻母の一部が前舌母音の白読音を持 つ地点、黒い丸印で示した「方言区④」は果摂一等韻母が非前舌母音の白読音を持つ地点を 表している。

5-7

果摂一等韻母前舌化の伝播プロセス

前述のように、前舌性を持つ方言と、前舌性を持たない方言の間に前後関係はなく、同じ

「非低母音化」の

2

つのサブタイプであると考えられる。

霊石県周辺における中古音果摂一等韻母の前舌化状況を見ると、霊石県の北に隣接する晋 中盆地南部地域(介休市・孝義市・平遥県・文水県一帯)に前舌化が起こっている地域が集 中している。従って、前舌化タイプの変化は、介休市・孝義市・平遥県・文水県一帯から南 へと伝播してきたと推定され、非前舌化タイプの変化は、臨汾盆地一帯を中心とし、北へと 伝播してきたと推定される。霊石県に見られる「前舌性」程度の段階的な地理分布は、この

「前舌化」「非前舌化」

2

つのタイプの、双方向からの伝播を反映していると考えられる。つ まり、「前舌化」タイプの地域からの伝播よりも「非前舌化」タイプの地域からの伝播を大き く受けているほど、「前舌化」タイプに近い形式となり、「前舌化」タイプの地域からの伝播 よりも「非前舌化」タイプの地域からの伝播を大きく受けているほど、「非前舌化」タイプに 近い形式となる。

もし、この仮説が正しければ、霊石県に見られる「前舌性」程度の地理分布順序は、「前舌 化」の中心地との交流度と、「非前舌化」の中心地との交流度の差に一致すると予想される。

以下では、「前舌化」の中心地との交流度と、「非前舌化」の中心地との交流度をそれぞれ計 算して両者の差を求め、その順序を「前舌性」程度の地理分布順序を比較する。

122

5.4.1.2

霊石高地の地形・人口のデータとボロノイ領域

次に、交流度計算に用いる霊石高地の地形と人口のデータを示す。

5-8

霊石高地の地形

5-8

は 、

NASA

SRTM

Shuttle Rader Topography Mission

) の ウ ェ ブ サ イ ト

http://dds.cr.usgs.gov/srtm/version2_1/SRTM3/Eurasia/

)からダウンロードした霊石高地の地形 データである。地形データは

90m

四方のセルの集合からなり、一つ一つのセルが標高データ を持っている。図

5-8

では、各セルを標高に基づき色分けして表示している。

123

5-9

霊石高地の人口

5-9

は、霊石高地

608

村の人口とその地理分布を示している。図中の丸印は村の位置を 表し、丸印の大きさと色は各村の人口を表している。各村の人口データは、霊石県・霍州市・

汾西県の政府から

2008

年に提供されたものである。また、村の位置は、筆者が人口データに 含まれる村の位置を『霊石県行政区画図』、『汾西県行政区画図』、『霍州市行政区画図』を参 照しながら

google earth

の航空写真から探してトレースしたものである。

124

また、霊石高地の各村のボロノイ領域と、ボロノイ領域の母点として用いた村の地点デー タを図

5-10

に示す。ボロノイ領域の作成には、霊石高地の

3

県および周辺地域の行政村を母 点として用いた。

3

県の周辺地域の地点データのうち、古県・洪洞県については、筆者が『古 県行政区画図』、『洪洞県行政区画図』を参考に

google earth

の航空写真から行政村の位置を探 してトレースしたものである。交口県、介休市、孝義市、隰県、蒲県については、筆者が『山 西省市県地図冊』を参考に

google earth

の航空写真から行政村の位置を探してトレースした。

沁源県については、共同研究プロジェクト「

GIS

を用いた混合方言の形成要因の解明

山西 省中部の方言接触地域を中心に

」(代表者:沈力)から、『沁源県行政区画図』を参考に

google

earth

の航空写真から行政村の位置を探してトレースしたデータの提供を受けた。

図の左半分がボロノイ領域の母点として用いた村の位置を、右半分がボロノイ領域に分割 した結果を示している。図中の赤色で示した点が霊石高地の

3

県(霊石県、霍州市、汾西県)

に属する行政村である。

5-10

霊石高地および周辺の行政村を母点としたボロノイ領域

ドキュメント内 著者 中野 尚美 (ページ 119-126)