はじめに
筆者は、1967年松下電器産業(株)(以下、松下電器)に入社以来、主に商品の開発、海外 事業や海外会社経営など経験。米国では営業・マーケティング、マレーシアでは4,000人 規模の開発・製造会社社長、そして、中国では部品から完成品までの一貫生産する 6,000 人規模の総経理を歴任。帰国後、パナソニックスピンファンドの顧問として社内ベンチャ ーの若手経営者の育成に当り、現在は、エクセルインターナショナル㈱で異文化経営に関 する社内研修や海外赴任研修の講師など、長い間、企業における人づくりに従事してきた。
ここでは、大連の中国華録・松下電子信息有限公司の三代目総経理として、中国 WTO 加盟による市場変革期の最中の2001年から2004年まで担当した時の経験をお伝えしたい と思う。
(松下電子信息有限公司全景)
1.担当業務の紹介
(1) 所属企業の概要
• 会社名 : 中国華録・松下電子信息有限公司(CHPAVC)
• 会社設立: 1994年6月10日
• 出資 : 松下電器/中国華録集団有限公司
• 生産品目: エレクトロニクス関連の部品と商品
VTRやDVDの部品と完成品、液晶ビデオプロジェクター、そ の他
• 従業員数: 約6,000名(瓦房点にある分工場従業員を含む)
• 所在地 : 大連市高新技術園区七賢嶺華路1号
(2) 所属企業の沿革
1) 当社は、松下電器と中国華録集団有限公司(国務院、国家資産管理委員会が管理)と の合弁で設立された会社である。設立目的は、中国に世界の先端技術を搭載した VHS ビデオテープレコーダー(VTR)産業を導入することに成功して、中国産業の国際競争 力を増強させることであった。
外資との合弁会社としては大変珍しく、社名に中国の国名が与えられており、中国政
府としてもかなり重要視してきた経緯がある。
2) 江沢民国家主席の時代、国務院の朱鎔基副総理がプロジェクトリーダーとして指導し た「一条龍プロジェクト」の一つがこの会社であった。
「一条龍プロジェクト」とは、先端技術を搭載した基幹部品を製造する中央の会社を 設立し、その傘下に、その基幹部品を搭載した複合商品を生産する会社を中国全土に展 開して、中国の産業増強・発展を図るというものである。
3) しかし、市場では海賊版ビデオテープが氾濫しており、VHS ビデオテープレコーダ ーの録画機能は評価されず、廉価な再生プレーヤ市場になってしまったため、目論見に 反して創業から経営は困難を極めていった。
4) 2001 年、松下電器は中国政府の信頼に応えるため、当時の日本戦略商品であったデ ジタルビデオディスク(DVD)を中国へ生産移管する大決断をした。VTR から DVD に改革した結果、時流に乗り経営危機を克服することができたので、松下電器の「成功 させるまで挑戦する」という熱意は中国政府から高く評価された。現在でも、松下電器 に対する中国政府の信頼は変らず、日中友好の良い例として語られている。
5) その後、DVD の生産は紆余曲折があったが、精密部品であるDVDオプティカルユ ニット(OPU)の生産は製造力強化の取組みにより、国際的にも競争力がついていっ た。
この会社の強みは、金型の製作から精密成型、プレス、そして組立て一貫生産の技術 を持ち、内製する力があることである。
6) さらに、2003 年、生産能力を増強させるために、後述するが、大連市街から北へ約
150㎞にある瓦房点に鎮政府と協同で分工場を建設した。2008年現在では、OPUの月
産能力200万個近い大工場に成長している。
(3) 中国業界全体の実情を紹介する 1) 外国製メイドインチャイナ(注記)
VTRやDVDを生産販売する中国国内メーカーは多く出現したが、源泉の基幹部品や 中枢のLSIを開発できる先端技術を持つ会社はないと思う。中国政府も育成に力を入れ たが、今のところ手探り状態であり、成功した形跡はない。実情は、基幹技術と精密加 工生産技術などは外国製のメイドインチャイナが世界の市場をリードしているが、依然 としてチャイナリスクは大きく、夢を追ってやけどを負った企業も多い。中国企業との 合弁で同床異夢、また、中国企業も多国籍企業に太刀打ちできず悪戦苦闘の中から、中 国市場は収益が出ない事がわかり出したこともあり、さらに輸出に拍車が掛かることに なる。
(注)外国製メイドインチャイナ:外国で商品開発され、そのまま中国へ持ち込まれ製 造したもの
2) 知的財産権のリスク
中国政府は、低賃金の労働集約型企業形態からの脱皮を図る改革を推進するため、高 度な知的財産権、工業所有権を有する外資系企業と合弁を実現させ、技術立国を目指し ているが、現実は期待どおりには進んでいない。その大きな理由として、国益に絡んで 知的財産権等の保護・管理のあいまいさがあげられる。市場影響力のある技術・商品な
どは類似のものが開発されるケースがよく起こるので、中国への技術移転などは慎重に ならざるを得ない。
3) 外観は立派だが中身はこれから
中国政府は、西部と東北部の経済改革・発展を重点推進テーマにしている。そのため に、大連市でも、広大なハイテク工業特別団地の建設、大連理工大学の増強、大連ソフ ト開発パークとソフト大学の設立などによるハイテク技術者の育成、ハイテク企業家を 招聘するための条件整備などに力を入れてきた。しかし、土地や箱物(建屋)は先行し て立派なものが出来上がったものの、それらの中身が伴っておらず外国からの支援に頼 らざるを得ない。市政府も力を入れているが、裾野産業の育成が課題となっている。
(4) 担当業務から見たその国の紹介 1) 東北部の隠れた魅力
中国東北部は、20 世紀後半には重工業・製鉄などを中心に国営企業として発展した が、産業強化政策で遅れをとり課題を抱えていた。21 世紀になり、中国政府はその課 題を認識して外資系企業の誘致を奨励し始めた。
幸い、東北部には国営の重工業があり、他の地域と比べ地元労働力・電力その他のイ ンフラも整備されているので日本企業も進出し易い環境になっている。
蛇足になるが、将来、北朝鮮との国交が回復できれば、日本からの飛行機がダイレク トに飛べるようになることや、船舶が直接日本海を渡って東北部へ直行することができ、
物流の課題が一挙に解決されるようになることなどで、日本から見て東北部の経済的魅 力は更に増大するものと思われる。
図表1 大連市街地図
● 大連 新港 大連市
高新技術園区
旅順港
周水子空港 渤
渤 海海
黄 黄 海 海
●
●●
★
◎
●
大連湾
中国華録・松下電子信息有限公司本社
(CHMAVC)
大連市政府
大連市街地図 大連市街地図
●
● 中国華録・松下電子信息有限公司
瓦房点分工場
大連ソフト開発パーク
経済技術開発区
●
●
2) 一人っ子政策で気質に変化
中国東北部は、昔から共産党の指導の下で農村部の隅々まで教育が行き届いていたの には驚く。また、厳冬に耐える我慢強さと、労働力は地元の人たちで充足していたこと など、華南地方と風土的に大きく違う点である。朝鮮族、モンゴル民族、韓国系民族な ど多くの民族が混在し、特に、朝鮮族の活躍が目立つ。大連市の人の気質を褒めたが、
大連市でも一人っ子政策は守られており、このことが気質などの面に現れてきていよう に思われる。今、一人っ子として育てられた人たちが働き盛りの時期になっており、気
質の面で様々な問題が見られる。
3) 農地改革政策と分工場建設
大連市内は、経済発展に伴い、生活レベルも向上、中国でも有数の住み易い町になっ たが、一方、労働者の賃金も上昇すると同時に、労働者の採用も容易ではなくなった。
打開策として、当社は中国行政府要請の農地改革政策に従い、大連市中心から約150㎞ 北方にある「瓦房点」の鎮政府と協力して分工場を建設した。最小のコストに押さえる ため、日本の支援はもらわずに、従業員の力を借りて建設・運営の推進を試みた。鎮政 府には土木・建設・工場オペレータ採用などを担当してもらい、当社は、①建設資金の 保証②工場設備機械の負担③人的には班長以上の管理者派遣をする、などの役割を決め て推進、少々違算はあったが予定通り立ち上がったことは驚きであった。鎮政府にオペ レータ採用管理を任していたので、彼らなりに生産変動への対応などいろいろ工夫をし てくれた。一例であるが、高校生の授業の中に就職実習・見習いの期間があるが、その 期間にオペレータとして働いてもらい、生産の季節変動に対応した例は日本ではなかな か考えられないアイディアであった。
鎮政府は、有名な外資系大企業を誘致できたことにより、地域経済の安定的発展を大 いに喜んだ。会社側も、大連市内では確保できない安価で質の高いオペレータを確保で きたこと、季節で変動する生産量をオペレータの増減で比較的に容易に調整できること などの利便性があり、双方WIN-WINの関係構築ができた。
2.業務を進めるための人づくりの留意点
(1) 共有の価値観を育む
当たり前のようなことだが軽視してはならない基本がある。経営理念、行動の指針等 を中文で明記して、絶えず価値観の確認・共有化を行うことは大切である。そのために は、新入社員教育(臨時工員も含む)での徹底など、価値観を合わせるための経営理念 教育を入社時から行うとよい。
伝統的には、東洋哲学が思想基盤になっているので価値観を合わせやすいと安易に考 えている日本人もいると思われるが、それは誤解である。お金第一主義に加えて、古く から国営企業を中心に共産主義教育が徹底されている地域なので、双方の価値観の差は 大変大きく、安易に考えてはならない。信頼し得る中国人幹部とよく議論を行い、日本 本社の経営理念を前提に共有された経営理念の確立が望ましい。
当社は、設立当初に、中国側の合弁相手である中国国務院関係者と会社の経営理念の 必要性について充分に議論を行った結果、松下電器の経営理念に賛同して貰うことがで きた経緯がある。中国側の意見を取り入れたものにして一部修正、又は追加を行った。
双方合意したものとなったことは、今日の会社の発展に大きな意味を成していると思う。
中国人を通じて従業員に対して経営理念教育が徹底され、今でも、松下電器の経営理念 をベースに全従業員の共通の目標を掲げることができている。
(2) 小さなPDCAをまわし、仕事のけじめをつける
これは、中国企業にはない日本企業の強みであるので推奨したい。日本人が中心にな って、小集団活動で小さな PDCA を回すと、情報の共有化、価値観合わせが上手くでき、